第4話

「じゃあ私たちはこれから舞踏会へ行ってくるわ、言いつけた仕事を帰ってくるまでやっておかないと承知しないからね!」



出掛ける前にお母さまは豆の入った器を思い切り蹴飛ばしたので、豆は方々に散らばったの。

私たちが帰宅するまで全て集めて拾って、その上洗って明日の朝食の下ごしらえをしておけって命じたのだけど、どう考えてもムリだと思う。

だって仕事はこれだけじゃなく、家の片付けから掃除、洗濯もあったから。

シンデレラは暗い表情で俯いたまま、「はい、わかりました」とだけ答えて黙々と豆を拾い出していたわ。



「フン、あんたは床を這いつくばっているのがお似合いよ」



当時の私はなぜかシンデレラを見ていると嗜虐的な気持ちになって、いくらでも意地の悪いセリフを吐くことができた。



「みっともない娘なんかにかまってないで、もう出かけましょう!ああ、わたくしのかわいい娘たちのどちらが王子さまの目にとまるのかしら!」

「私よ」「いいえ、私よ!」



私たちは嬉々として馬車に乗り込んだ。

日頃は馬車を持ち御者を雇っている余裕なんてないのだけど、最後まで残っていたシンデレラの母親の宝石を売ってなんとかなったのだと後から知ったの。



お城へ着いた私たちは想像以上に豪華なんで目を見張ったわ、なんて素晴らしく美しいのかしら!と。

広間へ入るとき次々と「○○伯爵令嬢のおつーきぃ〜」って城の従者が到着した貴族を紹介していて、私たちの番になった時は貴族の称号がないのがとても悔しかったけれど、それでも王子さまの目にとまるなら…と、胸を張って気合いをいれたものだわ。


大理石の床に豪華絢爛なシャンデリア、ところどころに飾られた色とりどりの美しい花、どれも初めて目にするものばかりで気分が高揚したわ。



「王太子殿下のおな〜りぃ〜!」



管楽器のファンファーレとともに王子さまが現れその場にわぁっと歓声があがったから、私と妹は我先にと前へ進み出たの、他の令嬢らを押しのけてまで…。

そりゃあもう期待以上の見目麗しさで、スラリとした高身長に輝くような亜麻色のサラサラの髪、吸い込まれそうな翡翠のようなグリーンの瞳、これまでにこんなにかっこいい男性を見たことがなかった、「キャー!」「ステキ〜!!」

妹と私が異口同音に黄色い歓声をあげてしまったほど…。

王子さまは私たちをジロリと一瞥してから会場中を見渡し、大きなため息をついたのよね。

そして側にいた家臣に二言三言なにか言ってから、再び引っ込んでしまったの。


「ええ〜っ」「そんなぁ」「どうしたのかしら?」

これには私たち姉妹だけでなく、多くの令嬢が落胆したわ。

このときの私たちはなぜ王子さまが舞踏に参加せずに引っ込んでしまったのか、わけがわからなかったのよね。



「ちょっと、あなたたちなにをグズグズしているの!追いかけてダンスを申し込むくらいのことをしないと、捕まるものも捕まらないわよ!」



ここでお母さまが登場、あまりにも積極的で肉食な発言にそりゃあもうビックリしたわ。



「え、だって、そんな…」



「ほら、がんばんなさい!今日のあなたたちは誰よりもきれいよ!私は私で再婚できそうな殿方を探すから、あなたたちにばかり構ってられないのよ!」



えっ、お母さままさか再婚考えてたの!?



「あなたたちのどちらかが王子と結婚してどちらかが裕福な貴族と結婚し、私は私でいい人見つけるから」



なるほどね、私たちがいなくなればお母さまは独りになってしまうものね。



「シンデレラはどうするの?」



私は純粋に疑問に感じたから訊いてみただけで、決して行末を案じての発言ではなかった。



「そうねぇ…このまま小間使いとして置いてやってもいいけれど、いざとなれば娼館に売るという手もあるわね。痩せっぽちだけれど、ちょうどいい年齢にもなってきてるし」



ああ、なんて残酷で恥知らずな考えだったのだろう!

でもこのときの私はそれがとても良いアイデアのように思え、お母さまを賞賛してしまったのよね。



「ステキ!さすがお母さまね!」



今思い返すとそれがどんなに残酷なことなのか私たち姉妹には理解ができなかったの…。



「ほら、あなたたちがんばりなさい!私はすてきな殿方を探しに行くから」



「はあい」



王子さまが引っ込んだとはいえ、奥にある椅子に座っているので姿は見えていた。

妹と私は先を争いながら王子さまのもとへと急いだわ。

もうじき王子さまの側に到着する、というタイミングで後ろのほうからワアっと歓声があがったの。



「なにごと?」



思わず振り返ると、今までみたこともないような高貴で美しい令嬢が床上をすべるようにこちらへやってくるのが目に入ったの。

輝くばかりの美しい金髪に澄みきってキラキラしている青い瞳、そして抜けるような白い肌に頬と唇は薔薇のように色づいていて、目も覚めるような美人だった。

そして今までに見たこともないような光り輝くスカイブルーのドレスに身を包んでいて、王子さまの前に進み出て優雅にお辞儀をしたのよね。


このとき私は一瞬「あれ?どこかで見たことのある人のような気がするけど、気のせいかしら?」と思ったのだけど、その勘は正しかったことを後で思い知らされることになるのよね。


美しい令嬢のお辞儀を受けた王子さまはスッと立ち上がり、



「一曲お相手願えますか」



優雅にダンスを申し込んだわ。

その二人の美しいことと言ったら!

一枚の絵画のようで、くやしいけれどとてもお似合いの二人だったの。

滑るように軽やかに広間の真ん中で踊る二人、王子さまの表情は恍惚としていて、これはいけない!私たちもアピールしなきゃ取られてしまうわ!とばかりにこれ見よがしに二人の前をウロついたのだけど、多分邪魔になっていたと思う。

王子さまってば、ダンスの相手を交代せずにずーっと同じ令嬢の相手をしていたのよね。

私たち、それはもう悔しくて悔しくてたまらなかったわ。


気づけば舞踏会もお開きとなり私たちは帰ることにしたのだけど、お母さまも不機嫌だったのよね、「全くロクな男いやしないわ!いい男はみんな妻帯者だし、独身ひとりみがいても気持ち悪い男か若すぎるかだし!あなたたちも守備よくいかなかったようね」「そーなのよ!」「王子さまったら、一人の令嬢にご執心で私たち見向きもされなかったのよー!!」

文句タラタラ状態で帰路についたのよね。


家へ到着したら、シンデレラが疲れきった様子で椅子に腰かけたままうたた寝をしていて…。



「ちょっとぉ、シンデレラ!うちら帰宅したのに、なぜ出迎えないの!?」


お母さまは不機嫌丸出しな声で怒鳴りつけ、



「はい、すみません、おかえりなさいませ!」



シンデレラは飛び起きて私たちを出迎えてくれたのだけど、心なしか表情が晴れやかに見えたのよね。

家の中はいつものようにきれいに清掃されていて、出がけにお母さまがぶちまけた豆は一粒残らず拾われて下拵えされ、かわいそうなシンデレラは一日中家にいたものだとばかり思い込んだものだわ。



「今日がダメでも明日と明後日がまだあるわ!」「そうよそうよ!明日はあの令嬢に負けないよう、うんとおめかししなくちゃね」


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