第3話 灯された炎


ネイトは走る。

後ろから聞こえる魔獣達の呻きや遠吠えから逃げるように走る。

死への恐怖から走るペースを上げた体は、鍛えた肉体だとしても己のペースに合わなければスタミナの消費は激しい。

息切れを起こしたネイトだったが、それでも走り続ける。

下へ下る螺旋階段を飛ばしながら父譲りの体幹で着地、すぐに飛ばしと超人的な動きをする。

これは基礎に学ぶ身体強化の魔法によるものだが、ネイトはまだ発動までに詠唱を必要としていた。

それを無意識に行っていたネイトだったが、それがどうこうと今の状況を変えることはできない。

とにかく、走り疲れたネイトが広い空間に辿り着いた事は確かである。


「はぁ…!はぁ……!」


入って一泊置いて、暗かった空間に照明の魔法により明かりがつき、その全貌が見えたネイトは思わず愕然とする。

スチームアーマーというからにはスチームパンクなロボットだと、ネイトはそう思っていた。

だが、目の前にいる白い装甲を輝かせる現代的なデザインを持ったまさにロボットという姿だった。

ネイトの脳裏にはショッピングモールにあった有名なプラモデルが連想されていただろう。

とはいえ、そんな事もほんの一瞬。

衝動に突き動かされるようにそのスチームアーマーに乗り込むためのタラップを駆け上り、コクピットハッチの所まで咳き込みながら辿り着いた。


「フレイム……」


ハッチに掠れた古代文字で書かれた文字を読んで思わずその機体の顔を見る。

フレイム、この世界の古代言語では【無垢】という意味の単語だ。

このスチームアーマーの名前らしく、ネイトはしみじみと見てコクピットハッチに入り込む。

少し狭いコクピットの中は、埃が少し舞っており、呼吸が浅いネイトは吸い込んで咳き込む。

とはいえ、今はそんなことを一々気にしていていられない状況だ。

どこかにマニュアルはないかとシートを捲ったり、席の後ろにないかと調べるが計器の上に置いてあったので、埃を払ってマニュアルを開く。


「このボタン……か?」


古代語の翻訳が中途半端な為、不安になりつつ起動ボタンらしき物を押す。

すると、モニターが点灯し計器も光を放つ。

グォォォン……と機体の動力音も聞こえる。


「よし……よし!」


これなら魔獣達を倒せる!皆を助けられる!そう思ったネイト。

だがそれもつかの間で、エンストを起こしたかのような音を立てて沈黙する。


「はぁ!?」


思わず台パンしてしまうほどキレるネイト。

ネイトがこのときは知る由もないが、フレイムはここ十数年間は整備も禄にされていないポンコツである。

更に【バルトメウ・フレイム】は五百年前に生産された特化型スチームアーマーだ。

当然、そんな昔の機体なので主にフレームと電装系の老朽化も早く、半ば置物となっていたフレイムには突然叩き起こされてもすぐには起きれない子供のような物である。

そもそもスチームアーマー全般に言えるのだが、起動時には搭乗者の魔力を種火とする。

特にバルトメウシリーズはその特殊性もあって種火には大きな魔力を必要とする。

勿論、無くても現在のスチームアーマーは難なく起動できるようになっており、フレイムが活躍した当時と違って魔導回路の改良によって魔力のないパイロットでも起動可能である。

では、何故フレイムは動かないのか。

それは前述した通り、種火がないからである。

ネイトは魔力の扱い方がまだ分からない上に、フレイムの最低限の起動には一般的な魔法使いからしても、そこそこの魔力量を必要としていた。

魔法自体、まだ知識を得るという序盤のフェーズであり、ネイトは魔法が実在する事実しか知らない。

魔力を扱う練習のれの字もないネイトは、起動できない原因に首を傾げた。

マニュアルを読み進めるも大半が未翻訳であり、ネイトはここで魔獣達の暴走が終わるのを待つしかないのかと諦めかけた時だった。


「ん……?何かに、引っ張られる感覚…?」


体の奥底にある熱いものが、引っこ抜かれそうになるのを感じるネイト。

そんな奇妙な感覚に不思議そうにその感覚を確かめる。

そして理解した、これが魔力でこれを操縦桿に流す必要があると。


「そうか、これか……!」


内側にある熱いものを腕に移動させ、そしてその先に放つ。

そのイメージ通りにやると、フレイムは完全に起動を果たした。


「よっしゃあ!」


完全に起動したことに大喜びのネイト。

それに呼応するかのようにフレイムもまた、己の動力炉を震わせる。

ツインアイが翡翠の光を灯し、機体から炎が立ち上がるがマニュアルの操縦方法に視線を向けているため、その事には気が付かない。

そして安全装置によるハッチの閉鎖によってようやくネイトは気付いた。


「え?」


機体から伝わる熱気にネイトはどういうことだとマニュアルをよく見るが肝心なところは未翻訳。

せいぜい、この機体には腕部に30mmダルガン砲が2門ずつ装備されている事だけだった。

勿論、しっかり装弾されているかは神のみぞ知る。

何もわからないまま、動かすことになったネイトはとにかくスティック型の操縦桿を握ることにした。

格納庫のシステムも自動でフレイムを地上にへと送るためにフレイムの頭上が左右に開き、床が昇降台となり上にへと上がる。

中世のファンタジーに時代錯誤なSF要素が入っていて、違和感しかないネイトだったがそれを考える暇もなく突然の衝撃に体を大きく揺さぶられてシートに体が押し付けられる。

それが倒れた感覚だと理解したのはモニターに映る大猿が、憎たらしげに睨んでいるのを見てからだ。


「大猿…!?」


コイツがスタンピードの原因か、と思ったがそれは後回しにする。

今できるのはこの大猿を倒すことだけだ。


「これが……こうだよな!?」


「グギャウ!?」


膝に置いたマニュアルを見ながらフレイムを起き上がらせるために操縦桿を動かし、ペダルを踏む。

が、出たモーションはキックで大猿の股間を跳ね上げるだけになる。


「あれ?違う?ならこうか!?」


今度は操縦桿だけを倒す。

そうしてようやく立ち上がる気配を見せるが、大猿は激高してタックルをかます。


「グギャアッ!!」


「うわぁぁぁ!?」


庭園に吹き飛ばされ、綺麗に咲いていた花たちが潰れる。


「あっぐう……」


衝撃による痛みでネイトは動けない。

だが、舞い散る花弁達を見て彼は思い出す。

自分が何を目指し、何を夢見ていたかを。

許嫁と言われた少女に問われた夢。

その場のノリもあったその夢は、前世憧れていた創作の中にいる、正義のヒーローの影響もあった。

本当はバカバカしいと、叶うはずがないと思っていた。


「でも、でも今はコイツがいる……!」


訳の分からないロボット、だがコイツがいるならなれるかもしれないと彼は思った。


「フレイム!起き上がれぇぇぇ!!」


小さな思い出の中にあった情熱を、ネイトは滾らせた。

それは、抑えつけていた子供の心をようやく解き放ったようにも見える。

だが、少なくともそれを見ている大猿は突然機体が大炎上しているようにしか見えなかった。

普通ならこの大炎上で、大猿はキャッキャッと嘲笑うだろうがその炎の奥に立ち上がるスチームアーマーから発せられる魔力の量に大猿は歓喜よりも恐怖を心に抱いていた。

遥か昔からある獣の本能か、それとも魔法の会得により進化した知能からか。

どのみち、大猿は相対してはいけない相手と出会ってしまった事に気付いた。

そこから逃げるまでの行動までは、炎の中から差し出された腕によって止められたのだが。


「おい、猿!」


音響の故障か、外部スピーカーがコクピットにいるネイトの声を伝える。

まあ、そんなことは大猿には関係ない。

ただ逃げたい一心でフレイムから離れようとする。

だが、離れられない。

肩に乗せられた手が大猿の肩を焼きつつ、離さない。

そして、ネイトは叫んだ。


「お返しだぁっ!!」


フレイムの炎が収まり、握られたその拳に炎が密集する。

魔法をフルに活用した渾身の一発が、大猿の顔面に叩き込まれる。


「ガブッ…!」


一撃、たったの一撃。

現行のスチームアーマーにはない、かつての大戦争のロストテクノロジーの一部を拳に秘めた一撃が大猿の顔を吹き飛ばし、魔拳の軌跡は空にへと飛ぶ。

放った当の本人は突然の軽い気怠さに戸惑いつつも、大猿を倒した事実に喜んだ。


「は、ははっ…!やった!やった!」


それを機に、魔獣達は我を取り戻したかのように逃げ回り、壁に囲まれた街から出ていく。

助かった兵士は尻餅を着きつつ生き残れたことに安堵し、旧式のスチームアーマーのパイロット達も歓喜で湧く。

辺境の大貴族の治める町で起きたスタンピードは、ひとまずの終幕を得たのである。





















「ケッ、失敗したか」















【機体解説と補足】

○バルトメウ・フレイム

全長18m、翡翠色のツインアイ、全身を白と白銀で染められている。

ヴェングリン家の地下に保管されていたバルトメウシリーズの一つ。バルトメウシリーズについては後日。

フレイムは古代語で【無垢】であるが、機体から炎を排出する辺り、転生者との関係がありそうな機体であり、現状把握できているのは搭乗者の必要な魔力量はかなり多い事と白兵戦に強い事のみ。


○ロストテクノロジー

今回、披露された拳から炎を解き放つ攻撃など、必殺技のような攻撃は遥か昔に起きた大戦争の最中に多く使われたテクノロジー等を総じた名称である。

バルトメウシリーズを始め、大戦争以前に開発された特化型のスチームアーマーに多く備わっており、各国は解析を最優先に進めている技術である。


○魔法関連

この世界の魔法は特定の行動を取る必要はなく、シンプルにイメージによって魔法を発動できる。

魔法を発動する際に、生物が生命活動を行う限り作り出され続ける魔力というエネルギーを消費する。

詠唱等が行われるのは発動する為のイメージを確保する為の術であり、個人によって詠唱内容ややり方自体も様々である。

スチームアーマーの動力源としても魔力は利用されており、特殊な鉱物を核としている。




【後書き】

読了ありがとうございます。

良かったら感想を下さるとクッソテンション上がります。(多分)

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