第5話


次の日もまた次の日も、王子さまは同じご令嬢としか踊らなかったわ。

もう本当に悔しくて悔しくてたまらなかったのだけど、こればかりはどうしようもない。

しかたがないから他にいい殿方がいないか物色したけれど、王子さまにかなうはずがないのよね。

それでも何人かと踊ったけれど、ダサい男ばっか…。

もちろん王子さまほどでなくても素敵な殿方もいるにはいたのだけど、だいたいお相手が決まっていた。

最初から王子さま狙わないで手頃でイケメンな貴公子を選べば良かった!って、このときは図々しくも後悔したのよね。


3日間の舞踏会は私たち親子にとって不発に終わり…。

またいつもの日常に戻ったのだけど、舞踏会で思うような相手が捕まらなかった私たちは、これまで以上にシンデレラにつらくあたってしまったのよね。


「シンデレラ!最近お前なに嬉しそうにしてんの!?」「うちらが舞踏会で結婚決まらなかったのが、そんなに嬉しいの!?」「生意気ね!あんたなんか娼館に売り飛ばしてやるんだから!」


娼館という言葉が出たときのシンデレラはさすがに青ざめていたけれど、それ以外のときの彼女は私たちの意地悪に対し気にかけている様子もなく溌剌はつらつとしてるものだから、それが尚さら鼻についてムカついたのよね。


「最近のシンデレラにはもうガマンならないわ!いよいよ女衒ぜげんに依頼しなくては」



お母さまもシンデレラに対しガマンの限界だったようで、いよいよ追い出すか…というとこまできていた矢先、おふれが出回ってきたの。



「大変よ!」



妹がなにやら紙を握りしめている。



「なんだい、騒々しい!」



「こないだの舞踏会で王子さまとずっと踊ってた女、とうとう名乗らなかったみたいよ!」




え、そうなんだ、てっきりあれでご成婚が決まったのかと思ってたのに…。



「てことは、私たちにもチャンスがあるってこと?」



「そう、と言いたいとこだけど…王子さまと踊ってたあの女、靴を片っぽ置いたまま去ったらしいのよ!王子さまはその靴の持ち主と結婚するんですって!要するに、その靴さえ履けちゃえば、ウチらにもチャンスがあるってわけ」



「なんですって!?」



「でもね、ウワサによるとその靴、かなり小さいらしいのよ」



なんと!

先日の舞踏会で王子さまに全く相手にされなかった私たちだけど、靴さえ履いてしまえばこっちのもの!

私はつくづく自分の足を眺めた。

…大きくはないけれど、お世辞にも小さいとはいえない…。

妹の足をチラリと見やる。

彼女のも私と同じくらいの大きさ…。

この日から私たちの涙ぐましい努力がはじまった。

足を引き締める効果のあるという薬草をシンデレラに取りに行かせ、足浴をしたりマッサージをさせたり…。

シンデレラが丁寧にマッサージをしてくれたのに、私たちってばわざわざマッサージが終わるたびにドサクサに紛れて彼女を蹴り上げたりもしちゃっていた。


そしてとうとう我が家にも王子さま本人と従者がやってきたの。

私はきっと一生この日を忘れることがないと思うわ。



「まぁまぁ、ようこそお越しくださいました!」



いつもは来客があるとシンデレラに出迎えさせるお母さまだったけど、この日ばかりは上機嫌で自らしゃしゃり出たわ。



「ゆっくりしている時間はない、この家の娘に靴を履いてもらいたい」



王子さま、心なしか少しくたびれたような表情、ムリもないわね、おふれには貴族の館だけでなく庶民の家まで一軒一軒探し回るとあったのだから。


真っ赤なベルベットのピローの上にうやうやしくのせられたその靴は、ガラスでできていた。

私はビックリしたわ、だってガラスの靴なんて見たことも聞いたこともなかったし、第一あったとしてもガラスの靴なんかで歩けるばかりかましてや踊れるなんて、考えられなかったから!

ウワサどおり、見るからに小さな靴だったわ。

私はゴクリと唾をのんだ。



「姉君からどうぞ」



王子さまにニッコリ微笑まれた私、一瞬でクラクラしちゃったわ、これはなにがなんでも履かなくては!

差し出された靴に足を入れようとしても、幅自体も狭すぎて入る気がしなかった。

つま先は丸めればなんとかなっても、幅が狭すぎてどうにもならない。



「やだわ、今日の私、足が少しむくんでいるみたいですわ、オホホ」



私は見苦しくも言い訳をして、また後日履かせてもらおうとしたのだけど…



「はい、次」



王子さまは冷たくも従者に命令を下し、妹の番になる。

これで妹が履けたら悔しいけれど、身内ならまぁいいかな、そうなったらなったで王子さまの親族で独身のイケメンでも捕まえられたら…と、このときは呑気にも考えていたのだけれど…。



「この娘でもなかったか」



王子さまの絶望したようなお声が…。



「待ってください!今日の私なんだか調子悪いんです、また後日いらしてくれないかしら?」



妹も私と同じようなセリフを…。

王子さまは大きくため息をつかれたわ。



「そんな言葉はこれまでもいやというほど聞いてきた…ここにはもう用はない、失礼する」



私たちが必死に引き留めようとしたそのとき、王子さまの視線が部屋の隅に移ったのに気づいた。



「なんだ、この家にはまだ若い娘がいるではないか」



視線の先にいたのはなんとシンデレラ!



「お前、いつのまに!みっともないからお客様の前に出るなとあれほど命じたでしょう!」



お母さまが厳しく言い放つも、シンデレラは動こうとはせず…。



「シンデレラってば、お母さまの言いつけ聞こえなかったの?王子さまお目汚し失礼致しました、これは我が家の小間使いみたいなもので、舞踏会へ参加できるような者ではないので…」



私はシンデレラを遠ざけようとしたのだけど、



「いいや、そちらの娘もこの靴を履くように…私が踊った金髪ブロンドの娘と同じ髪の色なのが気になる」



言われてみれば!

なんで今まで気がつかなかったのだろう?

足にばかりとらわれ、髪の色を変えることを思いつかなかったなんて!

妹も私も金髪ブロンドではなく、かたやブルネットかたや栗色だった。

ああ、靴が入らなくても髪を染めればなんとかなったのではないかしら?と、往生際悪く後悔したのよね。



——悔しい!でも、あんな小さな靴、シンデレラなんかに入るわけないわ——



そう思ったのだけれど…。



「おおっ!」



王子さまとおつきの従者の歓声が聞こえてきた。

そこには、私たち姉妹がどんなにがんばっても入らなかったガラスの靴をピッタリ履いているシンデレラが居たもんだから仰天したわ、



「王子さま!これはなにかの間違いです!この娘は亡き主人の連れ子で、舞踏会なんかに参加できる資格なんてないはずですから!」



お母さまが必死に訴えたけれど、



「いいや…この館の主だった男は、この国では有名な大商人だった、この娘が彼の連れ子なら参加資格はあるだろう、それに…」



王子さまはそう言ってシンデレラの手を取ったわ。



「今は薄汚れた格好をしているが、私がともに踊り心ときめかせたのは、この令嬢にまちがいない」



なんですって!?



「私と結婚してください」



王子さまはそう言ってシンデレラにうやうやしく跪いたわ。



「はい、喜んで」



妹と私は悔しくて地団駄を踏んだわ、一体いつのまにドレスや御者に馬車と招待状を用意したのよ!



「ちょっとお待ちください!私はそんな娘を舞踏会に出して恥をかくわけにはいかないから招待状を破り捨て、ドレスも着れないようにしたのですよ?馬車に御者だって、その娘が自由にできるようなお金を渡してしないはず、王子さまのお探しの令嬢のはずはありません!」



お母さまは食い下がってくれたわ、このときの私も同じ考えだったの、現実的にありえないと…。

ここでさっきからずっと黙っていたシンデレラが口を開いたの、



「お継母かあさま、お義姉ねえさま方ごめんなさい…私はまちがいなく舞踏会へ参加しました、私の代わりに家事を引き受けてくれる者がおり、ドレスや馬車に御者を用意してくれた方がいたのです」



このセリフに私たちは絶句するしかなかったわ。



「なにやら色々とワケありげだな…とにかく私は花嫁を見つけた、失礼してこの令嬢を今すぐ城へ連れて帰る」



王子さまはそう言ってシンデレラの手を取り我が家を去った、残された私たちはしばらく呆然としていたのだけど、やがて悔しさのあまり憤死しそうになったわ。



「ぐ、ぐやじ〜いっ!!」



お母さまはキーッとなって自分の服を切り裂いてしまったし、妹と私はくやしくて地団駄を踏み、腹立ちまぎれにその辺りの物に当たって家中をメチャメチャにしたのよね。


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