第16話 その身を焦がして


不思議なものだ、とネイトは感慨に浸る。

この大空は、前世で飛行機の窓から見た青空と変わらない。

パイロットスーツのバイザー越しとはいえ、綺麗な青空だと解る空は本当に綺麗だとネイトは思う。

だからこそ、自分が戦場にいる事に違和感を感じてしまう。

どうして戦争なんてしてるんだろうと、ネイトは虚無感を感じる。


「こちらの準備は完了!ネイト君、後は君のタイミングだけだ!」


こんなに意気揚々と戦場に赴く日が来るなんて、想像できただろうか?

いや、それは初めての戦場を体験する学徒兵や新兵、今ネイトのオペレーターをしている男とて同じだろう。


「了解ッ!」


切り込み隊長として任された期待がネイトの肩にのしかかっている。

それに応えるために、ネイトも気合が入る。


「………行きます!」


掛け声と同時に宙を浮いていたフレイムは、ヒム・トゥオンフの群れ目掛けて急降下するのだった。




























帝国の総指揮官、ヴァナ・リンリースはこの戦は勝ちだと確信していた。

所詮、相手はここ百年争いを経験をしていない平和ボケした国。

帝国の圧倒的な物量と火力なら、一気に王都まで押し込められると思っていた。

だが、ヴァナとてまだ若輩者であった。

反抗組織相手に何度か歩兵として前線に出た経験しかないヴァナは、統率者としての心構えがまだ未熟で構え自体がなっていなかった。

だから、相手の動きの変化に気付かなかった。

部下からは既に偵察の兵から、戦闘準備が行われていると伝えられていたのだ。

しかし、それを聞き流してしまった。

この戦い、結論から言ってしまえば両者共に軍の頭が無能であった為、お互い被害が大きく出てしまったのである。

ピステルキンは臆病過ぎ、ヴァナは才能云々よりも経験の足りなさと慢心が原因となった。


「敵襲ッ!敵襲ーー!」


「なに?」


その時、頭上を見上げていた者は運が良かった。

でなければ、突然の大きい土柱に困惑していただろう。

そして、その間に死んでいたかもしれない。


「ぐああぁぁぁっ!?」


頭上から落ちてきた一機のスチームアーマー。

白く輝いてその姿をはっきりと確認できないが、そんな事ができるのは魔獣かスチームアーマーしかないというのは瞬間の判断で理解できていたのだから。


「迎撃!迎撃だ!」


「リンリース殿!早く退避を!」


頭上から撃ち下ろしてくるフレイムに稼働していたヒム・トゥオンフの数機が、ミニガトリングガンで弾幕を張る。


「地上の時のよりはマシッ…!」


ミニガトリングガン程度ならフレイム本体の装甲で耐え切れるが、それでも何度も当たり続けると装甲を抜かれる。

その為の対策としてヴェラトプが使用していた大盾を使って本体への被弾を減らす。

おかげで直撃弾は全て盾に当たってくれた、とネイトは元々はコータが発案の戦法に感謝しつつ、自由落下から飛行モードに変更する。


「フッ……グゥゥゥッ…!」


急速な減速によるGが体にかかるが、それに耐えたネイトは垂直落下から、斜めに落下飛行を始める。

元々狙いはヒム・トゥオンフ部隊。

火力の元を潰せば、自ずと勝機はある。


「きっ、来たっ!?」


ヒム・トゥオンフのパイロット達は、迫る白銀に輝くスチームアーマーに狙いを定める。

だが、彼らは元々農民や平民だった者達。

スチームアーマーを動かせる程度に訓練されただけの、悪く言えば急造品である。

それ故に一つのことに集中すると、周りは見えない。


「三番機がやられた!?」


突然、同僚の機体が爆発した事に驚いた仲間達は混乱する。

そうなると、その混乱は他にも伝達してしまうわけで……


「全軍!突撃!」


その掛け声と共にガイア大騎士団長の駆るスチームアーマー【ガグンゴラ・ドラド】が先陣を切って突き進む。

その後ろを、サスディウスの青いアスタパイヤがランスを構えて突撃していた。


「………」


コクピットの中で彼が浮かべる表情はなんなのか、それを知る者はいない。

ただ、その瞳は冷徹であったのは確かだ。

王国軍の接近に対応して、バイブレイドを構えていたシスタリアにランスを剣の下から跳ね上げて、すかさずシスタリアの胴体にランスの先を突き入れる。

そのまま撃墜確認を取ることなく次の獲物を狙いに移動し、胴を穿たれたシスタリアは爆散する。


「まだだ、まだあのジジイの領域じゃない……!もっと早く、もっと鋭く…!」


まるで呪われた人形のように、誰かと比べ小言のように呟くサスディウス。

彼に一体何があるのか、それはまだ分からない……

しかし、彼の見ているそれは憧憬と憎しみの混ざったような、そんなものであった。











一方で地上にへと降りきったフレイムは、アサルトマシンガンとバイブレイドを手にヒム・トゥオンフの中を駆け抜ける。


「白い奴を撃つんだ!真正面の敵はシスタリアが抑えてくれる!」


帝国パイロットの一人がそう言うが、しかし着実に一機ずつフレイムの振るうバイブレイドに切り裂かれていく。


「アームパックのパワーがそのまま推力になってるんだ、そう簡単に当たりゃしない!」


飛び通う弾幕の中で、恐怖に挫けないためにそう自分に言い聞かせて機体を走らせ続ける。


「ヒッ!?来るなぁぁ!?」


一機、目を付けたヒム・トゥオンフにバイブレイドを構えてフレイムは突撃する。

狙われていると気付いたパイロットは、機体を後ろに下がらせるがキャタピラであることが命取りとなる。

どうしても二脚型より運動性で劣るヒム・トゥオンフは、近付かれるとほとんど無力である。

キィィン、と甲高い音と共に振り下ろされたバイブレイドによって火花を散らしながら胴体が半ばまで断ち切られる。


「グオォォォォォッ………ッ!?」


コクピットにダメージが行ったのか、パイロットの悲鳴が仲間達の不安を煽らせ、そしてフレイムのアサルトマシンガンが火を吹く。

装甲の薄い部分に当たった機体は、装甲を貫通して弾薬が収納されているスペースに入り込む。

そうなれば勿論、引火するわけで……


「きっ、機体が!?」


「うわぁぁぁぁ!?」


当てるたびに面白いくらい爆散していく敵に、ネイトはそれを脇目に撃ち続ける。

一々見ていられるほど余裕もない故に、ネイトはひたすら操縦桿とトリガーを引き続け、動かし続ける。


「ええい!砲撃隊はとっとと下がらんか!」


そう言いながら砲撃隊であるヒム・トゥオンフたちを守るように前に出た一機のシスタリア。

バイブレイドを構えており、フレイムは静かに敵が動く前に叩くとアサルトマシンガンを連射して駆ける。


「それくらいならば!」


バイブレイド同士がぶつかり合い、ギィィンッと衝突音が響き渡る。


「フゥ……!フゥ…!」


「荒削りでこの強さなのか!?」


更に何度か打ち合って、そこに太陽の如き赤い球がシスタリアの横合いから撃ち込まれる事で決着はついた。

ネイトは突然のことに困惑して、ソレが飛んできた方向を見る。

するとその方向には腹部からなのだろう、中心部が発射煙を引き連れてガグンゴラ・ドラドは駆けていた。


「ネイト・ヴェングリン君!後は私達に任せて下がるといい!者共、砲兵を逃すな!」


おおぉぉぉ!と、雄叫びを上げて撤退するヒム・トゥオンフやシスタリアを追いかける

そしてネイトはようやく終わったストレスのかかる状況の脱却に安心感を抱くのと同時に、コクピット内で胃の中のものを吐き出した。

























後にノス平野攻防と呼ばれる戦いは一気に総崩れとなった帝国軍の撤退という形で勝敗は決まった。

そして、どちらの国も指揮官の処遇を決める事案が起きていた。


「わ、私は防衛せよとの言葉を……!」


元防衛戦線指揮官、ピステルキンはそう言い訳をするが五十路を過ぎたノステラス王国の国王であるマイトラク・ノステラスは言語道断とばかりに彼を糾弾する。


「本当にそれだけならばノス平野まで押されることはあるまい。そもそも貴殿は第二騎士団副団長だ。本来ならば、貴殿は国境で侵略を死守するのが貴殿の任である」


「ええ、そうです!ですが敵の猛攻は凄まじく…!」


必死に弁明を行うピステルキンに、ガイアがとあるものを取り出した。


「帝国国境基地は帝国の物量作戦に耐えるために、籠城に適した防御力と物資の蓄積を行っていた。なのに貴様は帝国軍と数回交戦後、撤退の指示だ。貴様の元部下から話は聞いている」


ガイアのその声色は恐ろしい程に低い。

それは彼の怒りか、それとも侮蔑か。

どのみちピステルキンの目の前に出された一つの紙切れが、ピステルキンの表情を変えさせる。


「バーン・ヴェングリン……先のスタンピードもお前が手引きしたのだろう?」


「………な、なんのことでしょう?」


明らかに心当たりのあるような反応をするピステルキン。

しかし、既に証拠となるブツは上がっているのだ。


「全てを吐き出すまで、俗世には戻れないと覚悟しておけ、謀反者」


「な、何かの間違いです!私は!私はそんなものぉぉ!!」


兵士に腕を持ち上げられ、引き摺られながら謁見の間から退室するピステルキンから視線を外したマイトラク王は大きく溜め息をついた。


「帝国の侵攻は既に予測できていた事だが、まさか内通者を得ていたとはな……」


誰から見ても帝国の帝王の支配欲は凄まじいと言っていいだろう。

ほんの数十年前までは、ただの普遍的な、どの国ともあまり変わらない様相をした国だったのだ。

それがいつの間にか大陸の東半分を制覇し、西側の諸国もその脅威に怯えている状況だ。

ここ最近は戦力の強化のためか落ち着いていたが、どうやらまた動き出したようだ。


「ヴェングリン家の長男……久方ぶりにその名を聞いたな。ガイア、奴はどう来ると予想する?」


内心では焦っているらしく、それが漏れ出してマイトラク王は侵略者の一人であろうバーンをよく知るガイアに問い掛けた。


「あの人は規格外とも言える人です、王よ。かつて自分が先輩と呼び慕ったとはいえ、今の彼は狂人の類です」


「……つまりは分からぬ、ということか」


「お恥ずかしながら……」


しかし、と彼は言葉を継ぐ。


「次男の息子は素晴らしい働きをしてくれました。彼には労わなければなりません」


次男の息子、つまりネイトの事を称賛するガイアにマイトラク王も頬を緩める。


「ふむ……少ししたら彼を王宮に招こう」


「了解しました」













【機体解説】

・ガグンゴラ・ドラド

魔法大国であるエルデバラン産のスチームアーマー。

一国につき、一機は保有する通常の量産機より高性能のスチームアーマーで、それらはドラドシリーズと呼ばれている。

ガイア・ガラゴニア大騎士団長の専用スチームアーマーで、エルデバランの旧式量産機【ダグラッシュ】を原型としている。

魔砲武装は近接武器に【スパークソード】、中距離武器に【デュヒュージョンコロナ】を持つ。

標準武装は、アサルトマシンガン、バイブレイド、シールドを基本にコンパクトショットガンやマシンピストル等を状況に応じて変更していく。

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