指名手配犯との攻防

俺は丸井警部補より渋井の説得を命じられ、疑問が浮かんだので尋ね返した。


「自分が1人でありますか?」

「そうだ、指名手配を受けてなお人質をとっている渋井の精神状態が正常とは言い難い。合理的な判断力を失っているか、潜伏していたのを発見され自暴自棄になっている恐れがある」

「確かにそれはそうですが……」

「時間を稼いでくれ、君が渋井を引き付けてくれれば我々が隙を突き確保する」

「了解しました。これより渋井凸汰の説得にあたります」


 丸井警部補の命を受け、俺は体育館に渋井の説得の為に向かう。


 体育館の扉は内側から鍵がかけられていており、入れそうもない、仕方なくスピーカーを学校から借りに戻ろうと思ったが、宮空先生がスピーカーを俺に持ってきてくれた。


「宮空先生⁉」

「良かったら使ってください、大木さんがお1人で体育館に向かうのが見えましたから」

「ありがとうございます、先生は校舎に戻って下さい」

「はい、大木さんも気をつけて下さい」


宮空先生が校舎に戻ったのを見て、俺はスピーカーで体育館にいる渋井に呼びかける。


「渋井凸汰!俺は〇△署地域課の大木巡査だ!お前と話がしたい!体育館を開けてくれ!安心しろ警官は俺1人だ!」


 そう言ってしばらくすると、体育館から中年男性が出てきたが、渋井の特徴とは違う人物だったので、俺は尋ねた。


「あの、あなたは?」

「私は1年2組の担任の吉田です、立てこもり犯に様子を見てくるよう言われました。あの本当に警察官はあなただけですか?」

「はい、今は自分1人しかいません」

「お待ちください、知らせてきます」


 吉田先生はそのまま奥にいる渋井に俺1人しかいない事を知らせ、すぐに俺の元に戻って来る。


「入って下さい」


 吉田先生に言われ、俺は体育館に入り、渋井の逃亡を防ぎ、警官の接近を隠す意味で扉を施錠すると渋井と対面する。


「本当にお前1人で来たんだな?まさか1人で俺を逮捕するのか?」

「渋井、俺はお前に自首を勧める。これ以上罪を重ねる必要はないだろう」

「自首したところでもう俺の人生は終わったも同然だ、なんせ俺は一家まるまる殺したんだからよ」

「どうしてそんな事をしたか聞かせてもらえるか?」


 俺の問いに渋井は声を荒げながら動機を話した。


「あいつらが幸せそうなのが気に入らなかった。そんな幸せな家庭がある一方で俺は事業に失敗して借金まで作り!嫁も子供も俺から逃げた!そんなの許せるかよ!」


 渋井の境遇には同情するが警官として犯罪者を許せない。下手な言葉かけよりこいつに思いを語らすのがいいと判断し、俺は黙って聞く。


「だからもう俺の人生は終わりなんだよ……もうな」


 やはり渋井は丸井警部補の言うように正常な判断を失っているようだ。潜伏が見つかったのなら目撃者を消すという合理的な判断をせず、人質をとったというのがその証拠だ。


渋井と話している内に外から衝撃があり、体育館の扉が開いた。そこで1人の男が渋井に言い放った。


「渋井凸汰、もうお前は逃げられない、おとなしく自首しろ!」


 刑事課の丸井警部補が到着して条件反射で体育館の裏から逃走を渋井が試みるが咄嗟に俺は渋井の背中を後ろから蹴り身体が倒れた渋井を上から押さえつけ、丸井警部補に呼びかける。


「警部補!手錠を!」

「渋井凸汰!一家惨殺及び、小学校児童並びに教師を人質にとった現行犯で逮捕する!」


 そう言って渋井は丸井警部補に手錠をかけられて他の警官が身柄を拘束し渋井を連行する。一息ついた俺に丸井警部補が声をかける。


「やったな大木巡査」

「いえ、自分は大したことはしていませんよ」

「いや、君がいち早く現場に到着したから我々も動きやすかった。君も近く署長から表彰されるだろう」


 直接手錠をかけた丸井警部補だけでなく、俺も表彰を受けるのか?

 そんな事を考えながら体育館を出ると康太が瑠美ちゃんに駆け寄った。


「瑠美ーー!瑠美ーー!大丈夫か⁉」

「お兄ちゃん、すごく、すごーーく怖かったよ!、でもねおまわりさんが来てくれたら瑠美頑張れたよ」

「ありがとよ、おまわりさん、本当にありがとう!」


 康太が涙ぐみながら俺に礼を言うと宮空先生も俺に駆け寄り礼の言葉を言う。


「私からもお礼を言わせて下さい、児童達を助けていただいてありがとうございます、それから、あの大木さんにお怪我はありませんか?」

「いえ、警官として当然の事をしたまでです、怪我もありません」

「ああ、良かったです」

「それじゃあ自分もこの事件の報告書の作成をしなくてはいけないので失礼します」


 そう言って俺は小学校をあとにした。


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