第26話 リミットブレイカー
リミットブレイカー。
その名を聞くだけで分かる人間は分かるだろう。
ゲームで例えるなら全てのステータスの能力値の限界を超えた状態にするようなもの。
チートとも言われるその効果は絶大的である。
現に、支援魔法をかけられたフレイム……いやネイトの身体能力と魔力は本来よりも大きく向上され、フレイムも自動的にリンクブースト状態となっていた。
「湧き上がる……すごい、今なら何でもできそうだ……!!」
体の中の熱いものが、煮え滾りそれが体全体に行き渡った感覚とそこから感じる万能感がネイトを包み込み、ネイトは龍の目に飛びかかる。
しかし、龍はその姿を捉えるや否や目を閉じてガードする。
虚しく張り付くフレイムであったが、そこで終わらない。
「ねじっこむっ!!」
固く閉ざされた目蓋の合わせ目にフレイムの腕を無理矢理入れ込もうとする。
流石に龍とてそんな事をされることは初めてなので、敏感に反応してフレイムを振り落とそうと首をブンブンと回す。
勿論、デカいのでフレイムは大きく揺さぶられネイトも体が宙を浮く感覚にちょっとだけ漏らしてしまう。
「ひっ、ひぃぃ…」
戦場の怖さとはまた別の怖さにネイトは情けなく悲鳴を上げるが、ネイトは腕の機関砲のスイッチを入れる。
「―――――ッッッッッ!!!!!!」
声にもならぬ悲鳴、ではなく鼓膜を破かんばかりの大音量の悲鳴が戦場に響き渡る。
近すぎた歩兵は鼓膜を文字通り破壊され死に、スチームアーマーに乗っていたパイロットも耳鳴りに悩ませる。
そしてそれを間近でくらっていたネイトも、身体能力の強化によってよりダメージが深かった。
が、しかしそれらの回復も身体能力の向上で早まっているため、ネイトは次の行動を起こすのにそう時間はかからなかった。
突っ込ませたままの腕に、魔力を集中させエクスキュームコアの出力も集中させる。
これで駄目ならお手上げだな、そうネイトは嫌な想像を振り切るようにありったけの魔力を魔力の受信機である操縦桿に、特に右側に流し込む。
そして、ファイアボルトをフルパワーで放つ。
込められた魔力の多さの為か、龍の目を大きく包むように魔法陣は展開された。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
その名を【爆砕拳】。
極限にまで込めた、制御できたのが不思議な程の魔力量を一点突破に撃つ拳。
それを硬い鱗が守る皮膚ではなく、比較的柔らかい肉の中でそんなものを放たれてしまえば龍の鱗は逆に爆発の威力を閉じ込める容器となる。
そして一瞬にしてフレイムの放つ炎によって蒸発した龍の血液、体液が水蒸気と化して暴れまわる。
自慢の硬い鱗が弾丸のように弾け飛び、肉はただの筋肉の塊となり、骨は砕ける。
そして生物にとってとても大事な器官である脳も例外なく、龍の勇ましい顔は見るも無惨な有様となった。
いや、グロデスク過ぎてなんと言えば良いのか分からないくらいになっているので、あえて言えばそれが当て嵌まるとでも言うべきか。
起爆地点は右目であるのだが、左側の皮と肉を少し残してほとんど吹き飛んだそれは見慣れない者が見れば間違いなく吐くだろうと言える。
とにかく所謂、水蒸気爆発によって龍は内側から自らの頭部を破壊されたのだ。
未だ大量の血を残った胴体から滝のように流れ出る龍。
先程の龍の威厳はなく、しかしとてその惨状に味方も喜ぶ者もいれば吐き気に耐えきれず吐く者達が多発するという状況になっていた。
「マジで……これは死ぬ……!」
それでは爆砕拳を使ったフレイムはどうなったのか、ネイトは無事なのかと問われれば一応無事であった。
しかし、フレイムの腕は爆発に耐えれることができず右腕の装甲が捲れるように裂けていた。
同時に機体各所に爆発の衝撃のせいかエラーを吐いたり、機能不全となっていたが。
そんなボロボロの機体の中で、ネイトは全身を襲う疲労感と痛みに気絶直前になんとか耐え抜いていた。
ネイトは全身を打ち身したと、自分の怪我を予測しながら先程の爆発の際の事を考えていた。
「魔力壁に助けられたけど……一瞬蒼かったのは……」
爆砕拳を撃ち込んだ直後、フレイムの炎が赤から蒼に変色していた記憶が曖昧ながら脳に記憶に焼き付いていた。
それはなんなのか……答えの出ぬ問いに、答えを探すネイトであった。
と、同時に一点集中した右腕を派手に吹き飛ばしてしまい、機体全体の骨格、魔力回路や動力パイプ等が過負荷で限界を迎えており、人間の怪我で例えるならば全身粉砕骨折している状態である。
龍をスチームアーマー、特に対魔獣に特化した機体でさえこの有様なのだ。
スチームアーマー無き時代の人間達が龍や魔獣といった化け物たちを倒していた事に末恐ろしく感じ、その時代に生まれなくて良かったと思うのは当然だろう。
まあそれはさておき、壊してしまったフレイムの修理にコータから文句を延々と聞かされるハメになる事だろうと、ネイトは顔を青褪めさせていたが。
場面は変わりバサクとバーンの戦いはどうなっているのか。
答えから言えばギリギリの戦いであった。
原種にはない骨の盾はどこにそんな強度を保っているのか、フルパワーではないとはいえ出力80%のパイルランチャーを受けて盾を貫通するもそこで止めたのだ。
パイルランチャーの絶対とも言える威力を信じて疑わないバサクも唖然となった。
その隙を突かれて左腕が肩の根本から寸断され、脚部のホバーユニットもオーバーヒートして使えないというピンチに陥っていた。
「突然オーバーヒートとかなんだってんだ!動けよ!」
一応補足しておくと、魔法攻撃の回避にホバーユニットを酷使し、つい先程不意打ちを確実に決めるためにホバーユニットを無理矢理瞬間的に出力を上げてジャンプする荒技を行っていたのだ。
近付けば反動の凄まじいパイルランチャーとて、ブレなく当たるだろう。
そんな考えを読まれて骨の盾でガードされ、反撃に槍のように貫通力に秀でた魔法、【ファイアスピア】の嵐で左腕を損失したのだから苛つくのは理解できるが、ホバーユニットに関しては責任転嫁も良いところである。
ただの機械に文句を言ったところで治るわけでもないし、メカニックに文句を付けようものならルナに魔法に袋叩きにされるだろう。
そこまで想像が行くと、バサクも冷静になり最後の一発を装填する。
「ラスト一発……これで決めなきゃゲームオーバーだな」
ジャイアントマボーンに対する有効打は最後の杭を心臓部だろう、埋め込まれたヴェラトプにブチ込む事のみ。
守る側はいつも不利だ、とバサクはぼやく。
その直後、何かがとんでもない威力で爆発する音が空気を震わせ、激しい爆風が二人を包む。
「なに!?オレの龍がぁ!?」
まさか、と予定にない出来事に動揺するバーン。
そこをバサクは好機と見て爆風に流されるように跳ぶ。
「出力フルパワーッ!!」
バチッバチッと右腕にスパークが走り、青色に光り始める。
その輝きにバーンはレクトパイルが近付いてきたことを悟るが既にその時点で縦の内側、懐に入り込んでいた。
振りかぶる拳をしっかり狙いを定める。
「狙うのは心臓ッ、ただ一つだ!!」
拳がヴェラトプの胴体に触れる。
「アハッ、やらかしたねぇ☆」
自分の敗北をそう軽く流すバーンであったが、そんなことを気にする余裕のないバサクはトリガーを引く。
「死に晒せぇぇぇ!!」
ここまでの行動で約八秒程。
パイルランチャーから放たれた音速の杭は、確かにヴェラトプを貫く。
「ヒヒャ!まだ私は死ねないのでおさらばさせてもらうよぉ!」
だがコクピットには当てれず、ヴェントプとジャイアントマボーンのエクスキュームコアを撃ち抜くだけに留まってしまう。
「逃げんなクソ野郎ッ!!っておわっ!?」
コクピットから這い出てパラシュートで逃げていく白髪の男の姿にバサクは捕まえようとするが主を失い、己を動かす動力を失った骨の巨人は形を崩しながら倒れていく。
それに巻き込まれるバサクは元凶を捕らえることを断念し、自分の身を守ることに意識を切り替えてその場から離脱する。
「…こちら、マーカーA。ターゲットは脱出した。始末を頼む」
こうして王国と帝国の戦争は一時停戦、龍による魔獣災害を見事に排除し両者共に帰るべき場所にへと戦士達は帰っていくのだった。
………その裏で暗躍する者達を除けば。
「おやぁ?我輩を付けてきたとはどこの命知らずですかなあ?」
深い霧の中、自分を追いかける気配に気付いたバーンはネットリとした声を背後の存在にかける。
「俺様の魔力ならここら一帯を焼き払えば良いだけですからねぇ……大人しく身を差し出しt」
これ以上は付け回されまいと警告するバーンであったが、振り向いた先には何もなくそして視界が回転し始めた事に違和感を感じる。
「………」
何故自分の体が映っているのか、それを言おうとしたバーンであるがそもそも声帯と脳が切り離された今の彼には発声すらできない。
しかしそれだけの情報でも彼は理解できた。
狂った中でも己の死を自覚してしまえる頭脳を哀れむべきか、それとも彼の行った非道を鑑みて当然だと侮蔑するか。
どのみち残り数秒もしない最後の命には全く無関係な話だが。
「……フゥ。暗殺だって楽じゃないね」
そう吐き捨てるのはブラックマンの女性。
艶やかに、そして妖しげなその雰囲気はその場を支配していた。
バーンの遺体はドサリと倒れており、先程切り落とした首を確認すれば笑みを浮かべたまま死を迎えている。
「きな臭い顔だねぇ……ま、貰うもんは貰っていくよ」
バーンの体をまさぐり、目的の物を取り出すと彼女は引き上げる。
しかし、後に彼女は後悔する。
この時、バーンの死体を良く見ていればと。
良く見れば切り口から出る出血は少なく、そして流れ出る血の色もオレンジという、人の血液からかけ離れたものであったと分かるのに。
【人物像】
今更だけど人物像を軽く。
・ネイト・ヴェングリン
一人称は「僕」。前世はヒーロー物が好きであり、家も正義を指標としているため英雄願望がある。
金髪のイケメン……ではあるのだが少し中性的な顔立ちなので、初対面の人間は色んな意味でどう接して良いか分からない模様。
スチームアーマーは大好きと断言するほどオタクだが、まだその扉に立ったばかりだったりする。
・コータ・コーラル
眼鏡をかけた整備科。ネイトよりは身長は低い。
一人称は「自分」。語尾に「であります」をよく付け、スチームアーマーが好きでスチームアーマーの事になると早口になる、よくいるオタクの典型。
機械弄りが好きでメカニックになった。
・バサク
名字はない。黒髪で悪役なモブ顔。
ネイトより5歳上で、身体に残る傷跡は彼の人間不信の証とも言える。
口が開く度に汚く、少し幼稚。それ以外はそれなりに優秀な傭兵。
好戦的だが面倒臭がり、「普通」と「才能」、「努力」という言葉が嫌いであるとダメ男の要素を持っている。
ニヤけた笑い方が気持ち悪いと定評。
・ローゼ
純粋ながら強かさを持つという矛盾しているようで実際そうなのだからそれ以外言えない女性。
美人と言えなくとも男性を魅了する可愛さを持つ。
出番が少ないので多分一番存在意義が問われるキャラ。
・アンナ・エルレニウム
金髪エルフの元気娘。しかしながらちょっとだけ他者を弄ることが好きなお茶目な娘。天然で地雷を踏み込むこともあるので、油断できない。
・ルナ
本名はクソ長いので愛称で。褐色肌かつ銀髪のドラゴン娘で、幼い子供にも見えるがそこらへんは個体差なので実年齢とは関係ない。
竜人族の中ではまだ幼く子供のような扱いだが、一応成人。
追い出されるように故郷から出てきた影響か、周囲に接する時は大体冷たい。
バサクとは恋人関係ではないと言うが、ただの照れ隠しである。
・アグラ・ヴェングリン
ネイトの父。厳格であまり多くは語らない系の父親。
感情がない訳では無いが過去の体験と職務上から無表情がデフォルトで、感情が揺れ動く時は少ない。
・バーン・ヴェングリン
ネイトの伯父にあたる。ノステラス王国に大きな被害を及ばしつつ、王国の宝物庫に忍び込むという犯罪から国外追放された男。
一人称は定まることを知らず、常に変わる。
ハッキリ言って狂人である。
スチームアーマーの排斥、完全否定を思想として掲げており、【純魔法派】の筆頭として挙げられる。
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