第19話 ヒナマ山岳


ヒナマ山岳はエルンデル帝国にとっては西側、ノステラス王国にとっては東側にある山岳地帯である。

険しい山々は、かつてはファンタジーの象徴たる竜の住処としてヒナマ山岳は有名であった。

しかし、現在はその竜の姿はなく、強力な魔獣がはこびる魔境となっていた。

帝国と王国を繋ぐ道は峡谷全体が複雑な迷路となり、地元民でも迷わせる場所である。

その為、守りには適する地形であるものの、天然の迷路は時に味方にも牙を剥く自然の脅威としてそこに存在していた。

そんな場所を、帝国は人海戦術で簡易的に地図を作成し、王国側は百年ほど前の地図を蔵から引っ張り出してヒナマ山岳に対スチームアーマー用のトラップを仕掛けた。

閉所ではヒム・トゥオンフよりもシスタリアの方が対応力は高い故に、尚更にそのトラップは効くようで【M7 魔力地雷】による破壊力はシスタリアの脚部を派手に吹き飛ばす。

サカタ司令は苦境に立たされたが、バサクが助言をすることである程度は被害が抑えられるようになった。


「ペイント弾で地雷を誘爆させるんだ。M7は魔力感知じゃなくて圧力による刺激で起爆するからな」


その言葉を信じ、ペイント弾を装填させたシスタリアとヒム・トゥオンフが一定間隔で撃ち込むことで地雷を排除していった。

しかし、そこを抜けても王国本隊が待ち構えており、サカタは正念場だとこの戦の勝敗となる場所を理解した。


「前回の薄い防衛線と違い、ノス平野に割かれていた戦力の一部がこちらに来ているのだ。この戦い、押し退けれた方が勝ちだ。諸君!この戦に勝てば祝杯を挙げようぞ!」


「「「「おおぉぉぉぉー!!」」」」


勝たねばならない、祖国のために。

そんな思いを込めた雄叫びが空に響いた。





















帝国側は湧き立つ一方、バサクは王国の兵士の姿で王国軍の配置を見ていた。

生まれつきか、その育ち故なのかは分からないが、自身の存在感が薄いことを利用した潜入はバサクの傭兵としての価値観を上げるに十分であった。

バサク個人としてはそれを特技とするのはあまり気が進まないのだが、まあそれは置いておいて。


「……学徒兵が多いな」


少し見たことのある顔が何人かいた事を確認したバサクは、若干苦い顔をする。


「雑魚しかいねぇじゃねぇかよ…」


ド外道な事を言うバサクだが、その口はしっかり笑みを浮かべていた。

楽に仕事ができる、と。

だが、耳に届いた一つの声がその余裕を崩した。


「スカルア・ラスは閉所じゃあんまり意味ないし、僕としてはアームパックに変えたいけど……」


「いや、閉所だからこそ輝くでありますよ!ちょっと空を飛べるだけでも有利であります!」


「ちょっとちょっと!私も混ぜてよ!」


金髪の女エルフに眼鏡をかけた少年、そして十中八九誰もがイケメンだと言うだろうその容姿。

金髪碧眼の西洋のイケメンを体現するような男の、少年の名は……


「ネイト・ヴェングリン……!」


白き騎士とも、巷では言われるようになったバルトメウ・フレイムを駆るネイトがバサクの視界に入ったのだった。

後にバサクはこう言う。


「あれが最初で最後のアイツを殺すチャンスだった」


その後、バサクは食料庫の破壊工作を行おうとしたが警備を担当していた兵士によって入ることなく帝国本陣に帰ることになった。










そしてバサクの帰還後、程なくして王国軍と帝国軍の戦いが始まった。

やはりというか、帝国は狭い峡谷内でヒム・トゥオンフによる物量作戦を行っていた。

抉れる大地、破壊されていく峡谷を形取る崖。

それらが破壊されていく中、旧式となったヴェラトプが大盾を構えて銃弾の雨を押し進んでいた。


「流石に対策されるな。よし、シスタリア部隊を前に!バサク、君も頼む!」


「了解した」


サカタはそれに対してシスタリア部隊を前に出す判断をする。

三十路過ぎたサカタも、本来はスチームアーマーに乗って前に出たいのだが肉体の衰えを自覚して自粛している。

彼は部下に託すしかない。

だからこそ、彼は激励を飛ばす。


「我ら帝国軍の精強さを知らしめてやれ!」


「「「応ッ!!」」」


対して、王国軍もヴェラトプを盾にして前進していたアスタパイヤ達は各々の武器を構えて敵の本陣に斬り込む。


「進め!あの箱もどきを優先的に破壊しろ!」


指揮官機であることを示す右肩を白く塗られたアスタパイヤが後方から指示する。

王国側も士気は高く、勢いはついていた。

だが、そんな中でネイトだけは若干怯えるように緊張していた。


「面汚しは遊撃!身を張ってでも味方を守れ」


「……了解」


ギャハハ、とあえて汚らしい笑い声を聞かされるネイトは先日、国王が言っていた事を身を持って知ることになり、ネイトは大人達の大人気ないイジメにまた体調を崩すようになってきた。

戦場においては倫理観など知らんとばかりに、大人も子供も常識を忘れる。

それがネイトに牙を剥いているわけだが、それでも彼の味方をする友人はいるのだ。


「ネイト、あんな奴らの事は気にしないでよ?ここで気合で負けたら人生も負けよ?」


彼の盾となっているヴェラトプから届いてくるその声はアンナのもの。

少し、節操なく見えるだろうがネイトは彼女の励ましに吐き気は収まる。


「ごめん、後は大丈夫だよ」


「なら、とっとと行ってきなさい!」


そう押されるようにネイトはスカルア・ラスを展開し、飛行を開始するフレイムにシスタリア部隊は驚く。


「なに!?敵は空を飛べるのか!?」


「いや、だが攻撃が当たればやつとて!」


シスタリアが各々、アサルトマシンガンをフレイムを狙う。


「馬鹿野郎!目の前の敵を狙え!」


隊長機と一部の機体、熟練のベテランは狙う敵を見定めていたがそこに達していないパイロット達は目立つフレイムに注視してしまう。


「遊撃でも、倒せるなら倒しちまって良いよねぇ!?」


面倒臭い事をやらさせることに若干、自棄になりつつもアサルトマシンガンを発砲する。

初めて戦った時と随分、銃爪を引くのが軽くなったものだと、ネイトは客観的にそう思いながら自分に撃ってくる敵に弾を当てていく。


「機関砲は……あんまり使いたくないな…」


なるべくアサルトマシンガンで仕留めたい。

そう思うのは外付けとなった機関砲に装填された弾丸が原因である。

【魔法付与式弾】、略して魔弾は魔法の力を込めた弾丸であり、属性によってその効果は変わる代物である。

炎であれば弾丸は装甲を熱で脆くさせ、水であれば装甲を抉り取り、風であれば音もなく本体である弾を装甲の内側に貫かせる。

勿論、それぞれの弾にもデメリットもあるが機体に施される魔砲と違い、こちらは弾丸に魔法が刻まれるため、比較的容易に量産できることから特殊弾たる魔弾は多くの国家が生産、備蓄されている。

とはいえ、通常弾と比べればそれなりに高価なのでおいそれと無駄遣いできる物でもない。

が、使う時に使わなければ宝の持ち腐れ。

遊撃を担うことになったフレイムに魔弾を装填した機関砲は十分、遊撃を行うことができるだろう。

現在、機関砲に装填されている魔弾は【炎弾】。

だがそれを撃つにはまだアサルトマシンガンの残弾は余裕があり、炎弾自体は大きなダメージを与える威力はないため、ネイトは思わず舌打ちしかける。


「僕は王国の面を汚した覚えはないんだけどな…!」


そう言いながら着地滑りしながらアサルトマシンガンを撃ち続けるフレイム。

フレイムに夢中であるシスタリアは意識外からの攻撃、アスタパイヤからの攻撃で撃破されていく。

が、それも全体的に見ればまだ小さな被害。

サカタはヒム・トゥオンフのキャノン砲の使用を許可し、狙撃に徹させる。


「ヒム・トゥオンフ隊、キャノンの使用を許可する!脚を狙え!」


そんな彼の言葉が終わった直後、砲撃が始まり着弾の土柱が立つ。


「僕がやる!」


「面汚しは黙って援護しろ!」


「ですが!」


「そっちは俺達で処理する!」


憎しみのこもったような、そんな大人からの言葉のキャッチボールの交渉は失敗に終わったネイトは歯痒く思いながら弾が切れたアサルトマシンガンを崖の崩壊でできた岩陰でリロードする。


「……了解ッ」


ヒム・トゥオンフの狙撃は鋭く、ちょうどフレイムの横を駆けていたアスタパイヤが左足を吹き飛ばされて倒れる。


「クソ!ヘマをやった!」


そう愚痴るそのパイロットは、次の瞬間ヒム・トゥオンフの追撃の砲弾が頭部に入り、そして貫通して腹部にあるコクピットにまで到達する。


「あ゛あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


そんな痛烈な叫び声に、ネイトは耳を塞ぎたくなるのを我慢して岩陰から機体を敵に曝け出させて前に突撃する。


「撃たせるかッ」


「うわぁぁっ!?」


狙われたヒム・トゥオンフの目前にまで近付いたフレイムは、アサルトマシンガンの銃爪を引く。

2秒程、銃口から火が吹きヒム・トゥオンフに複数の穴を開ける。

既視感ある爆発の次の瞬間にはろくに狙いも定めずにマシンガンを乱射する。

それだけでヒム・トゥオンフ達は爆散していく。


「脆すぎやしないか……?」


そんな呆気ない終わり方に、逆に怖くなってきたネイトだがそうも言っていられない事態が起きる。


「こちらエネフ隊!血塗れが!血塗れがいる!増援を―!」


言葉を終える前にノイズで塗り潰された通信機に、ネイトはあの日本人めいた顔立ちの男を思い出す。


「バサク……!」


震えが止まらなくなったネイトは、蒸された汗から一瞬で冷汗に変わったのが理解できた。






















丁度その頃、ネイトのいる峡谷とは別にいたエネフ隊を殲滅したバサクは前進するヒム・トゥオンフとシスタリアを見ながら機体の身の丈程ある片刃の大剣をルプスパイルは担いでいた。

風で黒いマントがたなびくが、その中も黒いため遠めから見れば特に変わりもしない。

だが、バサクは下半身と泣き別れしたアスタパイヤを見て何を思ったのか、笑みを浮かべる。

それは誰に向けてのものなのか、それはまだ誰にもわからない………







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