第19話

 双子が暫くはゆっくり休んだり、この世界を観光したいから、と言うので、双子がこの世界に飽きるまでは屋敷に置いておく事になった。双子が留まるならロクドトも留まる事になる。彼はこの近くに宿屋はないかと聞いてきたが、スティルが必要な時にすぐ使える場所にいないと嫌だと言って聞かない為、彼も同じくこの屋敷で暮らす事となった。

(一気に騒がしくなったな……)

 洋館としては小ぶりであるが、一人で住むには広いこの屋敷に、今は四人いる。気のすむまでいてもいいが、せめて食費だけでもくれと言ったらディサエルは迷惑を掛けたお詫びに、と大金を出してきた。怖くてそんなに受け取れないと断ったが、「大して依頼人が来ないんだから、黙って受け取れ」と言われてぐぅの音も出ず受け取る事となった。暫くの間の三人の生活費分も含まれているらしい。いつまでここに住む気だ。お金の代わりにスティルからは実践的な魔法の使い方を、ロクドトからは魔法薬の作り方をそれぞれ教えてもらう、という取り決めとなった。

 ディサエルと美香の依頼を終えて数日が経ったが、ディサエルの言った通り大して依頼人は来ない。来ないのをいい事に、美香も誘って五人で遊びに行ったりもした。異世界組はこの世界に来て初めて目にするものも多いらしく、事あるごとに目を輝かせていた。

 この屋敷に越してきた当初は憧れの一人暮らしだ、とワクワクしたものだが、気づけば三人増えている。だが同じ屋根の下に暮らしているとは言え、皆それぞれのプライバシーを尊重し、程よい距離感で接してくれる。何となく一緒に暮らしている。そんな感じだ。気の合う人とであれば、シェアハウスも案外悪くない。

 そんな日常に慣れた頃、その日は来た。

「今までありがとな、翠。そろそろ別の世界に行こうと思う」

「神様の仕事も色々あってね、管理してる世界を見て回って、大変な事が起きてないか確認しないといけないんだ」

「そういう訳だから、ワタシも彼女達と共に行く」

「……そう、ですか」

 昼食の時にそう聞かされ、今日中には出掛けると言う。

「一生会えなくなる訳じゃないし、時々こっちの世界にも来てやるよ」

「翠を別の世界に連れてってあげないといけないしね」

「……うん」

 突然の事ではあるが、遅かれ早かれ別れる時は来るのだ。それがたまたま今日だったというだけで。

(別に、今日じゃなくてもいいのに……)

 だが分かってはいても、そう思ってしまう自分がいる。

 この頃は交代で食事を作っていて今日の夕飯は私が作る予定だったのだが、オレに任せてお前は事務所にいろ、とディサエルが言うので私は大人しくそれに従った。

 案の定誰も依頼人が来ない事務所のソファに座って本を読んでいると、日が傾いてきた頃に美香がやってきた。

「翠さんこんにちは」

「美香ちゃんいらっしゃい」

 あれから美香は、週に一、二度程のペースで事務所に遊びに来ている。事務所の手伝いをしたいと言うのだが、依頼人が来ない以上手伝わせる様な事も何も無く、私が美香の勉強を見たり、美香が私や双子から簡単な魔法を教わったりしている。前回来た時は花の色を変える魔法に成功した。

「今日は何する?」

「あ、えっと、今日はディースくん達に、用があるんですけど……どこにいますか?」

 何故かしどろもどろに答える美香。今日が今日という日なだけに、どうも怪しい。

「台所にいると思うよ」

 怪しみながらも居場所を教えると、美香は「ありがとうございます」と言って台所へと足早に歩いていった。

(絶対何かある)

 だって今日は、私の誕生日なのだ。


 突然室内が暗くなり、何故かカーテンも勝手に閉まった。

(停電? ではないよね?)

 廊下へと繋がる扉の隙間からは光が漏れている。この部屋の照明だけが落とされたのだろう。

(分かりやすすぎないか⁉)

 これが誕生祝いのサプライズであれば、あまりにもベタすぎる。これで皆がハッピーバースデーを歌いながら誕生日ケーキを持って現れたら、私は笑ってしまうに違いない。しかし部屋が暗くなっただけで、他に何か起きる気配が無い。

(流石に自意識過剰すぎたかな……)

 やっぱりこの部屋だけ停電したのか。

「んな訳ねえだろ」

「わっ‼」

 近くでディサエルの声がして、全く気配を感じなかった私は驚きすぎて声が裏返った。

「あんまりベタすぎる方法だと、すぐ分かっちゃって面白味に欠けるでしょ? だから一捻り加えてみようってなったんだよ」

 今度はスティルの声だ。段々暗闇に慣れてきたが、二人の姿は見えない。魔法で声だけ聞こえるのか。

「ご名答。それじゃあオレ達は今どこにいるでしょう」

「台所……だと簡単すぎるよね。ディサエルの部屋? それとも案外この部屋の中にいたりして」

「ねえ翠。わたし達が今どこにいるのか。それを自分の目で確かめてみて」

「はあ……」

 探してみて、ではない事に違和感を覚えつつ、魔法で手元に明かりを出して立ち上がり、先ずはこの室内をぐるりと見回す。やっぱり誰もいない。

 扉を開けて廊下に出る。食堂、台所……と一部屋ずつ見て回るが、双子はおろか、美香とロクドトの姿も見えない。それは二階も同じ事だった。しかも何故かどの部屋もカーテンが閉められている。

(外……?)

 外を見られたくないから閉めたのか? 階段を降りて玄関へ向かい、扉を開ける。

「わ…………ぁ」

 そこに広がるのは、朝と夜が入り混じったような、この世のものとは思えない不思議な景色だった。

(何処、ここ)

 今出たばかりの建物は確かに私が聡先生から譲り受けた屋敷なのだが、それ以外のものが全く異なっている。庭は私の見知った庭ではないし、見知らぬ綺麗な草花が咲き誇っている。とても幻想的な光景だ。

(もしかして……)

 普段ディサエルとスティルが「オレ達」「わたし達」と言う時は自分達双子の事を指しているが、先程言っていた「オレ達」「わたし達」は、この屋敷に住む四人と美香を含めた五人の事を言っていたのではないか? そして今どこにいるかというのは、双子の居場所ではなく、私達が今いるこの世界の事を指している……!

「……ふっ」

 一捻り加えてみようだって? 加えすぎだ!

「あははっ」

 ああ、やっぱり敵わない。あの神様達には。こんなサプライズが来るなんて、誰が予想できよう。

「あっははははははははっ!」

 笑いが堪えられない。屋敷ごと別の世界に移すなんて!

「ディサエルー! スティルさーん! 皆どこー?」

 笑いながら屋敷の周りを歩いていると、玄関の反対側、事務所の方の玄関前で皆の姿を見つけた。机が出してあり、その上には豪勢な料理なんかが乗っている。

「何だ。あっちの扉から出てきたのか」

「事務所の方から出ればすぐだったのに」

「そんなの分かんないよ」

 笑いながらも文句は言った。

「美香ちゃんも知ってたの? こんな事するって」

「はい……黙っててすみません。でも、凄いですよね、この景色。すっごく綺麗です」

「うん。そうだね」

 言葉では言い表せない程、とても素敵な景色だ。

「キミにバレては計画が台無しだからな。彼女にも黙っていてもらったのだ」

 命令でもされたのか、ロクドトは以前見た貴族服を着ているのだが、表情だけはこの綺麗な景色に似合わずムスッとしている

「ロクドトさん。こういう時くらい笑いましょうよ」

「……苦手なのだ。笑顔」

 さらに眉間に皺まで寄ってしまった。

「無駄話は後にして、言う事があるだろ? ほら」

 ディサエルが合図をして、四人が一斉に言った。

「「「「誕生日おめでとう!」」」」

「ありがとう、皆」

 こんなにも嬉しい誕生日プレゼントは生まれて初めてだ。感謝してもしきれない。

「おっと、プレゼントはこれだけじゃないぜ。料理も沢山作ったし、ケーキもあるからな」

「他にも色々用意してるからね」

「うん……。ありがとう」

「翠さん何食べますか? 見た事無い料理がいっぱいですよ!」

「うわ、本当だ。迷うな……」

「何でも好きなものを食べるといい。キミの為に作ったのだからな」

「はい。ありがとうございます」

 どれも美味しそうで、何から食べるか本当に迷う。

 散々迷って、先ずはメインディッシュらしき肉料理から食べ(鶏肉がとても柔らかかった)、サラダ(見た事の無い野菜ばかりだがサッパリしていて美味しい)やその他色々な料理(料理名はもちろんだが主菜なのか副菜なのかも分からないから、こうした表現になるのは許してほしい。どれも絶品だった事は確かだ)もたらふく食べた。デザートのケーキはディサエルお手製、イチゴをふんだんに使ったホールケーキで、これは五等分して皆で食べた。イチゴの甘酸っぱさとクリームの甘さのバランスが丁度良い。

「どうだ、翠。美味しかったか?」

「もっちろん! ディサエルの作る料理が美味しくなかった事ないもん! ……明日からもう食べられなくなるのが、ちょっと寂しいな」

「お前が望めば、いつだって作りに来てやるよ」

「……ありがと」

 ディサエルには本当に感謝しかない。強引な所もあるけど、何だかんだ言って優しいこの神様に出会えてよかった。

 美香が可愛らしくラッピングされた小包を持ってやってきた。

「翠さん。これ、私からの誕生日プレゼントです」

「ありがとう」

 プレゼントを受け取り、中を見てもいいか確認してから袋を開ける。そこには魔法少女サツキのぬいぐるみが……! 買おうかと悩みつつも、別のグッズを買ったから我慢していた品だ。

「これ貰っちゃっていいの⁉」

「もちろんですよ! 翠さんへのプレゼントなんですから!」

「マジでありがとう。大切にするね」

 後でフィギュアの隣に飾っておこう。

 今度はロクドトがやってきた。

「これはワタシからのプレゼントだ」

 そう言って渡してきたのは、小さなガラス瓶に入った緑色の液体。魔法薬なのだろうが、どんな薬だろう。

「これはグステマグラ・グラガーメントと言って、分かりやすく言えば飲んだ者に幸運をもたらす薬だ」

「フェリックス・フェリシスですって⁉」

「いや、グステマグラ・グラガーメントだ。そのフェリックスとは何だ」

「あ、いえ、その、似たような魔法薬に覚えが……と言っても小説の中に出てくるものなんですが。それで、その薬はどんな幸運をもたらしてくれるんですか?」

「飲んだ者が幸運だと思う事なら、どんな幸運でも、だ。だが飲み過ぎには気をつけるんだ。逆に不運が訪れてしまう。この薬は本来銀色の液体なのだが……キミの名前の意味を聞いてね。同じ色にしてもらうようディサエルに頼んだんだ」

「え⁉ そんな事までしてくれたんですか⁉」

 わざわざそんな事をする人だとは思わず、驚いた顔でロクドトを見て、次いでディサエルを見た。ディサエルはニヤリと笑みを返した。

「できる事ならワタシの手で緑色に変えたかったんだが、こればかりは神の力に頼らざるをえなかった。いつか必ずワタシ自ら薬の色を変えられるようになるから、楽しみにしておく事だ」

「あ、はは……。楽しみにしておきます」

 ロクドトは未だに空を飛べるようになる煙幕を作れていない。それもあってかディサエルとの力の差を余計に根に持っているらしい。張り合う必要は無いと思うのだが、きっと負けず嫌いな所があるからここまで上り詰めてきたのだろう。

「それじゃあ最後にわたし達からのプレゼント。翠、手を出して」

「はい」

 美香とロクドトから受け取ったプレゼントを片手で持ち、もう片方の手をスティルに言われた通りに出す。

「これはわたしから」

 と言ってスティルは月の模様をあしらった白色の指輪を、

「これはオレから」

 ディサエルは太陽の模様をあしらった黒色の指輪を私の掌の上に乗せた。

「これはお守りだよ」

「オレ達の魔力が込められてる」

「翠が願えば、わたし達の力がちょっと使えちゃうかも」

「オレ達を呼ぶのにも使えるぜ。助けが欲しい時はすぐ呼んでくれ。もちろんそうじゃない時でも、いつでもいいぜ」

「うん……。二人とも、ありがとう」

 何かの拍子に落とさないように、ポケットの中にしまった。後で鎖でもつけて、ネックレスにでもしよう。

 その後あんまり遅くなるといけないから、と言う美香をディサエルが魔法で自宅まで送り、この素敵な世界での誕生日パーティーはお開きとなった。それは、お別れの時間をも意味していた。

「本当に行っちゃうんだね」

「ああ。世話になったな」

「元気でね、翠。また遊びに来るから」

「この世界の魔法薬学の事を研究し尽せていないからな。ワタシもまたいずれ来るだろう」

「はい。お待ちしてます」

 私だけ屋敷の中に入り、三人は扉の外で立っている。私を屋敷ごと元の世界に戻すためだ。

「それじゃあ翠。扉を閉めたら送り返すからな」

「うん……」

 扉を閉める前に、もう一度じっくりとこの世界の幻想的な景色を目に焼き付けた。

「あ、そうだ。ちょっと待って!」

 このままお別れなのも、この景色を見れなくなるのも、そんなのは寂しすぎる。ああ、何で美香がいる時にこれを思いつかなかったのだろう!

「最後に写真撮らせて!」

 私は慌ててスマートフォンを取り出し、カメラを起動させる。

「皆ここに集まって……ロクドトさんもう少し屈めますか?」

 インカメラで撮りたいのだが、飛びぬけて背の高いロクドトが上手く画面内に収まらない。もう少し下、と何度か言った所で漸く丁度いい収まり具合になった。

「撮りますよー」

 シャッターを押して、撮ったばかりの写真を確認する。画面内には私、ディサエル、スティル、ロクドトの姿と、朝と夜が入り混じった不思議な空が映し出されている。

「良い写真撮れたか?」

 隣からディサエルが覗き込んできた。

「うん。この写真、大切にするね」

「これでいつでもわたし達の事を思い出せるね」

「当分は忘れられないでしょうけどね」

 と言うよりも、一生忘れないだろう。

「カガクギジュツというのも気になるな……」

「その研究の為にも、是非また来てください」

 この人は何にでも興味を持つな。知的探求心の強さは見習いたい。

「皆、本当にありがとう。それじゃあ……」

「絶対また来るからね」

「ワタシもきっと彼女達と共に来るだろう」

「翠、また今度な」

 一生のお別れではないのだ。だから「さようなら」ではなく、別の言葉を贈ろう。

「またね!」


 私は屋敷に入り、扉を閉めた。するとすぐ強い魔力の気配がふっと消えるのを感じた。

(もう、返されたのかな)

 恐る恐る閉めたばかりの扉を開ける。見慣れた庭と、夜の景色がそこには広がっていた。あの三人の姿はどこにも見当たらない。

(……)

 扉を閉めて、廊下を歩く。屋敷の中が急にひっそりとした。誰の声も聞こえてこない。何の物音も。最初から私しかいなかったかのように。

(…………)

 どの部屋にも、誰もいない。事務所にも、食堂にも、台所にも、工房や調合室にも。

「ん~」

 ディサエルとスティルが使っていた部屋の前で足を止めた。最初はディサエルが一人でこの部屋を使っていたが、スティルが来てからは二人で使っていた。時々二人の話し声や笑い声が聞こえてきたものだが、今は何も聞こえてこない。何の気配もしない。だから扉を開けたって誰もいないのだが……何となく、開けづらい。

「んあ~……風呂入って寝よ」

 全ての思考を放棄して、お風呂に入ってベッドで寝た。


 それからまた数日が経った。依然として依頼人は来ないが、時々美香が遊びに来る。ディサエルの部屋の扉はまだ開けていない。

「ロクドトさんの部屋は開けたんですよね?」

 遊びに来た美香に問われた。

「うん。掃除しようと思って開けたらビックリするくらい綺麗にしてあって、何しに来たのか忘れちゃったくらいだよ」

 ロクドトが使い始める前よりも綺麗になっていて、度肝を抜かされた。

「ディースくん達の部屋は掃除しないんですか?」

「う~ん、掃除したいんだけどね……不可侵条約結んでたし……」

「何ですかそれ……」

 もうこの世界にいないのだから、互いの部屋に入らないという約束も消えたようなものである。それでもそのままにしておきたいのには、もう一つ理由があった。

「ディサエルたちがまた来た時の為に、そのままにしておきたいな、と思って。埃を取るだけなら、外からでも魔法でなんとかなるから」

「便利ですね~魔法」

「便利だよ~魔法」

 そう言って二人でお茶を飲んだ。

「急に一人になって、寂しくないですか?」

「ううん、全然。元々一人暮らしに憧れてたし、それに美香ちゃんが遊びに来るしね。まぁ、毎日ディサエルの美味しい手料理食べてたのが、自分の作るテキトーな料理になった事で胃が寂しさを訴えてくるけど……」

「ディースくんの作る料理もお菓子も、どれも美味しかったですもんね~」

「ね~」

 そんな会話を二人でした。

 美香が帰ってから、私は階段を上り、またディサエルの部屋の前までやってきた。

(別に寂しい訳じゃないけど……)

 たまに、会いたくなる。そんな時、この扉を開ければそこにいるのではないか、と思う事もある。会って、くだらない話をしたい。私の知らない世界の話を聞きたい。

(……)

 双子から貰った指輪は、鎖を通していつも首に下げている。この指輪があの二人だと思うと、それぞれ別の指に嵌めるよりも、こうしておいた方が二人が一緒にいられる気がするのだ。その指輪をぎゅっと掴む。

「……ふぅ」

 扉の向こうにいてほしいなら、そう願えばいい。だがそれは私のエゴではないか? 二人の旅路の邪魔をしているのではないか? そんな思考が邪魔をして、開けられずにいるのだ。

 でも……。

(ちょっとくらい、いいよね?)

 相手だって自分勝手な神様なんだ。その使徒だって、ちょっとくらい自分勝手に願い事をしても許されるだろう。

 ドアノブに手を掛け、ゆっくりと回し、そのまま扉を開けた。


「あ~、やっと来た!」

「今からこの街の祭りに行くのだが、キミも一緒に来るか?」

 扉の向こうに広がるのは、部屋ではなく、見慣れぬどこかの街並みだ。レンガ造りの建物や石畳の道路が見え、どこからか賑やかな音楽も聴こえてくる。

 後ろから誰かが肩を組んできた。

「聞いて驚け。今から行われる祭りはオレとスティルを崇める祭りなんだ。本物の神がそこに紛れているとは知らずに、この街の奴らは盛大に祭りを行う。こんな面白い事他にあると思うか?」

 隣でニヤリとディサエルが笑う。

「無い!」

 私も釣られてニヤリと笑った。

「よし! じゃあ行くぞ!」

「おー!」

 スティルが元気よく拳を上げた。

「くれぐれも騒ぎは起こすなよ。前の世界でキミ達がしでかした事を忘れたとは言わせないからな」

 そんな双子にロクドトが釘を刺す。

「何かあったんですか?」

「これがこの世界の人間の望む姿だから、とか言ってディサエルが禍々しい獣の姿になって暴れたのだ……」

 思い出すのも嫌なのか、ロクドトは顔をしかめた。

「ああ、それは……大変でしたね」

「大変なんてものじゃない。だが、キミがいればそんな事はしないだろう。安心して楽しみたまえ」

「はい!」

「ほら、行くぞ翠」

「露店全部回るからね」

「はーい! ……あ、ちょっと待って」

 双子に付いていく前に、開けた扉を閉めた。こういう時って、勝手に扉が消えたりするのかな。なんて思ったが、消えずにそこに扉はある。

「戻りたい時はこの扉を開ければいいし、その後またどこか別の世界に行きたい時は、向こう側から扉を開ければいい」

「この扉がわたし達がいる場所に繋がるように、魔法を掛けておいたからね」

 いつの間にか背後にいた双子がそう言った。

「いつそんな魔法を?」

「オレ達が別れた日だよ。とっくに気づいているかと思ったが、全然来ないんだもんな」

「だって、そんな事気づかなかったし……」

「お前魔法探偵だって言うなら、もっと魔力に注意した方がいいぜ?」

「うん……本当に、そうだね」

 やっぱり神には敵わない。

「もう、翠ったら。しょんぼりしてないで、早く行こうよ!」

「オレ達がこの世界を破滅させる、って内容の劇をやるらしいぜ。これは外せないよな」

「……やっぱりこの世界でも変な事言われてるんだ」

「その辺りについては、あまり気にしない方が身のためだぞ」

 うんざりした声でロクドトが言う。

「……分かりました」

 こっちにいる間、元の世界ではどれだけの時間が経過するのかは知らないが……どうせ依頼人は大して来ないのだ。明日は休みにしても問題ないだろう。何しろ初めての異世界のお祭りだ。楽しまなきゃ損というもの。

「よし、その意気だ翠!」

「今日一日楽しむよー!」

「騒ぎだけは起こすなよ」

「私がさせないので大丈夫です!」

 今から疲れるまでは、この異世界で休暇を目一杯楽しもう! この神様達となら、どんな事だって楽しめる。この時の私は知らなかったのだが、ディサエルが魔法で『紫野原魔法探偵事務所 暫くの間休暇中』と書いた看板を事務所の玄関に出していた。


 それを知ったのはいつかって?

 一週間後の事だ。

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