番外編! グレゴリオ無双!
時は20年ほど前。まだ聖女・吹雪花が召喚されるずっと以前どころか、生まれてすらいない頃。
遥かなる戦場。見渡す限りの荒野を行軍する兵団。その数、およそ6万人。プロティーン王国の首都を目指し、進軍するフル装備大軍である。
彼らは舐めていた。プロティーン王国は四方を列強国に囲まれた小国である。国軍であるプロティーン騎士団もおよそ3千人規模。蹂躙するのは容易かろうと。
かの国の主要な輸出物であるプロティニウムはあの国にしかない貴重な鉱石だ。少量でも莫大なエネルギーを秘めており、また触れた人間の身体能力を徐々に強化していく優れた天然資源。
それを、根こそぎ頂く。さすれば他の列強国から我が国が先んじで一歩抜きん出た存在になれる。そんな夢物語を思い描いて。
「将軍! 南の方角より何か来ます!」
「何かとはなんだ!」
「わ、分かりません! 飛空艇を遥かに凌駕するスピードで、空の彼方より何かが!」
「お、落ちてくるぞおおおおお!」
「総員退避いいいい!」
だが、彼らは思い知ることとなる。かの国が小国でありながら、四方を囲む列強国相手に未だに独立国として成り立っている理由を。4の国にたった独りで拮抗する、不動の守護神の力を。
ドゴォン! と。行軍する兵団の先頭に、よく晴れた青空から真っ赤な隕石が降ってきた。否、否否否! 大地を抉り、直撃しながら周囲に凄まじい衝撃波を飛ばし、大勢の兵士たちの命を容易く刈り取ったそれは……。
「告げる」
ゆっくりと、動き出した。彼らには想像もつかなかっただろう。プロティーン王国の精鋭魔術師たちが、球体状に張り巡らせた防護魔術。
魔術によるシールドに包まれた人間を、よもや大砲で射出して飛ばすなど。地表に衝突し、大破した拍子に周囲にぶちまけられた衝撃波など、攻撃ですらないただの移動手段の余波。
「諸君らはプロティーン王国の領地を不当に侵している。国家間条約に基づき、即刻立ち去れ」
それは筋肉だった。それは勇士だった。クロガネの鎧兜を身に纏い、電柱ほどもある巨大な槍をズン! と地面に突き立て、侵略者たちを睥睨する強面・髭面の巨漢。
「なんだアイツは!?」
「ええい構うものか! 相手はたった独りだ! 殺せえええ!」
「愚かな」
隊列を組んで殺到する敵兵たち。この頃はまだ団長の座には就いていなかった将兵グレゴリオが、先の戦果による褒賞として特別に鍛造してもらった剛槍を軽々と担ぎ上げ、突貫する。
「うおおおおおおお!」
雄叫びと共に、大勢の兵たちが宙を舞った。それは衝突ですらない、刈り取りだ。頭にバリカンを当てるように、荒野を埋め尽くす敵国の軍勢が一直線に刈り取られて空白地帯が伸びていく。
「何をしている! 囲んで殺せ! 挟み撃ちにしろ!」
「無理です! は、速すぎて!」
「こちらに来ます!」
「ええい! アレは本当に人間なのか!?」
「うおおおおおお!」
その疑問も尤もであろう。攻撃魔術、口から咆哮として放たれた衝撃波が、四方八方から群がる兵士たちを吹き飛ばし、その脳をガクガクに揺らして脳震盪を起こさせ気絶させる。
意識を失い無力化された人間が、空から降ってくるのだ。混乱と恐怖のままに、グシャグシャと空から降り注ぐ人体の雨に押し潰され、更に被害は拡がっていく。
「怯むな! 臆するな! それでも栄えあ」
る、とその先の言葉を紡ぐことはできなかった。グレゴリオが槍投げの要領で投擲した剛槍が、司令官の命を奪ったからだ。
凄まじい速度で直撃した電柱ほどもある大きさの槍を、幾ら鎧兜で防御しているとはいえ一介の人間が受け止めることなど到底不可能である。
「しょ、将軍んんんん!?」
「おのれ! よくも将軍を!」
想定外の事態が起きた時、人はおのずと上に指示を求むる。動揺する兵たちの様子から、相手の最高司令官の居場所を突き止めたグレゴリオの、一撃必殺の遠距離攻撃。
「イカヅチよ! 我が怒りの鉄槌を今ここに! 我らが大地を侵さんとする、侵略者どもに降り注げ!」
それはまさしく晴天の霹靂。見渡す限りの荒野に、直立不動の業槍が1本。雨雲もないのに青空を引き裂き轟音と共に爆発した雷が、大地に突き刺さった槍目がけて降り注ぐ。
目も眩むような稲光。鼓膜が破ける程の雷鳴。一瞬で消し炭になっていく兵士たちの悲鳴さえも掻き消して、不可避の死が降り注いだ。
「頭は潰した。まだやるか?」
「うわああああ⁉」
半壊。6万人もの軍勢が、たった独りの男によって、半分以上削り取られた。それは事実上の壊滅だった。バチバチバチ、とまだ凄まじい高圧電流が乱舞する爆心地の向こうから、ゆっくりと歩いてくる破壊の化身。
悲鳴を上げ、散り散りに逃げていく敵軍。本来ならば敵前逃亡を咎めるべき上官たちが、真っ先に逃げ出していく。失禁してしまっても無理もない。恐怖のあまり、腰が抜け、気絶してしまった者たちも大勢いた。
「……」
静かになった戦場で、墓標のように大地に突き立てられた剛槍を見上げ、グレゴリオは安堵のため息を吐く。戦争は虚しい。だが、誰かがやらねばならぬことだ。
王都には愛する母がいる。自分と友と呼んでくれた王がいる。攻め込ませるわけにはいかない。
「グレゴリオ隊長おおお! ご無事ですかあああああ!」
「おお! お前たち! 早かったな!」
遠くから部下のアントニウスたちが駆け寄ってくる。その表情は心配と安堵と喜びが三分割といったところだ。
幾らこの戦法が一番効率がいいからといって、隊長が独りで敵陣のド真ん中に大砲の弾に乗り込んで突貫してはそりゃあ心配もするだろう。
傍目には飢えた肉食獣が牙を剥いているようにしか見えない、本人的には爽やかなつもりの笑顔を浮かべ、大きく手を振るグレゴリオ。後に謳われる英雄譚の頁は、こうして紡がれていく。
☆
「へー、グッチーってそんな凄かったんだ。え? てかスゴない? 完全にヒーロー映画の世界じゃん!」
「そうなんスよ! メッチャ強いんスよあの人!」
「なんかひとりだけ規格外っていうか!」
「ま、そんなところも団長の魅力なんスけどね!」
ところ変わってこちらはプロティーン王国騎士団の屯所。
たまたまグレゴリオの忘れ物……というか、花が渡すのを忘れた弁当のデザートを届けにガーフィールドの護衛付きでやってきた花は、彼が面会の手続きをしてくれている間、マッソー隊三羽烏とのお喋りに興じていた。
お調子者のキャラウェイ。陽気なフェンネル。剽軽なマジョラム。容姿も性格も似たり寄ったりの、愉快なムードメーカーたち。無論、戦場に出れば軽口を叩きながらも無類の強さを発揮する点は団長譲りか。
「他にはなんかないの? グッチーのかっこいい話もっと聞かせてよ!」
「別にいいッスけど、むしろ俺らは聖女様の話を聞きたいッス!」
「うちの?」
「あ、勘違いしないでくださいね! あんた自身の話にゃこれっぽっちも興味ねえッスから!」
「オフの団長がプライベートでどんな生活してんのかなーとか、興味あるじゃないスかやっぱ!」
「えー、そう言われるとなんか複雑! えーとね、それじゃあグッチーの好きなケーキの話とかしちゃう?」
「「「おおおー!」」」
まるで高校のクラスメイトたちと話しているような感覚で、彼らとのお喋りに興じる花もなんだかんだ言って楽しそうだ。
グレゴリオは言わずもがな。ガーフィールドは親切だがお爺ちゃんである。屋敷の使用人たちもなんだかんだ花には一歩引いて丁寧に接してくれるため、こうした気安さはなんとはなしに懐かしく感じてしまう。
「――それでね、ホワイトチョコとイチゴだったらたぶんホワイトチョコの方が好きだと思」
「貴様ら! 何を駄弁っておるか!」
花たちが楽しくお喋りをしていると、突然雷が落とされた。驚きそちらに目をやれば、怒れるアントニウス隊長のご登場である。
身長190cmの高身長にモリモリの筋肉。団長リスペクトなのか金色の角刈りが眩しい強面のゴリラおじさんに叱られ、三羽烏の面々は『ヤベッ!』と顔を見合わせた。
「巡回任務はどうした!」
「うへえ!? もうこんな時間かよ! すんませーん!」
「すぐ行くッス!」
「そんじゃ聖女様、続きはまた今度なー!」
ドタバタと慌てて立ち上がり、屯所を出ていくキャラウェイ、フェンネル、マジョラム。独りポツンと残された花は、うちも怒られるかなー? と恐る恐る怒れるアントニウス隊長を見上げる。
高校の怖い先生もこんな感じだったよなー、みたいな懐かしさを覚える、ムスっとした強面の巨漢の鋭い目が、ギョロリと花を見下ろす。負けじと視線は逸らさず真っ向から見つめ合えば、ピリっとした緊張感がみなぎり。
だが彼はコホンと咳払いをすると、怒りを収めたつもりなのだろうがあまり変わっていない、素で『なんか怒ってます?』って感じの顔で軽く頭を下げた。
「失礼致しました。間もなく団長がいらっしゃいますので、あなた様はどうぞこちらへ」
「あ、どうも!」
来るなら来い! 受けて立つぞ! みたいな気持ちで身構えていた花も、これには肩透かしを食らって脱力してしまう。
相手がその気ならこっちだって! と負けん気の強さと喧嘩っ早さに定評のある花だが、逆に相手が丁寧な態度だと相応に丁寧な態度で返してしまうだけの良識も備わっていた。
どうしたもんかなー、なーんか調子狂うんだよなー、となんとも言えない気まずい沈黙と共に、花はアントニウスの後について面会室に移動する。
「あの! アントニオさんでしたっけ? 隊長さんの!」
「アントニウスです。デルバー・アントニウス。僭越ながら、マッソー隊の隊長を拝命しております」
「アントニウスさんですね! えーと、グレゴリオがいつもお世話になってます!」
「ご丁寧にどうも。団長に世話になっているのは我々の方であります故、お気遣いなく」
どうにも取り付くしまがないというか、露骨に避けられてるというか。純愛主義者の花はグッチー一筋だが、それはそれとしてナイス筋肉の持ち主に冷たくされるとちょっと落ち込んでしまう。
チャンドラー邸の使用人たちが全員これぐらいマッチョだったら眼福なのになーと取り留めもないことを考えていると、不意に目の前を歩くアントニウスの足が止まった。
まさか花のアホな妄想から漏れる邪気を察して考えを読まれた? いやいや、さすがにそんなわけないない。
「職場での彼はどんな風なんですk」
「こちらになります。どうぞ中でお待ちください」
「アッハイ、アザマス」
どうにも彼は花とはあまり仲よくするつもりがないようだ。初対面のことを思えばそれもそうだろうという話なのだが、今の花は精神的余裕があるためあの時ほどバチバチモードには入らないでいる。
或いは、そのせいだろうか。
「……団長殿は、模範的な方です」
「と言うと?」
「質実剛健、文武両道。謹厳実直、有言実行。全ての騎士の模範となる理想の騎士として。日夜精力的に業務に励んでおられます。我ら一同団長殿を尊敬し、斯くあるべしと見倣うばかりであります」
それに、と彼はしばし口ごもった様子だったが、意を決したように振り返って花を見つめる。認めるのは非常に癪だが、とその顔にデカデカと書かれた状態で。
「近頃の団長殿は、以前より楽しげで、随分イキイキしておられるようで。恐らくはあなた様のお陰でありましょう」
自分からは以上であります、と背を向け、去っていく彼を見送り、花はポカーンと口を開ける。嫌味のふたつ3つ言われるかと思っていたが、むしろ逆とは想定外だ。
「ふーん、そうなんだ。へー……なるほどね?」
☆
「すまない、まさか君が作ってくれたものを忘れてしまうとは!」
「ううん、いいの! グッチーが持ってくのを忘れたんじゃなくて、うちが渡すのを忘れてただけだから! むしろごめんね急がしいのに!」
「いや、気にしないでくれ。むしろ、君に会えて嬉しく思う」
「うえ!? もー! そういうことストレートに言っちゃうのほんと販促なんですけどお! もー好きっ!」
「う!? お、俺もその、す……す……好きだぞ、君のことが!」
「嬉しい!」
面会室にやってきたグレゴリオに弁当のデザートにと剥いた甘い果物の入ったタッパーを渡し、ついでとばかりに惚気る花とグレゴリオを微笑ましげに見守るながら気を利かせて存在感を消すできる男ガーフィールド。
こいつら性懲りもなくいっつもイチャイチャチュッチュしてんな、という呆れも、この50年程を思えばむしろいいぞもっとやれと応援したくなるレベルである。それぐらい、グレゴリオは本当に、ほんっとーに苦労してきたのだから。
少なくとも独りで寂しそうにしていられるぐらいなら、ふたりでラブラブしていてもらった方がずっといい。騎士団の団員たちも同じ気持ちだからこそ、こうしてわざわざ気を利かせて面会室に通してくれたのかもしれない。
忘れ物を手渡すだけなら数秒で済むし、軽く話をするにしても数分もかからないだろうに。花に抱き締められながらデレデレと鼻の下を伸ばすだらしのない笑顔さえも、彼らにとっては得難く尊いものだから。
「そういやさ、さっきグッチーの部下の三人組に会ったんだけど」
「ああ、あいつらか。気のいい奴らだっただろう?」
「そうね! んで、また今度お話しましょってことになってさ。そんで閃いたんだけど、折角だしみんなで一緒にランチでもってのはどうかな!」
「食事会か?」
「そんな大袈裟なものじゃなくてもいいの! いきなりホームパーティーとかバーベキューとかだと向こうだって引いちゃうかもだし、ちょっとしたお洒落なお店で気楽にお昼ご飯とかさ!」
根が陽キャな女子高生の花ちゃんは、たまの休日に上司夫妻と飯を食わされなきゃならなくなる部下の辛さというものをまだ知らない。
世の中の大半の社会人にとって、職場の飲み会なんてものは苦行でしかないだろう。が、全く苦行ではなく、むしろ楽しみだーなんて人間も、確かに存在するのである。だからこそすれ違い、悲劇が生じるわけだが。
とはいえグレゴリオを敬愛しまくっている彼らからすれば、喜んで誘いに応じるだろう。実際、彼ら自身も体育家系の陽キャなので飲み会大好きだし、何よりグレゴリオと一緒に飲めるのならいつだって大歓迎である。
「ではシフトを確認して、都合のいい日を見繕って俺の方から声をかけておくとしよう。キャラウェイ、フェンネル、マジョラムの3人でいいんだよな?」
「あとあの人! アントニウスさん!」
「アントニウスもか? ふむ、意外だな。あいつは生真面目な奴だから、仕事中に来客との雑談に興じるとは思えなかったが……まあいい。では、機を見てその4人に声をかけるとしよう」
かくして噂の聖女・花主催による『第1回 グッチーのこと大好きなみんなで集まってグッチーの話をしようの会 with 本人』が後日開催される運びと相成ったのだが。
肝心のその中身がどんな風になったかはまた、別の話。
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