5 蝉
「ねえ、大和」
異様に静かな声だった。
「…何?」
もう俺は何にも驚かないぞ、と強い意思で返事をする。
「窓、開けようと思わなかったの」
「…あー、思わなかったな、そういえば。なんか開ける気しなかったんだよ」
なぜか窓の事を考えてもいなかった。
そうだ、開けてみても良かった。
「…」
本当に小さな声で、蓮が何か言っていた。
さすが、だとか。
「きっと大和は俺の友達だから、優しくして下さるよ、ね」
目は合わなかった。
「…?何が、誰が」
蓮が俺の腕を掴んだ。
ぐい、と引っ張られる。
「うわ、まて、何!」
蓮はなぜか、今日一番のきらきらした笑顔をしていた。
「大和にもいつか会わせたかったんだよ」
腕が痛い。
「…神様!俺の、俺の神様!」
がら、と蓮が窓を開けた。
目が眩むほどの橙色の光と、鼓膜が破れそうな大きさの蝉の鳴き声が体をつんざいた。
ぶわりと広がる熱い空気に息が詰まる。
「…っ!」
視界が真っ白になった。
「な、なに…!」
蓮が窓の向こうに身を乗り出す。
見たことの無い表情で蓮が笑った。
「神様だよ」
やけに楽しそうで、嬉しそうで、本当になぜか気味が悪かった。
ようやく目が慣れてきて、ぱちぱちと二度瞬きをした。
窓のふちに手をかける。
「あ、あれ」
景色、と言っても何も無い橙色の空間だったけれど、景色いっぱいに広がる茶色の物体が目に飛び込んできた。
少し若葉色をぐちゃぐちゃと適当に混ぜたような、そんな黒色が後ろに透かしてあって、何だかとても見覚えがあった。
きれいに緑がかっていて。
みんみんみんみんみんみんみん。
「ミカドミンミン、だ」
それは巨大なミンミンゼミだった。
妙に、嫌に見覚えがあった。
昔蓮と採りに行ったセミ、の中でも一際目立っていたミカドミンミン。
びちびちと、虫かごの中で暴れていたそれ。
「そうだよ、ミカドミンミン」
どうやら目の前は羽らしく、透明なガラスのような羽の向こうにうねうねぐにぐにと動く腹が見えた。
これが神様?
窓から乗り出ると全身が見えた。
黒い目玉が周り橙色を跳ね返して、ぴかぴか光っている。
そのミカドミンミンの巨大版は、電車の大きさを優に越え、通っていた小学校ほどの大きさを持っていた。
何だかそれが、それの存在がとても当たり前なもので、優れたもの、圧倒的に素晴らしいものという気がして、ぶわりと全身が鳥肌立った。
指先がかたかたと震えた。
おかしいだろ。
優れる云々はわからないけれど、そんなことが急に頭に出てきたところが、気味が悪かった。
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