第11話 親密なる死


死を身近に感じた。

視界が突然真っ暗になり、訳も分からず目覚めたネイトには分からなかった死の感覚。

ヘマをすれば自分もああなるという恐怖がネイトの心を圧し折りに来る。

だが命の危機に恐怖するのと同時に、本能が【生存】を求める。

生きたい、まだ死にたくない。

そんな想いが、生存本能がネイトの心を占めた。

それが、フレイムのシステムの奥底に眠る力の一部がネイトに力を貸す。


「おっ!?あ、ぐぁっ!?」


魔力を通じて、フレイムの扱い方を教えてきたが突然、脳に情報を叩き込んでくるなど遠慮がないにも程がある。

だがそれに耐えたネイトは、力を貸してくれるフレイムに感謝した。

意志を持っているのか、それともただパイロットの能力を理解した結果の反応なのかは分からない。

だがネイトは己の魂を震わすに十分である。


「魔力を、俺の力を持っていけぇぇ!」


平凡よりは多いネイトの魔力が、機体に流れ込んでいく。

魔力の過剰供給により、フレイムの動力源である【Tエクスキュームコア】が輝きを増し、魔力液の密度と電気の生産が高まる。

そして高まった結果、フレイムは最初に見せたあの姿を取り戻す。

赤く燃える炎を身に纏った白亜の巨人は、喜びを示すかのように激しく炎を揺らめかせる。


「ファイアボルト!」


先程とは丸っきりパワーの違うファイアボルトがゴーレムに当たり、窪みを作る。

まだ終わらないと、ネイトは脳に届けられた新技を使う。


「クロスファイアッ!」


右腕が炎で包まれ、それを振るう。

すると炎が鞭のように伸び、ゴーレムの装甲を溶かし削る。


「でぇぇぇあ!」


それを乱打。

腕を何度も振り回し、ゴーレムの装甲を削る。

しかし、ゴーレムとてこのままやられはしない。


「!」


目からのビームがフレイムに向けられる。

しかし、魔力過剰によるパワー上昇は魔力で生まれた炎に混じって魔力のバリアを形成させていた。

単純な魔力をビームとして撃つゴーレムの技は、今のフレイムには効かないのだ。


「きかぁ!ないっ!!」


ビームが弾けた事にゴーレムは次の行動に映るための演算を行う。

ほんの一秒、それだけあればネイトは十分であった。


「吹き飛べぇぇぇ!」


あのとき、大猿を焼き殺したあの技。

あの技をもう一度出そう、否、出してやる。

無意味な殺戮を行うこの無機物の巨人に制裁を加えるために。

想いを乗せた炎のパンチは、ゴーレムの無防備な腹を打ち抜き、空にまで炎が届く。




フレイムが引き起こした火柱がゴーレムを貫く様は、平野の丘で機体を伏せているバサクにも見えていた。


「ほう、バルトメウの力の一部を解放したか。いいねぇ、そのまま力に溺れるのか楽しみだ」


同型機を扱うバサクにとって、その見極めはある程度できる。

それ故に、ネイト・ヴェングリンという男が行く未来がどうなるのか暗い笑みを浮かべる。


「ルナ、やっぱりアイツか?」


「ん……」


どこにもいる凡人、いや鋭い人を殺したような目以外はネイトのようなイケメンより大きく劣る顔面偏差値であるバサクには似合わない美少女がバサクの膝に座っていた。

その少女は幼く、見た目だけで判断するなら十歳前半くらいか。

黒髪のバサクとは真逆に白にかなり近い銀髪をストレートに伸ばした褐色美少女。

しかし、ルナと呼ばれた少女の頭には一見飾りにも見える角が生えていた。


「多分、もう近くに彼の巫女はいる。私と同じ様に運命が引き寄せるから」


「あん時は信じられなかったが……まあどのみち買って良かったとは思うがよ」


買った。

その言葉からは嫌味も悪意もない。

ただ事実を述べただけである。


「……何度も無視して奴隷になった後に買ったの、忘れてないから」


「それは俺の一生の間に楽させてやるって事で済ませたろうが……」


ジト目でバサクを見るルナに、バサクは溜め息をつきながら肩をすくめた。


「百年ちょいの竜人族様には、生き足りないってのは同情するがね……」


竜人族とは亜人の一種であり、龍と交わった人との子が始祖と言われる。

その寿命は五百年とも、千年とも言われるが少なくともかなりの長寿である事には変わりない。

そんな竜人族である少女、ルナの余命はバサクの一生分のみ。

まだ竜人族の年齢的には成人前の子供と変わらない。

しかし、ルナはそれを否定した。


「それは関係ない。今は今で幸せ」


「どうだか……さて、仕事をやり遂げますか」


バサクは機体の右腕をしっかりと固定し、最大望遠による狙撃を開始する。

そんなレクトパイルを遠くから見るのは、ネイトが以前買いに行った店の店主。

彼女は呟いた。


「死ぬ方がマシなんて、誰が言い始めたんだろうねぇ……」


その言葉は誰に向けられたのか。

唯一分かるのは、その目には憎しみを込めた光が宿されていた事だけだ。






































場面は戻り、ゴーレムとフレイムは先程の一撃からお互いを睨み合う状況が続いていた。

穴の開けられたゴーレムはゆっくりとその穴を塞いでおり、このままでは元通りだ。

しかし、ゴーレムのコアを打ち砕けられなかったフレイムには一撃必殺のビームを撃ってくるゴーレムに対抗する手段がない。

フレイムの魔力過剰稼働状態、名付けるなら【リンクブースト】はパイロットの魔力次第でその状態を維持できる時間がある。

つまりはというと、タイムリミットを過ぎたのだ。

個人の持つ魔力量は、使えば使うほど少しずつ上限が増えていく。

ネイトとて、魔法を使ったことがないわけではない。

しかし、初期の保有していた魔力量から少し増えた程度では先程の一撃までが限界であった。

約2分、それが今のネイトが【リンクブースト】させられるタイムリミット。

魔力のバリアを失ったフレイムに、できることは潔く散るか、恥を承知で逃げるか。

彼に残された手段はそう多くはない。


「俺には無理だったのか……!」


悔しい、このまま逃げるのはひたすら悔しい。

だが彼に泣く暇はない。

ゴーレムのコアが胸部ではなく、頭部である事がわかっただけでも儲け物なのだ。

そして、ネイトもここで死にたい訳では無い。

修復が終わってしまったゴーレムに、ネイトは機体を逃げの体勢を取らせる。

ビームにしろ、その硬い豪腕にしろ逃げる為に構えておくのは正しい判断である。

しかし、今回はそれは無駄に終わってくれた。


ギュオォォォォン!!


という音が、フレイムの頭上を通ってゴーレムの頭部を吹き飛ばした。

ネイトには早すぎて棒状の何かとしか見えなかったそれはゴーレムの頭部を砕いた後、貫通してそのまま城壁に突き刺さる。

よく見れば杭のような見覚えのある白い棒が壁に突き立っている。

飛来してきた方向を見れば、ネイトが想像していた通りの存在がそこにいた。

フレイムの最大望遠でなんとか確認できるソイツ。

マントをたなびかせたバサクのレクトパイルが、発射煙を上げる右腕と共に立ち上がっていた。


「ブラッディパイルって、そういうことかよ」


そんな光景にネイトはそれしか言えることがなかった。











【補足】

・魔力液

本来は空気中、体内に存在する質量、重量もほぼゼロの気体。それを魔獣や魔物の心臓たるコアことエクスキュームコアに魔力を与えることで液体に変換する。

魔力液の生産の副産物として電気が生じ、これによってモニターや一部の駆動部等に利用される。

メイン出力は魔力液だが、サブ出力として電気が使われており、どちらを主電源にしてもスチームアーマーの活動は可能である。


・エクスキュームコア

簡単に述べれば魔獣や魔物の心臓である。

単体だけでも様々な使い道があるが、掌で持てるか否かくらいの大きさのコアはスチームアーマーの動力源となれる。

バルトメウシリーズにはT型が用いられており、こちらは3つのコアが独立して稼働している。

所謂並列繋ぎである。


・リンクブースト

フレイムの強化形態。全体的なスペックが向上、魔力を収縮して撃ち出すビームやある程度の物理的な攻撃にも効果のあるソルジェンストバリアを展開できる。

過剰パワーを炎に変換し、その炎を操ることで貧弱な格闘機から強力な格闘機にへとなる。

現段階の欠点として、パイロットの魔力を過剰供給し続けなければならないのでタイムリミットが存在する事だろう。

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