その③

「やあ、同士よ!」

「うん?」

 突然話かけられ、女はブランコを漕いでいた足をぴたっと止めた。

 明らかに警戒している目を僕に向ける。

「誰?」

「いやだな。我が同士よ!」

「ああ? 動く、見る、叫ぶ…」

「それは動詞だな」

「なに? 漢文とかのお話によく出てくる」

「それは道士だな」

「じゃあ、趣旨が同じって…」

「それは同旨だな」

 この女、面白いな。

 彼女に対して親近感が湧いた僕は、長年の友人に会った時のように、女に話しかけた。

「わからないかな? 君が隠れていた植え込みの横に、僕も隠れていたんだけど…」

 女の幼げな顔の眉間に、ぴくっと皺が寄った。

「あ? あんた、何言ってんの?」

「だから、さっき、怒られていた君の横に、僕もいたんだよ」

「ああ?」

 こいつ、何言ってんの? という顔をしている女を前に、僕は小躍りでもしそうな勢いで言った。

「いやあ、感動したよ。いやね、実のところを言うと…、僕も君と同じなんだよ。あの人に憧れていてね…、こうやって、観察を続けているんだ」

 そう言って、鞄の中からデジタルカメラを見せると、女もようやく理解したのか、顔をぱあっと明るくした。可愛らしい顔つきをしているが、やはり、佐藤恵奈と比べると、月と鼈だった。

「大変だったね! だけど大丈夫! 僕のカメラに、写真がたっぷり保存されてあるから。僕は優しいんだ。同士の君に、全部分けて上げようじゃないか!」

 すると、女は餌に食いつく猫のように、俊敏に僕からデジタルカメラを奪い取った。

「見せて見せて!」

「おう! 思う存分見るがいい!」

 人からぶんどるのは頂けないが、それだけ、彼女も佐藤恵奈に興味があるということだ。彼女の愛に免じて、ここは目を瞑ろう。

 女は手慣れた動きで、デジカメの電源を入れて、撮影された写真が保存されているアルバムを開いた。

「どうだ、いいだろう! 欲しいものがあれば言ってくれ! すぐに現像するから!」

 欠伸をする佐藤恵奈。ハンバーガーを頬張る佐藤恵奈。人混みの中に放り込まれて機嫌が悪い佐藤恵奈。ゴキブリと一緒に笑う佐藤恵奈。本屋でどの小説を買うか悩んでいる佐藤恵奈。結局、ワンピースの最新刊を買った佐藤恵奈。虫が目に入って右目を瞑る佐藤恵奈。車に轢かれそうになって顔面蒼白の佐藤恵奈。誰かと幸せそうに通話する佐藤恵奈。意味もなく頬を膨らませている佐藤恵奈。すべて、この半年で僕が撮りためたものだ。

 どうだ? すごいだろう? 特に、二四三枚目の「横断歩道の白い白線しか踏まないようにしている佐藤恵奈」は僕の傑作だと思う。光の加減に、躍動感ある彼女の髪の毛、全てが完璧のタイミングでシャッターを切ったからな! 

 その瞬間、女は、僕のデジカメを地面に叩きつけた。

 ガシャンッ! と、デジャブのような音が響き渡る。

「は? あああ!」

 僕は一瞬でことを理解すると、熱砂のデジカメを拾い上げた。

「てめ! 何やっているんだ!」

 だめだ。画面がバキバキに割れているし、ボディにも亀裂が入っている。電源は…、うん、点かないな。

「おいおい! まじで何やってんだよ!」

 SDカードは? ああ! よかった無事だ!

 女が、目元に黒い影を差しながら僕を睨みつけた。

「何考えているわけ。そんなアバズレの写真見せつけて、私をからかっているつもりなわけ?」

「ああ? アバズレだあ? 佐藤恵奈の何処がアバズレなんだよ! 僕の女神にそんなふしだらな名前をつけるんじゃない!」

「アバズレアバズレアバズレアバズレ!」

「女がそんな言葉を使うな!」

 なんだ? この女…?

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