第10話! 理由は人それぞれだから!

「グレゴリオ! 一体なんなのですかあの暴力娘は! あなたアレにプロポーズしたって嘘よね!? 嘘だと言って頂戴! 母は認めませんよ!」


「落ち着いてくれ母上。先に非礼を働いたのは母上の方なのだろう?」


帰宅するなり母アレクサンドラと花が取っ組み合いの大喧嘩をした、という話を聞かされたグレゴリオは、どんな苛烈な戦場に出陣する前よりも気を重くしてため息を吐いた。


母の性格と経験上、こうなることは予想していたため、機会を見計らって慎重に、と考えてはいたのだが、まさかいきなりそれをぶっ壊されるとは思ってもみなかった。


事態はいつだって我々の想定する最悪のその先を行く、ということか。取り乱しながら縋ってくる母の双肩を掴んで、まずは宥めなければお話にもならない。


「だからといってあんな! 相手がわたくしだからまだよかったものの、社交界であんな真似をすればどんな取り返しのつかないことになるか!」


アレクサンドラの憂いも尤もではある。プロティーン王国に限らず、王族貴族に豪商、他国からの賓客と。ありとあらゆる悪意と陰謀が渦巻く社交界は、さながら泥沼の如き伏魔殿。


他ならぬアレクサンドラ自身、グレゴリオ・チャンドラーの母として社交界に一たび足を運べば、息子の結婚にまつわる嫌味や皮肉、陰口の嵐にさらされたものだ。


いわく、ゴリラの嫁入り。あの女に飢えた醜い野獣に食われる女が憐れでならない。初夜を越えることなく股座が裂けて死ぬのでは?


産まれてくる子供の顔が楽しみ。女児であればなおさらどんな顔になるのか見もの。どんな女がそうなるのか、犠牲者の顔が見てみたい。とまあ、かなりマイルドにボカした表現ですらこんな感じなのだ。


チャンドラー家当主、グレゴリオ・チャンドラーの母として。アレキサンドラは愛想笑いや社交辞令の裏で渦巻くありとあらゆる悪意の荒波を鉄の笑顔で乗りきってきた。


陰口に耳を塞ぎ、嘲笑に俯くことなく顔を上げ、堂々と胸を張って。あの子はどこに出しても恥ずかしくない、自慢の息子です! と。満面の笑顔でそう叫んで嵐の中央に立ち続けた、強き鉄の女なのだ。


そんなところに花を連れ出したらどうなるか。考えるまでもない。相手が貴族だろうが他国からの賓客だろうが、王族だろうがお構いなしに、鉄拳制裁待ったなし。


となれば当然、非難されるのは夫であるグレゴリオであり、彼の弱味を欲し、攻撃の機会を窺っていた者たちはここぞとばかりに一斉に群がってグレゴリオ・チャンドラーの名声を叩き始めるだろう。


「いえ、いいえ! そんなことさえも今はどうでもいいのです! あなた、本当にアレと結婚するつもりなのですか!? あなたは騙されているの! 今までもそうだったでしょう!」


アレキサンドラにとって、家名などなんの興味もない。捨てたところで少しも惜しくはない。だが、ただでさえ不憫な人生を送ってきた可愛いひとり息子が、更なる苦難を背負わされることだけは、断じて許せない。


「母上、確かに彼女は些か短気で、若干短絡的で、やや乱暴で少なからず普通の女性より気が強いところもある。だが、それだけが全てではない。あの子は純真で、優しい子だ」


「グレゴリオ! あなたの身に何か間違いがあってからでは遅いのですよ!」


「それこそ無用の心配だ。この俺の強さを知らぬあなたではあるまい?」


「幾ら強かろうとも! それであなたが傷付くのを見過ごせるわけがないでしょう!」


思い返せばグレゴリオ・チャンドラーの人生は始まった時から波乱万丈だった。若き社交界の華、旧姓アレキサンドラ・アモーレの元夫はそれはそれはハンサムな、すらりと背が高く細身の美青年だった。


当時社交界では熱狂的な人気を誇っていた、魅惑のハンサムボーイ。一体誰があの御方の妻の座を射止めるのかしら、と皆が躍起になって熾烈に水面下で争い合ったものだ。


そして、選ばれたのは名門アモーレ家の若き御令嬢、アレキサンドラだった。家柄も容姿も、文句のつけどころのない美男美女のカップルは皆の祝福と嫉妬を一身に浴びながら結婚し、そして。


産まれてきたのは両親とは似ても似付かない、ゴリラの赤ん坊だったのである。髪の色も目の色も母親譲り。父親の血を引いているとは到底思えない怪物の誕生に、たちまち元夫の家は大騒ぎになった。


アレキサンドラは不貞を疑われ、出産日の夜に離縁を叩き付けられ。産まれたばかりのグレゴリオ共々、元夫の屋敷から叩き出されたアレキサンドラは、失意と憤慨のうちにアモーレ家に出戻りする羽目になり。


だが実家で待っていたのもまた、両親からの糾弾と断罪だった。彼らは潰れたゴリラの赤ん坊か、或いは死んだオークの赤ん坊のような赤ん坊を、自分たちの孫とは認めたくなかったのだ。


おまけにいわれのない不貞の噂を元夫によって流され、被害者ぶる彼らの策略により、誰も味方のいない四面楚歌の状況にまで追い詰められたアレキサンドラは、アモーレ家を出奔し市勢の人となった。


以後実家からむしり取ってきた宝飾品を売り捌き、女手ひとつで近所の風評被害や息子の容姿を理由にしたイジメにも屈さず立派に息子を育て上げた彼女の息子への愛は、人一倍どころか百倍も千倍も重い。


グレゴリオもまたそんな母の深い愛情と苦労を知っているからこそ、彼女の人生をぶち壊しにしてしまう原因となってしまった自分自身を責め、憎み、恨み、それでも、母の大きな愛に包まれまっすぐに育ったのだ。


「可愛いグレゴリオ! 嗚呼! 何故あなただけがこんなにも傷付き、苦しまねばならないの! 一体あなたが何をしたというの! 何も、何も悪いことはしていないのに!」


「母上、嗚呼、母上。大丈夫だ、落ち着いて聞いてくれ。どうか、俺の話を聞いてくれ。あなたが立派に育ててくれた、この俺の言葉を信じて聞いてほしい」


そんなアモーレ家も元夫の家も、今ではもうない。悔しさや母を楽にしてやりたいという気持ちをバネに、目覚ましい急成長を遂げたグレゴリオがプロティーン騎士団に入団し、メキメキと頭角を現した。


もし彼が一介の平民から一国の大将軍の座にまで昇り詰め、チャンドラーの名と爵位を賜るだけの実力者でなければ、今でもアモーレ家の元令嬢、アレキサンドラは物笑いの果てに忘れられていただろう。


だが、彼女は舞い戻ってきた。救国の英雄、護国の猛将、鬼神グレゴリオ・チャンドラーの母、アレキサンドラ・チャンドラーとして。かつて自分を虐げ嘲笑し、いわれのない悪意にさらした者たちに復讐を遂げたのだ。


「誰も皆、生まれた時から不平等だ。俺の生まれは確かに不幸だったかもしれない。だが、今は違う。そうだろう? 将軍の地位、使いきれない程の財産、チャンドラー家の名誉。全てを手に入れた」


「ええ、ええ。そうね、その通りだわ。全てあなたが死に物狂いで努力して、あなた自身の力で勝ち取ったものよ。誇らしいわ」


「全てあなたの献身あってのものだ、母上」


取り乱す母を優しく宥め、その細い体をグレゴリオは優しく抱き締める。その痛ましくも逞しい傷跡だらけのゴツゴツした大きな巨体に包まれ、アレキサンドラはうっすらと滲んだ涙を指で拭いながら微笑む。


「それを、あんな得体の知れない小娘にくれてやるつもりなの、あなたは。それ程までに結婚がしたいのですか? 考え直しなさいグレゴリオ。結婚なんて碌なものではありませんよ」


実際に碌でもない結婚をしてしまい、苦労してきた母親の言葉は重い。


「違う、結婚がしたいわけじゃない。俺は、俺を本当に愛してくれる女性と出会いたかった。損得勘定なしで、心から愛せる女性が欲しかった」


可愛い可愛いひとり息子が、『動物園のオスゴリラがつがいになりました! つがいのゴリラに赤ちゃんが産まれました!』みたいなノリで、世間の見世物にされてしまっては堪らないという親心。


宰相エドワードも老執事ガーフィールドも、吹雪花という異世界から来た少女にお飾りの妻以外の立場を求めなかった理由がそれだ。グレゴリオの妻になる女性には、それだけの悪意ある高貴の目が向けられる。


彼の人となりを知る者はともかく、世間一般の無責任な連中や身勝手な貴族連中にとって、どれだけ表面上は言葉を飾り立てようとも、10年前から始まったこの花嫁探しはただのゴシップでしかない。


上手くいくことなど求められてはいない。むしろ失敗すれば失敗するだけ、面白おかしく騒ぎ立て、皆で笑える娯楽。いつしかそんな風に成り果ててしまった。


その度グレゴリオは、エドワードは、アレキサンドラは、ガーフィールドたちは、騎士団の部下たちは、傷付き憤慨し、だけど次こそは、と夢見ることさえも徐々に徐々に諦めてしまって。


「彼女は、花は違う。彼女は本当に、俺のことを好いてくれているんだ。この10年、ありとあらゆる女性に騙されまくって、二度と女性を好きになるものか、と疑心暗鬼になっていたこの俺がそう認める程だぞ?」


自分で言ってて悲しくなるが、とグレゴリオは憂いのない笑みを浮かべる。


「今まで一度だって、俺がのぼせ上って恋に盲目になったことはあったか?」


「……いいえ、ないわ。あなたはいつだって冷製だった。どんな美女が愛想笑いを浮かべ。心にもないお世辞を言いながら、媚びてすり寄ってきたとしても、あなたはいつでも冷製だった」


子供の頃は容姿が原因でイジメられたこともあったグレゴリオにとって、恋とはするものでもされるものでもなく、遠くから眺めているものだった。罰ゲームやイジメで告白された苦い記憶もある。


騎士団内で成り上がっていくにつれ、地位や金銭目当てなのが見え見えの女がすり寄ってきては最後には悪態を吐いて去っていくようになってからは、女性を見る目が次第に冷たいものになっていった。


『いいか! 何を企んでいるのかは知らんが、この俺を容易く謀れると思うな!』


「そんな俺が、生まれて初めてちゃんと恋に落ちた女性が、彼女だったんだ。だから、どうかお願いだ母上。今は俺を信じて見守ってほしい。これを最初で最後の、一生で一度の恋にするから」


「……」


息子の真剣な眼差しで見つめられたアレキサンドラは、花に捕まれた胸元に手を当てる。メスゴリラも顔負けの、恐るべき怪力であった。


『……ふざけんな! ふざけんなふざけんな! ふざけんな! さっきから聞いてりゃアンタ! グッチーのママのくせに、グッチーのこと悪く言うのかよ!』


『まだ出会って半月も経ってねーけど、グッチーのことブサイクだとか思ったことは一度もねーかんな! マジだかんな!』


『うちはグッチーとハグもしたし、なんならチューもしたぞ! それに! 昨夜は正式に、プロポーズだってしてくれたんだからあ!』


彼女の怒りは本物だった。本気でグレゴリオを愛していなければ、絶対に出せないであろう凄みがあった。長年嘘と偽りの社交界に身を投じてきたアレキサンドラだからこそ、理解できた本気の本気だ。


この子のために、あそこまで本気で怒れる娘。何も言い返せず黙り込んで、メソメソ泣き出してしまうような小娘よりかは、遥かにチャンドラー家の嫁向きではある。


「……」


「……」


無言で見つめ合う母と息子。やがて先に折れたのは、アレキサンドラの方だった。グレゴリオの方は、きっといつまででも折れないだろう、と確信があったがために。


「……分かりました」


「母上!」


「いいでしょう、あなたがそこまで言うのなら、見極めさせてもらおうじゃないの。あなたの一生に一度の恋が実るか否か。もし実らなかった時は、今度こそどんな手を使ってでも、あの女には報いを受けさせてやるわ」


「ありがとう、母上」


ふう、とため息が漏れる。肩の力がドっと抜けて、なんだか妙に疲れてしまった。


「……それにしてもあなた、あの娘にグッチーなんて呼ぶことを許しているのね」


「あ、いやそれは! 誤解だ! その、ダーリン&ハニーと呼び合うよりはまだグッチーと花の方がマシだと思ってだな!」


 ☆


「幾ら腹が立ったとはいえ、暴力に訴えるのはよくない」


「うん」


「だが、母の態度が悪かったことも事実だ。暴力が許されないのに、言葉の暴力は許される、なんて道理もないだろう。時として言葉は、暴力よりも深く人を傷付けてしまうこともある」


「そうだね」


ところ変わって花の部屋。母を宥めすかし、説得することに成功したグレゴリオは、今度は母よりもっと厄介な女を相手取り、冷静に言い聞かせる。


ふたり並んでベッドに座り、鎧を脱いでラフな格好になったグレゴリオに寄りかかったまま、花はうんうん頷く。


「暴力を振るった花も悪かったが、先に暴言を吐いた母も悪かった。だからここは喧嘩両成敗ということで、手打ちにしてはもらえないだろうか。俺の顔に免じて、どうか」


「……ふーん。ま、打ちどころとしてはそんなもんかな。いいよ、それで」


「すまない、ありがとう花」


食堂での騒ぎからグレゴリオが帰宅するまでの間に。アレキサンドラをお婆ちゃんメイドのマーガレットに任せ、不貞腐れる花の世話を焼きに来てくれたできる老執事ガーフィールド。


元はアモーレ家に仕え、アレキサンドラの執事であったという彼からチャンドラー母子の人生がいかに波乱万丈なものであったかは大まかに聞かされている。


酷くない? あり得なくない? と冷静になって考えてみれば、なるほど義母があそこまで懐疑的な態度で花を排除しようとしてきたのも理解できないわけじゃない。


『所詮お前も今までの、あの子の地位や財産目当ての女たちと同じに決まっているわ! そうでなければ、誰があの不憫な子に愛を囁くというの!』


『お黙り小娘! わたくしが、あの子の母であるこの! わたくしが! 言いたくて言っているとでも思うの!?』


つまりは、愛だ。さっきは頭に血が上ってしまいそこまで気が回らなかったが、思い返せばアレキサンドラ・チャンドラーの言葉には常にグレゴリオの身を案じる母の愛が籠もっていた、ように思う。


少なくとも花はそう感じた。自分で言うのもなんだが、自分はわりと男を見る目はない方だと思っている。実際に、ひとつ前の元カレには二股されていたわけだし。


逆に、女の本性を見抜く目に関しては、そこそこいい線行ってるんじゃないかとも思っている。女が女を見る目は厳しいというが、少なくとも花にとっては仰る通りと開き直るよりない。


「……あのさ、疑問なんだけど」


「なんだろうか」


「グッチーって、なんでこんな国護ってんの?」


それは、素直な疑問だった。話を聞けば聞く程、グレゴリオの境遇は可哀想すぎてむしろ腹が立ってくる程だ。生まれは最悪、育ちも辛いもので、将軍になった今でも世間の風は冷たい。


こんな国見捨てて、母親を連れてどっかよその国で幸せに暮らしたいとは思わなかったのだろうか。なんだってそんな辛い目に遭ってまで、この国のために戦うのだろうか。


「……ハハ、よく言われる」


「てことは、答えももう決まってるってこと?」


「ああ、勿論だ」


花の肩を抱き寄せながら、グレゴリオは傷跡だらけの顔をニカっと輝かせるように笑う。そこに迷いはなかった。こんな質問、花にされるずっと前から、とっくに自問自答し続けてきたし、周囲にもされてきたから。


「確かに、社交界に出ればそうかもしれない。世間の風潮は、あまり優しいものではないかもしれない。でもな、そんなものは関係ないんだ」


「関係ない?」


「そうだ。俺にとって大事だったのは、いつだって母上のことばかりだった。最初は母上に楽をさせてやりたい、と思ったから、ガムシャラに頑張って、それで騎士団に入った。一番金が稼げるからな」


「うん」


「騎士団で過ごしているうちに、友人と呼べる人間ができた。大事な仲間たちと、一緒になって戦って。皆で笑い合える今を護りたかった。楽しかったんだ」


「戦争なのに?」


「戦場は地獄だった。大事な仲間を喪って、俺も沢山傷付いて、傷付けて、傷付けられて。こんなものを母のいる祖国に持ち込みたくはない、と死に物狂いで戦って、強くなった。幸い、俺の体は頑丈だったからな」


優しい、けれどどこか寂しそうな声に、花はグレゴリオの丸太のような腕に己の腕を絡ませる。布地の上から指を這わせれば、幾重にも走る傷跡が生々しく広がっているのが感じられた。


「俺が頑張れば、それだけ仲間が死なずに済む。早くに戦争を終わらせれば、それだけ傷付く仲間が減る。幸い、俺にはできた。できてしまった。殺して殺して殺し尽くして、俺を恐れて敵は逃げるようになって」


「うん」


「騎士団長になった時は嬉しかったぞ。陛下、当時の団長、仲間たち、部下たち。今はもう死んじまったエドワードの親父も、母上も。みんなが喜んで、俺を認めてくれた。祝福してくれたんだ。泣くほど嬉しかった」


そんな歓びの前では、赤の他人共の嘲笑や陰口なんて、吹き飛んでしまったよ、とグレゴリオは笑う。


「俺にとって大事なのは、いつだって身の回りの愛する人たちなんだ。無論、この国の平和を護るのだ、という騎士としての使命感や自負もある。だがそれ以上に、俺は俺の大切な人たちを護りたくて頑張っている」


「……そっか」


ストン、と納得がいった。凄いな、かっこいいな、と思う。こんなの、ますます惚れちゃうしかないじゃん、と花はグレゴリオに寄り添いながら、目を瞑る。


「勿論、その大切な人たちの中には、君も含まれているんだ。花」


「うえ!?」


真っ赤になって、ガバっと顔を上げる花。見ればグレゴリオの傷跡の走る顔も、真っ赤に染まっているではないか。だが、彼は堂々と断言した。迷いも躊躇いもなく、心からの言葉で。


「……そんなこと言われたら、もっともーっとベタ惚れになっちゃうじゃんか!」


「……言わないでくれ! 自分で言ってて恥ずかしくなっちまうから!」


「もう、好き! 大好き!」


ベッドから立ち上がった花が、ガバっとグレゴリオに抱きついてキスをする。二度目のキスは、一度目よりもっとぎこちなく。けれど、抱き締め合ってキスをしているうちに、次第に自然なものになっていく。


「そういやまだ言ってなかったね。お帰り、グッチー」


「ああ、ただいま、花」


お帰りなさいのチュー、と再び唇を重ねる花。行ってらっしゃいの時とは違って、今度はグレゴリオがそれを拒むことはなかった。


 ☆


「どうも、初めましてお義母さん! 異世界から来た花・吹雪です! グレゴリオさんとは健全なお付き合いをさせてもらってます! いわゆる清い交際って奴ですんで、安心してください!」


「アレキサンドラ・サロメ・チャンドラーよ」


あなたにお義母様なんて呼ばれたはないのだけれど? という気持ちが全面に押し出されてはいるものの、仕切り直しの初めましては概ね無事に済んだ。


互いに『コイツ気に食わねえな』オーラ全開のイイ笑顔で握手を交わし、相手の手を握り潰さんばかりの勢いでギチギチと握り合う。


アレキサンドラも淑女の嗜みとして護身術を体得しており、先の一件では予想外の先制攻撃に面食らって遅れを取ったが、心構えさえできている状態ならばこの程度の小娘に引けを取るつもりは毛頭ない。


「ダーリンの手前いがみ合っててもしょうがないんで、仲よくやりましょうよ。うちら、意外と仲よくなれるんじゃないかと思うんですよ。ほら、ダーリンのこと愛してる者同士」


「ええそうね、そうだったら素敵ね。もし本当に、本心からそうであったとしたら、の話だけれど」


互いに一歩も引くことなく、肉食獣が縄張り争いを繰り広げるかの如き迫力でバチバチと火花を散らし合う嫁姑。その間に挟まれたグレゴリオは、戦場に出た時のように肌がヒリ付くのを感じて笑みを引き攣らせる。


とにもかくにも、ひとまずは一件落着、ということで、いいのだろうか?

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