逃げ水

カワイイ!

1 廊下

どうしようか。

延々と続く学校の廊下を見ていた。

自分から見て左側に教室の扉がある。

はめ込まれた曇りガラスの先は紺色に静まっている。

右の広い窓の外では蝉がうるさく鳴いていた。

ぼんやりと曇っていてよく見えないが、窓が橙色で満たされている。夕方なのか。

みんみんみんみんみんみんみん。

「帰れないかな、これは」

ポケットの中に入っているスマホを取り出す。

メッセージアプリに通知が一つ入っていた。

卵と牛乳、買ってきて!

母さんからのメッセージだった。

呑気だなあ、と思った。お宅の息子は大変なことになっているのに。

これは一時間前ぐらいのもの、だと思うのだが。

どうにもスマホの時計が狂っていてよくわからない。今は136時80分らしい。

ああ、今点滅して136時81分になった。

入っているゲームやアプリのアイコンは、色が反転していた。

なんとも気持ちの悪いホーム画面が形成されている。

電源を切って前に進む。

ぺたぺた、きゅ、と上履きが床を踏みしめる音が辺りに響く。

リュックの中でペンががちゃがちゃいっている。

このまま、ここから出られなかったら。

このまま、誰とも会えなかったら。

自分の妄想にため息を吐く。

ずーっと廊下は続いていく。

地平線の様なベージュの廊下の光景に飽きてきた。

みんみんみんみんみんみんみん。

がちゃがちゃ。ぺた、きゅ、きゅ。

もう何百の窓をやり過ごしてきた気がする。

ぺたぺた。

いつからここにいたんだ、そもそも何でここに居るんだったか。

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