6 神様

正直あいつがいるなんて考えてもいなかった。

淡白で自分の欲に忠実で、面倒くさいことは死んでも避けたい、という奴だったから。大和は。

だから永遠に俺を待ち続けるか、俺を放っておいて帰ってるもんだと思っていた。

いや、俺を追いかけて来たんじゃなく、ただ廊下に出ただけでここに来たのかもしれない。

それが神様の思し召しだったのかもしれないな。

そう考えると、少し胸がそわ、とした。

小3の夏、初めてあの神様に会ったときを思い出す。

先の見えない住宅街と涼しさに疑問を感じて、それでも前に進んで。

肩からぶら下げた空の虫かごが、歩くたびにからからと音を立てて。

そろそろ家に帰りたいな、今日のおやつは何だろうか。ドーナツが食べたい。

そう考えて上を見上げると、そこに神様はいた。いつかまた出会う、ミカドミンミン。

どうなっているのかわからなかったが、道路脇に落ちている死骸のようにひっくり返っている姿だった。つまり、下から見ているのに、木に停まっているのを横から見た状態、羽が見える状態だった。

ぞわりと全身に鳥肌が立つほどに、そのミンミンゼミに感動し、圧倒された。

その瞬間こそ驚いたが、なぜか湧き出た尊敬と畏怖の念が頭から離れなかった。

確実に自分より上の人間であると、それこそ、世界の、この世に生きる、または死んでいく全ての存在の頂点であると。

それを見てから日に日に、日常のどこかにそのミンミンゼミの存在を感じるようになった。

嫌に眠たいプール後の授業、風で広がるベージュのカーテンの向こう。

大和と行った、足の着かない市営プールの水色の底。

母さんが切る青ネギの丸の中。

全てに何故か存在を感じていた。

それに伴って、頭の中の、そのミンミンゼミが占める割合がどんどん大きくなっていった。

その時幼いながらに思った。

もしかして、このミカドミンミンは神様なんじゃないか、と。

その時から、俺の神様はただ一つ、いや一匹、そのミカドミンミンだった。

「大好き」なんて楽な言葉で表せていいものか、これは完全なる信仰心だった。

眉をひそめながら、何かを真剣に考えている大和をちらりと見た。

大和にはいつか会わせたいと思っていた。

俺の信じるあの神様に。

それこそ、あの小3の頃から。

ずっとこの時を、大和を待っていた。

大和もきっとあの神様に圧倒される。

きっとあの神様を信仰する一人になるだろう。

いや、絶対。

深呼吸を一回した。

この時のためにひた隠しにしてきたんだから。

ぎゅ、と大和の腕を握った。

そのままぐいっと窓際に引っ張る。

帰宅部の体は意外に軽かった。

「…神様!俺の、俺の神様!」

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