第7話

 翌日、昼食を終えた頃に美香から連絡が来た。件の臨時講師は明日にでも私達と会ってくれるそうだ。学校側にもディサエルが学校見学をしてもいいか確認し、許可を得てくれた。私からも学校へ連絡を入れ、明日二人で学校へ赴く事が決まった。

「服装は自由って言われたんだけど……ディサエルってその真っ黒なスーツしか持ってないの?」

 ディサエルと出会ってから、赤いネクタイ以外は真っ黒なスーツ姿か、寝間着用にと私が貸し与えたジャージ姿しか見ていない。魔法で衣服を召喚する事だってできるだろうが、そこまでの魔力が無いのか、それともこの格好に何か意味があるのか、さっぱり見当もつかない。

「スーツ以外の服を召喚する事もできるが、この世界……いや、これだと規模がデカすぎるな……この国のファッションが分からないから、このくらいの時代なら大抵の国で通用するスーツを着ているんだ。それに、似合ってるだろ?」

 まんざらでもなさそうな顔をしてディサエルはポーズをとってみせた。その姿が雑誌の表紙を飾っていても不思議ではない程のかっこよさに見えて、ちょっとムカついた。絶対口には出してやらないぞ。

「そりゃスーツは大抵の国で通用するだろうけど、スーツ着てビシッと決めてる十五歳はそう沢山いないと思うよ」

 代わりに別の意見を言ってやったが、驚いた事に妙に納得した顔をされた。

「それもそうだな。姿を大人に変えられればスーツでも問題ないが、学校にはこの姿で行かないといけないからな……」

 暫く思案顔をしたディサエル。ふと何かを思いついたのか、真っ直ぐこちらを向いた。

「服貸してくれ」

「そうきたか」


 仕方がないのでディサエルを自室に招いた。屋敷の二階は工房以外に五つ部屋があり、その一室を自室として使用している。別の一室はディサエルが寝室として利用中であり、一室は魔法薬を調合する為の部屋、残りの二室は空き部屋だ。ディサエルが来た日、お互いの部屋は不干渉でいようと取り決めた為、招き入れるのは初めての事だ。部屋の中を見られるのは少し恥ずかしい。

 八畳程の広さの室内には、机と椅子、ベッド、本棚、ワードローブといった一般的な家具から、杖、魔法薬の入った小瓶、水晶玉、箒等の魔法使い的なもの、そしてアニメや映画のグッズ類といったものまで、実に様々なものが綺麗に……とまではいかないが、ある程度は整理されて置かれている。

(もっときちんと整頓しておくんだった……。いやそれよりもグッズ類は別の部屋に置いておいた方がよかったか……)

 後悔は先に来ないから後悔なのだ。

 どうか室内をじろじろ見られませんように。と願いながらワードローブの前まで来た。私とディサエルの身長は大差ない。私の方が僅かに高い。体型も標準か少し細いくらいに見えるから、私の服は問題無くディサエルも着られる。問題があるとすれば、ディサエルの好みに合うかどうか、似合うか否かだ。

「スーツ着てるくらいだし、きっちりした服の方がいい? ワイシャツなら何着かあるから、好きなの選んでいいよ」

 無地なら白、黒、紺。ストライプ柄が三種類。ワードローブから出してディサエルに見せる。

「何で人形に盗難防止魔法が掛かってるんだ?」

「ああ、そのフィギュア高かったから……って、今そっち見なくていい。服を見ろ。服を!」

 やっぱりじろじろ見られていた。

「はいはい。そうだな、十五歳である事を踏まえて考えると、白シャツの方が初々しさを醸し出す事ができるな」

 今度は一体相手にどんな印象を与えようとしているんだ。

「あっそう。じゃあこの無地の白シャツね。その上に何か羽織る? カーディガンかパーカーなら何種類かあるけど」

 これまたカーディガンとパーカーをあるだけ取り出す。

「何でカーディガンの丈が全部長いんだ?」

「いいでしょ別に。ロング丈好きなんだよ」

 私の趣味にいちいちツッコミを入れないでほしい。

「パーカーは全部フルジップなんだな」

「だから! いちいち! ツッコむな!」

「お前の趣味なのか世間の流行りなのか知らないんだから、仕方ないだろ」

「うぐっ……」

 そう言われると何も言い返せない。

「ま、ロングカーディガンかパーカーかで言ったら、パーカーの方が十五歳って感じだな。ロングカーディガンじゃ落ち着きすぎる」

「普段は二十五歳が着てる服なんだから文句言うな」

「ああ、すまん」

 余計な一言を言わないといけない決まりでもあるのかこの神は。あと十五歳に対する謎の拘りは何なんだ。私が十五歳でスーツは変だと言ったからか。

(あれ? 自分のせいでこうなってる……?)

 まさかの自業自得である。

「それじゃあこの赤色のパーカーにするか。パンツは何があるんだ? 動きやすいのだと助かる」

 若干のショックを受けていた思考がディサエルの声で現実に戻る。

「あー、動きやすいのだと、ジーパンかスラックスかな」

 紺色のジーパンと黒色のスラックスを取り出す。これ以上あれこれ言われるのは嫌だから、他にもパンツはあるが出すのはこの二着だけにした。

「ジーパンの方がラフでいいが、パーカーもラフだからな。スラックスにするか」

 今度は素直に決めてくれた。よしよし。作戦成功だ。

「ちょっと着替えてくる」

 ディサエルは今選んだ三着を持って自分の部屋へと去っていった。その間に私は出した衣類を片付けながら、明日自分は何を着ようかと考えた。ディサエルは落ち着きすぎとか言ってたけど、ロングカーディガンを着ていこうかな。

 暫くすると着替えを終えたディサエルがやってきた。

「どうだ?」

 真っ赤なパーカーに白シャツと、普段見慣れない格好ではあるが……うん。似合っている。これなら十五歳……かどうかはさておき、少なくとも高校生っぽさはあるだろう。

「服はこれでオッケー。あとはローファーかスニーカーでも履けば完璧」

「その二択ならスニーカーだな。そのくらいなら出せる」

 そう言ったディサエルの手の上には、いつの間にか真っ黒なスニーカーが乗っていた。魔法で召喚したのだ。スニーカーが微かに魔力を纏っているのが見える。

「靴紐の色は変えるか」

 真っ黒だった靴紐が真っ赤になる。

「赤色に何か拘りでもあるの?」

「ああ。オレも妹も、目の色は赤だからな」

 赤色の靴紐を見るディサエルの目は、どこか優しさを感じさせた。口元にも少し笑みを浮かべている。ニヤニヤとしたムカつく笑みではなく、柔らかさのある笑みを。余程妹の事が大切なのだろう。妹と目の色が同じ、というのはディサエルにとって何か特別な意味を孕んでいるのかもしれない。

「あ、そうだ。鞄も何か貸してくれないか」

「鞄?」

 鞄も幾つか持ってはいるが、高校生が使っていそうな鞄もあっただろうか。ワードローブの中を探る。大人っぽいのを除けば、残るはショルダーバッグかトートバッグ数種類。

(いや、確かにトートバッグは何個もあるけど、これは映画のグッズだからな……)

「ショルダーバッグでいい?」

 消去法で残ったのは、黒色のショルダーバッグただ一つだけだった。

「いいぞ。うん。これなら沢山入るな」

 ディサエルは受け取ったバッグの大きさや、ポケットの数を確認しながらそう言った。

「何を入れる気?」

「ここの工房で作ったものを、色々」

 好きに使っていいとは言ったが、本当にそうしていたとは。工房には聡先生が使っていた道具がそのまま置きっぱなしになっている。材料も幾つかあったはずだ。庭にも材料として使えるものは色々ある。だから簡単なものを作るのであれば、道具にも、材料にも困らない。問題は、何を作って、何を持っていくつもりなのかだ。

「心配するな。爆発物は作ってない。人間に危害を加えるのは禁止されてるからな。それに首を捻れば死ぬような奴らを攻撃したって、つまらないだけだ」

 予想の遥か斜め上を行く回答が来た。

「……今の発言に対して質問したい事は山ほどあるけど、危険なものは作ってないし、持ってもいかないって事でいいよね?」

「そう言っただろ」

 分かるか!

「それじゃあ、どんなものを持ってくの?」

「それは明日のお楽しみだ。まだ作りかけのものもあるからな。んじゃ、これ借りてくぜ」

 貸した鞄を手に取り、ディサエルは私の部屋を出て行った。足音の方向と重たい扉を開閉する音からして、そのまま工房へ入っていったのだろう。工房の扉と壁は特別重厚に作られているのだ。爆発が起きても被害が最小限に抑えられるように。だから爆発物は作ってないと言ったのかどうかは定かではないが……。

 ディサエルが工房で何を作っているのか気になるところではあるが、私もそろそろ事務所に戻った方がいいだろう。これもまた、依頼人が来るのかどうか定かではないが、喉が渇いた時には、多数の紅茶やジュースを取り揃えた事務所は便利なのだ。

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