4 昔話

沈黙。

ぺたぺた。

みんみんみんみんみんみんみん。

「ねえ、大和」

「…なに?」

きゅ。

急に蓮が歩みを止めた。

背中のリュックが音を立てた。

「俺大和に言ってなかったことがあってさあ」

蓮の髪が揺れる。

「…何?」

蓮と目が合わない。

「俺こういうところ来たの初めてじゃなくて」

蓮の声が廊下に響いた。

「は」

みんみんみんみんみんみんみん。

なぜか、なぜか分かんないけど、何かおかしい気がする。

いやこの空間がおかしいのは最初からわかっていたけど、ちがう、蓮が。

何がおかしいのかはわからないけれど、ずっと蓮に対して脳みそが危険信号を出していた。

「3回目、かな」

気持ちの悪い汗が背中を流れていく。

妙な違和感だけが胸にぐずぐずと残っていた。

話の内容もそうなのだが、違う。

「…」

俺には目を向けず、蓮はつらつらと言葉を吐いていった。

「ここ来てからずっと言おうか迷ってたんだけどさあ、やっぱ言った方がいいかなって思って」

どきどき心臓が跳ねる。

ずっと黙っている俺には構わず、話し続けていた。

「一回目は小3ぐらいの─今と同じ、夏、だったかな。公園で遊んでたとき、急に人が居なくなって、今とおんなじ様に蝉の鳴き声以外聞こえなかった、知らない住宅街がずっと続いてて」

にこにこと、また、いつもの無邪気な笑みで。

ここはいつも通りなんだよな。

「ほんとにびっくりしたの、だってほんとに急だったんだもん」

みんみんみんみんみんみんみん。

「2回目は小6の夏…社会科見学で工場行ったでしょ、そこだった」

社会科見学で行った自動車工場を思い出した。

機械の、あの金属と金属が擦れて出る特有の臭いが好きだと、蓮は笑っていた。

「課題やってたのにさあ、一人取り残されちゃったんだよね、その時」

じっと聞いていたが、「一人取り残された」とはどういうことだろうか。

蓮と俺は同じ班だった、しかもずっと話していた。

途中でいなくなるなんてなかった、あのとき蓮は変わらなかった。

「がしゃんがしゃん動く機械に囲まれて、ほんとなどうしようかと思ったよ」

蓮が話し続ける。

何だか、分からなかったところがうやむやになってしまいそうだったから、自分も口を開いた。

「…でも俺と蓮、ずっと一緒にいたよな」

蓮がぽかんと口を開けた。

「俺は途中で一人になったけど」

む、と蓮の眉間にしわが寄る。

「途中で一人減ってたら探さない訳ないだろ、俺は蓮をずっと見てたし話してた」

それでも、と蓮が口を開く。

「いや、俺は」

「ずっと変わらず俺の隣にいたよ、蓮は」

話を遮って悪いが、本当だから。

「じゃあ俺が二人いたってこと?そのとき大和といた俺は偽物?」

意味分かんない、と蓮が腕を組んだ。

「…そうとも限らない…けど、精神だけ持っていかれた、とかそういう」

納得がいってなさそうで、まだ眉間にシワは寄ったままだった。

「俺は一人だよ…」

はあ、と蓮がため息を吐いた。

「…ここは何なんだろうね、大和」

…それを聞きたいのは俺の方なんだが。

どうにも言い方に腹が立って。

本当は、

「…蓮、ほんとは知ってるんじゃないのか」

どうしてここに来たのか、何のせいなのか。

「…何にも知らないよ、俺は」

にこ、と笑った。

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