冬の日の温泉プールデート(後)
「これが運試しコーナー」
ここに来るまでにあったジェットバスコーナーはコの字型になっていて、2畳程度の広さのタイル製の床が底上げされていて、座るとちょうど肩が出るか出ないかくらいの深さになっている。その両脇の壁にあるスイッチを押すと背面だったり、両脇だったり、座ってる床の穴から泡や水流が出るようになっていた。けど……うーん。
「網なんだね……よく見ると下にノズルが見えるから、あそこから出てくるんだろうけれど……」
優恵に言われて気づく。網の下は黒で統一されていてわかりにくいけど確かに言う通りの作りだった。これ、上に座ると角度的にノズル見えないんじゃ? あ、でも運試しだからそれが当然なのか。
「つまり網に何人かで座ってスイッチを押す」
「そして誰かの下から噴射されるってことだよねぇ……下から。もうオチ見えてるんだけど……佳音ちゃん、とりあえず1人で座ってみよっか」
たぶん同じオチを想像したから私を犠牲にしようとしているんだろうけど、そうはいかない。
「なんで私だけ。やるならふたり」
「えー、わたし、自分で運がいいなんて思えないし」
「告白断ったらストーカーされるし?」
「……うるさいなぁ。それにこれだって運が悪い方に噴射とは限らないと思うけどね」
ん? なんか変な含みがあったような?
「優恵?」
「ほら、やるんでしょ? 気が進まないんだけど……まぁ、1回だけなら」
優恵は気が進まないと言いつつ網の上に座ると、右奥の角に移動して脚を伸ばした。壁に背中をつけて長座体前屈をするような体勢。私は左奥に行ってみる。脚は伸ばさずに体育座り。理由は特にない。強いて言えば落ち着く?
「それじゃスイッチオン」
白いゴム製のボタンを押すと、ウイーンと機械の稼働音が聞こえる。優恵に行きますように優恵に行きますように。
「ニヤニヤ」
何故か余裕そうにニヤついてる優恵。ムカついたから更に強く願った。
「く、ふ……」
しかし、そんな願い虚しく細かい泡がお尻を撫でていき、くすぐったさに自分でもらしくないと思う声が漏れてしまった。あろうことか、お尻全体をくすぐる風の泡だったモノが徐々に中心を狙う水流に変わってきているのがわかる。正直、危険を感じた。
「やっぱり佳音ちゃんだったね」
勝ち誇った様子の幼なじみに反論する時間すら惜しんで逃げようとしたところで――。
「ひうっ!?」「きゃぁっ!?」
一際強い水流を中心でモロに受けて飛び上がる私。そのまま立ち上がる。少なくともこれでお尻に水流が当たることはない。
隣には私と同時に膝立ちになってお尻を両手で押さえている優恵の姿もあった。
「「……」」
お互いに無言で窺い合う。優恵は頬を赤く染めて恥ずかしそうな、困ったような。そんな表情だった。たぶん、表情に乏しいと言われる私でも似たようなものだと思う。冷静になったところでお尻の違和感に気づいた。思いっきり食い込んでる。そりゃ、あんな強い水流が当たって、急いで立ち上がればそうなる。さりげなさを装いお尻に食い込んでいる水着を直す。隣で優恵も同じようにしているのが見えた。
「……佳音ちゃん、わたしたちさ……クラスで尻デカコンビって言われてるの知ってる?」
「やめて、知りたくない」
クラスの中心に居て直接言われる優恵にとっては笑って済ませられる冗談かもしれないけれど、孤立気味の私にとっては陰口でしかないから。というか今言う必要ない。
「佳音ちゃんは身長あるからお尻大きくてもバランス取れてるからいいけど、わたしは平均くらいだから……並ぶと太って見えるんだよね。太もも含めて。なんで佳音ちゃんはそんなに脚がスラッとしてるの? ズルくない?」
あのさ優恵……お互い、スリーサイズ知ってる訳だし、この話題やめよ? それ言ったら優恵は胸が大きいから水着でこうやって並んでいるとバストサイズの差が虚しくなる。
「次行こ。優恵が選んでいいから」
無理やり会話を打ち切った。
次に向かったのは優恵の提案で急流ゾーン。ほんとは滝行ゾーンに行きたかったらしいけど、ビキニでそんなのやったらポロリ的な意味で事故らない? って話になって中止に。あくまで事故の可能性を考えただけで私が逃げるために止めたんじゃない。ここ重要。なんてことを考えていたのが駄目だったのだろう。急流ゾーンに近づきすぎて身体が引っ張られていく。
「あ、優恵っ」
咄嗟に助けを求めるも、繋いでいた手を離された。え? っと地味にショックを受けている自分に驚いている間に、優恵が私の背中に抱きついてきた。所謂おんぶ状態。バランスを崩しそうになって慌てて優恵の脚を支えた。
「えへへー、これならはぐれないよー?」
呑気にそんなことを言う優恵だけど、私はそれどころじゃない。身体を挟んでくる太もも、本人は太いのを気にしているけれど思わず撫でたり揉んだりしたくなる弾力を持っていて悩ましい。それに背中に感じる、私にはない大きな膨らみの感触。子供みたいに高めの体温。そして、密着するために私の前に回された優恵の両手がちょうど胸元まで来ていて、落ち着かない。スキンシップ好きな優恵と苦手な私。いつもなら彼女の方が気を使って過剰なのは避けてくれるのに。
「優恵、恥ずかしい」
「デートだし問題ないよぉ、それより佳音ちゃん、もっと足踏ん張らないと一緒に流されちゃうよ?」
「うわっ」
滑りそうになり、反射的に流れに乗ってしまう。チョン、チョンとつま先を着くようにして流されていく私と優恵。こうなってしまうと、水流から逃げることは出来ない。
「びっくりしたぁ。この状態で転ぶと受け身取れないで悲惨だよね。まぁ水中だから怪我はしないだろうけど」
「……そう思うなら離れて」
「聞こえなーい。あんまり冷たいこと言うなら揉んじゃうからね」
どこを? とは聞かなかった。明らかに胸を狙っているし、聞いたら「ここだよー」なんて、手を伸ばしてくる姿が容易に想像出来る。
「ふぅ……緊張した」
流れが緩くなってくると、優恵が背中から離れる。ホッと安堵の息をついた。
「わたしが抱きついてたから緊張したの?」
「いや、転ばないように転ばないようにって」
「……むー、なんか違う」
私の答えが期待していたのと違うのか不満そう。そしてニヤリと悪い顔をする優恵。
「……なんかロクでもないこと考えてない?」
「ほらほら、もう一回行くよ!」
優恵に引っ張られるようにして、急流ゾーンの入口へ。
「わわっ」
U字型になっている急流ゾーン。流れの速い箇所は間に壁があるとは言え、緩やかな場所には間に壁がなく出口から入口に行くのは簡単。つまり周回するのは楽だったりする。そして水流に捕まってしまえば踏ん張れず、先程と同じく、足をチョン、チョンと着くようにして流される私。あろうことか正面からホールドするように抱きついて私を浮き輪代わりにする優恵の図の完成だったんだけど……。
「――ぁ、思ったより顔近い」
優恵の動揺したような呟きが耳に届いてしまう。正面にある顔は薄っすら朱になりつつも、笑顔なんだから反応に困る。
「な、なら離れればいい」
「嫌」
「えぇ……」
その後、優恵が飽きるまで急流ゾーンを周回した。途中、優恵が抱きついてくるだけじゃなく、逆を強要されたりもした。疲れた。けど、なんだろうこの胸がざわめく感覚は。
急流ゾーンから抜けて右手側。そこは階段のようになっていて座って休憩出来るようになっていた。
隣の優恵をチラ見する。その表情は幼なじみの私でもあんまり見たことがないくらい楽しそう。それだけで今日来てよかったと感じる。
「あ」
「佳音ちゃん? どうかした?」
ふと思ってしまった。一応はカップルのフリして来ているのに……優恵からは散々、それらしいスキンシップ的なことをしてくれているのに……私からは優恵の胸に顔を埋めたくらいしかしていないなと。あれは私の中では事故でノーカンだし、急流ゾーンも、優恵に言われてであって自分からとは言い難い……優恵はストーカーに見せつけるために提案してきた。そして件のストーカー、私は姿を見てないけれど、優恵はしっかりと認識しているらしい。ソイツから見て私たちはどう見えている? 仲の良い友達止まりでは? それじゃ……意味が無い、よね?
「優恵」
私は立ち上がっていた。そのまま優恵に向き直る。階段に座っている彼女と正面から見つめ合う。
「佳音ちゃん……?」
優恵はそんな私を見て首を傾げている。ちょっと前屈みになれば簡単に唇を奪えてしまえそうな距離感。外さないように慎重に、私は普段の自分なら絶対にしないようなことをしようとしていた。だから優恵も私からキスしようとしているなんて考えもせずにジッとこっちを見ているんだと思う。吐息が触れ合う、先に目を閉じたのは私だったのか、優恵だったのかわからない。
「――んっ」
「――っ!?!?」
唇を重ねた瞬間、優恵の身体がビクンと跳ねるのがわかった。優恵が望んでいたのは恋人のフリ。あくまでフリだ。優恵から私にしたのも、私に求めたのも、仲の良い友達ならスキンシップと言い張れるラインまでだった。けどこれは違う。最悪、拒絶されるかと思ったけれど、彼女が驚いたのは一瞬、むしろ、私を逃さないとばかりに背中に両腕を回してきた。私も自分で気づかないうちに優恵の背中に両腕を回していた。
「……」
「……」
どちらともなく唇を離すと、見つめ合う。互いの瞳に映るのはそれぞれの顔だけ。優恵の目が真っ直ぐ私を見ている。いつもの私なら間違いなく顔を逸してしまっているけど、今は視線を絡めることが出来ていた。
「佳音ちゃん……」
優恵が何かを言いかけて――その口を塞ぐように2度目の口づけをしようとしたところで、よく知る顔が目に入った。
「――ん?」
疑問の声が漏れる私。
「……へ? ――あぁ、あの馬鹿、ちゃんと隠れてろって言ったのに……」
不思議そうに私の視線を追いかけて、同じ顔を見たのだろう。呆れたような――しかし聞き逃すことの出来ない言葉を発する優恵。
「なにしてるの、弟くん」
見つけたのは優恵の弟くんだった。学年はひとつ下で同じ学校。一人っ子の私にとっても弟のような存在。向こうももうひとりの姉のように接してくれている。
「やべ――」
そそくさと逃げていく弟くんの背中を見送る。本音は追いかけて問い詰めたいけれど、真相を知っているだろう人物は目の前にも居るし。
「優恵、どういうこと?」
優恵に確認するも視線を逸らされた。
「あはは……その、怒らないで聞いてほしいんだけど……ストーカーって嘘」
「続けて」
私の心配はいったいっ、と思うと同時に、心底安堵した。
「……わたし、好きな人が居るって言ったよね?」
「うん、覚えてる」
「その相手がね、女の子なの」
トクン。私のことを見つめる優恵の表情。それは幼なじみに向けるものじゃなくて……。
「それで?」
「その娘とはしょっちゅう一緒なんだけど、関係が固まっちゃってて今更、告白なんて出来る雰囲気じゃなくて……まして女の子同士だもん、余計に難しくて……そこで思いついたの。ストーカーされてるって言って、偽装カップルとしてデートするくらいなら可能なんじゃないかって。だから弟くんに頼んで今日だけストーカーしてもらったの」
「そ、そうなんだ」
優恵の止まらない言葉に、今まで我慢していたものが溢れているような雰囲気を感じる。そして、私はそれを止めるつもりは無い。でも納得できる点もあった。ストーカーしてるのが弟くんだから水着姿になる温泉プールなんて選んだんだ。確かに、私も小さな頃から一緒に遊ぶことが多かった弟くんなら……見られても嫌悪感はない。まして優恵視点では実の姉弟なわけだし。
「デートを意識すれば、普段とはちょっとくらい違うことが出来るかなって」
「こういうこと?」
普段とは違うこと。真っ先に浮かんだのがついさっき私からした行為だった。再現するように優恵の両頬に手を添えると、顔を近づけていく。弟くんはどこかで私たちを見ているだろうか。1度見られたものは2度目も変わらないと開き直り、瞼を閉じて優恵の体温と匂い以外を意識から追い出し、そのまま唇を重ねた。ほぅっと吐息を漏らしたのは私と優恵、果たしてどちらなのか。
「優恵」
頬どころか首筋まで朱に染まっているのが自分でもわかる程、血液が沸騰しているんじゃないかってくらい熱い。
「佳音ちゃん……」
真っ赤になって、どこか嬉しそうな恥ずかしそうな。そんな笑みを浮かべて私を呼ぶ彼女。
ある意味、お似合いなのかもしれない。なんて思った。
その後、私と優恵は夕方まで温泉プールデートを堪能した。いつの間にか手を繋ぐのも恥ずかしさ以上に当たり前のことになっていた。今の関係は、何と言うのだろう? 仲の良い幼なじみ? それとも――。
佳音と優恵のデート日和 綾乃姫音真 @ayanohime
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