第16話
目を開けると、事務所の天井が見えた。ついでに言うと、ロクドトの顔も見えた。邪魔な前髪は、誰にやられたのか、三つ編みにされている。
「漸く気がついたか」
「……失敗……した……」
あの時はディカニスも全員送り返せたように見えたが、どうやら失敗したらしい。やるせなさを感じ私は再び目を閉じた。
「おいこらキミ。失礼な事を言うな。目を開けろ。何も失敗などしていない」
「それなら何でロクドトさんがいるんですか」
私は目を閉じたまま聞いた。
「それは神の悪戯と言うか、まぁワタシがスティルの使徒だからだろうな」
「ああ」
そう言われると納得せざるを得ない。私は瞼を開いて起き上がった。体力は回復しているが所々身体が痛む。ソファで寝ていたせいだろう。軽く伸びをする。
ロクドトが向かいのソファに座って聞いてきた。
「身体は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。ソファじゃちょっと寝心地は悪かったみたいですけど」
「仕方ないだろう。キミの許可無しでキミの部屋に入るのは憚られる。ああ、だが失礼ながら隣の部屋には入らせてもらった。魔法薬を調合する道具があるか魔お……ディサエルに聞いたら、その部屋を紹介されたのでね」
「……そうですか。そのくらいなら大丈夫です」
机の上には、コップに入れられた水と、豆皿に乗せられた丸薬が数個。ロクドトが作った魔法薬だろう。
「このワタシが治癒魔法を施したのだから問題は無いだろうが、念の為作っておいた。調子が悪いと感じたら飲むといい。キミが突然倒れでもしたら、あの双子に殺される」
「あはは……ありえそうですね。ありがとうございます」
薬は今はいらないが、喉が渇いていたので水だけ飲んだ。
「ところで、そのディサエルとスティルさんは何処にいるんですか? 何でロクドトさんだけここに? というかいつの間に私はここに? 今何時ですか?」
きょろきょろと辺りを見回しても、私とロクドト以外の人の姿は見えない。私が気を失っている間に事務所に連れてこられた事くらいは想像できるが、それは何故だろう。今何時か分からないのは壁掛け時計を買うお金をケチった過去の私のせいだ。
「順を追って説明するから落ち着け。キミが倒れたのは一度に大量の魔力を使用した事や、あの双子の、神の魔力をまともに浴びた事が原因だ。この世界では魔法は一般的ではないようだな。だからあれほど強い魔力に直面した事のないキミの身体は、それに耐えられなかったんだ」
「はあ」
聡先生や桃先生だって強い方だと思っていたが、神となると強さのレベルが桁違いという訳か。
「それでキミを休ませる必要があったんだが、蛮族共が使っていたベッドでキミを休ませる事を彼女たちが猛反対したんだ。それでディサエルの案内でここまで来た。一応言っておくが、その間ワタシはキミの身体に一切触れていないから安心しろ。キミを運んだのはディサエルだ」
「そうですか」
その間、という言い方が気にはなるが、つっこむと話が逸れそうだからやめておいた。
「それからここに着いたワタシ達は、キミをそのソファに寝かせ、治癒魔法を掛けた。体内に溜まった余分な魔力を取り除くだけの簡単な治癒魔法だ……と言いたい所だが、その余分な魔力は双子の魔力で、しかもキミは彼女らの使徒だ。思った以上に結びつきが強くて、取り除くのは容易でなかった。彼女達に協力を依頼したが、使徒に力を与える事はできても奪う事はできないと言うから、ワタシが、一人で、時間を掛けて、キミから余分な魔力を取り除いた」
「……ありがとうございます」
やたらと恩着せがましく言ってきたが、それでも彼がいなければ私は今も苦しんでいたかもしれないのだ。そこは感謝しなければ。
「いいか。その時、その時だけだからな。キミに触れたのは。キミの体内で魔力がどの様に絡まり合っているのか調べ、取り除く為には直接触るしかなかったのだ。今回は特に慎重さを求められたからな。治癒魔法を施す為に、双子の監視の下で、キミの頭と腕に触れた。それ以降も、それ以外の場所も、決して触れてなどいない」
「そうですか」
あんまりあれこれ言われると逆に怪しいのだが、双子の監視下にあったと言うなら信じても問題ないだろう。視界の端にも見覚えのある小さなカラスがいる。監視カメラとしても使えるのか。
「話が逸れたが、無事に取り除いてからワタシは魔法薬を調合し、その間は双子がキミの様子を見ていた。調合し終えてから少し仮眠を取らせてもらったが……外が明るくなってきていたのでね。神と言えども疲れた様子だったから、交代して双子を休ませた。少し前に起きてきて、今は昼食の準備をしているよ」
という事はお昼時か。道理でお腹が空いている訳だ。
「何だか、色々とご迷惑をお掛けしたみたいですね。すみません」
「何故謝るんだ? キミが謝る必要は何処にもない。迷惑を掛けたと言うのであれば、それはむしろワタシ達の方だ。全く関係の無いキミを巻き込んでしまった訳だからな。……すまなかった」
そう言ってロクドトは頭を下げた。
「でも、そんな……ロクドトさんのせいでも無いですし……」
「いや、ワタシだってキミを危険に晒している。怖い目にも合わせてしまったしな。その件に関しては本当にすまない」
それは確かにそうだ。
「ワタシが謝ったからと言って、キミは無理に許す必要もない。許せないなら許さないままでいい。ワタシが悪いのだから」
「もういいですよ。そんなに謝らなくて。理由だって教えてもらいましたし。それに、確かに危険な目にも合いましたけど、でも、何だか物語の主人公みたいになった気分で、ちょっと楽しかったと言いますか……」
小さい頃から魔法に憧れていた。それと同時に、物語の主人公達にも憧れていた。自分もいつか、あの主人公たちの様に、ドキドキワクワクする冒険をしてみたい。ずっとそう思っていた。大人になった今でさえ。
「この世界にも魔法が存在するって分かった時も嬉しかったですし、今回は別の世界が本当に存在するって事も知れて嬉しかったです。自分の知らない世界がまだまだ沢山あるんだって分かって、興奮しました。そういう世界に行きたいってずっと思っていたんです。まぁ、私が異世界に行くんじゃなくて、異世界から異世界人がこっちに来たんですがね」
いつか私も、別の世界に行けるだろうか。ここではない、何処かへ。
「ふむ……。違う世界に行きたいのなら、彼女達に頼んでみてはどうだ?」
「……なるほど」
その手があったか。
「一人で行くのが不安であれば、彼女達に付いていくのもいいだろう。その場合はワタシも一緒だがな」
「はあ。どうしてですか?」
ロクドトは困ったように眉を顰め、溜息を漏らした。
「あの成り行きではワタシはディカニスを脱退したようなものだ。だから帰る場所が無い。それにワタシはスティルの使徒になってしまったし、それに……」
何かを言おうとして、ロクドトは口をつぐんだ。
「まぁとにかく、スティルがワタシを連れ回す気でいるようだから、暫くの間ワタシは彼女達と共に過ごさねばならんのだ」
最後にまた一つ大きな溜息をついた。
それに、の後が気になるが、スティルにロクドトが何を願ったのかを聞いた時の慌て様を思い出した。もしかしたらそれに関連する事かもしれない。だとしたら聞かない方がいいだろう。
「帰る場所が無いって言いましたけど、家は無いんですか?」
「…………」
どうやら不味い事を聞いてしまったらしい。ロクドトがまた口をつぐんでしまった。それに、の後に関係する話題だったのかもしれない。
「あ、すみません。変な事を聞いてしまって……」
「いや、いい。気にする必要は無い。ただ……そう、家に帰るという発想が無かっただけだ。ディカニスは常に集団行動で、カルバスの命令で何処かへ出向けば、そこに作った拠点で全員で寝泊まりする。そういう生活を送っていたからな。中には家庭を持っている奴もいるが、そうでないものは本拠地にいる時は営舎で暮らしているんだ」
聞いてはいけない質問ではなかった……のだろうか。だが話題を意図的に逸らされたような気もする。
「ちなみにロクドトさんは?」
「帰る場所が無いと言っただろう。それは営舎で暮らしていたからだ。ふん。誰が結婚などするものか。ワタシは一人で生きていく」
そう言う割には集団生活をしていたようだが……。
「何で騎士団に入ったんですか」
「それは……報酬が良かったからだ」
どの世界であろうと、世の中〝金〟が全てか。しかし一人で生きようが何人で生きようが、お金が必要である事に変わりはない。報酬か。ディサエルからちゃんと貰えるかな。
「それで……ああ、そうだ。別の世界に行くかどうかという話をしていたのだったな。彼女達についていけば、退屈はしないだろう。キミの見たいもの、見たくないもの、楽しい事、辛い事、実に様々な物事を経験するだろうさ。今回は彼女達も手加減をしていたが、キミの意思で彼女達に付いていくのであれば、次からは容赦無く破壊する様を見る事になる」
「何だか、見た事あるような口振りですね」
「……見た事があるからな」
ロクドトは、消え入るような声と、どこか遠くを見るような目でそう言った。前髪が編みこまれ顔面が露わになった事で、彼の黄金に輝く猛禽類の様な瞳に初めて気がついた。彼のこれまでの人生で、この瞳は何を見てきたのだろう。気にはなるが、これ以上踏み込んではいけない気がする。
「……その髪、誰にやられたんですか?」
「聞かなくても分かるだろう。スティルだ。キミの髪もいじりたがってたぞ。後で彼女の好きにさせるといい」
「そうします」
誰にだって言われたくない事や、踏み込まれたくない過去があるものだ。だから今は他愛もない会話を楽しむ事にした。
「あの、失礼でなければ教えてほしいんですけど、ロクドトさんがいた世界ってどんな世界なんですか? みんな当たり前のように魔法を使っていたりするんですか?」
ふむ……。と思案顔をしてからロクドトは口を開いた。
「この世界と比べれば魔法の存在は当たり前ではあるが、誰もが魔法を使える訳ではない。ディカニスの中にも魔法が得意ではない奴もいるしな。昔は剣も魔法も扱える者のみが入団できたそうだが、今は大きな戦が起こる事も少なくなり、剣の腕も、魔法で戦う技術も、大して必要ではなくなったのだ」
「あ、そう言えばコダタさんが、戦闘経験が浅いって言ってました。騎士団って言うと皆経験豊富で強そうなイメージだったんですけど、時代によってまちまちだったりするんですかね」
「もしくはキミが本の読み過ぎで誤ったイメージを抱いているか、だな。ディカニスはカルバス直属の騎士団なのもあって、ある程度剣か魔法が強くなければ入れないが、誰だって最初は未経験だ。毎日の様に訓練はしているが、毎日の様に戦場へは行かない。戦場へ行っても、作戦内容によっては前線に出ない者もいる。だから同じ時期に入団した者の中でも実践経験はバラバラだ」
「へえ……そういうものなんですね」
だが言われてみれば確かにそうだ。どんなものであれ、誰だって初めは右も左も分からない状態からのスタートだ。私だって桃先生に魔法を習い始めた当初は全然上手くいかなかった。それが毎日練習したから思い通りに魔法が使えるようになった。だが今回、初めて戦わなければいけない状況に陥り、恐怖心もあって普段通りにはいかなかった。最後にはカルバス達を送り返したが、それだってディサエルとスティルの助けがあったからできたのである。私もまだまだ経験不足なのだ。
「そういうキミは、魔法が一般的ではないこの世界で、何故魔法使いになったんだ?」
今度はロクドトが質問してきた。
「私は昔からアニメとか映画とか……えーっと」
どうしよう。早速「何言ってんだこいつ」って顔された。何て説明しよう。
「動く紙芝居というか、絵画が演劇をやっているというか、そういうのを見るのが好きで……」
「こちらにも演劇絵画があるのか」
頑張ってひねり出した例えなのに、そっちには存在しているのか……。思わぬところでカルチャーショックを受けた。
「この世界では魔法は確かに一般的ではありませんが、普通の人の中でも魔法の存在を信じる人、夢見る人もいまして、そういう人達が魔法の世界を描いた物語を作るんです。そうした物語を見て育った私も魔法を信じていました。そんなある日、本当に魔法が存在する事や、私が見えているものが魔力だという事を知って、それが凄く嬉しくって……。魔法の存在を教えてくれた人達が、魔法の使い方も教えてくれると言うので、それで使い方を教えてもらって私も魔法使いになりました」
「キミは案外夢見がちなのだな。まぁ、まだ子供なのだから思う存分夢を語るといい」
「いや、私もう成人済みです……」
私がそう言うと、ロクドトは鋭い目を丸くさせた。
「まだ十代ではないのか?」
「カルバスも少女だ何だと言ってましたが、私二十五歳ですよ」
「……これは驚いた」
欧米人から見たら日本人は実年齢より幼く見えるらしいが、まさか異世界人に幼く見られる日が来るとは。
「いや、だがワタシからしてみれば、二十五歳だろうがまだまだ子供だ」
考えを曲げる気は無いのか。
「ロクドトさん年幾つなんですか」
「三十七歳だ」
「え、一回りも違うんですか」
「……何が回るんだ?」
「干支が……えーと、何て説明すれば……」
「おいガキ共、昼飯が出来たぞ」
「お子様ランチが出来たよ~」
いつの間にやら、見た目だけならこの中で一番幼い双子がお盆に料理を乗せてやってきた。ディサエルの真っ黒なスーツ姿はいつも通りだが、スティルはスティルで真っ白なパンツスーツを着ている。勿論リボンは真っ赤だ。
「年齢が二桁な時点でお前らどっちとも子供だろ」
「わたしたちなんて、もう数えるのが面倒なんだよね」
見た目は十五歳だがその実何年生きているのか分からない二柱の神が、そんな事を言いながらてきぱきと食事の準備をしていく。
「神に言われてはどうしようもないな」
「そうですね。一回りどころじゃないですもん」
「“ひとまわり”とは何なのだ……」
「動物が回るんですよ」
「何も分からん」
「ですよね」
詳しい説明は放棄した。なぜなら今、目の前には美味しそうな料理がずらりと並んでいるからだ。
「病み上がりの人間でも食べやすいように、消化のいいものを作ったぞ」
キャベツや人参、大根の入ったコンソメスープ、ほうれん草入りのオムレツにマッシュポテト。確かにこれは食べやすい。
「この国の料理をちょこっと調べてね、翠が喜ぶかな~と思ってこれも作ったんだよ」
そう言ってスティルが私の前に出してきたのは、鮭と卵の入った雑炊だ。ほかほかと湧き出る湯気と出汁の匂いが食欲を誘ってくる。
「うわぁ、絶対美味しいやつだ」
実はディサエルが来てからというもの、和食を殆ど食べていない。ディサエルが作る料理は洋食(っぽいもの)やエスニック料理(みたいなもの)ばかりだったのだ。どれも美味しいから文句は無いのだが、たまには味噌や醤油を使った和食も食べたい。
「そうだろうと思って作ってやったぜ」
「ああ、お見通しだったんだ……。でも、わざわざ作ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
ディサエルとスティルもソファに座り、私と双子は手を合わせて言った。
「「「いただきます」」」
「……」
その様子をロクドトは変な物でも見るような顔で眺めた。
「それは何かの儀式か?」
「いえ、これは別に」
「そうだよ。この国では食べる前に「いただきます」って言わないと、神罰が下るんだって」
「この国の神の数はやたら多くて、米一粒だけでも七柱いるらしいぜ。それを何も言わずに食べたら……流石のオレでもヤバいだろうな」
などと神妙な面持ちで神が言う。そのせいで私はロクドトに疑わしい顔を向けられた。
「キミ、この話は本当か?」
「……はい」
「今目を逸らしただろう。嘘なんだな」
「うっ……。でも全部が全部嘘ではありませんよ。日本には八百万の神々がいるって言われていますし、お米の話もよく聞きますね。あと「いただきます」と言うのは、命をいただくとか、作ってくれた人への感謝の気持ちとか、そういった意味があります。食べ終わった時には「ごちそうさまでした」と言うんですよ」
「なるほど。そういう風習……いや習慣か。ならばワタシも従うとしよう」
ロクドトも手を合わせて「いただきます」と言い、皆で食事をした。
双子が作った料理はどれも絶品で、特に雑炊は美味しかった。白ごまがトッピングされていて噛むたびに香ばしさが口の中に広がるし、鮭の塩味がやみつきになる。そして出汁の優しさが身体全体を包み込んでくる。
「良い顔して食べるね」
「へ?」
気づいたらスティルがにこにこした笑顔でこちらを見ている。
「翠の笑ってる顔を見てなかったから、やっと笑顔を見られて嬉しい。美味しく食べてくれてありがとう」
そんなに顔が綻んでいたのか。
「こちらこそありがとうございます。雑炊すっごく美味しいです」
「どういたしまして」
「それ作ったのオレもだからな」
「ディサエルもいつも作ってくれてありがとう」
「おう」
「……それ、ワタシの分は無いのか?」
「「無い」」
雑炊があるのは私だけで、あとの三人は食パンだった。
「少しあげましょうか?」
「いや、それではキミの分が減ってしまうだろう。それに食べかけをもらう趣味は無い。この国の料理が少し気になっただけだ。気にするな」
雑炊を見つめながら言われると気になってしまう。
「この後もまだここにいるなら、夕飯に和食を作ってあげますよ」
「え⁉ 翠の手料理食べてみたい!」
「オレも気になるな」
「……馳走になろう」
四人分も量を間違えずに作れるだろうか。
そこへスマートフォンがメッセージの通知音を鳴らしてきた。そう言えば鞄はどこかしらん、と探したらソファの横に置かれていた。三人に断ってスマートフォンを取り出し画面を覗くと、美香からこんなメッセージが送られていた。
『翠さんこんにちは、美香です。昨日は気がついたら家にいたんですけど、あの後どうなりましたか? なんと今日は臨時講師が来ていないんです! 昨日何があったのか教えてほしいので、放課後そちらにお伺いしてもいいですか?』
何とも狙ったようなタイミングで来たものだ。何と返事をするか少し考え、スマートフォンに文字を打ち込む。
『美香ちゃんこんにちは。昨日はありがとうございました。私もそれについて話したい事があるから、是非事務所へ来てください。もしよかったら夕飯も食べていく?』
送信。するとすぐ返事が来た。
『いいんですか? 食べます!』
五人分か。買いに行かないと材料が足りなさそうだ。
待ってます。と返事を送り、顔を上げると三人が何やらひそひそと会話をしている事に気がついた。
「彼女が持っているものは何だ?」
「スマホっていう機械だそうだ。あれで会話をしたり手紙のやり取りをしたり、あと何か色々できるらしいぜ」
「ああ、シラデルフィアみたいなやつ?」
「いや、それが一般人も普通に皆持ってるらしい」
「魔法使いの道具を魔法使い以外も持っていると言うのか?」
「……」
カメラを起動し、三人が画面内に収まるようにソファを離れ少し移動。フラッシュありでシャッターを押す。パシャリと音が鳴った。
「光ったぞ!」
「翠、今何したの?」
スティルのロクドトの驚いた顔が何だか妙に面白い。ディサエルは自分だけ分かっているのが愉快なのか、ニヤニヤと笑っている。
「精巧な絵画を瞬時に描いた、とでも言いますか、スマホで写真を撮ったんです」
撮った写真を皆に見せる。
「凄い! わたし達が描いてある! しかも正確に!」
「それがシャシンだからな」
「この一瞬で描くとは、大した魔法だな」
「カガクって言うんだぜ」
何でディサエルが得意げなんだ。
「この世界では、魔法の代わりに科学が発達しているんです。このスマートフォンはその科学技術を駆使して作られたものです。遠くにいる人と会話をしたり、手紙のやり取りをしたり、今みたいに写真を撮ったりもできますし、他にも音楽を聴いたり、ゲームをしたり、お財布として使う事もできます」
「シラデルフィアよりも色々できるんだね」
「そんなに多様な事ができるのに魔法ではないのか?」
「スティルさんが言ってるのが何なのか知りませんが、魔法ではありません。まぁ……確かに、魔法みたいと言われれば魔法みたいですけど」
十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。なんて言われているし。それはさておき言わねばならない事がある。
「皆さん、今日の夕飯を私が作る代わりにお願いしたい事があります。夕方頃に羽山美香という依頼人の女の子が来ます。彼女は学校に来た臨時講師……コダタさんが何者なのか、またその背後に何があるのか突き止める事を私に依頼しました。スティルさんを助ける事も。なので彼女がここに来た時に、皆さんには昨日起きた事や、ディカニスが何なのかとか、説明するのを手伝ってほしいです」
それはこの世界魔法の存在を包み隠さず話す事になる。当初こそ隠してはいたが、正体を明かさねばきっと話の途中で齟齬が出る。それに嘘をつき続けるのは美香に申し訳ない。
「いいのか? あいつ一般人だろ」
「うん。いい」
「つまり、その子もわたしの使徒にしていいって事?」
「それは駄目です」
「キミ一人ではディカニスを上手く説明できないから、ワタシを利用しようという訳か」
「うっ……まぁ、そうです」
三者三様の返答を貰ったが、手伝ってくれると受け取っていいだろう。
「翠のお願いは何でも聞くって言っちゃったからね。いいよ。その子、わたしの事も気に掛けてくれたみたいだし」
「ありがとうございます」
何もかも正直に話した結果、美香がどんな反応をするのかは分からない。だが魔法使いになりたいと言った彼女に「魔法は無い」なんて、そんな夢も無い事は言いたくない。私のわがままかもしれないが、私も夢を見せてもらった時のように、彼女にも夢を見せたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます