第17話 戦う意味


「ネイト君、大丈夫……ではないよね……」


そう言いながら寝込む少年の面倒を見るのは彼の巫女たるアンナ。

ノス平野の攻防戦から数日。

あの日からフレイムのコクピットから転げ落ちるように降りたネイトは、ストレスによって吐き気が止まらず、食べたものを嘔吐してしまうのもしばしば起きた。

そのため、後方に送られ療養する事になったのだが………


「音だけでもこんなになるなんて、戦場って怖いわね……」


アンナは戦場に赴いたことはないのでよく分からない。

勿論、この世の中なので荒事や魔獣を狩ったりと戦闘経験がないわけでない。

だが、それよりも遥かに精神に悪影響を与える戦場は初めて命を奪った、新米の傭兵よりも重い。

そんな所を三、四週間近い間そこにいたのだ。

安堵と共に反動が来てしまったのだろうネイトを見るアンナの目は、同情や慈悲の瞳であった。

ガチャ、と扉が開くと現れたのはコータ。

見舞いに来たのか、その手にはリンゴが入った籠が握られていた。


「あ、アンナさん」


「あら、コータ君。お久しぶり?」


「そうでありますね。入学から半年くらい後くらいでありましたね」


コータはアンナによってスカウトされたので、二人は知り合いだ。

とはいえ、アンナは新たなる原石探しで忙しくコータも勉学でそう簡単に会うこともなかったが。


「こんな質素な簡易兵舎じゃなくて、実家で療養させてあげればいいと思うでありますが……」


何もない、生活感のない兵舎が建てられたそのままの光景を晒すネイトの寝室。

とはいえ、ネイトとてこんなところに好きで寝ているわけではないのだが。


「今は落ち着いてるけど、またぶり返してくるかもしれないからゆっくり療養させないとね。でもあんまり長くもないから厳しいわね……」


アンナはネイトの友人であるコータにネイトの容態を教える。

それを聞いたコータはその意味を悟った。


「……王様が呼んでいるのでありますね?」


「そうよ。戦場を知らない私が言うのもアレだけど、結構辛そうなのに呼ぶとかどんな神経してるのよ……」


どちらも不満そうな顔を露わにする。

が、そうしても何も変わらない。

数分後、アンナと少し世間話をしてコータはリンゴを置いて退室した。

また静かな時間になった空間で、ふとアンナは彼が戦う意味を持っているのかと疑問を感じた。


「いや、それは彼が起きてからで良いわよね。今は彼の心が悪夢に勝つのを待つしかないわね」


自分の命にも関わるのだから、とは口にしては言えないが。




































場面は変わり、ノス平野から遠く離れたヒナマ山岳の峡谷で激しい帝国と王国の戦闘が行われていた。


「ぶ、血濡れの杭打が!黒い奴が…!」


「駄目だ!戦線が崩壊している!撤退の指示を!」


「俺の腕がぁぁぁ!?どこだ、どこに行ったのぉぉ!?」


阿鼻叫喚、地獄絵図とはこのことなのだろうか。

歩兵たちはモザイク必須の姿になった者や、四肢のどこかを欠損した者もいる。

後は少し前までは人の形をしていたミンチ肉もそこらかしこにあるが。


「なんで帝国に雇われてるんだよ!?畜生ッ!」


ヒナマ山岳の近くの領主であるガラス・モッサ一級子爵は、敵となった血濡れの杭打の姿を睨んでいた。


「傭兵だとはいえ、金の為なら敵にも属するか……」


既に勝敗は決した。

敵の追撃は激しいだろうが、なんとか撤退しこの事を知らせねばならない。

ガラス子爵はそう判断し、伝令兵に情報を記した手紙を渡し、ガラス子爵もまた撤退の為に魔導車に乗り込む。


「急げ、死ぬぞ」


「は、はい!」


ノス平野の攻防戦とは打って変わり、敗北に終わったヒナマ山岳の戦いは血濡れの杭打の活躍によって王国の不安は大きくなるのであった。






さて、それを成し遂げた当の本人であるバサクはヒナマ山岳方面軍司令、サカタ・ラサシマの軍議の席に座っていた。


「あの親の七光りの坊っちゃんがヘマをしたらしいが、まあ本命であるこちらの戦いは勝利を収めたのでまあ良いだろう。問題はここから先へだ」


勝利に浮かれる時間も無く次の作戦を考えるサカタとその部下達。

そんな彼らに対してバサクはガッツリ寝ていた。

本来ならば彼とてこの場ではちゃんと軍議には参加するのだが、いかんせん先の戦争では敵であったが為に信用がイマイチで、それ故に連戦させられたという経緯があれば納得できるだろう。

そして彼の膝の上には、定位置だとでも言わんばかりに竜人族の少女が座って彼らの会話を聞いていた。

とはいえ、その当人もつまらなそうに欠伸をしていたが。

そんな態度では最初は黙っていた部下達やサカタと友人、協力関係にある貴族達が何も言わない筈がなく、一人の貴族が苛立たしげに言う。


「ええい!貴様ら!軍議の場において眠ろうなどと、サカタ様を侮辱するか!?」


自分達は必死に考えているのに、コイツらは何故ここにいるのだと彼らは口にはせずとも遠回しにそう言っていた。

そんな彼らに竜人族の少女……ルナは口を開こう、としたところでサカタがその貴族に言い放つ。


「バサクはパイロットで、彼女はメカニックだ。疲れているところを私が連れてきたのだから許してやれ。それに客将とはいえ、軍議には参加させるべきだと言ったのは君だろう?」


「し、しかし…!」


「二度も言わせるな。それとも私に責任を取らせるつもりかね?」


「……分かりました」


ようやく渋々引き下がるその貴族に、ルナは何か言うこともなく、庇ってくれたサカタに礼を言うこともなく背をバサクに預け眠りこけるだけだ。


「こんなやつが客将待遇だと?巫山戯るな…ッ」


その貴族の目には強い殺意と美少女を侍らせていることへの嫉妬が、垣間見えていた。

だからといってバサクを殺すほど短絡的でもない彼は、自分の地位の優越感で我慢するのであった。

所詮は血濡れた下賤な者だ、だから高貴な自分に引っ付くような女も下賤なのだと。








軍議が終わる頃には既に朝日が昇ろうとしていた。

その少し前くらいに起きたバサクとルナは、峡谷に流れる小川で体を洗い、汗まみれの体を洗い落とした。

帝国本陣に戻る最中、ルナはふとこの戦争に参加した意味を問う。


「バサク、そういえばなんでこの戦争に参加したの?お金なら紛争地域で稼げるのに」


そう言う彼女にバサクは答えた。


「……まあ、色々あるが一番は遺跡探しだな」


「遺跡……五百年前の?」


「ああ」


「なんでそんな昔の物を?レクトパイルの強化にでも使うの?」


「それがあれば使わせてもらうが、一番の目的は別さ……」


「そう、じゃあ教えてくれないのね」


「…………」


そこは聞いてくれよ、とバサクは内心突っ込むがルナはだんまりを決め込んだので会話のキャッチボールが続けられなくなった二人は少々気まずい雰囲気のまま、本陣に戻るのだった。















更に数時間後。

一人の男が目を覚ました。


「う……」


呻きと共に起床するのはネイト・ヴェングリン。

まだあの戦場のことは脳裏にこびりついて、心を蝕むが今は倒れた直前より精神は安定し、体も至って好調であった。


「おはよう、ネイト君。今日も起きてるかぁ……」


周囲を見渡して場所を確認していたネイトに、バタンと扉を開けて現れたのはアンナ。

何事もなかったかのようにカーテンを開き、日差しを入れる彼女にネイトは数日ぶりに使う喉を震わせる。


「……お、おぉはよう」


「はーい!おはよーございまーす!……ってええ!?」


「え……」


アンナはネイトが目を覚ましていた事に驚き、ネイトはそのことを気付かなかったアンナにドン引きしたのだった。














【補足】

・貴族の階級について

高貴な順に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵とあるが更にそこで3つ階級が数字で分かれる。

男爵が平民に与えられる最低地位、子爵は貴族、特に学徒兵や新米の兵士に与えられる地位、伯爵からは功績や勤務時間によって上がる中堅的な地位となり、侯爵もまた同じく。

公爵は一軍を率いる立場であり、ノステラス王国の東と西で格下の貴族を配下とするのが公爵である。

公爵にも、一級、二級、三級と割り振られているが、西も東も一級公爵であるためほとんど使われることはない。

尚、他国では多少の差異はありつつ広く使われる階級である。



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