いしのなかにいる

 雨音でかき消されるほど火の粉は爆ぜ 身は凍えたままだったが、心は解けていくのだと知る。今更に 四方の壁は渇いた声で嘲笑う、自由を得たのだが根が這えたよう躰が重い。

「それでここにきた、」

 汚泥の底を腰まで浸かりながら 微温く憑嗄れ、言葉を返す 乾いた眼でただ揺らめく炎と憐れを懐くことで――


 そこに石ころををひろったのだと母は暴言を吐いた。

 橋のたもとに泣いていたのだと在り来りな嘘を私に着せたがる。そういった心身と深々と散り積もる外は雪に、やはり、怯えている。

 これが未来だというのなら崇高で高等な問題は面白くもない。終点も目的地もいらない永劫と論破する。なにを口説こうとしている?


 自分自身に問いかけるが、(こたえはない/正解もない。)


 ――ただ星屑ばかりがさんざめく、あたり。 それが降る触る振る、震わせるのだ/奮わせるのだろう、なあ揮わせるものはなんだ? ほかでもない己の意思だ。


 <だからその石ころ/ちっぽけで/なんて、こともない。>


 磨けば光るなんてとんでもない、嘘だ理屈だ。脆く崩れてしまうただの泥団子を捏ねてるだけ。そもそもこの泥濘に浸って遊ぶ、游いでいるふりにしかならない。なんの役にも立たない、時間ばかりが無駄に過ぎている。が。どうせ死ぬのだから、後先も厭わずに好き勝手に愛しみな、と。この手のひらを掴んだものだ。

 人生讃歌する気も人助けをする気もない、自分自身がわからないのでそれを叩きつけている現状。みな損なもの、自分のことしか考えてない、それでいて何も見えやしない真実なんて希望も理想でニヤッとする。簡単なことだ、けれど自由は効かないものだ。


 偶然でもめぐり合わせ、たわいない浮薄、残念な節理。

 見離してみて焦げ付いたかおりが、

 脳内に錆びついている。


 部屋の中に充満したケムに燻され、どうやら眠ってしまったらしい、あれから、もう随分経つ。燃え残った手紙の束、アレが過去のしがらみを書き付けた毒吐独白を箪笥にしまい込む。読み返す気もおきないがあれも生きた痕跡のひとつだから。

 ほらどれこれも、形に残す意味はあるのか、なんて、後先も考えずときは流されるだけのもので。上滑りな行動がこうしてまた重なって逝ってしまう、何故なにごとを思って選択を行うのか、遠い過去になっては遺された師走にまた戻ってきては。


 安堵しているのだろう?

 ああ、こうして古く狭い場所に雨露を凌ぐだけの沢山の記憶がへばりついて拵えた我が家だ。最善の選択をしてきたはずなのに、なぜだかここから逃げ出したい、どこか別のところに帰りたいと思う。とても苦しいのにやはり落ち着くのだから、

 しょうもない。

 もう既にガラクタにしかならない『よいおもいで』が捨てられずに小さな机上にこまごまみっちりと重なるところで。

 白湯は既に冷たく、また入れ直しては口もつけられずに用意した錠剤も忘れ転がるまま。泥のような視界は浅く小さく迷うこともないはずなのに、

 胸のうちに巡らす儘、

 いつだってそうだ。後悔のないように罪重ねる難いだけの意志が、この身と共に崩れ去るまで。

 ときに許される限り、なんとなく息をしている。


 とまあ要は億劫なのだ。

 手の内で遊ばせるだけで精一杯。游がせられているのはやはり自分の身一つでしかない。それで溺れ、沈んでいく、他愛ない戯れだ。


 黴が嘲笑うような撓んだ天井には雨漏りのあと。

 足の踏み場程度の床に散らばる生活臭。見慣れたもの。


 嘴のない狼は牙を隠しところどころ剥げた掻巻で覆う、敗れた箇所、そのぶん新しく未来を詠んだ。高らかな老骨は偏屈な餓鬼よりか つばさもなく天使より足がはやい。それはこの手にあまる、透かしたような形、宝飾より高価で旅人より愚鈍であった。

 錠/鎖/楔。あまねくは、情愛で括られる、傍らの色。

 射し込まれるひかり、一方から、影が囁く。


 小さな部屋で私は自らを傾ければ重く溢れ、一定に湛えている。軽く穢らしい器にはこうしてちっぽけな意思が見えるものだ。

 これが案外、形見の品、なんてちゃちな言い訳で締めくくり、道端で拾ったきれいな石のままの方が型に嵌まり、なあなあの人生を簡単に物語るものだろう。窓辺から射した陽に透かせばきっとなんとも言えないうすっぺらな輝きを放つというもの。

 そしてお決まりに虹なんて見えやがる、私という意思を移した偶像、物語にすればまあまあイイ感じのまぼろしに現れる。

 いつからこの石は固い?

 ただのイシコロであるのに、自分自身ではどうでもいいことで、値打ちなどくだらないほど、結局しまい込んでは後生大事に吐き捨ててしまいたいのに、

 いつだってどうしてか胸のうちに仕舞いこまれて。


 価値もないのに思い出ってやつが、なにか金の足しにでもなるのならまだいいのに、空腹を満たせるものでもねえのに、いやいや持っていると知っていても。

 それすら、面倒なものだから、顔を背け、鏡の伝染る面影にうんざりしながら同じ道をいくのかと、せいぜい呪ってくれればいい。それぐらいの気持ちで手放せずに愚痴のひとつも言いながら、酒のつまみに掲げては見つめ続けている。

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