第14話

 その時、廊下が俄かに騒がしくなっている事に気がついた。複数人の足音が聴こえる。次いで扉をガンガン叩く音。

「スティル様! スティル様! ご無事ですか? 何があったのですか?」

 扉の外側から焦るような声が聞こえてきた。先程の壁が崩れ落ちる音を聞いて騎士達がやってきたのだろう。

「あ~あ。あの子達が来ちゃった。どうする?」

 扉を叩きがなる騎士達を無視して、スティルはニコニコと楽しそうな笑みを浮かべながらながら私とロクドトを見やる。

(まさか、ここまで計算して……?)

 ドン、ガン、と叩く……と言うよりも、硬いものをぶつけるような音が扉の向こう側から聴こえてくる。

「キミは……っ、どうして……! ワタシだけでは足りないと言うのか……!」

 怨嗟を込めた怒りの声を、ロクドトはスティルにぶつけた。

「うん。だって、あなたは他人を信じないでしょ。あなたはわたしと契約をしたから信仰心を捧げてくれてはいるけど、そこに純粋な信じる心は無い。ただ事務的に力を与えているだけ。それだとね、足りないの。外にいる子たちは今扉を開けようと頑張ってるけど、破られたら……どうするの? 今のわたしにはあの子達全員を倒すだけの力は無い。あなたの道具を使う選択肢もあるけど、それってあなた以外にはすぐ効いちゃうんでしょ? わたしとこの子に薬が効かないように、助けながら突破できる? ねぇ、どうなの?」

 表情を崩さず、ニコニコと、楽しそうに。スティルはロクドトから目を離してもいなければ、直接的に話題にも出してはいないが……私が彼女に信仰心を捧げるように仕向けている。

 スティルはゆっくりと、視線をロクドトから私に移した。

「そう、翠。わたしはあなたの信仰心が欲しい。素直なあなたの信仰心が。あなたが力を与えてくれれば、扉を破ってこちらにやってくるあの子達を蹴散らす事ができる。あなたが信じてくれさえすれば、あの子達を傷つけることなくそれができる。でも、あなたが信じてくれなかったら、みんな死なない程度に壊されちゃうかもね!」

 何で……何でそんな事を笑顔で言えるんだ。

「ねぇ、ほら、どうするの? 早くしないとみんなこっちに来ちゃうよ? あなた達は忘れてるかもしれないけど、扉の前にはロクドトの薬で眠らされた見張りが二人倒れてるんだよね。あの子達は、あなた達二人がこの部屋に来た事を知ってるよね? だったら、ロクドトが見張りを眠らせた事くらいすぐに分かっちゃうよね。それにさっきの大きな音。ああ! 我らが神、カルバス様の奥方の身に何かあったに違いない! そう思ってここまで来たあの子達が、あなた達を捕まえないわけがないよね。嫌われ者ロクドトと、何処の誰かも分からない部外者の女の子を。わたしは保護されるだろうから大丈夫だけど、あなた達は何をされちゃうんだろうね!」

 スティルが言い終わるや否や、一際大きい音がした。扉が遂に破られたのだ。

「突破したぞ!」

「スティル様はいるか!」

「いたぞ! あそこだ!」

「あの二人を捕まえろ!」

 どかどかと足音を立てて騎士達が何人も入ってくる。部屋は大して広くない。私とロクドトは抵抗する間もなく騎士達に取り押さえられた。

「貴様、やはりよからぬ事を企てていたのだな⁉」

「アリスか。やっとワタシを捕まえる事ができてさぞ嬉しかろう」

 興奮ぎみのアリスに、ロクドトは冷静に答えた。その冷静さに頼もしさを覚えなくもないが、せめてアリスの言った内容を否定してほしい。

「君もこいつとグルだったとはな。君も魔王に洗脳されていたものだと思ったが、本当は魔王の差し金だったのか?」

(ヤバい……!)

 私はゾクリと身を震わせた。これはヤバい。最悪……殺される。誰か……。

(誰か……助けて……!)

 できれば自分で魔法を使いどうにかしたいが、複数人を相手にできる程私は強くない。この状況で助けになってくれそうなのは一人……いや、一柱だけだ。その姿を探すが、頭を抑えられていて、視界の範囲内では見つかりそうにない。見つからないなら助けてと叫べばいいだけだろうが、ただそれだけで助けてくれるような神とは思えない。もっとダイレクトに、願いを、魔力を、届けなければ、きっと動かない。動いてくれない。さっきロクドトにああ言われたばかりであるが、それでも今助けを求めなければ、力を与えなければ、私の命も、ロクドトの命も危ない。

「彼女は関係ない。ワタシが単独行動派な事くらい、キミも知っているだろう」

「うるさい! ごちゃごちゃ抜かすな!」

 ロクドトとアリスの言い争いが邪魔だが、目を閉じて、感覚を研ぎ澄まし、姿ではなく魔力を追う。室内にいる誰も彼もが魔力を帯びているから、障害が多い。

(大丈夫。私にはできる。私はできるんだ)

 彼女の美しくも恐ろしい魔力に比べたら、他の魔力なんて雑音だらけの下手くそな演奏みたいなものだ。その中から一際輝くソリストを探せばいい。そのくらい簡単だろう!

(……いた!)

 彼女の魔力を捕らえた。数人の騎士に取り囲まれて、部屋を後にしようとしている。ぐずぐずしていたら間に合わない。私は大きく息を吸い、ありったけの願いを込めて彼女がいる方向へ叫んだ。

「スティル! 助けて!」

 神が微笑んだような気がした。


「貴様……呼び捨てとは失礼な!」

「うっ……」

 私を抑える力が一層強くなった。骨が折れそうな程痛い。

「助けてだと⁉ スティル様を襲った分際で何を……っ!」

「……?」

 突然身体が軽くなった。私を押さえつけていた重みが無くなったのだ。

「そうだよ、翠。お願い事する時はもっと詳しく言ってくれないと、どうやって助けたらいいのか分かんないでしょ」

 振り返ると、スティルがニコニコとした笑顔を崩さぬまま、騎士を片手でひょいと持ち上げていた。襟元を掴まれているのか、騎士は両手で首元を掻きながら、床に着きそうで着かない足をバタバタさせている。

「ねぇ、翠。あなたはこの子を……」

「スティル様! どうかその騎士をお放しください!」

「また操られているのですか、スティル様! ロクドトめ、スティル様に何を飲ませたんだ!」

「ワタシは何も飲ませていないぞ。その紅茶はスティルが用意し」

「今わたしが喋ってるんだけど」

 スティルはつまらなさそうに目を細め、手に持った騎士を軽々と振り回して周りの騎士達(とロクドト)にぶつけた。その行動に流石の騎士達も動揺し、誰も口を開こうとしなかった。

「これだからあなた達が嫌いなの。わたしの意思はまるで無視。何かあればすぐ魔王の洗脳。最も美しい女性であり、カルバスの妻である太陽の神スティルが、野蛮な事をするはずが無いって思ってるんだもんね。だってあなた達は本当の事を知らないし、知ろうともしない。ロクドトは賢いから自分で調べて知ってたけど、あなた達はカルバスが絶対だから、あの子が言う事を信じて疑わない。わたしに失礼の無いように、とか言うけど、一体誰が一番失礼なんだか」

 スティルはしゃがみ、手を私の頬に伸ばした。目と目が合う。

「翠。あなたはわたしが何の神か知ってるよね? あの子達が魔王と呼ぶ神から教えてもらったんだもん。あなたはわたしを、わたし達を、正しく信仰してくれるよね。ほら、ここにいる皆に教えてあげて。わたし達が何の神様なのか」

 スティルと直接触れ合い、目が合っているが、今度のこれは催眠術ではない。彼女も、私の事を信じようとしてくれている。だから私はそれに応えた。

「この人達が魔王と呼んでいるのは、創造と太陽を司る神ディサエル。そしてあなたは、破壊と月を司る神スティル」

「そう。正解。まぁ、この子達は認めようとはしないでしょうけどね。ところで、そのディサエルは今どこにいるの? ううん。今、この瞬間。どこにいてくれたら嬉しい?」

 息を吸い、明確にその姿を思い描きながら私は答えた。

「ここ」

 私の声に答えるように、黒い影がスティルの背後に立った。

「あー、何人か倒れてるけど、これ殺してないよな?」

「殺しちゃったら、この子が悲しむでしょ?」

「それもそうだな」

 黒い影がこちらを振り向き、私はその人物に一言声を掛けた。

「遅いよ」

「それはすまねぇな。だがお前が無事で良かった」

 いつものように真っ黒なスーツ姿のディサエルは、いつものようにニヤリと鼻につく笑顔を見せた。

「ま……魔王だ!」

「魔王ディサエルだ!」

「奴を捕らえろ!」

 突然現れた魔王に驚いて一時停止していた騎士達が、一斉にディサエルに飛び掛かる。

「おいおい、お前らこいつの話聞いてなかったのか? オレは創造と太陽を司る神らしいぜ?」

 騎士達の斬撃や魔法を、ディサエルは難なく交わす。

「魔王である事の否定にはなってないから、仕方ないよ」

 スティルは私の手を取って攻撃の輪から抜け出しながら、背後のディサエルに声を掛ける。

「確かになぁ!」

(納得しちゃうんだ……)

「それじゃあここは魔王らしく、皆殺しにでもするか?」

 魔王らしく高らかに笑いながらそう言うと、ディサエルを攻撃していた騎士達はビクリとその身を震わせ手を止めた。その隙をついてディサエルは反撃した。

「さっきまでの威勢はどうした!」

 ディサエルが指を鳴らすと、騎士達は鎧に磁石でも仕込まれたように手足をピッタリとくっつけて床に転がった。

(『全身金縛り』の魔法だ……! 一度にこんな何人も……!)

 本当に皆殺しにしたらどうしようかと心配したが、人に危害を加えないという禁止事項を守ってくれた。

「弱い物虐めをしたって、つまんねぇだけだろ? それにお前が殺さないでほしいと願ったから、オレは神としてその願いを聞いてやったんだよ。感謝しろ」

「ありが……あ、でも学校でコダタさんを攻撃したじゃん。凄く苦しんでたよ。私あれ許してないから」

「でもその方が臨場感出たし、お前は自然と奴を助けようと思ったし、奴はお前を信用してここまで連れてきただろ。んで、オレはこうしてお前達を助けに来る事ができた。ほら、感謝しろ」

「結果論は聞いてない! あそこまでする必要があったのかを聞いてるの!」

「だって」

「だってじゃないよ! あの時凄く怖かったんだから!」

「……それは、すまなかった」

 勝った! 初めてディサエルに口で勝った!

「何に喜んでるんだよ……」

「もう、ディサエルったら。翠を傷つけるような事しちゃ駄目だよ。素直で優しい良い子なんだから」

「オレは何でお前からも責められてるんだ?」

「翠を酷い目に合わせたから」

 その場で見てないくせに。とディサエルはぶつくさ文句を言った。

「ところで、こいつらは全員ここで転がったままで大丈夫か? 仲間になってくれる様な奴がいたりはしないか?」

「あ! ロクドトさん!」

「誰だそれ」

「わたしの使徒だよ。あそこにいるボロ雑巾みたいなの」

 確かにそう見えなくもないが、言い方というものがあるだろう。ディサエルは他の騎士達を避けたり、飛び越えたりしながらボロ雑巾……もといロクドトが転がっている所まで行き、彼に掛かった魔法を解いてやった。

「まったく……何故ワタシまでこの様な目に合わなければいけないんだ」

「お、一言目から文句か? いいぜ。気に入った」

「キミが……魔王か? 思ったより幼いな」

「その文句は気に入らないな。スティルの使徒だってんなら、オレの見た目の年齢も同じだって分かるだろ」

「ふむ。確かにそうだな。ワタシが浅はかだった」

「分かればいい」

 よいしょ、とディサエルはロクドトの首根っこを掴んで持ち上げ(何故この双子は首ばかり狙うのだろうか)、彼を立たせた。

「さあ、これからこの四人でどうする? そろそろ第二波が来る頃だと思うぜ?」

「第二波?」

 ディサエルの言葉に疑問を抱いていると、廊下の方からまたもや複数の足音が聴こえてきた。先程よりは足音が軽い事、今ここにいる騎士達は皆鎧を着ている事から察するに、現代服の人達がこちらに向かっているのだろう。

「私、戦闘とか無理なんだけど……」

「ワタシも同意見だ。尤も、ワタシの発明品を使ってもいいと言うなら話は別だが」

「それじゃあわたし達でやっつけちゃう?」

「即席すぎて意見がバラバラだな……。ボロ雑巾」

 ディサエルがロクドトを指す。

「ワタシはボロ雑巾ではなくロクドトだ、魔王」

「そうか。じゃあオレはディサエルだ。お前の発明品ってどんなのだ?」

「睡眠薬入りの煙幕、一時的に全身を麻痺させる煙幕、蜘蛛の巣で絡めとる煙幕」

「それは煙幕なのか? てかお前は煙幕マニアなのか?」

「ふん。キミには煙幕が持つ無限の可能性が理解できないようだな。他にも色々あるが、どれもワタシにだけは効かない。裏を返せばワタシ以外の動物にはすぐに効く」

「あ、だから私の口を」

「あ?」

 ディサエルが凄い形相で私を睨んできた。

「お前、こいつに何かされたのか?」

「あ、うん。この部屋に入る前に、ロクドトさんが煙幕を投げて、その時に口を塞がれたの」

 嘘偽りなく事実を述べたら、ディサエルはロクドトの胸倉を掴んだ。

「テメェ、翠に何て事してんだ。おい翠。他に何か嫌な事されなかったか? そういう事は泣き寝入りするんじゃねぇぞ」

「おい待て魔王! ディサエル! 誤解だ! 確かに彼女の口を塞いだが、それは彼女が煙を吸わないようにする為であって、その後彼女にも理由は説明して理解は得られている! キミからも何か言ってくれ!」

 彼の言う通りではあるのだが……あの偉そうなロクドトが追い詰められているこの状況。正直に言おう。ちょっと愉快だ。

「あの時、見張りの人達に睨まれていた中で、突然口を塞がれて……怖かったです」

「いたぞ! スティル様をお守りし……魔王⁉」

「死ね‼」

「裏切り者おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」

 タイミングよくやって来た現代服姿の騎士達——現代服で騎士とは、何ともおかしなものだ——目掛け、ディサエルはロクドトを勢いよく放り投げた。ロクドトを投げつけられた騎士達は、ドミノのようにバタバタと倒れていく。

「惜しい仲間を一人失ったな。だがあいつのお陰で道は開けた。行くぞ」

「あなたの事は忘れないよ、ロクドト」

「良い人でしたよ、ロクドトさん」

「勝手に……ゲホッ……殺すな、キミ達」

「何だ。生きてたのか。だったらさっさと立て。先に進むぞ」

 何事もなかったような顔をしてディサエルは言った。

「何が創造と太陽を司る神だ。魔王の方が相応しいではないか……。キミも何故あんな事を言ったんだ」

「えー、その……怖かったのは事実ですし……ロクドトさんが追い詰められているのが、ちょっと面白くって……」

「キミも大概だな」

 ごめんなさい。

「もう、みんな! いつまでもお喋りしてないで、この子達が倒れてる間に早く行こうよ!」

「そうだな。行くぞ」

 倒れている騎士達を避けながら——と言っても数が多く密集しているので何人か踏んでしまったが——私達は廊下に出て、階段へと駆けた。ディサエルを先頭に、その後ろに私とスティルが並び、最後尾のロクドトは悪態をつきながら、伸びている騎士達に煙幕を投げている。それ、私達が煙を吸わないように配慮してるよな……?

 騎士達はよっぽど急いでいたのか、階段へと繋がる扉は開けっ放しになっている。ディサエルがその扉を抜けて一言。

「飛ぶか」

「は?」

「そうだね」

「え?」

 そんな当たり前のように「飛ぶか」と言われても困る。私は飛べない。

「お前の杖を大きくして跨って飛ぶとかできないのか? 翼があるんだし」

「それやろうとしたらカワセミが怒ってきたから無理」

 嘴でつつかれて痛かった。

「そうか。じゃあお前はオレが連れていく。ボロ雑巾は飛べるのか?」

「ワタシはボロ雑巾ではないし飛べない!」

「何だ。空が飛べるようになる煙幕とかねぇのかよ」

「煙幕で飛べるか!」

「それは残念だったな。頑張れよ」

 ディサエルはひょいと私を抱えて——初めてお姫様抱っこされた。大して体格差の無いディサエルにやられるのは少し怖いが、信じるしかない——浮き上がり、魔力を翼の様に広げさせて上昇し始めた。スティルも「じゃあね~」と言って同様に魔力の翼を広げ飛び始めた。

「クソッ!」

 ロクドトはシンプルな罵声の言葉を宙に浴びせ、階段を上り始めた……と思う。そんな感じの音がする。

「……何でそんな目をギュッとつぶってるんだ?」

「思ったより、怖い。スピード、落とせ」

「カタコトになるほどか⁉」

 私だって魔法使いの端くれだ。箒で空を飛んだ事だってあるし(一回だけだけど……)、高所恐怖症という訳でもなくもない。だが今は他人に身体を預けて空を飛んでいる。もし何かあったら、落ちてしまったら……どうしてもそんな事を考えてしまう。

「大丈夫だ。オレを信じろ」

「せめて、スピードを」

「はいはい」

 元々そんなにスピードは出ていなかったのだが、私の要求に応えてスピードを緩めてくれた。その優しさに、心の中で感謝した。あんまり怖くて喋るのも一苦労なのだから、そのくらいは許してほしい。

「ほら、着いたぞ」

「ありが、とう」

 階段の一番上に到着し、ガチガチに固まった私をディサエルが優しく降ろした。地に足をつける事がこんなにも素晴らしいとは! こんにちは、地面! 私は君が大好きだ!

「翠も自分で飛べたら怖くないんじゃないの?」

 天使と見紛う姿のスティルが、到着するなりそう言った。

「飛び方教えてやろうか?」

 と黒い翼の堕天使ディサエル。

「いや、待て。ワタシが空を飛べるようになる煙幕を作る!」

 ようやっと最上段まで上ってきたロクドトが若干息を切らしながら言った。

「何を張り合っているんですか」

 先程のディサエルの発言が、煙幕マニアの琴線に触れたのだろうか。さっきは否定していたはずだが……。

「煙幕の無限の可能性とワタシの頭脳を見くびるなよ。必ず作ってやるからな」

「あ、はい」

 この話題に触れてもたぶん私には理解できないだろうから、これ以上何か言うのはやめておいた。

 こちらの扉は閉まっており、ディサエルが開けようとドアノブに手を掛け……ようとして、手を止め眉をひそめた。

「そこの階段上っただけで息切れしてる煙幕マニア。この扉の先には何がある?」

「階段を上る前に何があったか忘れたとは言わせないぞ、魔王。この先はただの……いや、これは……」

「あ~あ。遅かったか~」

「? 何? 全然分からないの私だけ?」

 三人とも何か分かったような口を利いているが、私には何の事だかさっぱり分からない。

「キミも魔力が見える魔法使いなら、戦場にいる時は常に何処に誰の魔力があるのか、気を配っていた方がいいぞ」

「いや、私戦った事無いですし、戦いたくないですし……」

 痛いの嫌だし、人を攻撃するなんて怖くてできないし。せいぜい防御魔法で身を守るくらいしかできないし。

「翠、大丈夫だよ。わたし達があなたを戦わせない。それとあなたはまだ気づいていないみたいだけど、あなたなら扉の向こうにある魔力も感じ取れるよ。取り押さえられてた時だって、ただ助けてって声を出せばいいだけなのに、わざわざわたしの魔力を追って居場所を突き止めたでしょ? その方が願いを聞いてくれるって信じたから」

「ああ。オレを信じろと何度も言ったオレの言う事ではないだろうが、他人を信じるよりも、自分を信じる事の方が大切だぜ? 自分の力を信じろ」

 弱腰になっている私に、双子が手を差し伸べた。二人とも、力強い笑みを浮かべている。ああ、この二人は、いや、二柱は、私を信じているんだ。スティルなんて出会って何時間も経っていないというのに。それなのに私が私を信じないでどうする。

 私も手を伸ばし、右手でディサエルの手を、左手でスティルの手を握った。両手に花ならぬ、両手に神とは。滅多にこんな事は起きないぞ。

「私はできる」

「ああ」

「うん」

 目を閉じてゆっくりと深呼吸をし、魔力の流れに神経を集中させる。目を閉じれば普通は何も見えないものだが、今は双子の神が私に力を分け与えてくれている。目を閉じていても、魔力の色が〝視える〟。


 試しにまずは右隣。これはディサエルの魔力。黒く、凛々しく、何ものにも染まらない強さを感じる魔力。

 左隣。スティルの魔力。白く輝く美しさと、掴みどころのない恐ろしさを併せ持つ、絶対的な力を感じさせる魔力。

 後方。ロクドトの魔力。初めて彼の魔力を意識してみたが、紫色と、どことなく高貴さとミステリアスさを感じる魔力だ。

 さあ、これで練習は終わりだ。扉のあちら側に意識を向けよう。

 扉の向こう。沢山の人。魔力が強い人もいれば、弱い人もいる。明るい色、暗い色。薄い色、濃い色。この向こうには誰がいるのか。すぐには分からなかったが、流石にこれだけ考える時間があれば予想はつく。あの中から、その人物を探せばいい。きっと一番強いはずだ。色は分からなくとも、サーモグラフィのようにそこだけ目立って見えるはず……。

「え?」

 驚いて私はぱちりと目を開け、手を離した。

「どうした? 大丈夫か?」

 ディサエルが心配したように私の顔を覗き込んだ。

「黄色い……」

「黄色って言うより、金色って感じだけどね」

 呆れたようにスティルは溜息をついた。

「奴は己を誇示するのが好きだからな」

 くだらん。とロクドトが一蹴。

 各々の言いたい事も分かるのだが、私が言いたいのはそうじゃない。

「この黄色い魔力の人……昨日会った人だ」

「「「え?」」」

 普通の人間社会で暮らしていれば、魔力を帯びた人とすれ違う事は多くない。すれ違っても顔見知りの魔法使いである事が多い。だから昨日は知らない人が魔力を帯びていて気になったし、目の前で見ても大した魔力量ではなかったから手下か何かだろうと思った。

「昨日会ったって、買い物行った時に会ったのが奴だって言うのか?」

「うん」

「翠、あの子に会ってるの?」

「そうみたい、です」

「世間は狭いな」

「ですね……」

 この事件、神だ何だと言うから壮大に聞こえるが、関係者全員に既に会っていると思うと一気にスケールダウンした気分だ。

「でも、昨日はこんなに魔力強くなかったのに」

「そりゃ四六時中強い魔力を放ってたら周りに影響出るからな。隠してたんじゃねえか?」

 なるほど。神レベルとなると一般の魔法使いとは色々と違うのか。

(あれ? それじゃあもしかして……?)

 ふと一つの疑問が浮かんだが、ディサエルの声に遮られ、その疑問は頭の隅へと追いやられた。

「さあ、準備はいいか、翠。これからそいつと再会するぞ。お前は昨日そいつと会った時に、オレの事は知らないと嘘をついたんだろ? その嘘はもう既にバレていると思った方がいい。お前が扉の向こうのそいつに気づいたように、そいつもお前に気づいてる」

「うん」

 相手の強さは魔力だけではない。物理的な力も強い事は昨日身をもって知った。これから何が起こるか分からず怖い気もするが、こちらには二柱の神がついているのだ。神の数では負けていない。

「いいぞ、その調子だ。奴を殺す気で行くぞ」

「え、いや、殺すのは、ちょっと……」

 やっぱりこっちの神の方が怖いかも。

「あいつも神だから、殺してもちょっとやそっとじゃ死なねぇよ。安心しろ」

「いや待ってよ。怖いよ安心できないよ。もうちょっと穏便にいこうよ。せめてあの人を元の世界に送り返すとかさ」

「なるほど、確かにそうだな。あいつは元々この世界の神でも人間でもない訳だし」

 納得した顔で頷くディサエル。一応言っておくが、ここにいる私以外の三人もそれに当てはまるぞ。

「それじゃあ、翠の願いはそれでいい?」

「え?」

 願い?

「だってもう翠はわたし達の使徒になったようなものでしょ? だからあなたから信仰心を得るお返しに、あなたの願いを聞いてあげる。いいよね、ディサエル」

「ああ、異論はないぜ」

「え? え?」

 急にそんな事を言われると、お願いしますと言っていいものかどうか迷う。するとロクドトが小さく溜息をついた。

「魔王と破壊神の好きなようにやらせるよりは、キミの願いを聞かせる方が、キミが嫌な思いをしなくて済むだろう」

「あ……」

 そうか。物騒な事を平気で言うこの二柱の好きにさせたら、きっと惨劇を目撃する事になる。人間に危害を加える事は禁止されているらしいが、この先にいるのは人間ではない。相手も神なのだ。だから遠慮もなく危害を加え、たとえ死なずとも殺すのであろう。だが私が使徒として、相手を殺さずに元居た世界に送り返す事を願えば、見たくないものを見ずに済む。

「そうですね。ありがとうございます、ロクドトさん」

「ふん。礼を言われるような事は何も言ってない」

 絶対私にその事を理解させる為に言っただろうに。素直に礼を受け取ればいいものを。

「どういたしまして、って言えばいいだけなのにね」

 ふふっ、とスティルが笑い、ロクドトはぷいと顔を背けた。

「願い事が決まった所で、さっさとあいつに会ってやるか。オレ達が立ち話し過ぎて怒ってなきゃいいけどな」

「あはは、それありえるかも。あの子って自分の思い通りにならないのが気に入らないタイプだもんね~。ねえ、翠。あなたの願いは何でも聞いてあげるけど、その前にあの子に言わなきゃいけない事があるんだよね。それまで待っててくれる?」

「? はい」

 意味深長なスティルの笑顔に一瞬疑問を抱いた。だが私の願いを聞くと言っているのだから、私の前で惨劇を起こすような真似はしないだろう。そう信じたい。

双子が扉に手を掛け同時に開けると、そこには二十人程の鎧姿の騎士が手に手に剣を持って扉を囲み、その後ろでは、一際目立つ黄金色の鎧を着て黄色……否、金色の魔力を周囲に漂わせる白人金髪碧眼の美丈夫——カルバスが、腕を組んで仁王立ちしていた。

「遅いッ‼」

「「「「……」」」」

 怒られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る