第13話 ブラッディパイル


バサクの異名、【血濡れの杭打】はバサクが駆るレクトパイルの【パイルランチャー】から来ている。

パイルランチャーは電磁加速器を利用した杭によって敵を打ち砕く武装、つまるところ実質レールガンなのだが、欠点として並の機体では持ち上げる事すらできない重量がある。

しかし、それをバルトメウシリーズに搭載されている動力炉のパワーのゴリ押しで全くその重さを感じさせない運動性の確保を可能にした。

黒と深緑に塗装された当のレクトパイルは、帝国の整備員達によって右腕をオーバーホールされていたが。

いくらバルトメウシリーズが頑健とはいえ、とてつもない反動と電力が流れるのだ。

使用する度にオーバーホールするのは安全策と言っていいだろう。

とはいえ、スチームアーマーは頑丈に作られているのでそう簡単に壊れはしないが。


「カフカ杭、一番安い鉄杭でもざっと100万か……」


カフカ合金は錆に強く、頑丈な鉄杭で人間サイズでは市販されているくらい安価の金属だ。

しかし、杭として扱うとなるとこのカフカ合金はとある弱点が露呈する。

弱点というのは金属自体の温度が上がると脆くなってしまう欠点だ。

その為、砂漠や密林などの気温が高い地域では使えない。

勿論、電磁加速器を通して射出する際とて脆くなっている。

一番安いがそれでも一般の傭兵の依頼料一回分の費用が吹っ飛ぶほどの価格。

しかし、ケチる理由にはならない。

世話になっている帝国の工房で右腕のオーバーホールとカフカ杭の製作依頼をした帰り道、ルナは問う。


「テロノには会わないの?」


彼女の言うテロノという人物は蟲人である。

蟲人(ムシビト)と呼ばれる亜人の一種であり、昆虫を擬人化させたような彼らは他の亜人や人間含めて敬遠される種族である。

その風貌故に虐げられたり、駆逐対象にされたり、今でも差別されたりと今だ他種族との交流の問題は絶えない。

そして、ルナの言うテロノはとある事情でバサクの保護下にいる。

しかし、バサクはルナの問いの答えは否定であった。


「いや、今は会わないほうが良い。そろそろあの日が来てるだろうしな」


「あ……そうだった」


彼の返答にルナはあの日であることを思い出し、納得した。

確かに前のアレからそろそろ2か月くらいだと。

しかし、それとは別にもう一つ問い掛けなければならない。


「……あの子は、まだクイナを迎えには行かない?」


「……後悔はしていない」


そこで話が途切れてしまい、二人の間に沈黙が漂うのだった。

























バサクによって無事、帝国領に帰還した女スパイは帝王イブラハ・ハプティクスの御前に王国での出来事を報告していた。

しかし、イブラハはどうやら不機嫌なようだ。


「不躾ですが帝王様、何かご機嫌を損ねることでも?」


流石に彼女はピリピリしているトップに暢気に報告できる程、鈍感でも無関心等でもない。

故に問う。

それに対し、初老の帝王は堰を切ったかの様に話し始めた。


「あの男が完成品をそのまま持っていってしまったのだ…!帝国の支配を盤石にするための新しい兵器だとほざくから支援してやったのを、恩を仇で返きおって!」


ガタン!と、音を立てて立ち上がるとイブラハは怒りをぶつけるかのように王杖を叩き折る。

傍に控える執事が「またか……」と死んだマグロの目をするが、怒りが抑えきれないと物に当たるのは彼が即位する前からの話なので本当のところは諦められているといったところだ。

しかし、王を名乗る都合粗末な王杖を用意するわけにもいかず、帝王家御用達の工房にそこそこ高い製作費を払うことになり、地味に帝国の予算を削っているのは帝国の巷では有名な話である。

短気なところが玉に瑕なイブラハだが、普段は冷酷かつ聡明な人物だ。

それをよく知っている女は、内心暴力を振られないかと怯えつつ動揺を露わにすることはない。

粉微塵、と言えるくらいに細かく砕かれた王杖の残った柄を放り投げて吐き出す物を吐き出したイブラハは「許せ」とだけ言って王座に座る。

そして先程の出来事はなかったかのように、イブラハは次の任務を彼女に与える。


「そちの報告からして、恐らくあの憎たらしいあの男の仕業だろう。本来ならば共和国のクズ共への対策を講じたかったが、あやつが争いを引き起こすというのであれば乗せられてやる。お主には新たな任を後に伝える。少し羽を休めるが良い」


「ハッ!ありがたき幸せ」


帝王の前から下がり、謁見の間から出た女はイブラハの言うあの男について見当がついていた。

しかし、新たな任を与えられるという事なので彼女はせっかくの休みを有効活用すべく城下町に出る事を決めた。

久しぶりに羽を伸ばせると、怪しげな笑みを浮かべながら喜ぶのだった。






















バサクは人間不信だ。

ルナのような亜人は含まない、種族としての人間に対してバサクは顕著ではないものの不信である。

その理由は彼の過去に原因があるのだが、彼とチームを組んでいた仲間達と恋人関係であるルナにもバサクは己の過去を語ることはない。

だから皆、待つことにした。

いつか話してくれるその日を待つことにした。

皆の優しさ、厚意によってそれが許されている事実にバサクは悪夢にうなされた後、窓から風に当たりながら少し、少しだけ言おうか悩んでいた。


「そろそろ、言うべきかぁ…?」


欠伸をしながらまだ寝ぼけた脳みそで、己の過去を明かすか、まだその時ではないと口を閉ざすか。

彼は揺れていた。

あの日も、三日月の光の下でこの世界に生まれ変わったな、とバサクは過去に浸る。

忌々しい悪夢であり、自分の全てとも言える過去であるが。


「復讐が虚しさを生むのはソイツに情があるからだ。情もクソもなければ爽快感しかない」


と言ったのは誰だったのだろうか。

バサクは思い出そうとするが、しかし全く思い出せれず最終的に思い出すことを放棄した。

思い出そうとして思い出せないなら、それほど重要ではないのだろうと。


「まだ寒いのに半裸なんてやめてよね。風邪で死ぬなんていう間抜けな死に方に巻き込まれるのはごめんこうむる」


「ハッ、シーツで体を包み込んだお前が言ってもあんまり変わらねぇからな?それとももう一戦、ヤるか?」


冗談めかして言うバサクにルナはそれに対抗するように答えた。


「早撃ちのクセに何を言ってるの…?」


「オメーだって途中で気絶してたクセに何を言う」


ムッ…とお互い睨み合うが、両者共に眠気には逆らえずベットに横たわる。

最初からそうなのだが、小学生くらいの子供と共に寝ているなど犯罪臭が凄まじいものである。

しかし、ルナはまだ竜人族達からは子供と見られるが結婚して子をなそうと思えばできる年齢でもある。

この世界の成人年齢は十六で、バサクは既に二十歳を過ぎた頃。

ルナも人間年齢に換算すれば十六、十七くらいである。

つまり、この世界では合法なのだ。

まあそれが何になるのか、と言われればそうなのだが。

だが、少なくとも二人の関係はそこまで行っている、ということであるとでも言おうか。


「抱き締めて寝て」


「そっちがあったけぇしな。良いぞ」


お互い、裸の二人は抱き合って暖めあいながら再び眠りにつくのだった。









【補足】

・竜人族

長寿種族といえば、と言われるくらい寿命が長い亜人種。竜の角とトカゲに似た少し太めの尻尾が特徴。

個体としての戦力は高く、竜変化によって竜になることも可能。

総合的にバランスある高性能スペックといったところ。ただし、長寿故に中々子供ができない事が問題となっている。





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