番外編 クリスマスって結局誰の誕生日なの?

 12月24日。事件は起きた。


「キミ、起きているか? おい、紫野原翠。起きていたら返事をしてくれ」

 朝、自室の扉を叩く音と、同居している男性の声で目が覚めた。切羽詰まったような声だ。寒いからもう少し布団の中でぬくぬくと過ごしていたいのだが、それは許されなさそうである。

「今起きました~。何かあったんですか、ロクドトさん」

 私はのそりと起き上がりながら、扉の向こうにいる男性、ロクドトに声を掛けた。

「緊急事態だ。双子の魔力が殆ど感じられない」

「えっ……⁉」

 彼と同じく我が屋敷に同居する双子の神、ディサエルとスティルの魔力が殆ど感じられないとなると、これは大問題だ。異世界の神である双子は、誰か一人でも己を信仰する者がいれば充分な魔力を得られるらしく、その人間の事を使徒と呼んでいる。この世界にいる間の双子の使徒は私とロクドトの二人。今はこの四人で私の自宅兼事務所に住んでいるから、普通に考えれば魔力不足を起こすはずが無いのである。

「すぐ着替えるので、ちょっと待ってください!」

 普段着に着替え扉を開けると、すぐそこにだいぶボロボロな状態のロクドトが立っていた。

「……何かあったんですか」

「朝起きてすぐ胸騒ぎがして、彼女達の部屋を開けてみたら吹っ飛ばされたのだ」

「どこからツッコめばいいんですか、それ……」

 何で胸騒ぎがしたからといって双子の部屋に入ろうとするんだ。吹っ飛ばされるのも当然だ。

「いや、というか……魔力が殆ど感じられなかったんですよね? 吹っ飛ばすだけの魔力はあったんですか?」

「彼女達は神だからな、少ない魔力でもその程度の事はできるのだろう」

 神である事を理由にさせられると反論しづらい。それよりもさっさと本題に入ろう。

「二人はまだ部屋にいますか?」

「ああ」

「行きましょう」


 双子の部屋の前に立って、扉をノックする前に二人の魔力を感じ取ろうと意識を集中させた。全く魔力を感じない訳でもないが、それでも微少だ。

「ディサエル、スティルさん! 大丈夫? 何かあった?」

 ノックして二人に呼びかけると、中から呻くような声が聞こえてきた。

「入るよ!」

 扉を開けてまず目に飛び込んできたのは、ベッドの上で蹲り、顔を赤くして苦しそうに息をする二人の姿だった。

「み、翠……」

「ディサエル、どうしたの⁉ 何かの病気⁉」

 ベッドに駆け寄り様子を見るが、生憎私は医者ではない。熱が出ていそうな事しか分からない。

「いや、違う……。これは……」

「いっ、しん……ょう……」

「いっしん……何ですか、スティルさん」

 私は苦しみながらも喋ろうとするスティルの口元に耳を近づけた。

「イッシンキョウの、せいなの……」

「……はい?」

 イッシンキョウというのは、唯一神を崇めるというあの一神教の事だろうか。

「そうだ……。その、一神教だ……。なぁ、翠。この国は、何で、急に……一神教の、支配下に……うっ」

 ディサエルはゴホゴホと咳をしだした。その様子だけなら心配するのだが、なんか、こう……面倒な設定を出してきたな、と思ってしまい、懐疑的な気持ちの方が大きい。

「キミはこの世界の住民だろう。何か原因に心当たりはあるか」

 異世界からやってきた医者のロクドトが詰め寄ってきた。心当たりなんて考えるまでもない。だって今日は、

「クリスマス、です」


 クリスマスはキリスト教の唯一神、イエス・キリストの誕生を祝う日だとかそうじゃないとか言われているが、キリスト教徒でない私としてはその部分は特にどうでもいい事だった。桃先生と共に暮らすようになってからは、桃先生や聡先生からプレゼントを貰ったり、美味しいチキンやケーキを食べさせてもらったりと、実に日本的な楽しいクリスマスを過ごしていた。それ以前については特筆すべき事は何もない。

 だが異世界の神であるディサエルとスティルにとって、一神教のイベントは大問題であるらしい。唯一神を支持する人間の想いが強まれば強まる程、魔力を得にくくなるとか……。実に面倒な設定である。

「設定とか言うな」

「言ってないよ」

「じゃあ心の中で設定とか言うな」


 原因が分かればどうにかなる。とロクドトが言うので、二人の処置は彼に任せて、私は四人分の朝食を作って双子の部屋まで持っていった。

(チキンとケーキ、ディサエルに作ってもらおうと思ってたんだけどな……)

 ディサエルの作る料理はとても美味しい。異世界組がクリスマスを知らずとも、食べたいとリクエストすれば作ってくれるだろうと考えていただけに、この件は少々残念である。

「ご飯持ってきました」

 扉を開けてもらって中に入ると、双子は多少なりとも回復した様子であった。

「お粥作ったから、火傷に気を付けながら食べてね」

「ありがとな、翠」

「ありがとね、翠」

 お粥を器によそい、二人に差し出す。双子は同じタイミングでお粥をスプーンですくい、同じタイミングでふぅふぅと息を吹きかけ、同じタイミングで口に入れた。

(なんかちょっと、可愛い)

 神だという二人の実年齢が幾つなのかは知らないが、見た目だけなら15歳の少女だ。年相応な姿にほっこりした。

「ロクドトさんもどうぞ」

「ああ、いただこう」

 ロクドトと自分の分もよそい、暫し皆で朝食の時間となった。


 食べ終えてからは双子を休ませ、私とロクドトで食器を洗った。

「ロクドトさん」

「何だ」

「何で胸騒ぎがしたからって、二人の部屋に入ったんですか」

 鍋を水に流しながらロクドトに詰問すると、彼は慌てた様子で返してきた。

「そ、それは、ワタシの直感があの双子に関連している事だと告げてきたからだ! 実際に彼女達はあの様子だったんだから、緊急事態に気づけてよかっただろう! だが……その、勝手に女性の部屋に入るべきではなかった。すまない」

「その謝罪は私じゃなくて、あの二人に言ってください」

「……そうだな」

 とは言え双子の魔力不足に気づけたのはロクドトのおかげである。彼のその行動力には感謝しよう。

「でも、何で二人の事で胸騒ぎが起きたんですか?」

「ああ、それは……」

 今度は言いにくそうに顔をしかめた。

「昨日キミがテレビとやらを見ている時、ワタシが聞いただろう。これは何だ、と。そしたらキミはこう答えた。この世界のお祭りです、とな。その時は深くは考えなかったが、後で気になったのだ。何故キミがこの国の、ではなくこの世界の、と言ったのか。祭りというのは、宗教色が強いものもある。それが世界規模ともなると、それだけその宗教も強い事は想像に難くない。それにあの時のキミの声色には楽しさを感じた。祭りに関わっている神がキミの信仰している神かどうかは知らんが、信仰していないとしても祭りを楽しみにしている人は沢山いるのだろう」

「待ってください。それじゃあ、もしかして……」

「キミが楽しみにしている祭りが双子に何か影響を与えるのではないかと、ワタシは予想したのだ。ワタシの部屋は彼女達の部屋の真正面にある。彼女達の魔力も常に感じ取っている」

「私がクリスマスを楽しみにしていたせいで、二人があんな状態に……?」

 そんな荒唐無稽な話があるかよ。


 私はただ、美味しいチキンとケーキが食べたかっただけなのに。


 しかし双子が調子を悪くしているのは事実だ。その原因が少なからず私にあるのであれば、謝っておいた方がいい。私はまたロクドトと共に双子の部屋へ入った。

「ディサエル、スティルさん、調子はどう?」

 ベッドの上で身を寄せ合いながら横になっている二人に声を掛けた。顔色はだいぶマシになっている。

「ああ、こいつのおかげで朝よりは楽になった」

「ありがとね、ロクドト」

「礼を言われる程ではない。ワタシにかかればこの程度すぐに治せると言いたいところだが、今回ばかりはそうはいかないようだからな」

 ロクドトはこちらを睨んで私に話をするよう促してきた。

「二人とも、ごめんね。私のせいで、こんな事になって……」

「何でお前が謝るんだ? お前は一神教の信者じゃねぇんだろ?」

「そうだよ。翠は関係無いよ」

「いや、それが、そうでもなくて……。クリスマスは一神教のお祭りではあるんだけど、私もそれを楽しみにしてたから、それもあって二人がこうなっちゃったみたいなの……」

「「……」」

 体感でたっぷり一分程の沈黙が流れた。

「お前……オレ達という神がいながら……」

「唯一神以外の神を認めようとしない一神教のお祭りを楽しみにしていたなんて……」

「お前はオレ達だけを信仰してればいいんだよ」

「ディサエル達だけと言われても、いっぱい神様がいる国で生まれ育ったから、それはちょっと……」

 年が明ければ初詣に行くし。

「しっかし、何でお前が一神教の祭りを楽しみになんかしてたんだ?」

「そ、それは……その。美味しいチキンとケーキが、食べられるから……」

「「……」」

 また気まずい沈黙が流れた。

「お前……それくらい言ってくれればいつだって作ってやるよ」

「そうだよ。翠のお願いなら何でも聞くよ」

「そうじゃなくて……その、クリスマスはそういう風習があるから、今日食べたいって言うか……。皆がクリスマスを知らなくても、そうやって、楽しい一日を過ごせたらなって思って……」

 自分で言ってて恥ずかしくなってきた。これではただの子供だ。もうハタチ過ぎてるのに……。桃先生や聡先生とそうした楽しいクリスマスを過ごす事ができたからと言って、別の世界から来た三人にもそれを強要するのはワガママでしかない。

「何だ。そんな理由か」

 段々と俯いていって完全に下を向いた私の頭を、ディサエルがぽんと撫でた。

「その程度のワガママも聞いてやらないような奴だとでも思ったのか? 事前に言ってくれれば、何か対策だって立てられたぞ。材料は買ってあるのか?」

「え……?」

「チキンやケーキの材料は買ってあるのか? まだなら買ってこい」

 顔を上げると、ディサエルと目が合った。まだ少し辛そうではあるが、優しい笑みを浮かべている。

「作って、くれるの?」

「オレの作る美味いチキンとケーキが食いてぇんだろ? 昼過ぎには回復できるようロクドトがなんとかするから、お前はそれまでに材料の調達だ」

「うん……!」

 私は急いで双子の部屋を出て、材料を買うべくスーパーマーケットへと向かった。


 ディサエルの言った通り、ロクドトのおかげで昼過ぎには双子は回復した。それからディサエルは厨房に籠り、チキンとケーキを焼いてくれた。私は少しでも皆に楽しんでもらおうと、食堂を魔法で飾り付けした。

 そして夕食時。

 机の上には焼きたてのローストチキン、パン、サラダ、ディサエル曰く「セパラ」という名前の緑色のスープ、そしてイチゴが沢山乗ったケーキ。どれも見るからに美味しそうだ。

「「「「いただきます」」」」

 何から食べるか大変迷うが、やはり一番はチキンだろう。ナイフとフォークで切り分けて口へ運ぶ。程よい柔らかさのチキンは、噛めば噛むほどに口いっぱいに幸せが広がっていく。

「ん~! 美味しい~!」

「それは良かった」

「ありがとう、ディサエル」

「どういたしまして。次からは正直に言えよ?」

「うん。そうする」

 何種類かの野菜が入っているのであろうセパラというスープも、作り手の隠れた優しさを感じさせるような味わいだ。

「ねぇ、翠」

「何ですか、スティルさん」

「クリスマスって、神の誕生を祝うものなんだっけ?」

「はい。そうらしいです」

「だったらさ、よく知らない神の誕生を祝うよりも、わたし達の誕生を祝うものにしない?」

「お、いいな、それ」

 スティルの提案に、ディサエルが乗ってきた。

「え、でも、それは二人の誕生日にやればいいんじゃ……て言うか、誕生日いつ?」

 二人の実年齢もだが、誕生日も聞いた事がない。そもそも異世界の暦はこの世界の暦と合致するのだろうか。

「正確な日付は覚えてねぇが……冬だったよな?」

「うん。わたし達の誕生祭をやって暫くすると、春が来て新年のお祝いをしてたから、冬だね」

「それじゃあ、二月くらい?」

「は? 新年の前なのに、何で二月になるんだ?」

「え、だって、春が来る前なんでしょ?」

「ああ。だから新年の前だろ?」

 ……。

「もしかして、この世界は春が来たら新年、じゃねぇのか……?」

「あと一週間で年が明けるから、冬のままだよ……?」

 何か凄いありえないものを見るような目で見られた。

「よし、翠。冬のまま年を越すと決めた奴の名前を教えてくれ。春に変えてやる」

「歴史改変しようとしないで!?」

 教えたら本当にしそうで怖い。誰がそう決めたのか知らなくてよかった。

「でもさ、あと一週間で新年が来るなら今日くらいがちょうど良いんじゃない? わたし達の誕生日祝い」

「スティルの言う通りだろう。ワタシとしても、何処の誰とも知らん神を祝うよりはそちらの方がいい」

 このままでは埒が明かない私とディサエルの言い争いに、スティルとロクドトが助け船を出してきた。

「……それも、そうですね」

「それじゃあ、祝うか。オレ達の誕生日」

「うん」

 誕生日を祝うのであれば、言わねばならない言葉がある。

「ディサエル、スティルさん。誕生日おめでとう!」

「おめでとう」

「「ありがとう!」」

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紫野原魔法探偵事務所 みーこ @mi_kof

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