第14話 巫女
アンナ・エルレニウムは光の巫女である。
では、巫女とは何か。
巫女の歴史は遥か昔、スチームアーマーが登場するよりも昔の時代にまで遡る。
勿論、詳しい部分は失伝したり記録されていなかったりとその歴史は曖昧としたものだが、確かに存在していた。
いつから巫女と呼ばれる存在が生まれたのかは分からない。
しかしこの世界の神か、それとも大いなる意志によるのか巫女という宿命が生まれた。
巫女は光と闇の二人おり、光や闇が示すように光の巫女には白い紋章のような痣が、闇の巫女には黒の紋章の痣が物心がついたときに体の何処かに現れる。
分かりやすく額に現れたり、腕や手のひら、果ては足の裏や下腹部にあったりと巫女によって現れる場所は様々だ。
巫女という単語が示す通り女性にしか現れない、そして亜人種限定という、その特殊な存在は当代の光と闇を象徴、もしくはそれに近しい人物に引き寄せられるという曖昧ながら運命のようなものが定められている。
過去に何度か巫女が導かれた運命の相手、曰く勇者、もしくは英雄から引き離されても絶対に英雄の元に帰ってくるという話がいくつもある。
異性であれば必然的に夫婦に、同性ならば決して切れない絆になる巫女だがそれ故に悲劇も多い。
巫女となった者が、当代の勇者の元に行くことを拒否してもそうなるように仕向けられるように悲劇が生まれてしまうのだ。
虐殺、災害、戦争……それらが周囲の者や、巫女自身に降り掛かるのだ。
だからこそ、一部では巫女と分かれば突き放したり孤児院に預ける非情な親もいた。
過激なものであれば殺しもしたのだ。
だが、巫女はいくらでも代わりがいる、とでもいうように巫女の死からしばらく経てば新たな巫女が選ばれる。
そしてまた勇者の元に引き寄せられるのだ。
これはもう呪いではないかと、そういう者もいたがそれが世界の理によって行われているのなら逆らわずにいた方がいいという結論になった。
それは必然的なのだろう。
巫女は死んでもまた選ばれるが、勇者が死ねば選ばれた巫女もまた死ぬ。
巫女に選ばれた女性達には過酷な運命が待ち受けているのは確かである。
そんな説明をローゼと共に屋敷に戻って、ネイトの私室でアンナから聞かされたネイトは、色々重すぎるその巫女としての宿命に複雑な思いを抱いた。
彼女がネイトの前に現れ、勇者と言うのなら彼女は先程説明された通り過酷な運命を自ら進んできたということだろう。
そのショックでネイトは彼女の想いを考えてしまって沈黙してしまう。
その気まずさを紛らわすかのように、ローゼが質問を投げた。
「勇者である証、みたいなのはあるんですか?」
ローゼの質問に、アンナは申し訳無さそうに答えた。
「勇者の証自体はあるわ。ただ、それが分かるのは巫女に与えられる看破の魔眼のおかげだから、普通の人には分からないわね」
「そうですか……」
ローゼは純粋で真面目な娘である。
勿論、茶目っ気もあるが彼女は優しく純粋な女性を体現する理想的な女性だ。
だから許嫁であるネイトを心配し、そして突然現れたライバルに内心では対抗心を持っていた。
まだこの世界には一夫一妻がメインであるものの、一夫多妻は普通にあり、ハーレムを謳歌する者もいれば失敗して全てを失う者もいる。
巫女と勇者は結ばれる。
なれば許嫁である私はどうなるのだろう?
そう思い、次の質問をするのは自然な流れだろう。
「アンナさんは、ネイト君をどう思ってますか?」
そう聞くと、アンナはすぐに答えた。
「少なくとも、彼は好意に感じる男性ね。貴方とネイト君の関係は聞い及んでいるわ。私は現段階では彼を仕えるべき主、という認識のつもり」
「……そうですか」
ローゼはその言葉を聞けて安堵した。
惚れた云々などと言うのなら彼女をあまり近寄らせたくない存在なっていた。
それをすると隣でようやく再起動したネイトは悲しむだろうし、それを見ることになるローゼ本人も辛く感じる。
そんなことにならなくて良かったと安堵するのと同時に、ライバルが生まれてしまったと危機感を抱いた。
「えっと……つまりは、これから僕のそばにいるって事?」
「そう捉えてもらって構わないわ。そのために戦闘訓練やスチームアーマーの操縦とか、一杯練習したんだから」
そう言ってそれを示すように背中に背負っていた矢筒から矢を抜き出し、器用にペン回しや放り投げて手に取ったりと、パフォーマンスを披露する。
「おー」
「器用ですね……すごい」
パフォーマンスに見惚れる二人に、気を良くしたアンナは調子に乗って矢を投げてしまった。
ヒュンッ、という音と共にネイトの頭上スレスレを通り、ドアノブの鍵に突き刺さってしまう。
「あ」
「………アンナさーん?」
ローゼが今まで見せたことのないプレッシャーを纏ってアンナに近寄る。
それに腰を抜かしたアンナは、ジリジリと壁に追い詰められ、己の失態を反省した。
まあ、既に時遅しであるが。
「ごっ、ごめんなさいぃぃ!?」
ネイトは新しい友人が、ちょっとポンコツなお調子者という一面を見たのだった。
前日の騒ぎから翌日。
ドアノブはすぐに取り替えられ事なきを得たが、アンナは弁償代を払うこととなり、現在不慣れなメイド服で掃除や皿洗い等を行っている。
それを苦笑して見ているのはネイト。
愉快な人だなぁ、なんて思っているがよそ見をして爪先を段差に引っ掛けてコケたネイトも間抜けで愉快な姿である。
「いっつ……」
ローゼはそんな彼を見てクスクスと笑いながら、手を差し伸べる。
「大丈夫?」
「ごめん、ありがとう」
彼女の手を取り、引っ張ってもらうネイト。
情けなさと恥ずかしさで彼女の顔を見れないネイトは、視線をあらぬ方向に向けた。
そして最終的に目に映ったのは装甲形状が少し変わり、武装も追加された新しい姿のバルトメウ・フレイムであった。
「坊っちゃ……んんっ、ネイト様」
「セラス爺?」
ネイトの幼少期の呼び名を咳払いで誤魔化し、ネイトを呼ぶ老執事。
セラス爺と呼ばれた彼は、その手に持つパイロットスーツを手渡した。
「アグラ様からネイト様に遅めですが、プレゼントでございますよ」
その言葉に、ネイトは目を輝かせた。
「最っ高のプレゼントだよ、セラス爺……!」
強化イベント。
そう言えば新たな能力を得たり、武器を手に入れたりと多種多様な展開や力があるだろう。
ネイトとて、それらが描かれる所謂なろう系や漫画などはよく読んでいたから、ソレに対する憧れというのは勿論あった。
だからこそ、ネイトはフレイムのその強化内容に心を躍らせる。
「装甲強化に、両腕の機関砲を外付けにして整備改善、バイブレイドも装備……ん?」
新しい機体データの書かれた資料を見て、その中がどうなっているのか、どう変わったか想像してロマンを感じるネイトだったが最後の項目が、他とは一線を逸したものであり、ネイトは思わず二度見をする。
「え?これ本当…?」
これから試乗と試射を行うため、宇宙服めいたパイロットスーツに着替えていたネイト。
フレイムの新しい武器……いや能力に、ネイトはバルトメウシリーズの破格さを改めて感じる。
「これが作られる程の時代って、一体どんな魔境だったんだよ……」
その項目には、【魔砲推進システム〈スカルア・ラス〉】という名が記されていた。
スカルア・ラス、古代語で【大いなる翼】と意味されるものであった。
【補足】
・エルフ族
ファンタジー定番の長寿の異種族。
長い耳と見目麗しい中性的な容姿を持つ。
自然の中に生き、魔力の扱いに長ける亜人種として有名であり、少数民族かつ定住の地を基本的に持たないので彼らの村に訪れられるのは幸運である。
あまり知られていないが、生きる地によってその容姿も変わり、かつてはダークエルフと呼ばれる同種と区別されていた。
・バルトメウ・フレイムNc(ネイトカスタム)
装甲の強化、一部武装の変更や背部のアームパックを外し、本来の性能に近い姿にへとなったカスタムである。
機体の特性と欠点を補う形で、武装の追加や装甲強化、そしてこれから来る波乱の時代を乗り越えるために、かつての力を取り戻させた機体。
武装と魔砲システムに関しては次回。
【後書き】
まずはこの言葉を。
レビューありがとうございますッ!!
こんなに嬉しいことはない………!
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