第20話 激突


右翼を守備していたエネフ隊が全滅した、その報は本陣にもすぐに伝わり、戦力分散の欠点が顕になった。


「あっちも戦力分散している筈だが、やはり血塗れが……」


そうヒナマ山岳方面軍司令は次なる手を打とうと、指示を出す。


「遊撃に回している面汚しを行かせろ。同じバルトメウシリーズならやれるだろう」


そんな私怨たらたらの指示に流石のオペレーターや参謀も、それは不味いのではと意見する。


「中身が違い過ぎますよ!?」


「司令、流石にそれは無理があるでしょう」


止める彼らに司令は怒鳴った。


「アイツの家が過去に何をやったかお前達は知っているだろうッ!?子供でもあの家に生まれたからにはしっかり武術とスチームアーマーの訓練は受けているはずだ!」


忘れはしない、いや忘れてたまるか。

そんな怨みを持った彼に気圧された周囲の者達も、三十年前のあの日の記憶を思い出す。

一人の男の好奇心によって、引き起こされた王都への中継地であったとある都市の記憶。

都市の郊外で眠る死者達の骨で構成された【グランドスケルトン】による大被害は今尚、かつて子供だった、若かった人々の心に植え付けられている。

友人が、恋人が、親が苦しみながらゾンビに変えられ、それらを自らの手で殺すことになったあの日のことを忘れられるわけがない。

その惨状を引き起こした男と、止めれなかった家族を恨まない訳がない。




そんな感情が彼らの中で渦巻き、そしてその手は悪意あるものへ変わっていく。


「こちら司令部、面汚し。エネフ隊の穴を埋めろ。援軍が着くまで持ち堪えろ」


理不尽とも言っていい憎悪は、止まることを知らない。













「異世界って、思ったほど自由でも楽園でもないな……」


そうぼやきながらスティック型の操縦桿を前に倒しながら、踏み込んでいたペダルを放つ。

ネイトに、司令部からの命令に拒否権はない。

だからエネフ隊がいた右側の峡谷から来る敵軍を、上空から撃ち下ろすしかない。

ヒム・トゥオンフは被弾を恐れて崖にぶつかったり、車体をぶつけ合ったりと交通事故を起こしている。

だがしかし、上空にいようといなかろうと、危険なことには変わりないのだが彼を慎重にさせるのは血濡れの杭打、バサクが駆るレクトパイルである。

まだ素顔と全貌を明らかにしていない傭兵のスチームアーマーは、ネイトでなくても脅威であるが。

ガガガガッ、と音を立てながら銃口から火を吹くアサルトマシンガンを脇目にネイトはモニター越しに地表にいるだろうレクトパイルを探す。


「どこだ……どこにいる……!?」


焦る気持ちを抑えきることができず、息が荒く視線もあちこちに行っているがまだ発見できていない。

そして、視界の端で光が瞬くのを捉えた。


「避け……ッ!?」


初めてネイトは走馬灯というものを体感した。

全ての動きがゆっくりとなり、そして脳裏には前世の記憶から今を生きるネイト・ヴェングリンとしての記憶。

全てが一瞬にして過ぎった。

その中で一つ、とあるものが彼の記憶から呼び覚まされた。

それは、去年の入学から少しした後の話。

新米パイロットの死因を授業の一環で行っていた時の記憶が、ネイトの消えていたはずの記憶の本棚から引き出された。


『新米パイロットの死因の多くは油断して気を抜くこと。剣術を習っている人なら分かると思うけど、東洋で言う【残心】っていうのがないの』


戦争で彼女もどこかの戦場に行っているはずのエリーゼ先生が、授業をしていた。

授業を続ける彼女の言葉に無意識に耳を傾けるネイトに気付いてか否か。

その場において必要だと感じた言葉が、彼女の口から出る。


『でも気を抜かなくても死ぬときは死ぬ、それが戦場よ。だから、少しでも異変、例えば閃光や炎、何だっていいの。それが自分の死に直結する可能性が高いからこそ、それに対応した人達は口を揃えて言うの』




そして、思考はクリアになる。

答えはもう導かれた。


「あ゛あ゛あぁぁぁぁっ!!」


操縦桿を全力で引き寄せ、空を浮くフレイムを後退させる。

その直後、白い何かが通り過ぎ突風がフレイムが放つ炎のマントを大きく揺らがす。

急激にかけられたGにネイトは咳き込みながらも答えを言う。


「とにかく動く…ッ!とにかく動くんだッ!」


一方で、電磁加速器を使った電磁法【パイルスロット】の攻撃を外したバサクはチッ、と舌打ちする。


「気付かれた?だがこっちは影に隠れてた筈だ。ならマズルフラッシュに気付かれたか……?」


とにかく移動しなければと、バサクは機体を影から躍り出てアサルトマシンガン……にしては細身のライフルを抱えて移動する。


「そ、そこにいたのか…!」


ホバーによる移動をしながらこちらを振り向くと、マズルフラッシュが瞬く。


「ッ!」


それに反応して回避行動を取るが、元々当てる気のない弾は当たることなくフレイムの横を通り過ぎる。

もう少し左に寄っていたら当たっていたくらいには近かった。

だがバサクはネイトのギリギリの回避の正体を見抜いていた。


「たまたま視界に入って、反射が良かった奴の方か……!」


レクトパイルに持たせている【120mmスナイプライフル】は狙撃に適した武器である。

弾速も威力も十分以上の物を回避してみせたフレイムとネイトに、バサクはネイトの実力を改める必要があると感じた。

が、同時に妬んでもいた。


「良いよなぁ……俺と違ってな……!」




















このヒナマ山岳の戦闘は数十分後にお互いに睨み合う膠着状態となり、複雑な迷路になっている山岳地帯で小規模の遭遇戦が勃発する程度となった。

王国側は防衛ラインの強化と戦力の増強、帝国側は新たな策と増援の到着を待っていた。


決着の時はそう遠くはない。







そんな中でも、兵士達の息抜きは必要である。

日本からもたらされた娯楽の中にはリバーシや将棋、トランプ、果てにはスゴロクなどと様々だ。

それらに興じる兵士達とは別にネイトは手紙を受け取っていた。


「ローゼからの手紙かしら?」


「みたいだね」


アンナはローゼからの手紙に興味津々のようだが、ネイトは見せないと懐に隠す。

ちなみにコータはフレイムのメンテナンスでいない。


「見せてよ〜」


と、駄々をこねるアンナにネイト苦笑しながら拒否する。


「見せないから!後、見たいからって男の服に手を突っ込むな!?」


手紙を巡ってお互い一歩も引かない攻防戦の後、自室に逃げ込むことで何とかアンナの手から逃れられたネイトは扉の鍵をしっかり閉めて息を吐く。


「ちょっとぉ!少しくらい良いでしょ!?ねぇ!」


と、騒がしいアンナを無視して手紙を開く。

アンナは元気娘に見えて割とからかうのが好きな人間なので、普通に見られたくないネイトの気持ちは他の人にも理解できるだろう。

肝心の手紙の内容はやはりというか、テンプレを貼り付けたような体調を伺うような話をメインに世間話が入っていた。

が、一枚目はそれだけで二枚目は打って変わっていた。



拝啓、ネイト・ヴェングリン様。

一枚目はアンナちゃん用にテンプレを貼り付けた手紙なので、それを彼女に渡してね?

それはさておき、一枚目で書いていたように体調は大丈夫ですか?

もしも崩されたなら遠慮なく私の所に帰ってきて下さい。

私は実家の別荘で戦とは離れた暮らしをしていますが、ネイト君の無事を祈る日々です。

早く戦争が終わって欲しいものですね。

私は手紙で応援するしかないですが、私も出来ることをやろうと色々やってみることにしました。

もしかしたら、近い内に会えるかもしれません。

返信、お待ちしてます。




純粋に心配する内容にネイトの心は癒やされた。


「こんなに手紙がありがたいって思ったの、初めてだよ……」


止まらぬ涙を抑えているが少しの間だけで、結局涙を流した。

数分後、出せる涙を出したあと何の面白味のない一枚目をアンナに放り投げる事で二人の手紙騒動は集結するのだった。











【補足】

・グランドスケルトン

魔物の一種。半不死種に分類され、何らかの原因によって魔力が収束すると出現する。

誕生する条件としては、そこそこ大きな墓地であり、怨念や恨みを抱えて死した者がいると高確率で発生する。

収束した魔力は結晶化してコアとなり、動力源かつ擬似的な魂の有所となる。

墓の規模にもよるが平均全長は40mになり、人型から時に獣型、人型を元にした多腕型等とバリエーションも豊か。

出現した際の被害としては、墓の付近の生命体の殲滅、生命体の魔力回路を腐食化させる毒を撒き散らし、ゾンビ化させる被害が多い。



・120mスナイプライフル

地球のボルトアクションスナイパーライフルとほぼ同じ形状、銃器の分類がされているスチームアーマー用のライフル。

一般的な量産機では抱えて移動、静止射撃を必要とするが一部の出力の高い機体は片手持ち可能で、当てる気がなければ片手で動きながら撃つことも可能。

尚、名称が正式名称である【スナイパーライフル】ではないのは現地人による聞き間違いや訛によって変化した為である。



・外付け型30mmダルガン砲

フレイムの元々内蔵されていた機関砲を、取り回しと整備性を向上させるために外付けにしたもの。

他のスチームアーマーにも装着可能である。

ダルガンの語源は【バルカン】だが、こちらも現地人によって変化した。

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