3.溶けたアイスの滴りに

 私も小山も、幾度となく開催した勉強会が功をなし、無事に希望の大学に進学した。夏真っ只中の明日には、大学生活初めての文化祭が待っている。


 なんでこんな暑い時期に、この大学は文化祭をやるのだと怒りもしたが、怒っても仕方ない。騒がしい教室の中で黙々と準備を進めていると、離れたところから声がかかった。


「香奈ちゃん、ごめん! ちょっと買い出し行けるかな……!」


 艶のあるロングストレートが綺麗な彼女。私にもよく話しかけてくれる、可愛くて人気の人だ。快く返事して近付き、彼女が手に持っているリストを受け取る。


「本当にごめんね、今日になって買い忘れが判明しちゃって」


 両手を顔の前で合わせて、申し訳なさそうに謝罪を繰り返す。買い出しくらいでこんなに謝らなくても。そう思いながら、リストに目を通し、もう一度承諾した。自分のしていた作業を近くの人に引き継ぐと、お店に向かい教室を出る。


 当然だけれど、他の教室でも文化祭の準備で盛り上がっており、廊下や壁など至る所で人が集まっていた。誤って何か踏んだりぶつかったりしないよう注意しながら歩いていると、今度は後ろから「大月!」と声が聞こえた。


 軽快なステップでごたごたした床を進んできた小山が、どこいくの、と問うてくる。買い出しに行くことを伝えたら、俺も行くと言い出した。



「何してるのか知らないけど、勝手に居なくなっちゃ駄目だよ。準備もまだまだあるんだから」


 怒った顔して諭すと、教室を覗き込むようにした小山が騒めきよりも大きな声で


「ごめん! ちょっと俺サボるわー!」


 と堂々宣言。「おいサボるな!」「逃げんな!」などの大ブーイングを背に、行こ、といたずらっ子のような笑顔で誘ってくる小山。


 まったく、相変わらずのサボり癖なんだから。


 呆れながらも、隣を歩く私の顔は少し綻んでいた。わざわざ一緒に行ってくれることが嬉しかった。



 大学から歩いて15分くらいのスーパーに寄り、買い物を済ませる。レジを通ろうとしたところで小山が隣から居なくなっていることに気付いたが、そのままレジを通って袋詰めをしていると戻ってきた。両手にアイスを持っていた。


「これ奢り。2人で食べよ」


 にっと笑う小山の手から、アイスをひとつ受け取ると、代わりにレジ袋を持ってくれた。


「私の買い出しだし、レジ袋は持つよ」


「いーの。これ持ってるとアイス食べにくいだろ。男が一緒にいるんだから、男の俺に持たせなって」


 そういうことを簡単に言えてしまう小山にちょっとだけ、胸がときめいた。締め付けられるような幸せの息苦しさを感じた。


 前から度々、小山のことを格好良いと思うようになっていたけど、小山はいつでもこんなだし、と思って誰にも言っていない。恋の可能性は、考えないようにしていた。


 だけど、胸の音が鳴り止まない。何を話せば良いのか分からなくなってきて、無言でアイスに齧り付く。少し固いくらいの冷たさと、口に広がるバニラの甘さに癒される。


 早く食べないと、この暑さではすぐに溶けてしまう。気まずい気持ちも抱えながら、集中してアイスを食べていると途中で、小山が「あのさ」と話しかけてきた。


 食べるのを一旦やめて、そちらを向く。


「……あのさ」


 小山は俯いていた。いつになく真剣な声色。よく見たら、小山のアイスが減っていない。夏の日差しで、段々とアイスが滴り落ちているにも関わらず、気にしている様子もなかった。


 足を止めたまま、黙り込む。沈黙の中で、手の甲にアイスが伝ってきているのを感じた。数分の間を開けて、不意に小山は私と目を合わせ、言った。



「好きです。付き合ってください」



 太陽のせいか、小山の顔は真っ赤だった。きっと、私の顔も真っ赤に違いない。その言葉は力強くて、真っ直ぐだった。


「ちょっと、泣くなって。なんで泣くの、嫌だった?」


「まさか。違うよ、嬉しいの。小山が好きになってくれるなんて夢みたい」


 涙を拭うと、背中をさすって宥めてくれていた小山に笑顔を見せる。



「ずっと好きだったよ。宜しくお願いします」



 私の返事に、全身で喜びを表現し始める小山。そんな姿に、自分の頭で処理しきれないほどの嬉しいという感情が、再び涙になって、アイスと一緒に落ちていった。

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