【短編】すみれ

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すみれ


『御用かしら?そこの青二才。

このアタシが願い事を3つ、叶えてあ・げ・る』



亡くなったばあちゃんの遺品を整理してたら出てきた古い土瓶。

確か俺が小さい頃、ばあちゃんがこれで茶を作ってくれたっけ...。

懐かしい気持ちでそれを指で撫でると、蓋の隙間から煙が吹き出した。


「は?なに!?」


目の前には体長3メートルほどの大柄な人間...、かもわからない、体色が紫の、人の見た目をした化け物が現れた。


そして冒頭の発言だ。


「御用かしら?そこの青二才。

このアタシが願い事を3つ、叶えてあ・げ・る」


「なにお前...」


「あんら!驚きすぎて腰が抜けちゃった?

かわいいわねぇ〜ん!」


「あ、はい」カポッ


煙が出た勢いで吹き飛んだ蓋を拾い上げ、土瓶の口を閉じた。


化け物の腰から下は煙で、それは土瓶へと繋がっていたから、蓋を閉じるとそいつは「いやんっ!」と悶えながら消えていった。


「なおや〜?今すごい音がしたけど大丈夫〜?」


化け物が現れた時に辺りの物をなぎ倒した音が、階下にいる母にまで聴こえていたようだ。


「なんでもない!」


土瓶を元あった木箱に入れて風呂敷で厳重に縛った。


「さて、これは捨てるか...」


「ちょっと待ちなさいよォォォオ!!!!」


得体の知れぬ声が聴こえた気がするが、この土瓶はお喋り機能が付いているんだなきっと。


"売却"と書かれた紙が貼られたエリアにそれを置いて、まだまだ終わりそうにない遺品整理にため息をつきつつ、さっきの事は忘れようと誓った......



のに!!



「願い事をさっさと言いなさい!」


「不法侵入しといてなに偉そうに言ってんだ」


ばあちゃん家から帰って自室に鞄を置き、スマホを取り出そうと中を漁っていると再び現れた化け物。どうやら土瓶が手に触れたらしい。

と言うかなんであの土瓶が俺の鞄に入ってるんだよ!?


「せっまい部屋ねぇ〜ん!角が食い込んでアタシ四角くなっちゃうわよヤダん!」


あの後、買取業者が木箱を回収していったのを確実に見届けたはずだ。


「どっから湧いて出た!」


「ヤダわッ、こんな奴が次の主人なのッ!?」


「強烈よぉぉ...!!」と叫ぶ化け物は、やはり人に見えるけど人じゃない。

アニメで観たことがある、俗に言う魔人というやつに似てる。


「早く新しい主人に仕えたいわッ!さっさと願い事を考えなさい!」


アニメ通り、寄生する土瓶を擦った俺は、この魔人の主人になってしまったらしい。


「願い事ねぇ...」


嘘か本当かなんて分からないけど、土瓶からこの巨漢が出てくることがもはや奇想天外。

願い事を叶えるというのも半ば嘘ではないのか...?


「わかる、悩む気持ちもわかるわ...。人生幾度となく"嗚呼、願いが叶うなら"と思う瞬間があるものn...」

「じゃあ...」

「早ッ!もっとありがたがりなさいよッ!!」


「んだよ、急かしてきたのはそっちだろ」


「せめて欲にまみれた人間談義に花を咲かす時間くらいよこしなさいよッ!」


「めんどくせぇな...(ボソッ)」


「聞こえてんのよ全部。

そもそもアンタ、アタシについて何も質問してこないじゃない?」


「大体わかるから」


「んあっ...!?アンタ生意気で無神経そうに見えて実は人(魔人)を見る目があるっていうの!?」


「願い事を叶える叶える詐欺に手を染めた化粧の濃いオカマのおっさん」


「アンタ絞めるわよ...?

まあアタシの存在と力を信じないのはいいけど、後々後悔するわよ」


「信じてないことはない。まあ今は半信半疑の"疑"寄りだな」


「全然信じてないじゃないのよ!

ちょっと!めんどくさくなって寝転び始めるのやめなッ!」


「24時回ってんのに元気だな、おねぇさん」


「なによんアンタッ!いきなりおねぇさんだなんて...!!

それで?間髪入れずに頭に浮かんだ願い事ってなに?」


「ここに、俺の好きな人を連れてきて」


寝転ぶ自分の腹をポンポンと叩いた。

まあこの魔人の技量を試すにはちょうどいい程度の願いだろ。


「そんなことでいいの?

"巨万の富がほしい"とか"ヒーローになりたい"とかあるじゃない」


「いいよ別に」


俺はそんなものにてんで興味がない。

ただ好きな人と普通の日々を過ごせたらいい。


「わかったわ、願い事1つ目は...、"好きな人を連れてくる"」


魔人がキラキラと光始めたから眩しくて目を閉じれば、次の瞬間腹にズシリと重みを感じた。


「あれ、え...?なおや...??」


瞼の裏でまだ残像が見えるほど強い光だったから、なかなか目を開けられない。


でもこの声は間違いなくあいつのもの。


「あき...、久しぶり」


ゆっくり瞼を開けると、驚きに目を丸くした最愛の人がいた。


「何これ、夢...?」


パジャマ姿でツヤツヤの髪には寝癖がついてる。

もう寝てたのか。最近仕事が忙しいって言ってたもんな...。


「なおや、夢に出てきてくれたの?」


「うん、そうかもね」


「なにそれ、嬉しい...」


抱きついてきたから抱きしめ返した。

最近会えてなかったし、より一層幸せを感じる。


「ありがとう、なおや...」


すぐ横にド迫力の魔人がいるのにあきは全く気づいていない。

この魔人はたぶん俺にしか見えないんだろうな。


「なおや...」


「眠たいな。一緒に寝よう」


今にも瞼を閉じてしまいそうなあきを隣に寝かせた。


「なおや、おやすみ...」


「おやすみ、あき...」


すぅ...、すぅ...、と寝息が聴こえる。

あきに抱えられている腕が温かい。


「あらあら可愛い子んねぇ〜...、って男ッ!?」


「あきは中性的だからな、見間違えるのも仕方がない」


「そこじゃないわよッ!あらヤダ!!このアタシが魔法をしくじるなんて...!!」


「大丈夫、正解だ。

魔人の力ってほんとだったんだ...。お前すごいな」


「好きな人って、男じゃないのッ!」


「だからなに」


「アタシはてっきり女性かと...」


「男が好きな人=女性ってわけじゃないだろ」


「......。そうね、アタシが悪かったわ...」


「いや、いいよ。むしろありがとな。あきに会えるの久しぶりだったんだ」


「そう」


「あー、俺いまめっちゃ幸せ...」


「アンタ見てたらわかるわよ、アタシも伊達に何百年生きてないからね」


「そういえば...」


あきから魔人に視線を移した。

土瓶から出てきた時よりサイズが小さくなってる。

まあ俺にしか見えない幻影なんだから体の大きさだって自由に操れるんだろうけど。それなら最初からそのサイズでいろよ。


「名前、なんていうの?」


「アタシの?」


「そ」


「ヴァイオレットよ」


「なんか名前まで迫力あるな」


「失礼ね...。ヴィオラでいいわよ」


「わかった、ヴィオラ。

それで、2つ目の願いなんだけど」


「どしどし申し付けてくるわね」


「この国を、好きな者同士が普通に愛し合える国にしてほしい」


「"普通に"って...、アンタ本当に欲がないわけ?」


「十分欲張ってるよ。当たり前じゃないんだ、俺たちからしたら」


「アンタと恋人ちゃんも結構苦労してんのね。

わかったわ、2つ目の願い事は...、"すべての人が普通に愛し合える国になれ"!」


またヴィオラが光りだしたから、あきに覆い被さる。起こしちゃ可哀想だ。



「はぁ〜い!完了したわよんッ!」


「特に変わった感じしないな」


「さっきと違って物理的に何かが動く訳じゃないし、今はこれと言って変化が分からないでしょうね」


「そうか。ありがとな」


「礼なんて不要よ。これもアタシの罰なんだから」


「罰?罰ってなんだよ」


「気になるッ!?ヴィオラちゃんの過去が気になっちゃうぅぅッ!?」


腹立つけど気になるから黙って続きを催促する。


「話せば長くなるからショートカットコースでいくわよ?

何百年も前の話になるけど、アタシ魔王様に仕えていたの」


「あぁ、魔王ね。って魔王...!?

じゃあヴィオラはなに者なんだよ」


「何言ってんのよ。魔王様に仕えてんだから悪魔に決まってんでしょ?

でもね、禁断の恋をしてしまったの...」


サラッととんでもないこと言ってるけど、今はそこに突っ込んでる場合じゃなさそうだ。


「悪魔のアタシが天使に恋をしてしまったの。

それに怒った魔王様が罰としてアタシを魔人にした。

"人間に仕えてそいつらの願いを叶える"という屈辱的なオプションも添えてね」


「すげぇ次元の話だな」


「性別も男に変えられた。

元は絶世の美女だったのよん?今となればオカマのおっさんだ・け・どッ!」


「色々あったんだな」


「そらアンタとは年季が違うわよ」


「その罰はいつまで続くんだ?」


「さあ、分からないわ」


「ヴィオラはこのままでいいのか?」


「嫌に決まってんじゃない!傲慢な人間どもの願いを叶えるだけの人生なんて。反吐が出るわよッ!

アンタみたいな偏屈以外は大抵金や名声を求める欲深い奴しかいないんだから」


「そうなのか?」


「自分の身丈に合わないそれを手に入れた者の末路は、話す必要もないわよね。

なんとなく、アンタにはそうなって欲しくないわ」


「願い事はまだ1つ残ってるし、欲に目が眩むかもしれないな」


「アタシをからかうなんて良い度胸じゃない」


「ははっ。

なぁ、ヴィオラには夢とかあんの?」


「夢...?夢、ねぇ.........」


「そんな悩むことじゃないだろ」


「叶うことのない夢なんて持つだけ無駄でしょ?」


「まぁ、そうかもな。

強いて言うならでいいから言ってみろよ」


「そうね...。自由になったら、"人間になってみたい"、かしら」


「意外だな」


「今までクソみたいな人間しか見てこなかったからそんなこと微塵も思わなかったけど。

アンタたち見てたら人間も悪くないじゃないって思っちゃったわ」


「なぁあき。ご長寿魔人が俺たちを見てこんなこと言ってる」


「恋人の頬をさわさわするんじゃないよッ!幸せかよッ!!

まぁ、なに...、生意気なアンタも、大切な人の前ではそんな顔できるのね...」


「どんな顔だよ」


眠る恋人の頭に鼻を擦り付けた。

なにかいい匂いがするわけでもないけど、大好きな匂い。


「はぁ〜ん...!私も誰かに愛されたいわ...」


ヴィオラは気にしてなさげにそう言うけど、瞳の奥に寂しさや悲しさを感じる。

どこか自分の人生を諦めているようにも思えた。


このままずっと、願いを叶えるだけの魔人として生き続けないといけないのか...?


2つ目の願い事が本当に叶っていて、同性愛者でも普通のカップルのように過ごせる国になっているかはまだ分からない。

でも今あきが俺の腕の中にいて、抱きしめられていることが幸せだ。

まだ会って間もないけど、ヴィオラには本当に感謝してる。


「なぁヴィオラ、3つ目の願い事、決めた」




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あれから5年が過ぎた。

ヴィオラと出会って初めての朝、夢じゃなくて本当に俺の家にいることに驚いたあきに全てを話した。

3つ目の願いを叶えたヴィオラはもういなくなっていて、あきには「素敵な夢を見たんだね」となだめられた。

でもテレビをつけたら、同性結婚が全国的に認められ、親権を持つ養子縁組の受け入れができるようになるというニュース速報が流れてきて、2人で涙して喜び合った。


認められるんだ、俺たちの愛が。

ヴィオラは俺たちに、幸せな未来を与えてくれたんだ。


「ねぇ、なおや?」


「ん?」


あれから俺は大学を出て、社会人になった。

あきにプロポーズして、一緒の家に住んで、毎日触れることができて、この上ない幸せを感じてる。


「僕たち結婚して3年経つでしょ?

なおやは27で僕も29になるし、そろそろ、さ...」


「養子?」


「う、うん...」


あきは子どもが好きだと思う。(はじめてのおつかいとかうえうえ泣きながら見てるし)

それは知ってたけど、俺がまだ2人の時間を味わいたくて先延ばしにしてた。


「どうかな...?」


二重の大きな目を潤ませて様子を伺ってくる。

上目遣い最高だな。三十路とは思えない可愛さだ。


「今度相談所に行ってみようか」


「...うん!!」



そこから数日後、2人の休日に相談所を訪れた。

制度の説明を受けて、隣接する施設の子どもたちを見に行くことになった。


そこにはまだ10歳にも満たない子どもたちが、絵を描いたり積み木をしたりして楽しそうに遊んでいる。


その中で、ベビーベットで手足をバタつかせる赤ん坊に目がいった。


「この子、こんな小さいのに...」


あきが柵に手をかけて悲しそうに呟いた。


「この施設の前に置き去りにされていたんです。

まだ生後2ヶ月くらいでしょうか...」


「そうなんですね...」


「あき、この子にしよう」


「うん......、えっ...!?」


「この子を迎えよう」


「ま、待って!そんな急に...!?」


「そ、そうですよ?何度か通っていただいて決められた方が...!」



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『なぁヴィオラ、3つ目の願い事、決めた』


『一夜で完結させる気?ほんとアンタの決断力には感服するわ。 で、なに?』


『ヴィオラを人間に生まれ変わらせてくれ』


『............は? アンタ正気?』


『正気』


『アンタもっと!自分のことに使いなさいよッ!アタシの実力分かってんでしょ!?ほんとに叶うのよアンタの願いがッ!後悔するわよッ!!』


『それもそうだけど。俺はもう十分幸せだから。次はヴィオラの番だろ?

まぁ人間になったからって幸せになれるかは分からないけど』


『アンタほんと、どうしようもないバカね...』


『ははっ。

まぁもしどこかで会ったら、必ず恩返しするからさ』



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なぁ、お前なんだろ?


光に当たると紫色にも見える髪を持つ赤ん坊。

抱き抱えると嬉しそうにこちらに手を伸ばしてきた。


「ふふっ、すっかりなおやに懐いたみたい」


あれから研修と審査と経て、赤ん坊を養子縁組することが決まった。今は俺たちに慣れてもらうため週1、2回施設に通っている。

自宅に連れて帰るのももうすぐだ。


「ねぇ、この子の名前どうする?」


「ん?そうだなぁ......。すみれ、とか?」


「すみれ?きれいな名前だね。

でもこの子男の子だよ?」


「だめかな...?」


「ふふっ...、そんなことない。すごく良いと思う!」


「ほんと!?良かった! すみれ〜」


「すみれく〜ん」


名前を呼べば一瞬キョトンとしていたけど、次には腕を振って嬉しそうに笑ってくれた。


すみれがヴィオラの生まれ変わりかなんて分からない。

でもそう思わずにはいられないんだよ。


次はヴィオラが幸せになる番だから。

人間で良かったって思えるよう、あきと大切に育てるから。

世界で一番幸せな家族になろうな、すみれ ("ヴァイオレット")。



.おわり

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