特別編! クリスマスのない世界!?

クリスマス。それは1年に1度の特別な日。イヴも含めると2日かもしれないが、どっちにしろ恋人たちにとっては特別な日。まあ、間違ってはいない。が、恋するカップルにとってクリスマスは意外と『ふたりで過ごす、沢山あるうちの記念日のひとつに過ぎない』ことも珍しくない。


とはいえ、それはある程度の仲が深まった後での話。付き合いたてのカップルにとってはやはり、ふたりで迎える初めてのクリスマスはマジで特別なのだ。


「えーこの世界にはクリスマスないの!? なんでなんで!?」


「なんで、と言われてもなあ。国の違い、世界の違い、文化の違い、としか」


12月23日の夜。花は盛大に頬を膨らませていた。愛するグッチーとラブラブなクリスマスを過ごす予定だったのに、なんとこの異世界プロテラにはクリスマスという概念がなかったのである。


なお日本で言うところの大晦日とお正月が特別な日だという概念はある模様。


「君のいた世界では、12月24日と25日は何か特別な日だったのか?


「そうだよ! 恋人とか家族とか、愛する人と過ごす特別な日なんだから!」


パーティーを開いたり外食したり、キラキラのイルミネーションやツリーを眺め、ご馳走を食べ、プレゼントを贈り合って、愛を語らい、場合によってはクリスマスベビーを授かるかもしれない日。それなのに、それなのにどうしてこの世界にはクリスマスがないのよー! と膝からガックリと崩れ落ちる花。


「そう落ち込むな。確かにこの世界にクリスマスなるものはないが、だからといって今年から始めない理由にはならない」


「と、言うと?」


「君のために、今年はそのクリスマスとやらを祝おうじゃないか」


「グッチー愛してるーっ! 好き好き大好きっ!」


「うお!? ま、待て! 落ち着くんだ花!」


いきなり飛び付かれ、慌てて抱きとめるもチュッチュチュッチュと唇や頬や額にキスの雨を降らされてしまえば真っ赤になって硬直するよりない純情将軍グレゴリオ。使用人たちの目が気になって気になってしょうがないが、さりとて突き放すわけにもいかず。


結果真っ赤になって彼女のキス攻撃を受けるに甘んじるよりない。剣や斧で斬られようが槍や矢で体を貫かれようが魔法の炎や雷で焼かれたり氷漬けにされようが怯むことなく敵を討ち取らんと歩みを止めることなく進軍する最強の将軍の威厳も形無しである。


「今年はとびきり素敵なクリスマスにしようね! 約束だよ!」


「ああ、約束だ」


そんなわけで、24日の朝から花は老執事ガーフィールド以下チャンドラー家の使用人たちにクリスマスの何たるかを1から説明することになった。


「まず欠かせないのはクリスマスツリーなんだけど、さすがにモミの木の鉢植えなんて都合よくないだろうし、そもそもツリーがあっても飾りとか電飾はないだろうから、ツリーに関しては妥協するしかないわよね!」


「観葉植物の鉢植えなどでよければ幾つかございますが」


「ううんいいの! 次に必要なのは特別なご馳走よ! 特にケーキと鶏肉ね! イチゴと生クリームの乗ったショートケーキと、フライドチキンとか唐揚げとか焼き鳥とか手羽先とか、なんでもいいからとにかく鶏肉を食べるのが日本人の心ってワケ!」


「では、我が家の料理長に作らせましょう。その他必要なお料理などはございますか?」


「えーと、ビーフシチューとかクリームシチューのパイ包み焼きとか、スープとか? とにかく、ご馳走ならなんでもいいわ!」


「フフ、それでは料理人たちには、いつも以上に腕によりをかけてもらうと致しましょう」


なお庶民派ギャルの花にとって、七面鳥の丸焼きやローストターキーなどはあまり馴染みがなかったようだ。親や彼ピが用意してくれたご馳走をただ食べるだけの女の子だったというのが透けてしまった瞬間である。


「そして忘れちゃいけないプレゼント交換! これは愛する恋人同士や家族、友達なんかが互いに心を込めた贈り物をするの! 綺麗にラッピングされた箱にリボンをかけて!」


「……旦那様にはその旨大至急電報でお伝え致します」


ルンルン気分でウキウキと歩いていた花だったが、いきなりピタリと足を止めた。


「そうだよプレゼントだよ! うち今一文無しじゃん! どうしようグッチーに何か買ってあげられるお金がなーい!」


「ご安心くださ


「いや諦めるなうち! お金がないなら真心を贈ればいいのよ! そう、『プレゼントはわ・た・し』って奴! 考えてみれば聖なる6時間でグッチーをモノにする絶好のチャンスじゃん!」


グレゴリオからある程度というかかなりの額花の小遣いとして自由に使わせていい金をガーフィールドは預かっている。その中から出せばいい、と説明しようとしたのだが、どうやら当人(このバカ)はまた余計なことを……ゲフンゲフン!


何か斬新なアイデアを閃いてしまったようだ。


「ガーちゃん! グッチーへの電報はなしにして! プレゼントなしならグッチーをもらえばいいのよそうよ簡単よ! 一生忘れられないクリスマスになるじゃんうちってあったまいー!」


『花……こんな俺でよければどうか……俺の全てを余すところなくありのまま全部君に受け取ってほしい!』


『え!? やだどうしよう! そんなこといきなり言われても照れちゃうっていうか気恥ずかしくなっちゃうっていうか! 今ここでいきなり嬉々として飛び付くとはしたない女と思われそうだけど、でもやっぱり嬉しい! ありがとう愛してるグッチー!』


『ああ、俺も愛しているぞ花! さあ、今夜は寝かさないからな!』


グヘヘヘヘ、とだらしない笑みを浮かべる花に、ふむ、とできる老執事ガーフィールドは顎を擦る。確かに自分は何も贈り物を用意していないのに、相手から一方的にもらうだけ、というのはあのグレゴリオの性格からしてかなり気が引けるだろう。


さすがにそんな騙し討ちのような形で主君が罠に嵌められるのを黙って見過ごすわけにもいかないが、あの堅物純朴主人にいい加減道程を卒業する機会を与えてあげたいという老婆心&親心がないわけでもない。


彼の私室や執務室など、より大事なお部屋のお片付けを一任されている身としては旦那様の事情はある程度把握してしまえるわけで。花がこの屋敷に来てからは特に……っと、さすがにこれ以上は言えない言えない。


「よーしそれじゃあ、クリスマス大作戦、決行だ!」


「おー! でございます」


かくして花のクリスマス大作戦は幕を開けた。が、速攻で頓挫する羽目になった。何故なら24日の正午に、王都で爆破テロが起きたからである。


現王の治世に不満を持つ若者たちが結成した『革命軍』が国内の複数個所で同時多発テロを起こし、騎士団はその対応に追われることとなったのだ。


国内でそんな大事件が起きているのにのんきに定時帰宅などできる筈もなく、指揮官として最前線で革命軍の若者たちを断罪しまくったグレゴリオの雄姿は数多の返り血にまみれさながらサンタクロースのように真っ赤であっただろう。


かくして騎士団と末槍隊が総力を挙げ協力&尽力し、一連の爆破テロ事件を収束させる頃には既に25日の明け方になってしまったのだ。全部描写したらそれだけで第2部が連載できてしまうのではないかと思う程の大騒動だった。


かくして聖なる6時間終了のお報せを告げる鶏の鳴き声が、早朝のプロティーン王国に木霊したのである。


 ☆


「はあ……」


革命軍による爆破テロ事件解決のため獅子奮迅の大活躍を見せたグレゴリオだったが、気が重い、と憂鬱な気分で馬車に揺られていた。時刻は26日の深夜2時半頃。折しもホワイトクリスマスよろしく、25日の夕方から降り始めた雪が深々と降り積もっている。


事件を解決するのにおよそ1日半。まだ革命軍の残党による余波や或いは第2波があるかもしれないので厳戒体制を解くわけにはいかないと、結局25日も丸一日騎士団長の任務に従事する傍ら将軍として国防会議に出席するなどして、彼は疲弊していた。


その気になれば72時間一睡もすることなく戦場で戦い続けられる鋼鉄のゴリラであっても、疲れないわけがないのだ。ただ底なしの体力故に疲れた体を無理矢理にでも稼働させることができてしまうのと、我慢・辛抱するのが人よりずっと上手いだけで。


『今年はとびきり素敵なクリスマスにしようね! 約束だよ!』


『ああ、約束だ』


約束を守れないまま、結局26日になってしまった。この国の危機にクリスマスだなんだと寝惚けたことを抜かしている暇はなかったし、そもそも頭にすらなかった。


騎士団の部下たちが仮眠さえ取ることなく最前線から最前線へと不眠不休で働き続ける彼に気を利かせて一度屋敷に戻るよう進言されなければ、26日も不眠不休で厳戒体制を続ける騎士団の指揮にあたっていたことだろう。


『しかし、皆が警備に勤しんでいる中で俺だけが帰るわけにも』


『逆ですよグレゴリオ。あなたが休まないのに部下たちが休めるわけがないでしょう? 全員があなたのような鉄人ではないのです。あなたへの憧憬と忠義だけで無理に無理を重ねれば、程なくして破綻しますよ間違いなく』


有事の際には何があろうと叩き起こして呼び付けますから、いい加減少し休んでください、と宰相エドワードに促され、渋るグレゴリオは騎士団の部下たちに見送られ城を後にしたのである。


「……はあ」


さすが花が約束を破られたことに文句を言うような愚かな女ではないことは解っていたが、だからこそ罪悪感が胸を締め付けた。グレゴリオ自身無自覚であったが、終わってみれば自分もそのクリスマスとやらを楽しみにしていたことに気付いたのだ。


考えればグレゴリオ・チャンドラーという男は恋人とイチャイチャした経験が50年弱の人生で一度もなかった。手を繋いだのもキスをしたのも花が初めてだったし、その花とはまだベッドインどころかデートすら満足にしていないのである。


だから、『恋人同士の特別な夜!』と大はしゃぎする彼女を微笑ましく見守っていた自分の中にも、その恋人同士の特別な夜に対する憧れが芽生えてしまったのだろう。結果、その芽はあっさり摘まれてしまったのだが。


「グッチーーー!」


「うん?」


グレゴリオを載せた馬車がチャンドラー邸に近付く。すると、まだ門をくぐってもいないのに花の大声が耳に届いた。


まさかと思ってカーテンを開け、馬車の窓から覗き込んでみると、厚着して傘をさした花が、ガーフィールドと共に門の向こうに立っているではないか。


「花! おい馬車を停めてくれ!」


爆破テロが起きたばかりのこの国で、不用意に門の外で馬車を停めてしまうのは危険である。ガーフィールドもそれを理解しているからこそ、花を門の外には出さなかったのだろう。


それでもギリギリ門の内側に立っているということは、それだけ花が前のめりになってしまったということだ。


「グッチーお帰り! 怪我はない!?」


「ああ、大丈夫だ。君の方こそ、髪も肌もこんなに冷たくなってしまって!」


馬車が門をくぐり、門番によって門が閉ざされる。ほとんど馬車が停まると同時に飛び出したグレゴリオの胸に、雪の積もる傘を投げ捨てた花が駆け寄ってきた。必死なあまり途中雪に足を滑らせ転びそうになるが、間一髪グレゴリオが彼女を抱き止める。


抱き締めた彼女の体はとても冷たかった。長時間風雪にさらされ続けたであろうことが判る髪の毛など氷のようだ。胸が締め付けられるあまり、何故彼女を外に出した! とガーフィールドにやつあたりしてしまいそうだった。


だが、花がおとなしく自分だけ安全で温かい場所で過ごしていられるような人間ではないことは既に知っていた。きっと、彼女は周囲が止めるのも構わずずっとグレゴリオの帰りを待ち続けていたのだろう。


事実その通りで、24・25と2日連続でこうしてグレゴリオの帰りを待っていた。それだけ心配だったのである。サンタさん、プレゼントは要らないからグッチーが無事に帰ってきてくれますように、と真剣に願ってしまうぐらいに。


「すまない、随分と遅くなってしまった」


「ううん全然いいの! 無事に帰ってきてくれたから、もうそれだけでいいのっ!」


グレゴリオと抱き合ったまま、彼の胸に顔を埋めボロボロと泣き始めた花。本気の本気の安堵の慟哭に、グレゴリオの腕が、心が震える。


『グレゴリオ・チャンドラーがいればどんな敵が来ても大丈夫』。『あのお方が負けるわけがない』。『殺しても死なないような人間だ』。そんな風に、彼は崇められている。


敵からも味方からも、ある種絶対的に信仰されているのだ。アレは規格外のバケモノだと。騎士団の部下や屋敷の使用人たち、母親からすらも、『彼ならばきっと大丈夫だろう』と絶大な信頼を寄せられている。


それだけの実績を彼は積み重ねてきた。それは誇りであり誉れであった。だからこそグレゴリオ・チャンドラーの名は世界中に轟いているのだし、それはこの国を護るためには絶対的に必要なものだ。


或いは、だからこそ。こんな風によかった、本当によかった、と胸に縋って泣く花の存在は、グレゴリオという男にとってはとても新鮮で、そして、堪らなく愛おしかったのである。


「さあ、家に入ろう。このままでは風邪を引いてしまう」


「大丈夫! うち、バカだから風邪引かねーし!」


「君はバカなんかじゃない!」


グレゴリオは花を抱き上げ、そのまま屋敷に凱旋した。エントランスホールはとても暖かく、だからこそ花の体が厚着をしていても冷え切ってしまっているのがより一層強く感じられた。


そこでようやく、黙ってふたりのやり取りを見守っていたできる老執事ガーフィールドが口を開く。


「お帰りなさいませ旦那様。それでは、もう8時間近くお外に立ちっぱなしだった花様を急ぎお風呂の方へ」


「ああ!」


「お夜食の支度を済ませますので、その間におふたりはゆっくりと体を温められますよう」


「え!? いや、しかしだな!」


「言っとくけど、うちは疲れて帰ってきたグッチーを差し置いて自分だけ先にお風呂入ったりしないからね絶対!」


「しかし、君の体は冷え切ってしまって」


「だったら一緒に入ればいいじゃん!」


助けを求めるようにガーフィールドを見るが、花に付き合って8時間も外に立っていたとは思えないぐらいかくしゃくとした立ち振る舞いで厨房に向かっていく彼は既に取り付くしまもなく後ろ姿で、周囲の使用人たちも執事長に倣えで姿を消してしまった。


廊下に取り残されたグレゴリオは、腕の中でふんすふんすと鼻息を荒くする花の鼻や頬が寒さのあまり赤くなってしまっていることに気付く。


「ね、いいでしょ? 一緒にお風呂入るだけ。体洗ってあげたりとか、そういうのはしないって約束するからさ!」


「う、うーむ……」


実際さっさと風呂に浸かってしまいたいのは確かだ。気を張っている時はいいが、緊張の糸が切れた途端に疲労感はドっと押し寄せてくる。グレゴリオにとっては、今がその瞬間になってしまった。


「い、致し方あるまい」


「やたっ!」


「本当に一緒に風呂に浸かるだけだからな!? それ以上のことは、結婚式まで我慢すると誓えるな!?」


「勿論! うちは我慢するって約束するよ!」


うちは、と強調され、グレゴリオはうっと言葉に詰まる。やむにやまれぬ事情があるとはいえ結果的に約束を破ってしまったのは確かだし、別に花は本気でそれを責めているわけではないのだろう。


だがそれでも、グレゴリオは約束を守れなかったことを気にしてしまうぐらい大真面目で律義者なのだ。そんなところも好き、と彼女なら言うに違いない。


ちなみにこの場合の花の言う『うちは』というのは、実のところクリスマスを一緒に過ごすという約束とは全く関係なかったりする。


グレゴリオの方が勝手に気にしているだけで、花からすれば『爆破テロなんて大事件があったのにのんきにクリスマスだなんだと寝惚けたこと言ってる場合じゃないでしょうが!』ととっくに割り切り済みだ。


冷たくなってしまった料理もその日のうちに温め直してもらってしっかりと食べた。お陰でこの2日はずっとケーキとチキンだったが食べ物を粗末にしてはいけないと両親から教わっている。なお今グレゴリオのために用意されているお夜食もケーキとチキンである。


話が若干横道に逸れたが、『うちは』というのはどういう意味なのかって? それはもう『うちから手出すのがダメなら、いっぱい誘惑してグッチーの方から出してもらえばいいんだよね☆』である。いつだって攻めあるのみの恋する乙女は強かなのだ。


「それと、君に誤っておきたいことがある」


「何ー?」


「年末年始のテロ警戒で、明日以降も俺は城に詰めなければならなくなってしまってな。今年はもうクリスマスを祝える余裕がなさそうなのだ」


「だったら、また来年お祝いしよ!」


「……そう言ってくれるのか、君は」


「勿論!」


来年も、再来年も、ずっと一緒にいようね、と。お姫様抱っこされたままの状態で、花はグレゴリオの傷跡の残る太い首に腕を絡ませ、キスをする。丸2日風呂に入っていないせいで体臭もワイルドで髭はボサボサだったが、そんなことはちっとも気にならない。


「メリークリスマス、グッチー。無事に帰ってきてくれてありがとう」


「俺の方こそ、ありがとう花。君が待っていてくれるのなら、たとえ何があろうとも俺は、死に物狂いで君の元へ帰ると誓おう」


結局のところ。今のふたりにとっては互いの存在こそが、今年一番の、いや、これまでの人生で一番の、最高のクリスマスプレゼントだったのだ。


そんなわけで、異世界でもメリークリスマス。ふたりの未来に幸多からんことを。

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ゴリラに花吹雪を!!~召喚ギャル聖女は純情ゴリラ将軍を溺愛する~ 神通力 @zin2riki

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