冬の日の温泉プールデート(前)

「これで大丈夫……?」


 鏡に写った自分の水着姿を見て変なところがないか確かめる。着慣れないビキニ姿に羞恥が湧くけれど、デートだしと自分に言い聞かせる。まぁデートと言っても同性の幼なじみとだけど。ちなみに優恵は家が隣なのにわざわざ私より1本早いバスで来たらしく先に着替えて更衣室に置かれているベンチで待っていた。


「あ、佳音ちゃん、こっちこっち」


 手を振ってくる優恵。立ち上がり私の隣に並ぶと、そのまま温泉プール側のドアへと促してくる。


「なんでわざわざ更衣室で待ち合わせ」


「いや、家から一緒に来たら佳音ちゃんの家が隣のことまでストーカーにバレちゃうよ? 今日もしっかりついてきてるもん」


 あ、そういうことだったんだ。


「……そもそもストーカーされてるのになんで水着」


 もれなく私も見られるんだけど。普通に嫌だ。というか、ここに入るのを見られているならタイミングを見計らってこっそりと抜け出せば今日のところは逃げられるのでは? と思ったものの、見せつけるのが目的なんだから意味ないのか。


「わたし、プールでデートしてみたかったんだよねぇ」


「知らないから」


 自分の願望もしっかりと叶えてるし、この幼なじみ。というかストーカーしてくるような相手に水着姿を見られるのはいいんだ……たまに優恵がわからなくなる。


「ほら、せっかくなんだから楽しまないと」


 グイグイと背中を押されれば進むしかない。表情は見えないけれど、きっと笑顔なんだろうな……ストーカーされてるのに明るくしていられるのは強いと思う。私には絶対に無理だ。


 更衣室からドアを抜け、屋外に出たところで風に吹かれゾクゾクっと震え上がる私。無意識のうちに自分の身体を抱きしめるようにしてしまう。


「寒い寒いっ」


「いやーわかってたけど寒いね」


 隣に並んで同じようにしている優恵に改めて目を向ける。水色地に白の縁取りがされているシンプルなビキニを身に着けていた。肩で切りそろえた髪は、左右に分けてゴムで結んでいる。体育のときですら髪を纏めないで済ませている優恵のこういう髪型は新鮮だったし、なにより、以前私がプレゼントした水着を身につけてくれていることが嬉しかった。


「わかってるならなんで温泉プール」


 ここは地元からバスで1時間の場所にあるリゾートホテル。その温泉プールだった。更衣室から出るとまず、屋根もあって水温も高めになっている温泉エリア。そこから先に進むと、屋根と壁が無くなり完全屋外のリゾートプールのような作りになっている遊エリアに別れている。こっちは人肌より僅かに高い程度に水温に調整されていて長時間遊んでいられるようになっていた。


「寒いから人が少ないと思ってたんだけど……意外と居るね。更衣室に人が居なかったのってたまたまタイミングだったみたい」


「確かに」


 カップルが多いけど、家族連れも居れば、友達同士と思われる集団も居る。温泉エリアにある五つの浴槽は全部埋まっていた。そこに割り込んで行く勇気は私には無い。


「佳音ちゃん」


 仕方なく遊エリアでもこのまま突っ立っているよりは寒さが和らぐだろうと考えて歩き出したところで、優恵に手を握られ引き止められた。その視線は私の身体を上から下まで往復を繰り返している。


「ジロジロ見られると恥ずかしい」


「その水着やっぱり可愛いね。すっごく似合ってる」


 言われて自分の格好を見下ろす。桜色のビキニ。ただ、下はスカートになっているし胸周りもフリルで装飾されている。実は私たちの水着は今年の夏に優恵とふたりで隣県のプールに遊びに行く計画を立てたときに、お互い似合いそうなのをプレゼントし合ったのだけれど、肝心のプールに行く計画自体が流れてお披露目出来ていなかったモノだったりする。急に水着って言われて慌てて探したけどサイズ合うのがこれと学校のスクール水着の2択しか無かった。一応はデートという名目だし、スク水は……流石にどうかと思ったから実質選択肢は無かったとも言う。


「ありがと。優恵も似合ってる」


「えへへ、佳音ちゃんが選んでくれたんだもん、当たり前だよー」


「そ、そう」


「あー佳音ちゃん照れてるー」


 私の顔を見ながら満足そうな笑みを浮かべる優恵。同性から見ても惹きつけられる笑顔だった。


「照れてない」


「本当に? ならこれはどうかなー?」 


 優恵は握っていた私の手を一瞬離したかと思うと、指を絡める所謂恋人繋ぎに変えてきた。私がスキンシップ苦手なのを知っていてやってくるからたち悪い。


「……優恵」


「ちょっと、振りほどこうとしないでよー。今日は偽装とはいえ恋人でしょ?」


「うっ」


「デートなんだよ? デート! 恋人繋ぎくらい普通だよー。むしろこれからイチャイチャするんだからね?」


 私が言葉に詰まったのを見て勝ち誇ったように畳み掛けてくる。


「……わかった、我慢する」


「んー、我慢って言われるの悲しいんだけど」


 わざとらしく目元を空いてる手で拭ってみせる。うん涙なんて出てないから。


「ふぁ――くしゅっ」


 くしゃみをした私を見つめてくる優恵。


「かーわいいくしゃみだねぇ」


「知らないっ」


「もうイジケないの。ほら、風邪引いちゃうから早く入ろ――あ、その前にシャワーか」


 優恵に手を引かれるままに、更衣室と温泉エリアの間にあるシャワーコーナーへ。1人1人仕切りがあるわけでもなく、頭の上を通るパイプに穴が空いている学校なんかでよく見るタイプだった。壁にレバーがふたつ並んでいて、色がそれぞれ赤と青。お湯とお水が出るってことだよね。ふと昨日今日と優恵にやられっぱなしなのを思い出し、ちょっとくらい反撃したくなった。


「えいっ」


 優恵がレバーを操作する前に、私が動かす。勿論、水の方。自爆上等。


「きゃぁあああ!?」


 思いっきり悲鳴をあげる優恵。さっとシャワーの範囲から逃げ出した。


「――っ~~~~!?」


 覚悟していたから声を押し殺すことに成功した私。優恵と手を繋いだままだったのが影響して加減無く引っ張られ、転びそうになってしまった。咄嗟に優恵に抱きついてしまう。胸に顔を埋めるようになってしまったのは完全に事故。


「……佳音ちゃーん?」


「なに? ――むぐっ」


 顔を上げようとしたら逆に押さえつけられてしまう。感触は悪くないけど苦しいっ。


「……まぁ、珍しく佳音ちゃんの方から抱きついてくれるなんてレアな出来事があったからシャワーの悪戯はチャラにしてあげるね」


「――っ、――っ」


「あはは、子供みたいに手足バタバタして可愛い」


 満足したのか放してくれた。


「――っ」


 私は表情を見られたくなくてプイッと遊エリアに向かって歩き出す。ぶっちゃけ寒い。もう限界だった。冷水シャワーの自爆もあるけど、そもそもこんな冬の日に屋外でビキニ姿になっているのが冷静になればなるほど間違っている気がしてならない。ぬるくても外で立っているよりはマシだとさっさと温水に入りたかった。


「ちょっと待ってよー」


隣に並ぶと当たり前のように私の右手を取って恋人繋ぎしてくる優恵。一緒に5段の階段を降りると、遊エリアの底に足がつく。水深は腰辺りまで。ふたり同時にしゃがみ込むようにして一気に肩まで浸かった。お風呂よりはぬるいけど、水よりは断然高い水温に一息つく。


「ふぅ……だいぶマシ」


「佳音ちゃん、あれ見て」


 優恵が指さしたのは、階段脇に設置されている遊エリアの案内板だった。多種類のジェットバスコーナーに、滝行コーナー。急流ゾーンや運試しコーナーなんてモノまであった。


「思ってたより色々ある」


「だよねー。どこから行こっか」


 そう訊きながらも、急流ゾーンは外せないし、運試しも気になるかなぁ。そんな呟きが隣から聞こえ、ワクワクしているのが伝わってきた。素直に感情を表に出せる優恵が眩しく思える。反面私は――いつもの私なら結局、自分から提案せずに優恵が行こうと誘った場所についていくだけ。でも、今日は……ちょっとだけ、頑張ってみようかな。そんな気まぐれ。


「……デートだっけ、そう、デート」


 空を見上げると、雲ひとつない青空だった。デート日和といえばデート日和なんだろうけど……何か違う気がするのも、私と優恵らしいといえば、らしいのかもしれない。


「佳音ちゃん? なにか言った?」


「ううん、優恵……私、運試しコーナー行きたい……かも」


 語尾がゴニョゴニョと小さくなってしまったけど、優恵にはしっかりと届いたらしい。一瞬、キョトンとした後、今日1番の笑顔で頷いてくれたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る