第8話 強者


バサク、と名乗った男は教師の制服を一応着こなしているものの、伸ばすだけ伸ばしきったボサボサの長髪に自己紹介の態度もだるそうにしていた。

スチームアーマーの訓練の臨時講師だからといって、中々に不潔そうな見た目に汚いものにうるさい貴族の者達は煩くなる。

しかし、バサクはそれに気にする事もなく今日の授業の内容を一方的に告げる。


「今日はテメーらの実力を測るために俺がお呼ばれされただけだ。貴族様がどれだけの実力を持っているのかってな」


「なっ……我々貴族ににそんな無礼な口をきくのか!?」


「戦場に置いちゃそんなの気にしていられねぇぞ。早めに慣れとけ。はい、各人とっとと搭乗機に乗りな」


3分以内に格納庫から出れなかったら減点な、と付け足してバサクは集合場所である第一格納庫から出ていく。

ネイト以外の貴族は口々に不満を漏らすが、ネイトとしては嫌いではない印象であった。

貴族にもタメ口を言える人間は普段の高圧的な態度の彼らに嫌気がさしていたネイトには少しスッキリする態度でもあるからだ。

とはいえ、講師の指示なのでネイトも急いで整備以外ではスタンピード以来触れる愛機【フレイム】。

白い装甲の内側にへと入り込んだネイトは、今では慣れた起動手順を踏み、魔力を操縦桿に送り込んで動力源の稼働を開始させる。


「ずっと練習機ばっかだったから、全然動かさなかったよな……」


来る日も来る日も訓練機による練習ばかり。

フレイムを動かす機会などなかった。

なので、本当に久しぶりにフレイムを動かすのだ。

しかし訓練の成果はしっかりと現れていて、機体の操作と動きはスムーズに動いている。

若干カクついた動きではなく、しっかり滑らかに動いてフレイムは格納庫から歩き出す。



年内最後のスチームアーマーの訓練が始まった。


































スチームアーマーの模擬戦はペイント弾と通常の近接武器類で行われる。

もしコクピットに攻撃してしまっても、パイロットを殺さないように練習機の改修や武器の調整が行われている。

実戦形式とはいえ、1からパーツを作るのにも時間がとにかくかかる。

なので練習機の装甲と言えどそう簡単に破壊されないように作られている。

だが、先にバサクの訓練を受けた貴族の者達はあっけなくペイントまみれにされている。

近付くことでさえ許されなかった。近付けば蹴られ、時に奪ったソードでコクピットを叩き込む。

そんな戦い方をしていたバサク。

スチームアーマーへの適性が高い者達であるはずにも関わらず、貴族側はあっけなくやられてしまった。

しかも一対四という大きなハンデを持ってしても、マントで胴体を隠されたバサクのスチームアーマー相手に何もできなかった。

その事実に「勝てっこない」、「なんであんなのが…」と動揺を隠せない見学者達にバサクは通信機越しに叫ぶ。


「次ぃ!とっとと組んで戦え!舐めてるとこうなるぜぇ?」


「バサクさん、言葉使いはもう少し丁寧に……」


と、教師であるエリーナは教師らしくと注意するがバサクはそれに無反応で答える。

流石にネイトもバサクの態度に顔を顰めるが、こういう人間は何言っても聞かないだろうと諦める。

ここで下手に突っ掛かるほどネイトは子供ではないと、精神的な事ながら自覚しているのだ。


「オラァッ!」


「グァァァ!?」


「キャァ!?」


マントを付けたスチームアーマーに、先程とは別のパイロット候補達はあっという間に訓練機、持ち機体関係なく蹴散らされる。

そんな光景に、ネイトと同じチームを組むことになった少女は「酷い……」とその光景にショックを受ける。

ネイトからしてその戦い方は荒々しく、まるで獣のように戦っているように見えた。

マントで隠しきれないからか、あえて晒しているデカい棒のような何かが付いた右腕で、訓練用のロングソードを乱暴にブン回し的確にコクピットに当てていく。

いくら練習機も自前のカスタム機もコクピット周りは頑丈だとはいえ、バイブレイドでなくともヴォォン!と音がなるパワーだ。

装甲は歪んでしまうだろうし、パイロットへの衝撃も凄まじい筈だ。


「バサクさん!コクピットはやり過ぎです!」


普段は穏やかなエリーナとて、流石に堪忍袋の緒が切れ怒気を含ませた抗議をする。


「コクピットに衝撃喰らうたびにワンワン泣き叫ぶんじゃ戦いにならねぇだろ」


そんな彼女に、そう反論し反省の態度を見せないバサク。

だが、彼もここでクビになってはたまらないのか残り二機となった小隊の攻撃を鋭い反撃から、回避に徹しつつ攻撃をソードで受け流しつつ、ある程度反撃するくらいになる。

しかし、それはそれで貴族としてのプライドが傷付けられるらしく、残った二機のパイロットは相手が手加減しているのを良いことにに袋叩きにしてやろうと考える。


「さっきはよくもやってくれたな!」


「後ろさえ取れればベテランだろうがよぉ!」


そんな小物臭が満載な二人の攻撃が当たるわけもなく。


「はぁ……」


溜め息と共にソードの柄を後ろに、前には膝蹴りをコクピットに当てて相手の意識を刈り取る。


「口に出して攻撃して当てれると?」


と、正論をかますが当の本人達は気絶していて聞いているはずがない。

だが、次の対戦者であるネイト達は武者震いで戦意が折れそうであった。

しかし、先程のショックを受けていた少女が声を張り上げる。


「あれくらいでビビってちゃ勝てるものも勝てないわ!実戦の空気に慣れなきゃ駄目なんだから!」


そう強がる少女の声も震えているが、しかしネイトも他の生徒もそれに勇気が出る。


「そうだ……夢を、僕の憧れになるためにこんなところで挫けたら駄目だ…!」


「お、俺だって貴族としてのプライドがあるんだ……せめて一太刀くらいは…!」


そう気合を入れたところで撃墜判定となった対戦者達を回収し終わっていた。

元々作戦は立てていたが、あの強さを目の当たりにすると作戦は無意味だと自然と悟った四人は自己判断で戦う方が少しは抵抗できるのではと考える。


「三試合目、開始!」


「全機、散開ッ!」


少女の声、朱く塗られたヴェラトプの掛け声と共にフレイム達もそれぞれ思った方向に走る。

それを見たバサクはソードを地面に突き刺し、バックウェポンからペイント弾を装填したアサルトマシンガンを右手に保持させる。


「流石にただ突っ込むだけにはならないよなぁ?」


バサクはあえてロックオンせず、マシンガンを乱射する。

それに対してヴェラトプは盾で弾丸を防御し、フレイムはその身軽さを活かして軽快に回避する。

お返しにとフレイムはアサルトマシンガンを腰だめに撃ちながら牽制射撃する。

バサク機は右腕の棒でペイント弾を弾きながら、囲まれてはたまらんと移動を始める。


「なっ、はや!?」


「ホバー持ちか!」


ゆっくりながら滑るように動き始めた相手に驚く一同だが、撃ち返してきた相手にすぐに対応するために驚愕は一瞬である。


「ここだぁ!」


と、最初に追いついたヴェラトプの一機がバサク機にソードを振り下ろす。

だが振り下ろす前にマント越しに左腕でヴェラトプの腕を抑えて、そのまま機体のパワーで引き倒す。


「あああぁーー!?」


「もっと考えろ、ポンコツ」


引き倒されたヴェラトプは、仰向けに倒れてしまいそのままコクピットに数発ペイント弾を叩き込まれ、撃破判定を受ける。

そしてそのまま流れるようにシールドバッシュしてきた朱いヴェラトプのシールドからはみ出た脚部にペイント弾を撃つ。

だが無理矢理盾の位置を下に落とすことで脚部への被弾を防ぐ。が、横を取られた。


「無被弾で戦えると思うなよ!」


そう言ってマシンガンの銃口から火が噴き、ピンク色のペイントが朱色の装甲を覆う。

胴体に集中的に当たった為、即座に撃破判定。

そして撃墜直後、槍を携えたヴェラトプが槍投げでバサク機に攻撃する。

角度的に横合いであり、当たれば撃墜は可能である。


「当たれぇ!」


祈るように投げられた槍はそのままバサク機に当たる……かと思われた。

しかし右腕の鉄棒が槍を弾いた。


「え…?」


まさかそんな、という思いが彼の中で巡る中ペイント弾の雨が投げた直後の機体に当たり、左腕と右腕が被弾し行動不能となる。


「しまった……!?ガァッ…!」


「次ィ!」


ホバーの慣性を利用してそのままヤクザ蹴りで吹き飛ばし、最後の相手であるフレイムを正面に捉える。


「一回くらい、当てて…!」


「ムッ……」


ネイトはアサルトマシンガンを捨ててサイドスカートに装備されている鞘からソードを抜刀。

以前と違い、炎が機体を覆うことはないがネイトは一太刀当てることに集中する。

それに対してバサクは何かを感じ取ったのか、ホバーを停止。

地に足をつけて突き刺していたソードを再度、右手に保持させる。

お互いのスチームアーマーが、目の前のスチームアーマーを見定める。

そしてバサクは目の前の機体が、己の機体【バルトメウ・レクトパイル】の同類であることに気付く。


「コイツの兄弟って事かぁ……まあ、いてもおかしくはないか」


流石に汗で着心地が悪くなって着崩すバサクは、フレイムと表示される機体コードを映すパネルを興味深そうに見ながら視線を外の光景が頭部のメインカメラから送られるモニターに戻す。


「さて……どう戦うのか見物だぜ」


そう呟くのと同時にレクトパイルは駆ける。

それを見たフレイムは駆ける……手前で止まり、ソードを前に立てて待ち構える。


「ドゥラッ!」


それにバサクはあえて剣を真っ直ぐに振り下ろす。

片腕だけとはいえ、それでも並の機体では押し負け気味になるパワーをである。

マントで覆われた頭部からツインアイの光が、フレイムを見下ろす。

それに呼応するかのように、フレイムもまた胸部の排熱口からプシュウと水蒸気を吐き出して振り下ろされたソードを受け止めた。


「受け、止めた…ッ!」


「流石にパワーは互角!」


ガゴンッ、という音と共に剣の打ち合いが始まる。

攻勢に出るレクトパイルに、フレイムは振るわれるソードをソードで防御することしかできない。

それはそうである。

パイロットのネイトがビビってしまっているのだから。


「や、やっぱこえぇよ…!」


ネイトとてわざわざ痛い目にあいたいわけではない。

目の前にすると、やはり怖く感じるネイトにバサクは一旦攻撃をやめてソードを捨てる。

つまり、挑発である。


「やっちまえー!」


「舐められてんぞーッ!」


と、外野はガヤガヤと煩いがネイトは挑発されたことに内心冷や汗をかきつつ攻撃に転ずる。

エリーナ教師もまたリンチのような事にならないかとヒヤヒヤしているが。

そんな懸念を余所にフレイムの振るう攻撃は当たらず、ペイント弾に詰め替えた腕部の機関砲を撃っても避けられる。

むしろボディブローをお返しにと叩き込まれる。


「グェ!?」


叩き潰されたアヒルのような声がネイトの口から漏れるが、そんなこと気にしていられないネイトは衝撃に耐えながらどうするか、どうすればいいかと頭の回転を早める。

だがいい考えは思いつかず、ファイティングポーズのレクトパイルに詰め寄られた瞬間、エリーナの「終了」の合図が送られるのだった。
















【補足】

・ペイント弾

ラックスバニーという小型魔獣の糞を利用した物。人間には分からないが、魔獣はとても嫌う臭いを放つ糞なのだが、熱を加えると液状化するという奇妙な性質を持つ。それを利用したのがペイント弾である。尚、ラックスバニーの主食であるピーク種からでも製作可能。ただし、ラックスバニーを介して作る方がパフォーマンスが良い。


・貴族の子供達について

まだ王政が主である各国は、スチームアーマーのパイロットには基本的に最低位の爵位を与えて貴族にする。

そのため、成り上がりしやすい体制であるが平民の子供達は所詮、才能があるのみなので政治家としての側面を持つ貴族出身の子供達は彼、彼女らを虐げ出世の芽を摘んでしまったり、手駒として囲われたりとその出世街道の道はかなり険しい。

尚、貴族の子供達の機体は親からのお下がりやその子供用にカスタムされたり、チューンされている。



【機体解説】

・バルトメウ・レクトパイル

フレイムとは兄弟機の一つ。類似する点はありつつ、コンセプトや主兵装等は基本的に類似する事はない。

尚、レクトパイルはホバー機能は本来有してはおらず、またホバー技術も現段階ではまだ一部地上戦艦に実装されるに留まっている。

古代語で【レクト】は改、【パイル】は破砕。

ちなみにマントの装着理由は機体の機密保持である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る