「今」を生きるからこそ

 帳尻合わせ。……なんとなく意味を察する。


「つまり、俺が事故にあう人を助けると代わりに俺が事故にあってしまう。そういうことだな?」

「ええ。なので……生天目くんがそんなことする必要ないんですよ……。未来を知っていても責任負わなきゃいけない義務なんてないんです。私は……生天目くんに事故にあってほしくない!」


 悲痛な表情で木村さんは訴える。今にも涙が溢れそうな瞳で俺を見つめている。


「……気持ちはわかった。けど、俺は誰かが苦しんでるのを放ったらかしにはできない。それがこれから起こることでもさ。」

「そんな……!そんなことしていたら10年持たずに死んじゃいますよ!?」

「それならそれでも構わんよ。」

「なんで、そんな……!」

「そんなの決まってるさ。俺達は過去でも未来でもない。"今"を生きているんだ。10年後じゃない。……俺は10年後そこにたどり着けなくたって良い。今この瞬間を生きている人のためになるんだったら。」


 俺はそう言ってその場から去った。後ろのほうで何かを言っていたような気はするが俺は気に留めなかった。


 そういえば、何で木村さんは"帳尻合わせ"をさせられるということを知っていたんだ?俺と同じタイミングでタイムリープして、同じ時代に来ているのであればそんなもの把握する時間など無かったはず。……どういうことだ?


 とにかく今はどうでもいい。今は事故の阻止が最優先だ。


 流石に突如として居なくなったら騒ぎになりかねない。一旦職員室によって抜け出す事を伝えにいく。名目は忘れ物を取りに行くとかで良いだろ。


 丁度職員室に居た先生に忘れ物を取りに一旦家に戻る旨を伝えてすぐ職員室を出た。


 そうしたらすぐに件の交差点に向かう。小走りで行った結果事故の時間の10分ほど前にたどり着けた。


 さて、ここで交通事故が起こったとしか知らないから、どうするべきか。議員さんの娘さんはたしか横断歩道を渡ろうとしたときに信号無視の車にはねられたとかだったと聞いている。なら道がわからないふりでもして呼び止めてしまえばやり過ごせるはずだ。


 しばし待つ。時間はまだ少しある。さて事故の詳細までは俺は知らない。様子を見ることにする。まずこの交差点は見通しは悪くない。……となるとどちらかが急に影から出てきてそれで事故、ということか?死亡事故ではなかったのだからあまり勢いはついていなかっただろうし交差点を曲がろうとして、という状況だったらと仮定すると辻褄が合わないこともない。


 よし。俺がどうすべきか見えてきた。木村さんの言う事が真実とするなら事故が起こるはずのまさにその時ここに居ると俺が事故にあいかねない。流石に事故に合うのは嫌だ。なら、ちょっとその状況が訪れないようにいじってしまえばいい。そして俺はこの場に居ないようにするということ。となると、俺が何かするよりかは予めそうならなくするようにしておくのがベストか。


 じゃあどうする。簡単なのはここらで犯行予告とかをすればお巡りさん達を呼べるから事故そのものはどうやったって起きなくなるはずだ。まさか警官の前で信号無視なんてありえないのだから。でもそんなのはダメだ。起こるはずの事故を防ぐためにとか言っても気が触れたとしか思わないか悪質なイタズラをしておきながら反省してないやつ扱いになるだけだ。事故を防げるならそれはそれでだけど俺の人生が詰んでしまえば元も子もない。


 あるいは、自分のバイタリティーに賭けて俺が事故を肩代わりする覚悟を決めるかだ。……一番現実的かもしれない。そもそも後遺障害は残るかもしれないけど死ぬような事故じゃない。自分もかの人も何もないのが一番だけれど最後の手段として考えて置くべきかもしらん。


 色々考えていると、事故が起こるはずの時刻がすぐそこまで近づいていた。辺りを見回す。これから事故が起こるなんて信じられないほど静かで平和だ。


「生天目くん!」


 呼びかける声に驚いて振り向くと木村さんが追いかけて来ていた。


「何してるんだ!ここに来たら……!」


 俺じゃなくて木村さんが帳尻合わせをさせられるかもしれないのに……!


「聞いて!ここで事故にあうはずなのは……私なんです!元々……遅刻しかけて急いでいたら事故というふうになるはずだったんです……!」

「馬鹿な!そんなこと!」

「とにかく……事故にあうべきは生天目くんじゃなくて私なんです。だから……ここにいると巻き込んでしまいますから……。早く戻って!」


 ……そんな訳にはいかないだろう。


「いや、俺は丈夫なんでね。なんとか事故っても大事には至らんから。多分。」

「多分って……!」


 押し問答をしている間に、事故発生時刻が来てしまっていた。


 突如として悲鳴が聞こえてきた。驚いてその方に目を遣ると、自動車が迫って来ていた。


 気がついた時にはもう既に避けようが無かった。


 強烈な衝撃を受けて、体が一瞬宙を舞う。木村さんは……木村さんは無事か?


 その思考を最後に俺の意識は途切れてしまった。

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