第23話 山、駆け抜けて




「ネイト!大変よ!」


「ウブッ!?ゴホッ、ゴハッ!……急になんだよ!?」


朝食時に食堂用のテント内に駆け込んで来たアンナにネイトはかきこんでいたシチューを喉に詰まらせる。

そんな彼に心配する様子もなく、いや焦っている故に余裕のないアンナはいつもの彼女からは考えられない様子でそれを見ていた兵士達も彼女に気を取られる。


「魔獣が……龍が来る!」








一方で、ルナもまた龍を感じ取っていた。


「ッ……!」


「ルナ?」


「来る……龍が……」


「チッ、本当にタイミングが悪いな……」


人のいない早朝から機体の点検を行っていた二人は、すぐに武装の点検に切り替える。


「ったく、めんどくせぇ…」


欠伸をするバサクは軽く柔軟体操で身体を伸ばしてコクピットに収まる。


「ルナ。依頼主には先行するとだけ言っておけ」


そう言ってバサクはコクピットハッチを閉め、機体を起こす。

サブアームにスナイプライフルを懸架させ、ショットガンをマニピュレーターに持たせる。


「レクトパイル、出る」


土埃を立てながら出撃するレクトパイルを見送るルナはボソリと呟く。


「本当に、タイミング悪いね」


ルナのその視線の先にはお互いを押し寄せるように走る魔獣【氷魔狼】。

まだ警報が鳴らないあたり、気付いていないのだろう。


「逃げてきて早々悪いけど、死んでもらうよ……」


ルナの背後にオレンジに輝く魔法陣と、まるで空間を抉り取るように現れた黒い魔法陣が狂乱の氷魔狼達に向けられた。


「【エザーナorディストリ】」


炎と黒き線が手前にいる氷魔狼を駆逐する。

だがまだまだいるようだ。

しかし、まだ本陣に来るまであと200、いや300mか。

魔力の余裕はある。

そのためか、ルナは微笑みながら胸元に手を当ててからゆっくり握る動作と共に迫る魔獣に次の魔法を発動する。


「依頼主に死なれたら困るから、死んで。哀れな獣達よ」


それはかつて故郷での習慣であった【祈祷】だったのだろうか。

本人にその意識があるかは分からないが、獣の命を奪う際の礼儀と言えるその仕草はまだ、確かに彼女の中に生きているのだろう。
























場所は変わり、龍の近くまでやって来たバサクはその大きさに倒せるのかと勝利へのビジョンが見えなくなる。


「こんな山一つ背中に背負えるデカさってなんなんだよ。名付けて背負い……ハイザン…背山甲龍か?」


初っ端から最大火力である杭を龍のド頭にブチ込んでも良いが……と、そこまで思考がいってバサクはある事を思い付く。


「いや、それは妄想のし過ぎだろ……」


何者かによる仕業、そんな陰謀論を思いつくがバサクは妄想の行き過ぎだとその考えを捨てる。

……事はなく、念の為にとバサクは討伐から足止めに切り替える。


「過去の資料じゃコイツの近縁種はとにかく硬い、体力がバカみたいにあるって事は書いてあったな――」


あまりにもデカい、王国の首都や帝国の首都もその背に軽く収まりそうな背中に亀のように、しかしその足音は重く深い地響きと共に空気も少し震える音が集音器を通してバサクの耳にも届く。

同時に、それに紛れるように迫る魔獣の足音とその息遣いも。


「ワヴッ!?」


背後を取った、と確信のあったらしい10mの体躯を持つ【白虎】はレクトパイルの肩越しに撃たれたショットガンの散弾をもろに浴びてしまい、白虎は力無く地に伏せた。

その際、機体に散弾によって抉られた血肉が少々へばりつくが問題はない。

まあ、戦闘後の清掃は大変だが。


「あーあ、せっかくレアな毛皮なのに勿体ねぇな……」


そんなことよりも、白虎のレア度故にそれをドブに捨てるような事をしなければならない現状を嘆いたが。


















バサクが非常事態である今を嘆くのと同刻、ネイトら王国軍は氷魔狼や鳥型の魔獣【ホークアイ】を駆除していた。

いや、文明の利器をフルに使って射殺、もしくは斬り捨てているのだから虐殺と捉えられても仕方ないだろう。


「ファイアボルト!」


そんな状況の中、魔獣の群れを突っ切るように進むのはバルトメウ・フレイムである。

つい先程から地響きは止んでいるが油断できない状態である。


「ファイア――いやイメージで撃てるんだ、詠唱はいらない!」


そう意識を変えてからはどことなく硬かった動きがスムーズになっていく。

だが急がなければならない。

強大な魔獣であればあるほど、バルトメウのような特化型という存在は必要なのだ。

アサルトマシンガンとファイアボルトでフレイムに立ちはだかる魔獣を蹴散らし、ネイトは先を急ぐ。

大人達から託された魔獣の討伐、あれだけ嫌がらせをされていたのに魔獣と聞けば頭を下げて先程まで貶していた子供に懇願する姿は、ネイトにとって不快だった。

しかし、それは同時に魔獣の恐ろしさを知っているからこその行動なのだろうと納得もした。

複雑な気持ちでネイトは魔獣の元に辿り着くことを最優先に突き進む。

他のスチームアーマーは興奮状態の魔獣達の駆除を終えてから来るとの事だが、しかしそれがいつになるのかは誰にもわからない。

それが更にネイトの不安を感じさせるものだが、やるしかないのだ。


「3km、いや4km…?」


しかし、そのデカさはネイトの戦意を揺らがずには十分だった。

遠目で見てもデカいと感じさせる威圧感は、間近になればなるほど強くなっていく。


「これ、本当に倒せるのか……?」


故にそんな疑問を抱いてしまうのは当然の帰結と言えるだろう。

だがネイトは見つけた。

というよりも見つけてしまったと表現すべきか。


「く、クライミングしてる…!?」


ネイトの目に飛び込んだのは細い杭のような物でクライミングをするレクトパイルだった。





























バサクは背山甲龍の足止めとして杭を右前脚の関節に撃ち込み、挫けさせた。

だが巨体であればあるほど、そして特に龍種はファンタジーの象徴たるワイバーンやドラゴンの種である竜種と違い、生命力は段違いである。

数時間もすればすぐに動き出すだろう。

だからこそ、バサクはその間に自分の直感を確かめるために登る。


「スラスターユニットでもありゃ、ひとっ飛びなんだがな…」


ない物をねだってもない物はないのだ。

とはいえ、スラスターユニットという単語自体、この世界の人類には聞き覚えのないものなのだが。


「ようやく登りきったか……」


地道に脚部のホバーユニットに格納されていた腕の杭とは違う、細い杭を使って脚だけでも100m近い高さを登りきったバサクは、生身によるロッククライミング並に疲弊していた。

スチームアーマーといえど、落下速度を減速できなければ人間と同じく地面に赤い花を咲かせるだろう。

いや、スチームアーマーはロボットなので真っ黒な花だろうか。

とにかく、エクスキュームコアもフル稼働で機体全体に負荷がかかっている。

が、そんなのは関係ないと機体を山頂にへと移動させる。

龍の血を吸ってか、ただの植物の一つだった木々は黒くそして太く頑丈に変化し、レクトパイルが通っても木々が倒れることはなく、枝が折れることもない。

レクトパイルの黒い装甲をガリガリと引っ掻く音がバサクの耳に入り、バサクは改めてこの起き出した龍の時間の重さを感じる。


「他にも眠っていないことを祈るしかないな、これは」


こんなのが何匹もいるのは夢でも見たくないと独りごちるバサクは、王国、帝国の一時停戦、魔獣討伐に動くことを表明する通信を片耳に挟みながら、空を飛ぶフレイムがこちらに接近するのを静かに見ていたのだった。











一方、バーン・ヴェングリンは30mはあろうかという人型の魔物を起動させていた。

死者の生への渇望が生み出した命を刈り取る骨の巨人。

本来、エクスキュームコアがある胸部に銀色のヴェラトプが埋め込まれるように存在し、そしてそのヴェラトプは胸部に黒く蠢く球体が埋め込まれていた。


「私の夢、ワタシの夢見る世界!スチームアーマーなどより、魔法こそがこの世界の根幹を成さなければならないのだ!」


誰に向けるでもない言葉を吐き続けながら、男は狂ったように笑う。

が、それを煩わしく感じたのか「黙れ!」と支離滅裂な事を言う。


「フヒッ、スチームアーマーなどは消さなければならないのだ……本来あるべき姿に、世界を元通りにしなきゃならんのだ…」


同じことしか言わないNPCのように、ただうわ言を言ったり、笑ったり、怒ったり。

自分を見失った哀れな夢を追いかける者は、今も尚狂う。







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