6.視線の先の陽炎に
「コンビニ行くかぁ」
怜は体を怠そうに起こして、立ち上がった。今日は暑すぎて何も作りたくない。でもお腹は関係なく空いた。お昼ご飯どうしようかと、話していた末だった。
エコバッグを鞄に入れ、一緒に家を出る。コンビニまでは歩いて5分もかからない。手を繋いで、うちわで扇ぎながら向かう。口を開けば、暑いね、しか言わなかったけれど、何気ない日常が幸せに思える。
私達は、少し前に同棲を始めた。
大学を卒業すれば、もう社会人になる。そのタイミングで同棲を始めるのはどうか、と私からの提案だった。怜は1秒も考えずに肯定してくれた。
たった数分の距離ではあっても、夏に歩くと嫌に長く感じてしまう。角を曲がってやっと見えてきたコンビニに溜息を落とし、早く涼みたくて勝手に歩くスピードを上げた。
その2、3歩目あたりで、繋いだ手がフラッと揺れた。え? と振り向いたら、手は乱暴に振り解かれた。
怜が、地面に倒れていた。
「怜!?」
叫んで、肩を揺らす。眉間に
何度も名前を呼び、体を叩く。この季節だと熱中症か、脱水症状か。でも、さっき家を出たばかりだし、怜はいつもちゃんと水分を摂っている。
分からない。今日は摂っていなかったのかもしれない。思い出せない。今朝、怜は具合悪そうにしていたっけ。どうだったかな。何も考えられない。
依然として様子の変わらない怜。スマホを落としそうになりながらも取り出して、救急車を呼ぶ。ちゃんと呼べていたか記憶にない。
「怜。救急車呼んだからね。大丈夫だからね。怜。ねぇ怜。怜ってば」
ずっと返事がない。このまま怜が死んじゃったらどうしよう。怜が居なくなっちゃったらどうしよう。私、今更怜がいないなんて考えられないのに。結婚しようねって話もしたのに。
お願いだから目を開けて、大丈夫って一言言って。せめて返事のひとつくらいしてよ。お願いだよ、苦しそうにしたまま倒れていないで。怖いよ。死んじゃうかもしれないって考えるの、怖いよ、怜。
「お姉さん! これで体冷やしてあげて!」
知らない女の人が、飲料や氷をレジ袋いっぱいに持ってきてくれた。第三者の存在に、動揺が僅かに収まった。怜の首筋や脇などを冷やして、回復を試みる。
「救急車は呼べた?」
こくりと頷くと、女の人は私の背中をさすってくれた。大丈夫、大丈夫だからね。そう言いながら。
私は善意を有難く受け取り、名前を呼び続けた。次第に、涙がぼろぼろと溢れてきた。不安だった。怖くて、不安で、堪らなかった。怜がこのまま死んじゃったらどうしよう。その考えで頭がいっぱいだった。
いつになったら救急車は来るんだと、道路を睨みつけた。酷く長い時間、待たされている気がした。だけど道路の先に救急車の影も音も色も無く、そこには陽炎が揺れていた。
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