第18話

 美香の質問に答えている内に時間はあっという間に過ぎていき、夕食の時間となった。

 皆を食堂に連れていき、私は台所へ行って肉じゃがを温め直し、炊いたご飯をよそい、お茶を入れ、ディサエルにも手伝ってもらってそれらを食卓に並べた。今度は皆で一緒に「いただきます」と言って食べ始めた。こんな事をすると学校の給食の時間を思い出す。

 異世界から来たディサエル、スティル、ロクドトの三人が箸を使えるのかどうか分からず箸と一緒にフォークとスプーンも用意したのだが、何処かで覚えたのか双子は箸を使って食べていた。ロクドトはというと、最初こそはフォークを使っていたのだが、皆が箸を使っているのが気になったのか、見よう見まねで箸を使い始めた。だがこういう時のお約束とでも言うか、箸の持ち方から間違っているので上手く食べられない。

「何なんだこの棒は。何故キミ達はこんな棒切れで食べられるんだ」

 眉間に皺を寄せながらそんな事を言ってきた。

「棒切れではなく箸です。この国の人なら殆どの人が小さい頃から箸を使って食事をしているので、私と美香ちゃんは使えて当たり前ですけど……ディサエルとスティルさんは何で使えるの?」

「「神だから」」

 答えになっているのかどうか分からない答えが返ってきた。しかし何故だか説得力がある。双子はそれ以上何も言わず、また肉じゃがを食べ始めた。

「ロクドトさん、ペンは持てますか?」

 と美香が問う。美香ちゃん、それは馬鹿にしすぎじゃないかな……。ロクドトも「キミはワタシを馬鹿にしているのか?」と言いたいのをグッと堪えた様な顔で「持てるが?」と低く唸った。

 流石に美香も気づいたのか、ハッとした表情で「すみません」と言った。

「箸の持ち方の説明をしようと思っただけで、別に馬鹿にするような意図はないんです……。えっと、ペンを持つように箸を一本持って、それからその下にもう一本入れると、いいですよ……」

 美香はロクドトの鋭い視線に耐えられなかったのか、段々と俯きながらもそう言った。ロクドトも威嚇しなくたっていいのに。

「そうか。それはどうも」

 釈然としない顔をしつつも、ロクドトは言われた通りに箸を持ってみる。ペンを持つように一本、そしてもう一本。

「……これでどうやって食べるのだ?」

 ロクドトの箸の持ち方を見ると、まだ何か違っていた。自分の箸の持ち方と見比べて観察すると、その違いが分かった。

「下の箸は中指じゃなくて、薬指に置いてください。上の箸だけこうやって動かして、食べ物を摘まんで食べるんですよ」

 私が自分で実際に箸を動かしながら説明する。それを見ながらロクドトも同じように箸を動かす。何度か失敗したが、なんとかジャガイモを摘まんで口の中まで持っていく事ができ、拍手が沸き起こった。

「……キミ達、やっぱりワタシを馬鹿にしているだろう」

「してませんよ」

「そんな事してませんって」

「使えない方が悪い」

「いつも馬鹿とか愚かとか言ってるんだから、たまには自分が言われる側になっても文句言えないでしょ」

「ぐぅ……」

 流石のロクドトも、最後のスティルの言葉には何も言い返せないようだった。


 その後も他愛もない会話をしながら夕食を食べ(ロクドトは結局フォークに持ち替えた)、皆で「ごちそうさまでした」と言う頃にはすっかり日が落ち窓の外は暗くなっていた。

「翠さんごちそうさまでした。肉じゃが美味しかったです。あんまり遅くなると親が心配するので、もう帰りますね」

「どういたしまして。途中まで送っていくよ」

「ありがとうございます」

 私は異世界人たちに留守番を頼み、美香を伴って外に出た。

「本当に、色々とありがとうございました。あ、依頼料って、いくら掛かるんですか……?」

 不安そうに美香が聞いてきた。高校生なのだから心配するのも無理は無い。そう言えば、お金の事はまだ何も言っていなかったな……。

「一応値段設定は決めてあるんだけど、今回はディサエルの依頼と被ってる部分もあったし、美香ちゃんはまだ高校生だから、今回は依頼料の事は気にしなくていいよ」

「え⁉ でも……」

「それに、さっき見せた杖は私に魔法の使い方を教えてくれた先生から貰ったものなんだけどね、ある日こう言ったの。「その杖をタダであげた代わりに、困っている子供がいたら見返りを求めずに助けてやるんだよ。それがその杖の分の代金だからね」って。だから、美香ちゃんの依頼を無償で受けた事で、私は先生に杖の代金を払った事になるから、これでいいの」

「そうなんですか……。でも、子供限定なんですね」

「うん。お金を持ってる大人からはキッチリとお金を貰え、とも言ってたから」

 二人して笑いながら夜道を歩く。

 程なくして最寄り駅に着き、そこで美香と別れた。ぶんぶんと手を振りながら「ありがとうございました~!」と言う美香に私も手を振り返し、来た道を戻る。そこへ魔法の使い方を教えてくれたもう一人の先生、桃先生から電話が掛かってきた。

『もしもし、翠ちゃん? 桃です』

「桃先生、こんばんは」

『こんばんは。開業して最初の一週間はどうだった? 依頼人は来たかい?』

 魔力が見える、という能力を利用して探偵になるのはどうかと提案してきたのは桃先生だ。だから仕事として成り立っているか心配して、こうして電話を掛けてきたのだろう。

「はい。二人も来ましたし、どちらも昨日解決しました!」

『へえ! それは凄いじゃないかい! おめでとう!』

「ありがとうございます」

 自分の事のように喜んでくれる桃先生に褒められるのは、素直に嬉しい。電話だから桃先生に私の表情は伝わらないが、はにかみながら礼を述べた。

『昨日と言えば、聡先生がね、翠ちゃんの住んでいる街で何か魔法絡みの事件があったんじゃないか、ってソワソワしていたんだけど、もしかしてそれと何か関係があったりするのかい?』

「えーっと……もしかして、魔法の障壁に囲まれた教会の事、ですか? それなら関係ありますけど……」

 あの教会で起きた事が、昨日の時点で聡先生の耳に入っていたのか? そうだとしたら、耳に入るには早すぎないだろうか。だが聡先生には各地に知り合いがいる。この辺りに住んでいる魔法使いが何か異変を感じ、それを聡先生に伝えた可能性もある。

『詳しい事は教えてくれなかったんだけど、もしかしたらそれなのかねぇ。でも、とにかく翠ちゃんの身の安全を心配していたから、翠ちゃんが無事なら大丈夫だね。先生に大丈夫だって伝えておくよ』

「はい。私も後でメール送っておきます」

『うん、そうしておいて。先生もきっと安心するよ。それじゃあ翠ちゃん、これからも頑張ってね。バイバイ』

「はい。ありがとうございました」

 久しぶりに桃先生の声を聞いて安心感を覚え、残りの道を軽い足取りで歩む。頬に当たる風が心地いい。


 屋敷に戻ると、庭の隅でロクドトが蹲っていた。謎の貴族服からボロボロの格好に戻っている。

「……今度は何をしてるんですか」

「毎度の様に何かおかしな事をしているかのように言うんじゃない。この世界の植物を観察していたんだ。ワタシのいた世界とは少々異なるようだからな」

 そう言うロクドトの手元にあるのは一輪の鈴蘭。

「それ毒があるので気をつけてくださいね。食べちゃ駄目ですよ」

「キミはワタシに対して時々失礼だよな。ワタシが何でも口に含もうとする子供にでも見えるのか」

「子供には見えませんけど、その格好だと、その……貧しそうな人に見えるので……」

「ワタシは貧乏人でもないぞ。外で活動する時に汚れを気にする必要のない服装を考えた結果、これに辿り着いただけだ」

 なんと。フィールドワーク用の格好だったのか。

「それにこの格好は戦場でも役に立つんだ。こんな格好で倒れている奴を狙おうと思うか?」

 立ち上がって、どうだ、とアピールしてきた。確かに狙おうとは思わないかもしれないが……。

「普通そこまでしますか?」

「普通の奴はしない。だからワタシがするんだ」

 この人は頭が良いのか悪いのかどっちなんだ。

 観察も程々にしてくださいね、と言って私は屋敷の中に入った。双子と三人だけで話したい事があるのだが、二人はどこだろう。

 一先ず一階にある部屋を一つずつ見て回ったが、姿は見えなかった。階段を上ると奥の方から話し声が聞こえてきた。ディサエルの部屋に二人ともいるのだろう。部屋の前まで行き、扉をノックする。

「ディサエル、スティルさん。話したい事があるんだけど、入ってもいい?」

 扉の奥で「いいぜ」というディサエルの声が聞こえてきた。初めて入るディサエルの部屋。少し緊張する。

 扉を開けると案外普通の部屋だった。何か魔法で装飾を付け加えていたりしているかも、と思っていたのだが、シングルベッドがダブルベッドへと変えられていた程度だ。

(一緒に寝るのかな。仲良いな)

 双子はそのベッドの上で一緒に座っている。私は手近な椅子を指して座っていいか尋ねると、今度はスティルが「いいよ」と答えた。私は椅子に座り、単刀直入に聞いた。

「何で信仰心が無いと魔法が使えないなんて嘘をついたの?」

 双子は互いの顔を見合わせ、また私の方を向いた。

「信仰心が無いと魔法が使えないのは嘘じゃないぜ」

「少なくともわたし達が創造した世界で神に認定された子たちは、ね」

 何やら含みのある言い方だ。私が正解を言わない限りは、二人も本当の事を言わないつもりなのだろう。

「それじゃあ、二人とカルバスとでは、魔力の供給のされ方が違うの?」

「あいつは知らないだろうけどな」

「教える気も無いしね」

 ふむ……。

「カルバスは信者の数や、信仰心の強さが魔力の強さに繋がるけど、ディサエルとスティルさんはそうじゃない。信仰する人が一人でもいれば、本来の力を発揮する事ができる」

 確信を持って二柱を見つめながら言うと、神様達は口を揃えてこう言った。

「「正解」」

「やっぱり……」

 私は嘆息しながら背もたれに身体を預けた。

「いつから気づいてたんだ?」

「学校でコダタさんを襲った時。私がそう信じた訳でもないのに、ディサエルから大量の魔力を感じた。それにカルバスに会う前にもディサエルが自分で言ってたじゃん。「強い魔力を放ってたら周りに影響が出る」って。だから、魔力が弱いフリをして、強い魔力を隠していたんじゃないか……。そう思ったの。でも何で信仰心の強さで魔力の強さも変わるみたいな事言ったの?」

 嘘をついていた事は分かったが、何故その嘘をついていたのか。それだけは分からない。

「ああ、それは……今更お前に言うのも失礼な話だが、オレ達は基本的に人間を信じてないんだ」

「生まれた時から散々な扱いを受けてきたからね。神になってからも、見た目だけで好き勝手に言われるんだもん。信じたいとは思わないよね」

「だから、たまに人間に力を貸しはするが、知り合った時点では相手がどんな奴なのか分からない。だから相手の人間性や、どれだけオレ達を信じているかによって、オレ達もどれだけの力を出すか決めているんだ」

「使徒が何を考えているかくらい、知ろうと思えばすぐに分かっちゃうから、それでわたし達の事を強く信じてくれているな~って思ったら、わたし達も使徒を信じて力を使う。今回の場合であれば、わたし達は翠が正しく信じてくれていると思ったから、わたし達も翠を信じて力を与えた。ちょっと強すぎちゃったみたいだけどね」

 ごめんね、と言いつつもスティルは笑顔を崩さなかった。悪い事をしたとは微塵も思っていなさそうだ。

「あんまり力を使い過ぎるとそういう事になるから、普段は隠してたんだ。それに力はここぞと言う時に使う方が効果的だからな」

 ディサエルも悪びれる様子もなく言う。信じる、信じないとは言うが、この辺りの思考はどうにも相容れない。

(でも、何だろう……)

 そんな確固とした意志や信念があるからこそ、頼もしく感じてしまうのだ。

「あー。負けた」

 何にかはともかく、負けた気分だ。

「勝負を持ちかけられた覚えはないが、神に勝てるとでも思ったのか?」

「わたし達に勝とうなんて、三千年早いよ」

 千年でも一万年でもない辺りに妙な説得感を覚える。

「でも、本当にありがとね。わたし達を信じてくれて」

「オレ達を助けてくれて、ありがとな」

 双子は揃って柔和な笑みを浮かべた。その姿はとても神々しく、後光でも見えそうな程だった。と言うか、魔法で後光を作っている……。

(ズルい……)

 こんな事をされては、崇めたくなってしまうではないか。

「ズルいよ……」

「好きなだけ崇めていいぜ?」

「翠にならいっぱい力も与えてあげるよ」

 なんて二人して私の手を握りながら言う。

「うっ……や、やめろ……。私の心を操ろうとするな……」

「今は催眠術も何も掛けてねぇぜ?」

「魔力が少ないと相手に触れながらの方が掛けやすいのは確かだけど、もうわたし達が本来の魔力を隠してる事バレちゃったからね。催眠術を掛けようと思ったらいつでも掛けられる。でもそうしないのは、そのままの翠が好きだからだよ」

「じゃあ、何で手を……?」

「翠の反応が面白いから!」

(ああ……)

 勝てない。どこまでも自分勝手で、それでいて優しさに溢れる所もあるこの神に好かれた時点で、私に勝ち目はないのだ。使徒である限り、敵わない。意のままに翻弄され続けるだろう。だが、それでいい気がする。この双子についていけば、退屈する事はないだろうから。

「あのさ、いつか私を別の世界に連れてってくれない?」

「今じゃなくていいのか?」

「うん。だって、まだここ開業したばかりだし。だから、そうだな……私が一週間くらい休み取って何処か知らない世界に行きたいな~って思った時に、連れてって」

「ああ、いいぜ」

「一週間でも、一ヶ月でも、一年でも、翠が気に入りそうな所に何処でも連れてってあげるよ」

「ありがとう」

 信じる神が我が儘なんだから、私だってこのくらいの我が儘を言ったっていいだろう。それを叶えてくれる神様なんだから。

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