聖女になった幼馴染がお土産にダンジョンを持ってきた(?)ので攻略していたら、いつの間にか剣聖より強くなっていた村人の話

コータ

第1話 幼馴染聖女からの手紙

 風を切る音。小さく見える的に吸い寄せられるように手作りの槍が飛んでいく。


 先端だけが鋭い自作の武器が、家の庭に立てられた的に突き刺さった。投げるのは槍だけではなく、剣とかナイフとか、いろんなもので練習する。


 ただの村人である俺、ジークが人から誉められたのは剣技と、こうして物を投げることだけだった。だから毎日、暇があるとこうやって練習をしてしまう。かれこれ一年くらいずっと続けている。


「にいさーん! にいさん宛に手紙だよ」

「お、ありがとー」


 一息ついていたところで、弟が手紙を渡しにやってきた。とりあえず、休憩がてら自分の部屋で読もうかな。


 これからも特に変わり映えなく、なんだかんだ平穏な毎日を過ごすとばかり思っていた。でも、この手紙によって平穏という道は無くなっていたことを知るのは、もうちょっと後の話だ。


 部屋に戻ってきた俺は、ベッドに寝転がって淡々と手紙を読む。


「多分一週間後くらいに、そっちに帰るから。お土産持ってくからよろしくー……って、ええ?」


 この一文に衝撃を受け、咄嗟に起き上がって何度も読み返した。マジかよ、帰ってくるだって?


 手紙の送り主は、名をフィア・アレクシアという。俺の幼馴染で、かれこれもう五年は会っていない。


「マジかよー! 今再会するのはちょっとなぁ」


 また仰向けにベッドに倒れ、天井を眺めてぼやいた。正直な話、あの頃よりずっと俺はダメな奴になった自覚があって、再会することに抵抗がある。それと、フィアが帰ってくることに微妙な違和感もあった。


 なんて事のないただの里帰りじゃんか、などと普通は思うことだ。でも彼女には大きな使命があった。本人がまるで望むべくもない定めが。


 俺はあの時、順調に敷かれた道を歩かされていくフィアを止めようとした。そして決して引き返すことができなくなった。


 でも後悔はしていない。その先に、どんな過酷な不幸が顔を覗かせていたとしても。


 ◇


 まずは五年前のことから話をさせてほしい。


 忘れもしない夏の日だった。レオの村はたいそうな騒ぎの真っ只中にいる。

 田舎の中の田舎、なんて名誉か不名誉かよく分からない異名を持つ村で、まだ十一歳だった俺は呆然としていた。


 村に一つしかない教会で、遠方からやってきた老賢者がとある儀式を行った。それは子供達一人一人に選定魔法と呼ばれる特別な力を使用して、どんな才能や魔力を持っているかを知るというもの。


 ちなみに俺の結果は、「剣の才能がある……かも」というもの。

「あったらいいねー」と軽い調子でおじいちゃん賢者に言われ、ちょっとムッとしちまった。


 さらに最悪なことに、俺には魔力が一切ないことも明らかになった。僅かでもあれば魔法を使える可能性はあるけれど、ゼロは永遠にゼロなのだという。そんなぁ。


 村の中では英雄や剣聖の物語が流行っていたし、俺も実はなれたりしないかなぁ……なんて淡い願望を持ってたんだけど。むしろこういう儀式ってしないほうがいいんじゃない? って真面目に抗議したくなる。


 まあ、要するに悔しかったんだ。ただ、そんな心のモヤが瞬時に晴れ渡ってしまうほど、ビックリすることが起きた。


「ふむ。君がフィアちゃんだね。では大人しくして、目を閉じていなさい」

「はーいっ」


 フィアが儀式を受ける番が来たらしい。でも、彼女の両親以外は特に無頓着だったように思える。


 教会の中には子供より大人のほうが沢山集まっていて、自分達の子供がとんでもない才能を有している、なんて奇跡が起こることを願っている人ばかりだった。ちなみにだが、俺の両親は息子になにも期待してなかったらしい。ひでえ親だよまったく。


 しばらくして、フィアのおでこの辺りに賢者の開いた両手が近づく。淡い緑色の光が、彼女の金髪にふわふわとかかっていった。才能ある人ほど大きな変化が起きるらしいが、果たして……。


「う、おおおおお!」


 突如、おじいさん賢者が腰を抜かして倒れる。慌てて村の大人達が駆け寄ったが、彼はフィアから視線を逸らそうとしない。きっと是が非でも逸らしたくなかったのだろう。彼の人生でもそうあるものではない現象が、小さな子供の身に起こったのだ。


 淡い草原を思わせる光は、いつの間にか太陽みたいな黄金へと姿を変え、おまけにフィアの全身を包んでいた。もしかしてこのまま得体の知れない生物へと変貌を遂げるのでは? なんて子供心に妙な想像をしながら見守っていたが、やがて光は収まっていく。


 後に残されたのは、何事もなかったかのように目を開けるフィア。それから口をパクパクさせている賢者様。この反応には村のみんなが釘付けになった。


「間違いない……。この子は聖女になれる。そしてこのとてつもない潜在魔力……もしかしたら、大聖女にもなれるかもしれん!」


 マジかよ、と自分のことではないのに頭が真っ白になった。この一言が始まりだった。フィアの両親については言わずもがなだったが、村全体が大きな興奮に包まれ、その波を広げていく。


 聖女っていうのは、回復魔法を扱い多くの怪我や病気を治す、剣聖に次いで尊い存在であるとされる。その真価は戦場でこそ最も発揮されると言われ、巨大な魔物が時おり暴れ回るこの世界で必要不可欠な存在ともいわれた。


 だから聖女になれる才覚を持つ人は、国がその力を伸ばすことができるよう保護し、あらゆる面で支援までしてくれる。万が一才能が開花せずとも、才能があったというだけで楽に良い仕事に就くことができる。フィアの両親が泣いて喜んだのは、どう転んでも裕福になれる未来が約束されたからだと思う。


 そして、もし大聖女という存在まで昇格したのなら、まさに歴史的な出来事になる。大陸でも歴史上、片手で数えられる存在の中に彼女は名を連ねることになる。彼女の両親もレオの村も、永遠に語り継がれる。


 教会の中で子供みたいに騒ぐ大人達。ちょっと戸惑いつつも、羨望の眼差しを送る子供達。みんなが喜びに沸き立つ中で、俺とフィアだけがどこか冷静で、お互い他人事みたいにぼーっとしていた。


 本来なら喜ばしいことだ。俺もきっと他の子なら、すげー! って言いながらはしゃいだと思うよ。でも、彼女の場合は違う。小さい頃からずっと一緒だったから知っている。


 フィア・アレクシアは、聖女という存在にはなりたくないのだと。

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