第2話  魔導書と鍵

イギリスはウェールズのポーイスにある町、ヘイ・オン・ワイ。古書店の町として30件以上の古書店が立ち並ぶ町だ。その中には一般的に出回らない書物、例えば魔導書を扱っている店なども存在する。イギリスは魔術と縁深く、魔術師たちを統括する『時計塔』もイギリスに存在していた。そんな町に1人の青年がキャリーバックを引きながら本屋を物色していた、それも魔導書がらみの店だ。


「ソロモンの小鍵の第二版に、ヴォイニッチ手稿の解読書の最新版か、これは悩むところだな」


古く原典に近い本と最新の解釈をくわえられた解読書、青年にはどちらも魅力的に見えた。だが、青年の目的は買うことではない。今日は不要になった魔導書を売りに来たのだ。超がつく一流の魔術師である母が書き上げた魔術書から、その理論のもととなった魔術書、それと――封印指定の鍵付きの魔導書だ。何件かのその手の古書店を見回って、青年は売る店を決めた。


「店主、魔導書を買い取っていただきたいのだがよろしいだろうか?」


青年の声に応じるように店の奥から痩せ気味の老人が姿を現した。だが、その表情はどこか焦っており、奥から姿を現したというよりも逃げてきたような風体だ。


「すまん、お客人。只今、取り込み中でな。木よ、岩よ、土くれよ、締め上げ、固まり、防護となせ、大地の鍵アースキー


老人の呪文と発動のトリガーとなる言葉で、魔術が正しく効果を顕す。奥の扉を木が覆い、岩が重しとなり、土がその隙間を埋めていく。


「いやぁ、青年おまたせしたの。魔導書を売りたいという話じゃったな。どれ、見せてみぃ」

「見せてみぃ、って、あれほっぽといていいんですか。神性存在の気配ありましたけど」

「あー、さっき売りに来た小僧が売ってきた本じゃ。ナコト写本の写しでの、第何版か分からんくらい近世のものじゃ」

「ナコト写本って、近世のものでもヤバい奴じゃないっすか」


青年が魔術の掛けられたドアを見るとこちらに膨らんできているのが分かる。こちらに出てくると、わけが悪い。ただでさえ、魔術師および魔術については基本秘匿が原則だ。それを匂わせる存在も然りだ。奥の扉がミシミシと音をたて始めた。店主が扉を見て渋い顔をする。


「店主、化物の方は俺が仕留める。店主はナコト写本に封印の鍵をしてくれ」

「お主、あれとやりあえるのか?」

「一応、それが出来る武術を修めているもんでね。多分、近世のヤツなら仕留められる・・・と思う」


少し自信なさげに青年が言う。神性存在との戦いというのは、正気を侵されながらの戦いとなる。よほど精神力が強くないと狂気に呑まれ、エサとなる。


「お主、名は?」

「紫藤総司、齢600を超える魔女、タバサ=紫藤の息子だ」

魔術師殺しソーサレスキラーの紫藤か‼ なら心強い、わしも魔導書に近づくことにできそうじゃ」

「んじゃ、店主カウントと共に魔術を解除してくれ」

「うむ、3カウントからいくぞ」

「了解。顕現マテリアライズ、聖ゲオルギウス」


店主の言葉にうなずくと総司は短く呪文を呟く。すると、純白の槍がその手に現れた。聖ゲオルギウス、竜殺しで名を馳せた聖人の使っていた槍のコピーだ。斧槍の形状をとっており、突くにも薙ぎ払うにもどちらにも扱える形だ。総司は斧槍を腰だめに構え、カウントに備える。


「3」


総司が腰を落とし脚にばねを蓄える。


「2」


斧槍を引き込み狙いを定める。


「1」


一拍早くばねを解き放ち、扉へと突進する。


「0‼ 開錠‼」


岩や木で覆われていた扉が元に戻り、内側から小型の鯨から触手を十数本生やしたかのような化物が飛び出してきた。それにカウンターで総司の突きが決まった。下顎の辺りを貫き、その勢いで扉の中へと押し戻す。総司と化物が扉の奥に入るのと同時に、店主も扉の奥へと飛び込んだ。扉の奥は、外から見た外観とは全く違う、大図書館の様相をしている。広さも十分あり、闘り合うにはちょうどいい広さだ。


「施錠」


店主が呪文を唱えると、扉がひとりでに閉じ、鍵が閉まった。


「内向きに鍵を掛けた。そう簡単には扉は破れまい。書籍には結界を張ってある。魔術師殺し、好きなだけ暴れてもいいぞい」

「言われなくても‼」


総司は化物に背を向け、斧槍を担ぐように斧の刃で切り裂き始めた。


「雄ォォォォー――ッ」


雄たけびと共に化物の下顎から口元までが一気に切り裂かれる。


「kyeeeekyloooooooooooo!?」


化物が耳障りな奇妙な叫びをあげる。その叫びに総司が顔をしかめる。店主も苦虫を噛みつぶしたような表情をしている。僅か一瞬だが正気に影響が出たのだ。ただの叫び声で影響が出るのであれば絶命の瞬間の断末魔の叫びはどれほどのものになるか、総司が内心頭を抱える。やりようはあるが、出来るなら使いたくない手段なのだ。いくつかの手段を思考しながら、総司は再び化物と正面切って対峙する。化物は下顎から口元まで切り裂かれ、体液をこぼしているがそれほどのダメージを負っているようではない。逆に戦闘意欲がわいたのか触手がうねりながら総司の間合いを測っている。総司も斧槍を構えながら、化物の隙を探している。両者動かなかったのは3分ほど、先に動きを見せたのは化物の方だ。触手が3本、先端を槍のようにとがらせて総司に襲い掛かる。総司は斧槍を縦に構えると、タイミングを見計らって円状に薙ぎ払う。3本の触手が硬質な音をたてて弾かれる。次に動いたのは総司だ。化物の懐に一足で飛び込み、触手めがけて斧槍を振り下ろす。


「セイヤアァァァァッッッ‼」


根元から触手が切断される。総司は動きを止めず、振り抜いた動きを円の動きへと変え次の触手を叩っ切る。しかし、化物もやられてばかりではいない。今度は5本に増やした触手を総司に向かって突き出す。総司はすべての触手に突きを合わせてこれを迎え撃つ。


回路接続コネクト風精の祝福ブレス オブ シルフ


キーワードを唱えると総司の体が線上に緑にぼうっと輝く。総司の魂に直接刻まれた呪文、いや呪紋が輝きを放つ。風の魔法について基礎魔術は無詠唱で行使ができる状態だ。総司はホバー移動するように床を滑りながら、距離をとりつつ風の刃を放つ。狙ったのは相殺した触手5本、刃が中り体液をこぼすが斬断には至らない。触手は切れ目からのたうつように暴れ始める。


「チッ、腐っても神性存在、この程度の魔術は効果が薄いか。ならば・・・」


総司は右腕を前に突き出すと、一言呟く。


追加詠唱プラグイン


右腕にまわりに魔法陣が展開され、目まぐるしく動き出す。


「我、この世の理に爪立てるもの。断空なる刃と見えざる渦をもちて、仇名すものを滅ぼすものなり。 法則をたどりて滅魂の災禍よ、眼前に顕現せよ‼」


右腕の光輝がひと際強く輝きだし、手の平の先に六芒星が出現すると鋭く回転を始めた。


「キル・シュレッド・エグゼキューションシフト、顕現イグジスト‼」


力ある言葉と共に化物の周りに風が集い始めた。集った風は刃となり、刃はさらに鋭い剣となり、竜巻をなした。化物の身体がよじれ、さらに風の剣に切り刻まれ体液をこぼしながら、徐々に捻じれ引きちぎられていく。しかし、そのままとどめを刺すまでには至らなかった。


「kyyyeeeeeeeegyuuuuuuuuuryiiiiiiiiiiiiiiiii!?」


再び叫び声をあげる化物。その叫びに再び、総司は顔をしかめる。同時に魔術へと注いでいた集中が途切れた。同時に化物の周りを渦巻いていた風の剣が霧散した。


「くそっ、こうも正気に影響を及ぼされちゃ、仕留めるのに時間のかかる魔術は不向きか、ならば・・・」


総司は今度は両手を突き出すと再び詠唱を始める。


追加詠唱プラグイン――、我、この世の理に爪立てるもの」


両手の周りに歯車のように複数の魔法陣が表れ、精密機械のように動き始める。


「我求むるは天の断罪、光り輝き断魔の咆哮よ、我が眼前の敵を討て。落ちよ、雷鳴、神鳴る力‼ 天の雷鳴パニッシュメント顕現イグジスト


力ある言葉と共に、部屋中を雷が蹂躙した。その雷すべてが化物へと殺到する。数十条にも及ぶ雷が化物を打ち据えていく。今度は悲鳴を上げることも出来ず、なすすべなく雷に打たれていく。数十秒続いた雷の乱舞が終わると、ぐったりとした体を横たえた化物の姿があった。焦げ臭いにおいを流しながら、化物は死んだはず、だった。


「groooooooooooooooooooooooooowwwwwww」


ひと際強い咆哮をあげて、化物が再び浮かび上がる。今度の咆哮は相当こらえたらしく、総司は膝をついている。店主もかろうじて意識を保っているような状態なのか倒れこんでいた。


「くそっ、これで火力不足ってか。神性存在の耐魔力を甘く見たつもりじゃないんだがな。そうなると、いよいよもって奥の手か」


総司は何か覚悟を決めると、呪紋に流す魔力を止めた。


回路切断カット・オフ――」


総司は両方の腰に手を置くと、十字架の刻印された二振りで一対の剣が、双剣が出現する。総司は双剣を抜剣すると、独特の呼吸を始める。


「コォォォォォォーーーーー」


呼吸と共に総司の身体に濃密な神気が満ちていく。それを危険と感じたのか、化物が突進してくる。だが総司は単純な突進を見切り、身をかわすとそのまま化物の身体に剣を突き立て切り裂く。化物は触手を突き立て、身をひるがえすと再度総司に突進を試みる。対する総司は両手に構える双剣に神気を流し込みながら、円をかくように身に引き付ける。


「シィッ‼」


鋭い呼気と共に、双剣を振るうと神気が十数に及ぶ刃と化し、鋸のように化物の身体を切り裂いていく。触手は断ち切られ、全身に斬撃の跡を残しながらも化物は口を開き、その奥から三叉に分かれた鋭くとがった舌を総司に向けて突っ込んでくる。総司は双剣を振るい舌先を撫で切りにしながら身をかわすと、呪文の詠唱を始めた。


「我、この身の理に爪立てるもの。我欲するは、巨人の膂力、ヘルメスの翼、瞬く間なれど与えよ、英雄を超えし力を、加速ヘイスト顕現イグジスト


力ある言葉を唱えた瞬間、総司の姿が書き消えた。そして、いつの間にか、化物の後方に立ち斬撃を浴びせる、かと思えばまた姿が消え斬撃を浴びせる、そして出現する位置を変えながら斬撃が続く。その速度は徐々に加速し、双剣が緋色に赤熱し始める。数秒もしないうちに、総司の姿は化物の周囲に数十の数を数えるものとなり、それが一斉に襲い掛かった。


「アーヴァン流神闘術、ヴァーミリオンサンズ‼」


一斉の斬撃と共に強大な神気を叩き込まれ、化物の姿が穴でもあけられるように削られていき、最後の一振りが決まったと同時に緋色の神気の爆発が起き、完全に化物を消滅させた。


「店主、起きてたら鍵を‼ 次のヤツが出てくる前に‼」

「わ、わかった」


かろうじて意識をつなぎとめていた店主はわたわたとナコト写本のもとに行き、封印の鍵をかけた。本から神性存在の気が漏れることもなく、数分が経ち2人は安堵の息を漏らした。


「いや、すまんの、魔術師殺し殿。こちらの面倒に巻き込んでしまって」

「いや、別に構いはしませんけど。代わりに店頭に並んでたソロモンの小鍵とヴォイニッチ手稿譲ってください。あ、あとこちらの魔導書も買取お願いします」

「わかった、命の恩人だしの。魔導書は譲るし、そちらのものも言い値で買おう」

「そう言ってもらえると助けた甲斐があります」

「打算あってかの?」

「打算なしで動く魔術師はいませんよ」


総司はそう言うと、笑みを浮かべ表へと行く扉へと歩みを進めていった。そして、扉に頭をぶつけた。


「あ、すまん。鍵外し忘れていた」


最後は格好がつかない総司であった。

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「本と鍵の季節」 剣の杜 @Talkstand_bungeibu

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