第二章 ソラへの軌跡

第27話 王国崩壊


龍の討伐から次の日、王国は崩壊した。

国のトップが龍の砲撃で死滅したのだから当然の帰結である。

かといってすぐに帝国が王国を支配するのかと言うと否である。

帝国は王国を完全掌握するより次なる戦に備える事を優先した。

理由はいくつかあるが、一番の理由としてはトップのいない国を統治する労力を割く必要性がないのである。

誰が好き好んで混乱し、難民となった王国の人々を1から統治しなければならないのか。

そもそもそれを行える人材も労働力も今の帝国にはそちらに回す者がいないのだ。

彼らの選択は国としては正しく、人としては間違っていた。

だが間接的にはといえ、王国は敗北したようなもの。

そんな彼らにわざわざ救いの手を差し伸べる必要がないのもまた事実。

故にネイトの戦争は、後味の悪い結末となって終わった。






王国軍は王を含め大きな貴族が軒並み吹き飛び、国としての体裁は既に崩れ去っていた。

故郷を失った兵士は周辺国に移住するか、盗賊になるか、王国軍残党のままか、もしくは絶望のあまり自殺するという末路を辿り、王国軍もバラバラになっていく。

残党は王国を再統治する為に王都から程近い【アースラン】の街に拠点を置いて、王国の再統治を計った。

しかし盗賊となった仲間と争うことになるという、あまりにも悲惨な状態となった。

移住を選択した兵士の一部は、その道中で野垂れ死ぬか盗賊に身をやつしたりと治安悪化に拍車をかけた。

そしてネイトは移住を選んだ。

父であるアグラは行方不明であると生存を匂わせる噂話があるが、ネイトは彼は死んだと割り切っていた。

でなければ生きていることに罪悪感を抱くだろうから。

それに故郷の街は気がかりではあるものの、母からの手紙で隣国に避難すると告げられており、最後に自由に世界を見てきて欲しいという父からの伝言が書かれていた。

その言葉にネイトは旅に出る選択をした。

いつかそれが困っている人達を救う為の手段を広げるのに役立つだろうと。

いくつかある周辺国の一つに拠点を移し、ネイトは冒険者として再起しようと考えた彼は失敬したスチームアーマーを運ぶトレーラーと友人たるコータ、そして仲間であるアンナと共に行くのだった。


勝手についてくるとも言うが。

























「だあっ!!」


鋼の両刃剣を振り下ろす先には枯れた子供のような魔物【ゾンビキッズ】が、何かに縋るように近寄る。

しかし剣が彼、いや彼女?まあとにかく魔物を綺麗に両断し己を形作る肉体を破壊されたゾンビキッズは塵と化す。


「………」


その有様を苦い顔で見届けるネイトに、アンナは忠告する。


「確かにあの子達は何かを求めて彷徨っている。でも、一番早く彼らを救うのは今みたいに彼らの魂を縛る肉体を壊すことしかないんだよ」


「分かってる……分かってるけど、考えてしまうんだ」


ゾンビキッズは明確には【ゾンビ】全体のうちの一つで、子供の死体を主に依代とする魔物である。

この世への未練や無念、生への執着が時をかけてこうした形になることはこの世界では珍しくない。

だがネイトが苦悩するのはただそのゾンビが子供だからという事でもない。


「故郷にいたのならあんな子が生まれないんじゃないかって」


「まぁた弱音を吐く。いつまでもクヨクヨしない!」


王国崩壊からネイトは王国のことが関わると弱気になる事が多々起きるようになった。

先程のゾンビキッズは王国からやって来たゾンビであり、他にも倒したゾンビは幾人もいる。

このゾンビ退治は傭兵ギルドからの依頼でゾンビ退治を行っているが、ネイトの罪滅ぼしも兼ねての行動でもあった。

そんな彼にアンナは不満そうに、いや不満たらたらの顔で彼の頬を引っ叩く。


「とにかく!こんな死角ばっかの所で考え事はしないで!考えることなんて後でできるんだから!」


「うん……」


「あーもう……シャキッとしないさいよ、シャキッと!」


傭兵ギルドでは彼の陰りのある顔もまた味が……と女性達は騒いでいるが、アンナはこの様子を目をかっぽじって良く見ろと言いたかった。

だが、彼が腑抜ける理由が理由だけにアンナも厳しくできないのもまた真実である。


「……ローゼの事はまだ分からないんだから、諦めないでよ」


そう、許嫁と定められたローゼの存在。

それが彼を引っ張っていた。

龍討伐の直前の手紙には「王都にいる」と明記されていたが、既に出立していたり運良く生きているのかもしれないのだ。

諦めるな、とアンナはノステラス王国の隣国【ララトラ】に来てから口酸っぱく言ってきたのだが、一番身近にいた人物故か戦闘中でも彼女の事を考えてしまうのだ。

アンナはどうにか一時でも良いから忘れさせようとしたが、やはりというか無意味であった。

勿論、彼女にはローゼが嫌いなどという感情はない。

アンナとてローゼの無事を祈っているのだ。

しかしそれはそれ、戦闘でもそんなことをしている暇はない。

それをすれば自分があの世に行くことになるのだから。

結論を言えばお手上げ状態の彼女達。

ゾンビ退治も規定数を超えたので街に帰ろう、そう思って二人は剣を収め帰路に着く……直後に上空に打ち上がる照明弾。

黄色に輝くのを確認した二人は、緩めた気を引き締める。


「黄色……緊急事態って事だよな?」


「そうよ。っていうか本当に人助けの時はちゃんと動くわね!?」


彼のお人好しには呆れる、とアンナはそう感じつつ不快には思わないあたり随分と彼に慣れたものである。











緊急事態の照明弾を打ち上げたのは一人の獣人の少女であった。


「シェアッ!」


短剣を両手に持ち、小手は殺傷力のあるスパイクガードで肉弾戦に有利に働く装備を身に纏う白銀に髪を揺らす美少女の頭には獣の耳が生えていた。


「ゾンビ、数想定外……」


片言で喋る獣人の彼女には、これから新たな出会いを得ることなど予想もしないだろう。


「大丈夫ですか!?」


ガサゴソと草むらをかき分けて現れたのは男女一人ずつのチーム。

どちらも魔獣の皮をなめした皮防具だが武器は鋼の剣と手入れされた弓を扱っている。

それを確認した少女は後ろから引っかき傷をつけようとするゾンビに回し蹴りで吹き飛ばし、前からのゾンビも短剣で首を掻っ切って沈黙させる。


「ん、助かった」


ネイトはその少女に思わず二度見する。

雪原に立つ白狼を幻視する程、美しい少女にネイトは剣を振るう手を止めてしまう。


「バカッ!余所見しない!」


と罵倒すると同時に、アンナの放つ矢がネイトの顔をすれすれにゾンビの頭を撃ち抜く。


「あ……ごめん!」


それに気を取り直したネイトは剣を握り直し、魔法を発動する。


「爆光せよ、発剣ッ!!【エンチャント・ボム】!」


武器類にかける【バトルエンチャント】の一つ、爆破のエンチャントを行い一時的に剣を当てる度に敵を爆破する魔法を剣に付与し、ゾンビを穿つ。


「爆発の衝撃が気持ち悪いな……やっぱり」


自分でやっておいて何を言う、と思うだろう。

爆破のエンチャントは剣にダメージを与えないように保護されているが衝撃までは保護されないので強力だが反面扱いづらい側面がある。

だが今回のような脆く数の多い敵の相手には爆破エンチャントは有効である。

それでも爆風と衝撃で剣の扱い心地は良くないだろうが。
























見た目は多く見えたゾンビ達であったが、それも程なくして全滅する。


「救援、ありがとう、ございます」


剣を鞘に納めて礼をする少女にネイトは「いえ、礼を言われる程ではありません」と、返す。

そんな彼に何か気になったのか、ネイトの体を嗅ぎ始める。


「あー!あー!卑猥な事はやめなさぁい!!」


ネイトと狼少女のその有り様にアンナは止めるが、狼少女を掴む前に彼女はネイトから離れる。


「臭う…」


「え?俺ってくさい?」


少女の言葉にショックを受け、アンナに思わず否定を求めるが……


「まあ、確かに死臭が引っ付いてるわね」


と嫌悪感を顕にする。


「酷い!仲間だと思ってたのに!」


項垂れるネイトを余所に少女は嗅いだその臭いが、自分の知る者である事を確信する。


「ねぇ、君」


「はい?」


ちゃんと風呂には入ってるはずなのになぁ……と若干的外れなことを考えつつ、彼女の問いを受ける。


「貴方、杭打ち、出会った?」


「え…!?」



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