第10話

 コダタのペースに合わせながらゆっくりと歩き、教会の中へ入った。教会内には大仰な鎧を身に付けた、ファンタジー映画に出てきそうな騎士や、コダタの様に現代的な格好の人が合わせて三十人程いる。教会と言うと長机と長椅子が左右に列を成しているものだと思っていたが、それらは移動させられたらしい。長椅子は壁際に寄せられ、長机はそもそも見当たらない。代わりに作業台が幾つか置かれている。斜めの机では使いづらいのだろう。壁には宗教画、祭壇には誰かの像が飾られているが、キリスト教のものではなさそうな事くらいしか分からない。私のイメージする教会とは違うが、騎士団の拠点という観点から言えば、男ばかりでむさ苦しい空気が漂っている事もありイメージ通りといったところだ。

 入口付近で鎧の騎士と現代服の人が二人で何やら話していたが、入ってきた私達に(と言うよりも苦しんでいるコダタに)気がつき、驚いた顔をして近づいてきた。

「大丈夫かコダタ⁉ 誰にやられたんだ」

 と鎧の騎士。

「君が連れてきてくれたのかい? ありがとう」

 と現代服。

 コダタは頑張って喋ろうとするが、何度も咳を繰り返すため私が代わりに説明した。

「コダタさんは魔王ディサエルにやられました。その時、その……色々あって私もその場にいて……あ、私も魔法使いです。回復魔法を掛けたんですが、魔王の力が強すぎて全然効かなくって……。今もまだ首の周りに魔王の呪いが掛かっています。呪いを解くのが得意な方がここにいるとコダタさんが仰るので、お一人では大変だろうと思って、私も一緒に来ました」

「何⁉ 魔王にだと⁉ それは大変だ。早くその呪いを解かなければ!」

 大仰な鎧を着ているだけあって、この騎士は驚き方も大仰だ。

「ロクドトは奥の部屋にいる。そこまでコダタを運ぼう。僕はこちら側から支えるから、君は彼女と変わってくれ」

 私は騎士と交代し、重荷から解放された。魔法で支えていたとはいえ、自分より一回りも大きい人を運ぶのは疲れるのだ。

「もしよかったら、君も一緒に来てくれないか。ロクドトにコダタがどんな目に合ったのか説明してほしい。でも思い出すのが怖かったら無理をしなくてもいいよ」

「大丈夫です。私も行きます」

「ありがとう。さあコダタ、もう少し頑張ってくれ。君をロクドトの所まで連れていくよ」

 コダタを両側から支えて歩き始めた騎士と現代服に続いて、私も教会の奥へと歩いていった。

 奥の部屋、とやらまでの距離は大したものではない。だが苦しむコダタを支えながら歩いているため、普通に歩くよりは少し時間が掛る。また騎士の声の大きさもあり、コダタが魔王にやられた事、それを私が助けて共にここまで来た事はこの部屋にいる誰もが知る所となった。そのためその部屋に着くまでの時間は、人々が口々に魔王を罵ったり、私に対しても何か言っている事を聞き取るには十分すぎるほどあった。

「憎き魔王め」「何度痛い目を見てもまだ懲りぬとはな」「一刻も早く倒さねば」「ああ、そうだ。封印では駄目だ。息の根を止めなければ」「魔王の攻撃から助かるとは運がいい」「あの子が彼を助けたのか」「勇気のある子だ」「あんなにもか弱い女の子なのにな」「ああ、まだほんの子供だろう」「魔王と対峙した後だというのに、あんなに気丈に振舞っているなんてな」「きっと内心は怖くて仕方がないはずだ」

 聞き取るには十分な時間がありすぎて……ムカついた。


 祭壇の横の扉を抜けた先の部屋は、医務室として利用されているようだった。机には様々な医療器具が綺麗に並べられ、魔法薬も何本か置いてある。ベッドは二台あり、清潔な白いシーツが敷かれている。開け放たれた窓からは心地良い風が流れ込んでくる。

「おい! ロクドト! いるか!」

 医務室なのに肝心の医者がおらず(ロクドトという人物が医者なのか知らないが)、騎士が大声でその名前を叫んだ。

「おいギンズ。本当にここにあいつがいるのか? よくフラフラとどこかへ行ってしまうから別の場所に」

「ワタシならここにいるぞ」

「うわあ!」

 騎士の目の前に突然ボロに身を包んだ人が現れた。灰色の髪は伸び放題のボサボサ頭で、前髪に隠れて目がよく見えない。無精ひげも生えている。正直なところ、街中で見かけたら目を合わせずに避けて通りたいレベルの人だ。

「キミは腕っぷしばかりで魔法はまだまだだな。見えない敵に襲われたらどうする。相手が魔王であれば即死するぞ。それでは流石のワタシも治しようがない。もっと魔力を感知できるよう努力するんだな。それでもディカニスの一員か」

「なっ……! き、貴様こそその様にコソコソと動き回るだけで、戦場ではこれっぽっちも役に立たないではないか!」

「ワタシが役立たずだと? ワタシがいなければキミ達が負った傷を誰が癒すんだ? 呪いは? 高度な治癒魔法を習得した者が他にいるとでも言うのか? 先日キミの大怪我を一瞬で治してやったのが誰だったかもう忘れたのか?」

「ぐぅ……」

 突然始まった言い争いは、どうやら騎士の完敗に終わったようだ。

「ロクドト、すまないがアリスと言い争っている場合じゃないんだ。コダタが魔王に呪いを掛けられたみたいだから、ちょっと見てくれないか」

 先程騎士にギンズと呼ばれていた現代服がそう言った。この騎士、そんな可愛い名前なのか! いや、でももしかしたらこの人たちにとっては格好いい名前なのかもしれない。異世界の言葉は分からない事ばかりだからな。

「ああ、こいつの馬鹿でかい声くらいワタシにも聞こえていた。キミが連れてきたんだって?」

 前髪の奥から鋭い目が私を覗き込んだ。目が合ってしまった……。背中をゾクリとさせながら私は頷いた。

「そうか。よく無事だったな。色々キミに聞きたい事はあるが、患者の容体を診るのが先だ。そいつをベッドに放り込め」

 病人をそんな乱暴に扱うのはよくないのでは? と不安に思ったが、アリスとギンズの二人はコダタをベッドに放り込む事はせず、丁寧に横たわらせた。

「ご苦労諸君。邪魔者は部屋から出て行ってくれ。……ああ、キミは残るんだ」

 二人と一緒に部屋を出て行こうとした私をロクドトが呼び止めた。

「え、でも……私も邪魔、ですよね……?」

 できればこの見た目も怪しければ人を苛立たせる物言いしかできないような人間と一緒にいたくはないのだが……彼の眼光はそれを許さなかった。

「色々聞きたい事があると言っただろう。聞こえなかったのか? 早く戻って空いている場所に座るんだ」

 患者を診るのが先とも言っていたような気がするが……反論しても先程のアリスの様にねじ伏せられる未来しか想像できない。渋々引き返して空いている椅子に座った。

「素人目には彼がただ苦しんでいる様にしか見えないだろうが、キミは何故魔王の呪いだと思ったんだ?」

 ロクドトはコダタをじっくりと観察しながら、こちらには目もくれずに言った。

「コダタさんの首の周りに、魔王の魔力が取りついているのが薄っすらと見えたからです」

「つまりキミは魔力が見えるのか。あの馬鹿とは大違いだな」

 あの馬鹿、というのはアリスの事だろう。

「ここまで見つけにくい痕跡を見つけるとは、耳は悪くとも目は良いようだ」

 別に私の耳は悪くない。

「ふむ……流石魔王だ。簡単に解けるような魔法じゃない。このワタシでも時間が掛りそうだ。コダタ、聞こえているか」

 ロクドトが呼びかけると、コダタは弱々しく頷いた。

「聞こえて……ます」

「ほう。喋れる程元気なら結構。いいか、よく聞け。キミに掛けられた呪いは簡単には解けない。時間が掛るんだ。その間ずっとキミの苦しむ声を聞くのは邪魔でしかないから、今からキミに薬を飲ませる。睡眠薬だ。さあ飲め。持てるか?」

 自分目線でしか物事を言えない医者は、机上にある紫色の魔法薬を一本コダタに手渡した。コダタは震える手でそれを受け取り、栓を抜いて一気に飲み干した。するとたちまちコダタは目を閉じ、呼吸はまだ荒っぽいが寝息を立て始めた。効き目が早すぎて怖いくらいだ。力を失ったコダタの手から瓶が零れ落ち、それをロクドトは魔法で掬い上げ机の上に戻した。

「さあ、こいつの呪いを解く方法を探すためにも、キミの話を聞かせてくれ。キミと魔王はどういう関係だ?」

 ロクドトはどっかりと椅子に腰かけながら聞いてきた。

「それは……呪いを解く事と何か関係があるんですか?」

 何故そんな質問をされなければならないのか。この男と一緒にいるのが不快なのもあり、私は不信感を露わに聞き返した。

「キミもこいつも魔王と同じ空間にいたのに、こいつだけ呪いを掛けられ、キミは五体満足なんだ。誰だって気になるだろう。キミは見たところこの世界の人間のようだ。信仰心が無ければ魔法を使う事ができない神……魔王は、当然この世界で自分を信仰してくれる人を見つけなければならない。そこでかの魔王は魔法使いであるキミを見つけた。キミを説得させたのか、操ったのか……まぁ魔力が無い状態であれば操るのは難しいから説得したのだろうが、魔王はキミという信者を得た。つまりキミは奴の力の源だから、魔王はキミを攻撃しなかった。ワタシはこう推理したが、どこか間違っているか? いや、間違っていれば途中で反論しただろうな。ふん。キミが素直に言わないからワタシが言ってしまったぞ」

 間違ってはいないが、間違っていたとしても一人でどんどん喋っていくから口を挟む余地が無かった。もし存在するなら、誰かこの男の取扱説明書を持ってきてほしい。途中で口出しできるのかどうか知りたい。

「キミも、ベッドで伸びているこいつも、扉の向こうの奴らも、愚か者ばかりだから気づいていないようだが、キミはとても危険な立場にあるぞ」

「……どういう意味ですか?」

 一体今度は何を言い出す気だ。

「ワタシが天才で且つすぐ暴力に訴えるような野蛮人ではない事を感謝するんだな。いいか。キミが魔王に信仰心を捧げる限り、この世界で魔王は魔力を得て、魔法を使う事ができるんだ」

「それくらい知ってます」

「だとしても理解していない。キミの存在を消せば、魔王を無力化させる事が可能だと」

「それって……」

 力をつけた魔王に相対する事なく、魔王を簡単に無力化させる方法。その方法に思い至った私は一気に青ざめ、吐き気すら覚えた。

「ワタシは治癒魔法の技術力の高さを認められてここにいる。戦う事しか頭に無いような野蛮人共とは違う。命を奪ったり、奪われたりというのは好きではない。だが奴らは平気でそういう事をする。あの馬鹿の馬鹿でかい声を聞いて、先程述べたキミと魔王の関係性に気づいたワタシは、キミもここに来るのは好都合だと思ったよ。こうして匿う事ができた」

 私を命の危機から守っていてくれていたとは露知らず、先程までのロクドトに対する態度を恥じた。部屋を出ようとした時に見せた有無を言わさぬあの眼光には、私を守ろうとする意志が宿っていたのだ。

「でも……いいんですか? こういうのって、自分の神を裏切る行為になるんじゃないですか?」

「ふん。ワタシにとっては、カルバスは大勢いる神の一柱にすぎない。ワタシが信じているのはワタシの腕と頭脳だけだ」

 どこまでも自分本位ではあるが、今は寧ろその一貫した姿勢に好感が持てた。数分前とは百八十度違う印象を抱いたこの人物に、私は感謝の言葉を述べた。

「ああ、そうやって褒め称えるがいい。それが愚か者の仕事だからな」

 やっぱり前言撤回していいか?

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