第9話 年明けの祝砲


ネイトはバサクという男の強さに初めて畏怖の感情というものを抱いた。

あの実戦形式の模擬戦で、理解させられた。

ウザッたらしくても、あれが実戦で培った彼の実力なのだと。

あの強さに届くのか、不安になるが気を取り直すために頬を叩く。

そんな考え事をしていたら模擬戦後のメンテナンスの事故で怪我しかねない。


「ネイト君!そこの動力板取ってくれであります!」


フレイムの整備担当、コータが声を上げる。

それはさておき、と思考を切り替えて指差された方向にあるそれっぽそうな板を掴む。


「OK!」


ネイトとて最低限の整備知識は教え込まれている。

マニピュレーターを動かすための魔力回路が刻まれた走査線の走る板をコータに届ける。


「ありがとう!」


怒鳴るように感謝をするコータは、歪んだ動力板を抜き取り、代わりの動力板を挿し込む。

更に外していたコードを先程動力板を挿し込んだボックスのコネクタに挿し込み、ボルトで固定する。


「ネイト君!中指、少し動かしてみてください!」


「了解!」


スチームアーマーのマニピュレーターは頑健である。

二回程度の戦闘ならステゴロでもメンテナンスなしで十分に動ける程には。

特にバルトメウシリーズはその特異な出自故か、例え百年近く土に埋まっていようが放置されていようが基本的に壊れることはない。

とはいえ、現在稼働しているバルトメウシリーズ達とて、近代改修で変わっているだろうから一概には言えないが。

それに整備できるならした方が断然良い。

中指の動作確認の後、バルトメウシリーズというレアさ故に整備に志願した他の生徒達がフレイムのメンテを行う中、ネイトは他には何もできない状況なのでコータと駄弁る事を選択する。


「そういえば、コータって商人の息子だったよな。別にスチームアーマーと関係ある訳でもないのに、なんでこの学園に来たんだい?」


コータはそこそこ裕福な商人の息子であり、後継ぎの筈である。

何かしらの才能があるとはいえ、拒否権はあるのに何故ここに来たのか?

ネイトがこの学園で一年近く生活しての感想は非常に住心地が悪いということ。

ハッキリ言って平民と貴族の溝が深すぎて、しかしその下らなさにネイトは失笑するものである。

では、ネイトの問いに対してコータの答えは………至って単純であった。


「スチームアーマーを弄るのが好きだから、でありますかね。スカウトさんも手先が器用であるから、優秀なパイロットになるかもしれないし、そうでなくてもメカニックとしても優秀になると言ってたであります」


スカウト、それは才能ある者を探し出しナイトスクール学園にその者の入学推薦状を書ける者達である。

学園公式の部署で、ノステラス王国全土の町から村まで才ある子供を探し出す事を職務とする者達だ。

とはいえ、半ば腐敗している貴族達によって閑古鳥が鳴く部署なのだが。

まあ貴族達のイジメを主として、それらの悪評が平民達に流れ周り、行きたがらないかつ行きたせがらない親がいるのだ。

仕事のやり甲斐も殆ど無いだろう。

それ故、今ではエルフが二人その役目を負っている等という噂話が上がるほどである。


「スカウトって確か【魔眼】使えるんだっけ」


「そうでありますな。でも、スカウトさんたちの魔眼は精々間近の対象一人しか読み取れないとか何とかと、言われておりますね」


「魔眼とか使ってみたいな。なんか憧れる」


まだ魔法学では名前と簡単な内容しか学んでいないので、二人は魔眼の事はよく知らないが【魔眼】は持つだけで特別視される能力である。

いくつか種類はあるが、コータの様に才能を見れる魔眼があれば呪いを与えたり、集中して見たものを発火させたりと色々ある。

攻撃的なものであればあるほど、国が確保しようと軍を動かせるくらいなは貴重かつ強力な能力なのだ。

とはいえ、流石に相手の能力を見たり、集中して見たものを動かせる念動力めいた魔眼など、一部の魔眼はスルーされるか比較的優先度は低いが。

それに対人であればあるほど、スチームアーマーには無力である。

一長一短という奴である。

閑話休題。

とにかく、答えは機械弄りが好きだということを聞けたネイトは、腕の機関砲を磨き始めながら世間話に切り替えていくのだった。

































昼時を迎え、空いた腹を満たすために食堂に向かっていたネイトに一人訪れてきた。


「ローゼ」


許嫁のローゼであった。

そういえば、彼女は魔法に関して才能を持っていると評価されていたっけと、彼女の評判を思い出す。

そんな事を思い出している内に、ローゼが挨拶をしてきた。


「こんにちは、ネイト君。訓練はどうだった?」


問われた内容は訓練。

それにネイトは肩を竦めながら答えた。


「負けちゃったよ。最後まで生き残れただけ、儲け物だろうけどね」


「臨時の講師さん、お強いのですね」


と、相手の強さに感嘆するローゼだったがネイトから彼の名前を聞いた瞬間、顔色を変えた。


「ああ、バサクって言ってな。ファミリーネームは分からないけど、本当に強い人だよ……ローゼ?」


あっという間に少し青褪めたローゼに、ネイトは驚きつつも体調が悪いのかと問う。

しかし、それに対してローゼはただ【ブラッディパイル】と漏らすように口に出した。


「【血濡れの杭】?なんだい、それ?」


勿論、そんな気になる渾名にネイトは問い掛ける。

ローゼはそんな彼にちょっと驚きながらも教えた。


「ネイト君、知らなかったんだね……バサクさん、あの人は大国【エルンデル帝国】と極東の島国【ラヴァリア共和国】の独立戦争で活躍した傭兵なの」


ネイトが生まれて5年程。

その頃ノステラス王国より東にある大国エルンデル帝国は、大陸の大部分を支配するという歴史上最も領土を拡大した国であった。

だが、帝国は領土拡大に欲張り過ぎて軍至上主義となり、国民の生活は困窮し、治安が悪化した。

特に治安が悪かったのは現在はラヴァリア共和国と呼ばれる極東の島国で、支配後は賄賂も横暴も何でもありな世紀末じみた場所になっていた。

それ故に反乱を起こすのは当たり前な反応であるだろう。

極東であることも相まって、管理が甘かった帝国はまんまと反乱を成功させてしまい、更には国として独立宣言までした。

これには面目丸潰れのエルンデル帝国は、できる限りの戦力をもって鎮圧を開始。

これにより、【ラヴァリア独立戦争】が勃発。

8年近くも渡る戦争の末、国内の不安定さ故に帝国は撤退。

お互いに大きな傷跡を残しながら、ラヴァリア共和国は独立を勝ち取ったのである。

そして、その戦争で傭兵として活躍したのがバサクである。

元々はエルンデル帝国の傭兵だった彼だが、ラヴァリア共和国に鞍替えして帝国相手に善戦したと言われている。

ローゼから彼の経歴を聞いたネイトは素直に尊敬の念を抱いた。

凄い、それと同時にあの強さにも納得したとも。

しかし、ローゼの最後の言葉はネイトに不穏を感じさせるものだった。


「でも、独立戦争時に即席の傭兵団になってた、なんていう話も聞いたんだけどな……」


どこまでも純粋な彼女には、それに疑問を抱くことはなかった。

そしてネイトも能天気と言えば能天気で、感じた疑問はすぐに消えた。

まあ、どのみちその意味を理解するには状況証拠も彼らの人生経験も足りないので結末は変わらなかっただろう。




学園の生徒達はいつも通り、寮に戻りすぐに就寝。

しかし、明日の年明けの祝いを各々楽しみにしながら眠りにつく。

ネイトからすれば、最早寝てから一瞬で朝になった気がするほど楽しみでもあった。

王都の年明けの祝いはかなり豪勢で、その日は生徒も自由行動が認められている。

王都内の店舗もキャンペーンが行われ、国規模の行事でもあった。

そして、年明けを祝う祝砲が王都に響き渡る。

年が明ける度に空砲が三度、早朝に鳴り響く恒例行事が早速行われた。

ネイトは年明けを祝うのと同時にお祭り気分で身動きしやすい衣服を意気揚々と着る。

ローゼはネイトとの約束したデート、といってもそもそも約束することを忘れていたがその想像で浮かれ、何を着ていこうか悩む。

コータはもう少し寝たいと騒がしい朝の中、二度寝をしようとしていた。



そして祝砲は鳴り響く。

一回、二回と鳴り、そして三回目。











一匹の魔獣、否。

【魔物】が三度目の祝砲と同時に王都の外壁を吹き飛ばし、その近隣の住宅街も吹き飛ばした。
















【後書き】

読了ありがとうございます。

現段階では、既に全体的なプロット云々はある程度形になっているのでどんな展開になるのか、楽しみにして頂ければ幸いです。

ちなみにこの作品は宇宙に行くのか?という疑問を抱いた方、お喜び下さい。

行きます、主人公二人共宇宙に行きます。いつとは言えませんが()



【補足】

・行事類

大体日本等の文化の影響。これから出てくる行事類は大体そう。

勿論、この世界独自の行事もあるが廃れ気味である。


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