2 さっき

ぐお、と窓からの熱い風が髪を乱した。

「大和!早くしろよお!」

明日から夏休みだった。

中学に入ってから二度目の。

友達の蓮と明日、隣の駅の町にある市営プールに遊びに行く予定だった。

半日授業でお腹がぐうぐう鳴っていて、早く帰りたかった。

「蓮!待てよ、あと技術の教科書入れれば帰れんの」

教室には二人だけ。俺が荷物を持って帰るのを先延ばしにしていたから、今日地獄を見た。

電気が消えて薄暗い教室の中に蓮の鼻歌と紙が擦れる音だけが存在していた。

持ってきた、母さんから借りたファンシーなキャラクターがついた手提げ袋に、ぎゅぎゅ、と教科書やらパレットやら蝉の抜け殻やらを突っ込んでいた。

たんたんたん、と蓮が上履きでリズムを刻む。

「ん、悪い大和、俺ちょっとトイレ」

「わかった、いってらっしゃい」

分厚くなったファイルを片手に手を振って、蓮が背負っていたリュックを置いて廊下に飛び出して行くのを見ていた。

蓮のリュックもかなり詰め込んでいるらしく、置くときに盛大な音を立てていた。

「んー、入った…」

四角く膨らんだ手提げ袋を叩く。

いやー、これが俺の本気だよ、と、誰も見ていないのに胸を張った。

かち、かち、かち、かち、と、黒板の上の時計の秒針が進んでいく音が教室に響く。

もう帰る支度は済んで、余裕で椅子に座っていた。

何分ぐらい経っただろうか。5分、いや10分弱?

やけに遅いな、と思った。

普段は長くても1分もあれば出てきているのだ。

誇張はあまりしていない。

トイレが混んでいる訳でもないだろうし。

蓮は大丈夫だろうか。

…見に行った方がいいだろうか。

倒れてるとかないだろうな、この時期のトイレは暑いから。

手提げ袋を置いて、肩に紐が食い込んでいるリュックは背負ったまま立ち上がった。

大掃除を終えた教室は洗剤くさくて、俺はそれが好きだった。

昼前の太陽の光が眩しく差す廊下に一歩踏み出して、それから、それから、

ここにいた。

おかしいな、と驚くほどぼんやり思った。

さっきまで聞こえていた、グラウンドの校門前でうだついている生徒の声も、なぜか最近増えたカラスのかあかあ鳴く声も、他の教室からの物音も全て聞こえなくなって。

蓮がいるはずのトイレも無くて、開けていた教室の扉も閉まっていて、ただただ無機質で殺風景な廊下と扉の連立している光景だけが広がっていた。

妙に廊下が涼しくて、窓の橙色がきれいだった。

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