第17話

 昼食を終えてからは皆で後片付けをして、それから私は軽くシャワーを浴びた。汚れと共に昨日からの疲れも洗い流されたように、さっぱりとした気分になった。

 夕食に和食を作る。とは言ったが、五人分となると今ある食材だけでは足りない気がする。ディサエル達がいつまでここにいるのかにもよるが、明日以降の分も含めて買わねばなるまい。

(食費が……。少ない貯金が更に少なく……)

 金持ちの依頼人求む! なんて広告を出したいものだ。かの名探偵シャーロック・ホームズは事件こそが報酬だと言っているが、そんな事は十分な財産がないと口が裂けても言えない。

 嘆いていても仕方がないので、三人に留守番を頼んで『はしもとスーパー川上店』へと自転車を走らせた。行き交う人々は、何事も無かったように昨日と同じ日々を過ごしている。そもそもこの中で何事かあったのは私だけだし、別に世界が破滅するとかいった危機的状況にあった訳でもないから当たり前の事である。ストーカーを追い払っただけだ。たまたまそれが別の世界から来た神様だったというだけで、そんな大それた事は……したと言ってもいいかな。

 スーパーに着いて、いつものように青果コーナーから順に見て回る。どのくらいの量が必要か分からないので、多めにジャガイモと人参をカゴに入れた。精肉コーナーでは前回買わなかった牛肉を手に取った。あの料理を作るには牛肉がいい。

 他の場所もぐるっと見て回り、必要なもの、とりあえず買っておこうと思ったもの、それとチョコレート菓子数種をカゴに入れてレジで精算。見知らぬ魔法使いとすれ違う事も無く帰路へ着いた。今日は天気が良いから走っていて気持ちが良い。

 屋敷へ着くと双子が出迎えてくれた。ロクドトはどうしたのかと聞くと、空を飛べるようになる煙幕を作っている、と返ってきた。ここにあるもので作れるのか?

(いや、そもそも勝手に使うなよ)

 私のために作ってくれた薬の分はともかく、私用で使うな。荷物を台所に置いてから、私は階段を上り調合室の扉を叩いた。

「ロクドトさん! 開けますよ!」

 中から何か喚くような声が聞こえたが、構わずに扉を開けた。


 ボフッ!


「……」

「全く。だから今は開けるなと言ったのだ。この愚か者め」

 袋から飛び散る小麦粉の如く、扉を開けた途端に灰色の粉が私に降りかかった。シャワー浴びてから一時間程しか経ってないのに……。

「……何ですか、これ」

 私は同じように灰色の粉まみれのロクドトを睨め付けながら言った。彼の方は元々髪も灰色だし服も薄汚れているから、ある種灰被りっぷりに磨きが掛かったというか……いや、何も磨かれてはいないが。

「空を飛べるようになる煙幕を作る為に色々と実験をしていたのだ。そして実験に失敗はつきもの。つまり」

「失敗したという事ですね早く片付けてくださいあと勝手にここにある材料を私用で使わないでくださいそれ私が使うやつなんですからそれと後で絶対にシャワー浴びて身なりも整えてくださいねその格好で美香ちゃんの前に出てきたらスティルさんに首を絞めてもらうよう言っておきますから」

「……了解した」

 扉をバタンと閉めて、自分の部屋から着替えを出し(汚れた状態で部屋に入りたくはなかったから、魔法を使って服をこちらに来させた)、私は本日二度目のシャワーを浴びる為に風呂場へと足を運んだ。

 さっきよりも時間を掛けて入念に身体を洗い、洗濯機に入れる前に服も軽く洗い、ついでに風呂場も簡単に掃除をし、風呂掃除に熱が入りそうになった所で先に夕食の準備をした方がいい事に気がついた。

 風呂場を出て着替えた私は台所に向かった。するとそこには双子がいた。

「やっと来たか」

「翠を手伝おうと思って待ってたんだよ」

 おお、神よ。己の私利私欲の為に他人の物を勝手に使用し迷惑を掛ける人間とは違い、勝手に行動を起こさず指示を待つ神のなんとありがたい事か!

「お? 何だ? またあのクソ野郎に嫌な事でもされたのか? 何をしてほしい? 暗殺か?」

「いや、そこまでの事はしなくていいよ。というか、できればロクドトさんが勝手に調合室を使うのを止めてほしかった」

「ああ……それは悪かった。絶対に作ってやるからな! とか言って息巻くあいつの姿が滑稽で、つい」

「ああいう我武者羅に頑張る人間の姿を見るのって、飽きないんだよね。全然思い通りにいかなくって焦ってる姿は特に面白いし」

「……そうですか」

 これを聞いては流石にロクドトの事が少しばかり可哀想に思えてきた。完全に遊ばれている。

「で、翠。オレ達は何をすればいい? そもそも何を作るんだ?」

「肉じゃがっていう、牛肉とジャガイモを使った煮込み料理。まずはジャガイモと人参の皮を剝いて、一口サイズに切ってくれる?」

「わかった」

「はーい」

 三人で手分けして、肉じゃが作りが始まった。切って、炒めて、味付けして、煮込んで……。一人でやるよりもずっと早く完成した。

「これがこの国の料理か」

「ショーユっていうのがあれば、他の世界に行っても作れるね。ねぇ、ショーユってどうやって作るの?」

「えーっと、それは分からないので、ご自分で買ってください……」

 醤油から作るのは難易度が高すぎる。

 出来上がった肉じゃがは鍋に入れておいた。これなら夕食前に温めるだけですぐに食べられる。

 美香が来る前に軽く事務所の掃除をし、ロクドトがちゃんと調合室を片付けたか確認。うん。まあまあ綺麗になっている。そのロクドト本人は今シャワー中だから、身なりの確認はまた後で。

 少しバタバタとしていると、美香から『今から向かいます』というメッセージが届いた。もうそんな時間か。金曜日は部活があると言っていたが、こちらを優先したのか。ディサエルの部屋にいた双子に事務所に来るように言い、まだシャワーを浴びているロクドトには準備ができたら来るように外から声を掛け、私も事務所で紅茶を淹れながら美香が来るのを待った。

「翠さん、こんにちは。お邪魔します」

 メッセージが来て十数分程経ってから美香が来た。既に双子は私の隣に座っているのだが、ロクドトはまだ来ない。一体何に時間を掛けているのだろう。

「美香ちゃん、いらっしゃい」

「美香さん、こんにちは」

「ディースくん、こんにちは。……あれ? お隣の子は?」

 美香は向かいのソファに座りながら、ディサエルの隣に座るスティルを見て、好奇心を露わにしながら聞いた。

「ボクの妹のスティルです」

「初めまして、美香。わたしはスティル。あなたがわたしの事を心配してくれたって聞いて、とっても嬉しい」

 クスクスと笑いながら(きっと“ディースくん”の演技をしているディサエルの事が面白可笑しいのだろう)スティルは言った。

「あなたがディースくんの妹ちゃんなの⁉ 助かったんだね。良かった~」

 双子の容姿の違いに驚きつつも、美香は安堵の表情を浮かべた。スティルは「ありがとう」と言ってまたニコニコと笑顔を浮かべている。

 美香が出された紅茶を一口飲むと、早速本題に入ってきた。

「翠さん、昨日はあの後何があったんですか?」

 さあ、いよいよだ。魔法の存在を、己の正体を明かす時が来た。私は一度深呼吸してから切り出した。

「実は……」

 私が魔法使いである事、ディースという名前は嘘で、本当の名前はディサエルである事、ディサエルもスティルも、コダタが授業で使用した本に登場した神と同一人物である事、ディサエルが催眠を掛けて美香を帰らせた事、等々。私達の正体含め、昨日の出来事を嘘偽りなく(ロクドトがいないからディカニスの説明は省いたが)美香に話した。美香は驚きの声も上げはしたが、話を妨げる事無く聞いてくれた。

「それで、コダタさんが所属しているディカニスっていう、カルバス直属の騎士団の事なんだけど……」

 くそう。ディカニスの説明も私がしないといけないのか。ロクドトはどこに……。

(……あ)

 紫色の靄——魔力が視界に入ってきた。と思うとすぐにそれは人の形になった。

「その説明はワタシがしよう」

「ひゃあ‼」

「は⁉」

 室内に突如として現れた人物に、美香は勿論、私も驚いた。双子も驚いたような声をあげている。魔力の色は確かにロクドトのものだが、一体誰なんだこの綺麗な身なりの人物は。長い髪を一つに纏め、髭を剃り、十八世紀頃の西洋貴族の様な服装に身を包んだこの人物は本当にロクドトなのか……⁉

「彼女が驚くのは分かるが、何故キミまでそんなに驚くんだ。キミが身なりを整えろと言ったんだろう。お望み通り、整えてやったぞ」

 口調だけはいつものロクドトで安心した。

「翠さん、誰ですかこのソシャゲから飛び出してきたような人は」

 ソーシャルゲームのキャラクターとは言い得て妙だ。この格好はレアリティ度が高い。

 美香はひそひそと私に話しかけてきたのだが、ロクドトはその声を聞き逃さなかった。彼は美香の目線に合うように片膝をついて自己紹介をし始めた。

「申し遅れた。ワタシはロクドト。ディカニスの元団員だ。キミが羽山美香だな? 話は聞いている。彼女に変わってワタシがディカニスの説明をしよう」

「よ、よろしくお願いします……」

 色々と圧倒されながら美香は頷いた。その気持ちは大いに分かる。

 魔法で椅子を出したロクドトはそこに座り、ディカニスの説明を始めた。

「彼女が言ったように、ディカニスはカタ王国に伝わるカタ神話の最高神、カルバス直属の騎士団だ。カタ王国の騎士団とはまた別の組織なのだが、この説明は省かせてもらう。カルバスと共にディカニスがこの世界に来たのはそこにいるスティルを保護し、魔王ディサエルを倒す為だ。だがスティルを保護だの妻だのというのは、ディサエルが魔王だという事も含めて全てカルバスが勝手に言っている事だ」

 ロクドトは一息ついて、また話し出した。

「カタ王国内ではカタ神話が嘘偽りの無い真実であるかの様に伝えられているが、あれは殆どカルバスにとって都合のいい内容に仕立て上げられている。この双子が初めてカタ王国に来た時、カルバスはスティルに一目惚れし、自分を神にするよう懇願したり、結婚を申し込んだりしたが、どちらも断られた。あまりにしつこいから神にはしてもらえたようだが、結婚までは承諾されていない。だが神にしてもらえた事で有頂天になったのか、その日からあの愚か者はスティルと結婚したも同然のように振舞い始めたらしい」

「あれは本当に迷惑だったな~」

 スティルは苦い顔をして頷いた。

「神になり、スティルと結婚した事はカルバスにとって都合のいい事だが、カルバスにとって都合の悪い事……いや、神がいた。それがディサエルだ。いつもスティルの側にいて、己を神にせよという願いを無視し、女のくせに男みたいな格好と言葉遣いをしている目障りな神。だから彼女の事を魔王と呼び、国民に対して彼女を倒すべき敵であると示したのだろう」

「そんな酷い事があったの、ディースく……あ、ええと、ディサエルさん……様?」

 今までディースくんと呼んでいた人の名前が本当はディサエルで、しかも神だと言うのだから、美香はディサエルの事をどう呼べばいいのか分からず混乱し始めた。対するディサエルはもう“ディースくん”の演技を止め、私と接する時のような態度で答えた。

「ディースくんでもディサエル様でも、お前が呼びやすいように呼んでいいぜ。嘘ついてディースだって名乗ったのはオレの方だからな。無理して敬語を使う必要もない。いやしかし、女なのに男の格好をするなと言われても、こちとら人間だった頃には国王と王妃の間に男の子が産まれなかったから、ってだけで無理矢理男の格好させられてたんだぞ。それなのに国王と二人きりの時は女でいろとか、意味わかんねーっての」

 やれやれ、といった表情で大きな溜息をつくディサエル。以前に父親からの扱いが特に酷かったと言っていたが、今の発言からその内容を想像するだけで吐き気がする。何故平気そうにこんな事が言えるんだ。

「あの、ディサエル……」

 私の心の内を読んだのか、安心させるようにディサエルは微笑んだ。

「心配してくれてありがとな。オレはもう大丈夫だから安心しろ」

「……うん」

 何千年も生きているのだ。今更私がどうこう言う話でもないのかもしれない。

「話を進めてもいいか? カルバスは神になったその日に最初の仕事として、魔王の討伐を行った。その時に編成した魔王討伐隊がディカニスの始まりだ。古代カタ語でディサエル・カリエ・ニスティカ。略してディカニス」

「酷い名前だな」

「センス悪すぎ~」

 双子が不平不満を漏らしているが、古代カタ語とやらの意味が分からない私と美香はポカンとしている。ロクドトはそんな私達を無視して話を続けた。

「その時は魔王を倒したとカルバスは思ったのだが、どうやらそれは彼女がわざと倒されるフリをしただけで、倒せてなどいなかった。それを知ったのが一ヶ月程前の事だ」

 古代と言うから討伐隊を組んだのは随分と昔の事のようだが、最近までずっとディサエルを倒したと思い込んでいたのか。ディサエルがそれ程上手く倒されるフリをしたのか、それともカルバスの思い込みが激しすぎるのか……。

「あいつに会いたくないからオレが上手い事避けてたんだ」

 隣でディサエルがボソリと言った。

「遠征でとある世界に行った時、たまたまそこの双子が共にいる所を団員の一人が見つけた。その団員はスティルと共にいるのがかの魔王ディサエルであるとは気がつかなかったようだが、スティルを発見した事をカルバスに報告した。『我が妻を見つけたら真っ先に報告せよ』というのがカルバスの命令の中で一番重要だからな。同じ世界にスティルがいる事を知ったカルバスは、他の仕事を投げうって己の妻に会いに行った。するとどうだ。我が妻はかの魔王と共にいるではないか。倒したはずの憎き魔王と。魔王の隣でにこやかな笑みを浮かべる妻はまたしても魔王に洗脳されたに違いない! と思ったかどうかは知らんが、とにかく魔王の存在が許せないカルバスはディカニスを率いて双子を取り囲んだ。スティルを保護し、魔王を倒す為に。全く、いい迷惑だ」

「それオレの台詞だろ」

「それわたしの台詞だよ」

 双子が口を揃えて言った。私もそう思う。だがロクドトとしても、組織のトップの自分勝手な都合で振り回されるのは迷惑なのだろう。好き好んでディカニスにいたのではなさそうだし。

「その時は双子に逃げられたが、カルバスはその程度で諦める奴ではない。団員達も魔王が逃げた事に腹を立てていたしな。カルバスはディカニスを引き連れ、双子を追い、別の世界に行こうが追いかけ、幾つもの世界で執拗に追いかけ回し、そしてこの世界へとやってきた」

 美香の「うわっ……」とドン引きする声が聞こえてきた。これではただの悪質ストーカーなのだから、引くのも無理はない。私も引いている。

「本当にしつこいんだから、信仰されてない世界にいけばちょっとはマシになるかな~って思ったのに、マシになるどころか捕まって最悪だったよ」

 スティルが頬を膨らませながらロクドトを睨んだ。

「ワタシを睨んでも意味は無いぞ。カルバスもそこまで馬鹿ではない。どの世界に行っても力が使えるように、常にディカニスを引き連れているのだからな。キミ達が信仰されていない世界に行くであろう事も考えていたし、そうしてくれた方がこちらに有利だとも言っていた。神相手ではいかな歴戦の猛者であれ太刀打ちできないが、ただの少女相手なら簡単に組み伏せる事ができるからな」

 今度はディサエルの舌打ちが聴こえてきた。隣を見るのが怖い。

 美香が恐る恐る手を上げて発言した。

「あのぉ……それって、凄く……卑怯じゃないですか? 大人の男性相手じゃ、女の子が勝てる訳ないじゃないですか。そうやって勝って嬉しいんですか?」

「確かに騎士道精神に反しているように聞こえるが、いいか。カルバス、及びディカニスにとってディサエルは魔王、絶対悪なのだ。それを倒す為ならどんな手段も使う。それに……ディサエル。キミはいつもその姿なのか?」

「いや、その時の気分で変える時もあるし、その土地の人間の望む姿に変える事もある。いかにも“魔王”って感じの邪悪そうな姿とかな」

「そういう事だ。信仰されている世界にいた時は、この姿ではなかった。カタ神話の内容を描いた絵画でも、魔王は邪悪で獰猛な姿をしている。魔王の、ディサエルの本来の姿を知るものがいないからだ。だがこの世界に来てからは、信仰心が無く魔法が使えない為に本来のこの少女の姿になった。まぁ、ワタシは前線に出ていないから魔王の姿が変わったという話を聞いただけで、この姿を見たのは昨日が初めてだ。予想よりも幼い姿で驚いた。ディカニスの中にも同じくこの姿に驚いた者もいただろうが、捕まえにくくする為の魔王の戦略だと考える者もいただろう。実際に逃がしたのだから、捕まえにくいと思った奴がいたのだろうな」

「もしくはオレが逃げ上手だったか、だ」

 隣のディサエルが野次を飛ばした。

「ワタシはその場にいなかったから詳細は知らんのだ。とにかく、スティルは捕まえられたが魔王は逃がしたのだ。勝ったとは言い難いから嬉しいとも思っていないだろう。逃がした魔王を捕らえる為、またカルバスの力を増幅させる為にディカニスは行動を起こした。この街の学校への潜入だ」

 美香がまた手を上げて質問した。

「何で学校に潜入する事にしたんですか? 他の先生方がコダタ先生の事を知らなかったのも何故ですか?」

「この世界に来た時点での魔王の姿……つまりこのディサエル本来の姿の事だが、このくらいの年齢の者が紛れていても不自然ではない場所を調査した結果、中学校もしくは高等学校と呼ばれる教育機関が候補に上がった。魔王が力を得る、つまり信仰を得る為には大勢の人間がいた方がいい。それに見た目の年齢が離れた人間よりも、近い方が怪しまれる心配も少ない……そう考えたのは誰だったか……ああ、ギンズだ」

 あの現代服か。

「実際にはディサエルは彼女一人の信仰心を得てこの屋敷で過ごしていた訳だが、こちらはそれを知る由もない。魔王は学校で信者を得ようとしている、と仮定した愚か者共は、それよりも先に無垢な少年少女たちをカルバスの信者にしてカルバスの力を増やす為にも、各学校に一人ずつディカニスのメンバーを派遣した。その中の一校がキミの通う学校で、うら若き乙女達の通う学校なら若手でかつ容姿の優れた者がいいだろう、という理由でコダタが選ばれた」

 確かにコダタは容姿が良いか悪いかで言ったら良い類いに入るように感じたが、ディカニス内でもそういう認識なのか。

「魔王探し兼カルバスの信者獲得の為に学校に潜入する事になったが、流石の馬鹿共も魔王が学校にはいない可能性も考えていた。他の教師がコダタの事を知らなかったのはそれが理由だ。ディカニスがこの街にいる事や、行動を起こしている事を魔王にわざと知らせる為に、学校に潜入しているディカニスの団員の事を他の教師が知らない、という不自然さを入れる事にしたんだ。学校でおかしな事が起きている、という噂が広がれば魔王の耳に入るだろうと考えてな。そしてその通りになった。キミがここへ来て学校で起きているおかしな事を相談しに来た。後の事はワタシよりもキミ達の方が詳しいだろうから、ワタシからは以上だ」

「私も罠にハマっていたんですね……?」

 話を半分しか飲みこめていなさそうな顔で美香は呟いた。かろうじてそれだけは分かった、とでも言うように。「そうなるな」とだけロクドトは返した。

「ロクドトさん、説明ありがとうございます」

 感謝の意を述べ、私は彼に頭を下げた。

「これが謎の臨時講師、コダタ先生の正体とその背後にあったものです。ディサエルの妹、スティルさんも助けたから、これで美香ちゃんの依頼は達成……でいいかな」

 何しろ初めての事だから、これで本当にいいのかどうか判別し難い。

「はい……まだ全部は理解できてませんが、でも……何で教えてくれなかったんですか?」

「えーっと……何を?」

「翠さんが魔法使いだって事とか、ディースくんが神様だって事ですよ! 初めて会った時に何で教えてくれなかったんですか?」

 もっと早く教えてくれてもよかったのに。と美香は興奮気味に言った。

「実は、あの日家に帰った後に翠さんから貰った名刺を見てみたら、“魔法探偵”って書いてあってビックリしたんです! でも、魔法なんて現実に存在しないし、そんな漫画みたいな事名刺に書く訳ないから見間違いかな、って思ってもう一度見てみたら“魔法”の二文字は消えてて……。その後も見るたびに魔法って書いてあったりなかったりで、どういう仕掛けなのか気になってたんですよ。あれも魔法なんですか?」

 ぐい、と身を乗り出して聞いてきた。反対に私は身を反らしながら答えた。

「う、うん。ごめんね、ずっと黙ってて。あの名刺と、ここの看板もなんだけど、魔法の存在を知る人にしか“魔法”の二文字が見えないように魔法を掛けてあるの。私が魔法使いだって事をずっと黙ってたのは本当にごめん。普通の人には魔法の存在を知らせちゃ駄目って決まりで……」

「お、おお! やっぱり魔法使いは隠れた存在なんですね。そういうの定石ですもんね……!」

 ずっと黙っていた事に罪悪感を抱えていたのだが、こうも興奮されると逆に黙っていてよかったような気もしてくる。最初から正体を明かしていたら、話が進まなさそうだもの……。だが隠していた事を怒ってはいないようでほっとした。

「あの、魔法使いって、やっぱり杖を使うんですか?」

 何だか昔の私を見ているようで、微笑ましさや懐かしささえ感じる。

「杖が無くても魔法は使えるけど、私は使ってるよ」

 懐から杖を出すと、またしても美香は感嘆の声を上げた。

「触ってみても、いいですか?」

 駄目だなんて、言える訳がない。杖の先端を持って美香に差し出すと、彼女は恐る恐る手を伸ばし、杖の握りを掴んだ。

「今ならパトローナス出せます……!」

 美香は喜びや幸せといった感情をありありと顔に出しながら言った。

 ひとしきり眺めまわしたり振ってみたりした後「ありがとうございます」と言って美香は杖を返却した。

「ディースくんは何で神様なのを隠してたの?」

 美香は興奮冷めやらぬ状態で今度はディサエルに質問した。

「初対面で「オレは神だ」なんて言っても変な奴だと思われるのがオチだろ?」

 私には言ってきたくせに。

「それにお前が翠に話してた相談内容を聞いて、本当の事を言えばこちらも怪しまれるし、もしかしたらオレの事を本当に魔王だと思うかもしれない。オレがここにいるのがあいつらにバレるかもしれない。そんな事を考えた結果、ああして嘘をついた。それについてはすまないと思っている」

 そう言ってディサエルは頭を下げた。すると美香は慌てた様子で返した。

「そ、そんな頭下げないで! 別に怒ってる訳じゃないし、ディースくんが魔王だなんて、そんな事思わないよ! だって美味しいお菓子を作ってくれた礼儀正しく良い子なディースくんが魔王なはずないもん!」

(……マジでそう思ってたんだ)

 あの日の夕飯後にディサエルが口にした事を、そのまま美香が言った。横目でディサエルを見ると、ディサエルもこちらを見て少しだけ唇の端を上げた。何かムカつく……。

「初めて会った時に神だって言われても信じられなかったかもしれないけど、でも、妹のスティルちゃんを心配する気持ちは本物だったし、だから神様だって言われても、信じてみようって思ったかもしれないし……上手く言えないけど、本当の事を言ってくれたら嬉しかったなって、そう思うの」

「そうか……ごめんな、美香。それと、ありがとう」

「……うん」

 喧嘩をした訳でもないが、仲直りの印に、と二人でハグをしてこの件はこれで終わった。

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