第18話 トラウマ
国王に呼ばれている。
アンナにそれを聞かされたネイトは、息を呑む。
ノステラス王国の主であるマイトラク国王と国の要たるガイア大騎士団長の前に出ろなんて言われればそうもなろう。
「あとネイト君の表彰と一緒に戦死した学徒兵の追悼もするらしいわよ」
「そう……」
学徒兵の慰問、ネイトの記憶にある同僚達は皆今になってようやく知り合いと呼べるところに来たのに、帝国が奪っていった。
前世では体験することもなかっただろう戦争の怖さを体感したようにネイトは思う。
たったの一発、スチームアーマーが放つ砲弾の着弾地点の近くにいるだけで四肢が散らばり、人の形を失った血肉が地面にへばりつく所を間近で、フレイムのモニター越しに見た。
異世界転生によくある壁を貫くほどの勢いで吹き飛ばされても大丈夫な肉体なんてギャグにしかないのだ。
それをネイトは再認識させられた。
そんなのはまだスチームアーマーのような巨大ロボの方が納得できるとも思っていた。
まあ創作物なので、あーだこーだと文句を言ったら終わりがないのはネイトとて理解している。
だからこそ、そんな異世界の幻想を打ち砕く現実的な死に方をした同僚達には感謝をしているし、そして絶望を見せつけられた気分だった。
「うぷっ……」
「あっ!ごめん!思い出したくない事を思い出させちゃったね…!」
途中で吐き気を感じたネイトは、口に手を添えて抑える。
それを察したアンナは、ベッドの脇に置いてあったバケツをネイトの前に出し、そこに吐き出させる。
「大丈夫、もうここは殺し合う場所じゃない……」
静かにネイトの嘔吐する音と、アンナの小さな鼻声……子守唄の類だろうか?
それを聞いているうちに、ネイトの吐き気は収まり、ようやくネイトは戦場からの帰還を果たした。
翌日、ネイトは学生服で王城に来ていた。
本来は軍服や貴族の正装で入るところだが、学生であることと体調不良により早退する可能性もあることを考慮して、今回だけの特例として学生服で訪れることを許可されていた。
それはネイトと同じように戦場でのトラウマやPTSDになった学徒兵達も同じだった。
むしろ、ならない方がおかしいくらいにいた。
その中に勝手にネイトが指標かつ、ライバルとして意識していたサスディウスの姿があるわけがなく、ガイア大騎士団長のすぐ横に静かに立っていた。
「ネイト・ヴェングリン二級子爵、先の戦いではご苦労であった。体調を崩していたと聞いていたが、大丈夫かね?」
学徒兵と、その親たちに囲まれて謁見の間でネイトは学徒兵代表としてマイトラク王の前に出ていた。
王国貴族が目の前にいるのだ、冷や汗が止まらないネイトを第三者から見てもどこか落ち着きがないように見えるだろう。
「は、はい。この度は王城にお招き頂きありがとうございます。そして、学徒兵代表として仲間達の追悼式、感謝いたします!」
なんとか言えた、とネイトは内心安堵したがまだ緊張の糸を切るには早い。
緊張を張り詰めたまま、王の言葉を待つ。
「うむ。まずは、死した若者達に黙祷を捧げよう……」
そう言ってガイアに視線を送り、ガイアは声を張り上げて言う。
「追悼の意を示して、黙祷!」
どこかで泣く声が聞こえるのは気の所為ではない。
戦場だからか、今まで特に関係のなかったクラスメイトや知り合いとの折り合いをつける時間はしばらくかかった。
そんな悲しみの中、ネイトはもうこんなことが起きてたまるか、と改めて自分の戦う意味を、正義を見出したのだった。
だが、少し感じる視線はまるで敵を見るようなものでネイトは何だろうと疑問に思うのだった。
黙祷が終わり、ノス平野での憂鬱とした雰囲気を晴らすかのように祝勝会が始まっていた。
本来ならばこの程度では祝勝会など開くことなどない。
だが国王の配慮の元、こうしてあえて祝勝会をあげている。
本当ならまだ戦争に出るような者ではない、子供達だからこその祝勝会だった。
「ネイト君、ちょっと良いかね」
「お、王様!?」
ネイトも王宮仕えの料理人が腕によりをかけた豪華な料理に、数日の空きっ腹に詰め込んでいた。
そんなところにマイトラク王が彼に会いに来た。
「なに、ちょっとそこのテラスで少し話すだけだ。それに公の場ではない、砕けた口調で良いぞ」
「は…では……ありがとうございます。それで用件は?」
もう少し崩しても良いのだがなぁ、と歩きながら言う王にネイトは内心では「無理に決まってるだろ!?」と思っているのだが、それを口にすることはない。
王様なんていう、偉い人にあったことなどないネイトにとっては下手に気を抜けない相手なのである。
そうしてテラスに着き、話が始まる。
「さて、お主はバーン・ヴェングリンという、お主の父の兄を知っているかね?」
「いえ……幼少期から少し前まで、必要以上の情報は与えてくれなかったので……」
ネイトは自分に伯父がいる事に驚きつつも、では何故その人物が近くにいないのかと疑問を抱いた。
「まあ、特に隠すわけでもないし機会も丁度いいから話しても大丈夫じゃろ。さてさて、どこから話すべきかの……」
王の威厳を保つためか、口調は変わらない。
しかしそれでもどこか話を無視をできないような気迫を、目の前の王は発していた。
それを感じるだけで、何なのかは分からないネイトでもそれは何となく理解していた。
王の口から語られたバーンという男の話と、ヴェングリン家が辺境にいるのかという理由も含めて、王は語った。
その昔、若かった王には件の男、バーンは後輩であった。
学園では優秀な成績を収め、スチームアーマーにおいても才能を見せていた。
そんな彼に助けられたり等と、彼に心惹かれた女性や友人はほんの少し目を離したうちに増えていて、王も驚いていたようだ。
だが、そんな日常も学園を卒業してから狂い始めた。
王は言う。
触れてはいけない禁忌の技術に、触れてしまったと。
王城の地下に眠る五百年前の世界規模の戦争の遺産に王にも秘密で触れてしまったのだ。
それからだ、彼が魔物や魔獣を操る魔法を研究し始めたのは。
険しい顔で若々しいガイアだが、実年齢は……と話に関係ない話も混じえながら話の中心に入る。
「彼は、奴はかつてフレイムを乗りこなした時の事を、その全能感に飲まれていたのだよ」
「フレイム…?何故、そこでフレイムが……」
「バルトメウ・フレイムは元々、この国が生まれたときからヴェングリン家が代々受け継いできた機体だが、バーンの代のことは全て抹消したからな。だから機体も量産機と変わらん、アームパックを付けた貧弱な姿になっていただろう?」
「じゃあ、やっぱり今のフレイムが……」
「本来の姿に近い。そして、バルトメウシリーズは悪魔が誘う欲望の機体とも言われておるのだよ。これはあまり一般には知られてないがな」
「悪魔の……機体?」
どこかで聞いたようなワードだが、気にせずその意味を問う。
「どういうことですか?」
少々躊躇った後、王は語った。
「バルトメウシリーズは特定の条件を満たすとパイロットと同化して、一騎当千の名が相応しい力を得るのだよ。だが、その力はパイロットに優越感や全能感を与えるがゆえに殺人鬼や戦争を求める人間に成り下がるのだよ」
バルトメウの神秘に触れたからこそ、王家によって守られてきた遺跡の中身を知りたくなったのだろう、と先程の話と繋げた。
「つまり、俺……自分の伯父は過去の遺物の力に飲まれた、ということですか?」
「まあ有り体に言えばそうだな。今や彼は私や友人だったガイア、そして肉親たるアグラさえ見違える狂人になってしまった」
人体実験から捕まえた魔獣を使った実験も行い、その非人道的な行いから国外追放されたバーンだったが、どういうわけか帝国に拾われていた。
そこで彼の昔語りは終わった。
「まあ、これで一通りは説明できただろう」
「……驚きと情報の多さでちょっと受け入れがたいですね」
ネイトはもうお腹一杯で、受け入れるのに必死であった。
「今の子供達には知らんだろうが、大人達は記憶に残っておる。大人には敬遠されたりするだろうが許してくれ」
「いえ、あの視線の理由も分かりましたし、今のところ周囲にはそういう人はいないので大丈夫です」
「……ならば、そういう者達に会っても恨まないでくれ」
「…はい」
彼の道は、どうやら険しいもののようだ。
数日後、新たな戦場に行くことになった学徒兵達は初期の数百人から百人程度にまでその数を減らして戦場に行く大型の魔導車、まあ観光バスのようか物に乗り込んでいた。
ネイトもその中にいるのだが、その隣がアンナであることにネイトは溜め息を吐いていた。
「本当に来るの?」
その問いにアンナは即答する。
「死んだら私だって死ぬんだから、一蓮托生よ!」
「はあ…」
こんな娘が殺風景な戦場に来ていいのか、そんな心配を抱えつつネイトは睡眠に入る。
「父上、どうして伯父の教えてくれなかったんです……?」
周囲には彼を忌み嫌うような者達はいなかったが、それでもいつかそういう人間と出会ってしまうという不安と恐怖はネイトに大きく伸し掛かっていた。
そして、そんな不安はすぐ先の未来で【王国の面汚し】と罵られる事で改めて自覚するのだが。
【後書き】
ランキングの変動の激しさにビビりつつ、マイペースに書いていこうと思う今日この頃。
関係ないけどロボはCGより手描きの方が違和感なくて好きです。
CGも悪くないけど、平面絵と比べると違和感でちゃうんだよね……
それはさておき、感想やフォロー、ありがとうございます!励みになります!
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