第2話 魔獣の襲来


さて、時を戻そう。

ヴェングリン家の治める領地は現在、大量発生した魔獣達の大規模な群れが己の身を傷つける事を恐れずただひたすらに人を殺し、物を破壊していた。

そして、その中に飲まれたものはいずれも悲惨な結末を迎えた。

逃げ遅れた哀れな老人は群れに飲まれて轢き殺され、恐怖で家のクローゼットの中に隠れたものは鼻の利く魔獣によってクローゼットから引きずり出され、四肢を食い千切られた。

そんな悲惨な状況の中、それらを抑える騎士たちと一個小隊のスチームアーマー隊。

灰色に塗装された装甲に傷を付けながら、押し寄せる怪物達を何とか抑えようとしていた。


「魔獣がなんで群れてるんだよ!?畜生!」


「知るか!こちとら旧式のヴェラトプだぞ!いつまでも魔獣を相手にできねぇ!」


ノステラス王国の量産機【ヴェラトプ】は既に第一線を退いだ機体だが、対魔獣スチームアーマーとしては優秀な機体であり、火力はないが代わりに装甲の硬さが売りである。

とはいえ、数年前に終結した戦争に危機感を覚えた王国は新型開発に力を入れた結果、新型機が配備され始めている。

しかし、ヴェングリン領は王都【トポラポラ】から少し遠く、辺境と言ってもいいだろう。

その為新型の配備は遅れており、同時に頭の悪い担当貴族が自分達で交換しに来いと言い放ってしまい、領地を守る警備隊が少なくなっていた。

勿論、その程度で魔獣の攻撃を察知できないほど領地を守る騎士団は無能ではない。

つまり、この魔獣たちは何かに操られているということである。

そもそも、魔獣とは基本的に一部を除いて群れない生物である。

魔獣という名から察せれる通り、魔法をあやつる獣達は進化の過程で生まれた存在だ。

知能は他の獣と違って高く、人の言葉を理解するものもいる。

そんな彼等が人を襲うのは相応の理由か、知能の低い魔獣達である。

それが常識であるからこそ、他種と共に群れて辺境の領地を襲うのか全くわからないのが留守番を任された騎士団たちであった。


「アグラ様は!?」


「わからん!屋敷の方はあの大猿の投石で半壊してるのは確認した!」


「馬鹿!救出しろよ!」


そう文句を言い合いながらヴェラトプ3機は、大盾で後ろで避難している民間人達を守りつつ、その手に持つマシンピストルを群がる魔獣達に掃射する。

しかし多勢に無勢、一時は魔獣達が倒れ伏すが後から湧いてくる魔獣達によってまた元通りになる。

手数の少なく、広範囲の殲滅には不向きなヴェラトプは次第に押されていく。

それは何故か。


「大型種!」


「もう来たのかよ!」


小型から中型まで、今まで現れた魔獣達の大きさは1mから5mまでの魔獣達であった。

しかし、大型となると一気にそのサイズは大きくなり10mから人類が記録する最大サイズ約5kmの魔獣がこの世界に存在している。

そして、彼らの目の前にいる大型種【オオザル】は

一見、ただ体格を良くした猿に見えるが腕力と素早さの高い魔獣である。

魔法は使わないが、しかしその身なりに似合わない怪力は恐らく身体強化の魔法を使っていると研究者達からはそう考察されている。

まあ、そんな事など彼らにとっては知ったこっちゃない。


「パトロール隊は!」


「音信不通!ギャッ!?」


遂にオペレーターも魔獣の牙にかかり、情報源が途絶えた小隊の面々は顔を青ざめて自分達の末路を想像してしまう。

小隊長もまた、絶望しかけたその時だった。

屋敷から炎が天を穿つかのように、燃え上がった。






















少し時は戻る。

ネイトは普段通り、十歳から始めた剣の訓練を始めようとしていた。

勿論、その師は父であるアグラである。

十歳を過ぎてから、ネイトは様々な知識を得た。

十歳の誕生日に父から書斎で本を読むことを許可し、そして憧れの魔法や剣の訓練をすることとなった。

ネイトとしてはそれまでが暇だったが故にそれらにのめり込み、許嫁のローゼからは飽きられたりしていた。

そんな中、ネイトにとって驚きだったのは過去にも自分と同じ転生した人や転移した達がいた事であった。

明らかに解る名前の日本人や、この異世界に送り出したものは明らかに前世のものであるのがわかるものだったりと、歴史書のほとんどにその功績を残した者達が載っていた。

彼らのようになれるか、と言われればネイトは否と答えるし、どのみち大方の日本文化は輸入されているので逆にどうすればいいんだ?となる。

とはいえ、通りで時折和食や日本にあった物があるのかと納得したが。

まさに異世界、そう思っていた矢先だった。

目の前が巨大な何かがよぎり、壊れた風景が目に飛び込むまでは。


「は?」


一瞬、ほんの一瞬で起きた惨状に理解不能だった。

目の前で人が死んだり自分自身がそれに巻き込まれることはなかった事は不幸中の幸いだろう。

どのみち、ネイトは訳もわからずただこの事態を知るであろう父アグラの元に来た道を走って戻る。

メイドや執事達も泡立たしく、屋敷の警備隊も物々しい雰囲気となっている。


「父上!大変な事が…!」


それを見ながら報告しに来ていた兵士と入れ替わりに父の書斎にへと駆け込んだネイトは、この非常時に関わらず落ち着いた雰囲気の父にどことなく安心感を得る。


「ネイト、魔獣達のスタンピードだ。お前はクラリアと共に王都に避難しろ」


「父上はどうするんです!?」


「私は民を守るために戦う。お前はこの鍵を持って逃げろ」


「なっ……僕も戦います!」


自分で言うのもアレだが、これでも15歳の男だ。

訓練もしてきた、戦力になるとネイトはそう思っていた。

だが、アグラはそれを止めた。


「ネイト、自分の身を守れなければ誰かを守る資格はないと、私は何度も言ったはずだが?」


ネイトだけは、他の人には知らないアグラの一面を知っている。

他の人が見ていないところでは冷徹な鉄仮面を脱いで、赤子のネイトを可愛がってた事。

息子が褒められて鼻をかいたときは照れ隠しや嬉しい気持ちを表していること。

本当に色々とあったからこそ、ネイトは前世の父以上にアグラを親として尊敬していた。

だからこそ、役に立ちたいという気持ちがあった。

しかし、アグラはそれを邪魔だと切り捨てる。

ネイトも内心は理解していた。


「未熟……だからですか」


「そうだ。未熟な者を前に出す訳にはいかん。それに、お前は私の一人息子だ。早々死なれては困る」


と、鼻をかきながら答える。

こうも言われると、ネイトも彼の意思を無視できなくなる。

しかし、彼の言う鍵は何なのか問わねばならない。


「……わかりました。ですが、鍵とは……?」


そう問うとアグラは懐から少し錆びた鍵を取り出した。


「以前、お前が問いかけて来た地下への扉があるだろう?それの鍵だ。あそこには、一体のスチームアーマーがある」


「スチームアーマー?なんでそんなものが……」


わざわざ秘匿する物なのか?そう疑問に思ったが、やけに騒がしくなって来た屋敷内にアグラは目を細めて剣を取る。


「今は説明する暇はないな……とにかく、それを持ってクラリアと逃げろ。いいな?」


そう告げて書斎から去ったアグラに、ネイトは父の言う通りに母を連れて避難することを決めた。

しかし、すでに屋敷は魔獣達に蹂躙されており、所々で騎士達の悲鳴と断末魔が聞こえる。


「ウッ……」


いざ、生で見ると吐き気を抑えきれないネイトだったがそれ以上の死への恐怖にネイトは足を動かす。

また死ぬのは御免だと。

走って走って、その先に魔獣達がいた。

どこに行っても魔獣だらけで、ネイトが最後に行き着いたのはあの秘密だらけだった扉の前だった。


「行くしか……ないよな……」


スチームアーマーなど、見たことも扱ったこともない。

本当に箱入り息子なのだがそれでやるしかない。

そして自分を鼓舞するように愚痴を言い続ける、冒頭にへと戻る。















【補足】

スチームアーマーは全長18mが基本の高さ。

武装は実弾、魔弾を用いた銃火器、そして実体剣。

バックパックは機体によるが武装懸架用のアームパックが装備されている。

スチームアーマーにも機種は多様で、現地改修機もあれば旧式のカスタムも存在する。

そして、その中にも特別な機種がいくつか存在する。

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