第26話
夕闇に覆われた沼の上に、長い木の板が渡されている。その上を、パジャマ姿で一人私は歩いている。足元は暗くて、よく見えない。沼の奥には、光に包まれたドイツの古城のような建造物が見える。
時々、木の板を向こうから歩いてくる人とすれ違う。その都度私は冷たい目で
果てしなく続くかと思われた板を渡り切ると、そこには、
店員は皆、中世ヨーロッパの貴族風の衣装に身を包んでいる。どうせ貸衣装だろうと、パジャマ姿の私は負け惜しみによって自己防衛を
止まれは
販売機に、くたびれた千円札を投入すると、玉がわずかに三個だけ転がり出た。いくらなんでも千円で玉が三つだけという法はなかろうと思い、副社長に機械の故障ではないかと訴えたところ、文句があるのなら出て行けと低い声で言われた。
仕方なく、三個の玉を持って、人の座っていない台の中から、特に
母の死には、やましい思いが付きまとう。「母さん、ごめんね。死ぬときにそばにいてあげられなくて」そう言いながら、私は子供のようにわんわんと泣いた。母は何も言わない。そして、
脇を見ると、母はもう、一本の巨大な
途方もなく長い時間をかけて店の外に出ると、来たときに沼だった場所は、すでに
砂漠を照らす外灯が不必要に明るくて、その光を求めてカブトムシやら、クワガタやらが群れている。虫好きの少年だった私には夢のような光景だが、それらに交じってスズメバチやタランチュラなどの危険な生物もいたので、近寄ることをためらっていると、玄関のチャイムが鳴った。
昨夜はパジャマに着替える気力も残っていなかったようだ。タバコと酒のにおいのしみついた衣装を着たままの体を持ち上げ、天井の蛍光灯がビカビカと照らす室内を、よろけながら三足ほど歩いてインターホンに出た。
「はい、どちらさまですか」
どちらさまですか、とは恐ろしく無意味な問いかけであることは分かっていた。
「シエラです」
もう四度目か。いや、五度目になるか。
「勘弁して。もうきみには逢わないって何度言ったら分かるの」
そう言い捨てて、受話器をフックに戻した。
しかし、これもまた無意味な行為であると分かっている。
―― そこのヒト。あなたはもう完全に包囲されています。無駄な抵抗はやめて出て来なさい。あなたのお母さんは、泣いてますよ。
これだ。この通りだ。テレパシーで心に直接話しかけるというこの飛び道具は、耳をふさいでも布団をかぶっても防げない。
―― ちょっと、シエちゃん。人の夢をのぞき見するの、お願いだからやめてくれないかな。
―― お母さんを勝手に殺しちゃって、いけないんだぁ。それにお母さん、まだそんなお
―― うるさいな。夢は、そんなに現実に忠実じゃなくてもいいんだよ。
LINEを削除しようが、インターホンを破壊しようが、シエラにこの手が残っている限り、私は永遠にこの死神から逃れられない。
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