第3話 ミスキャンパス、AVに出る

 鳴海は、正気を放棄していた。何もかもが「もう、いいや」と思うようになっていた。自ら薬物の世界に飛び込んだのではない。でも、やった事実からは逃れられない。ガムテープでカーテンの隙間を塞ぎ、部屋を真っ暗にし、ひたすら薬物とセックスに溺れた。ある日、和馬にコカインが入っているパケ(パッケージ)を持たされ、和馬から『それ何?』と聞かれて、『コカインです』と答えている動画を撮られてしまった。その動画をばら撒くと和馬から脅され、所属事務所に相談はしたが解決の糸口にはならなかった。「もう、どうでもいいや」。先のことなどどうでもいい。既に悪い事を行っているんだから。違法ドラッグは、正誤判断を狂わせる。

 和馬に「結婚しよう」と言われ、舞い上がり、「死ぬ」と言い出した和馬を必死で止める。ある時は、和馬に「お前は死ね」と言われ、高層マンションの窓から身を投げ出そうとすると和馬が泣いて謝り止めてくる。まさにジェットコースターのような時間に酔っていた。

 出会ったばかりの男と抜き差しならない関係になるとは、鳴海は思いもしなかった。薬物を手に入れるために働く。金が出来れば、薬物を買い、ラブホテルや和馬の家で一日中、性欲を剥き出しに過ごす。和馬を怒らせるのが怖かった。薬の事もあったが和馬と一緒にいる時間がこの上もなく愛おしかった。

 ある日、和馬が「お前と一緒にいたい。そのために手っ取り早く金を手に入れられる方法がある。やってくれないか」といつもになくしおらしく鳴海に言ってきた。そのひ弱さが鳴海には、頼りにさせれていると言う自分自身の存在感を擽った。「何をすればいいの?」と鳴海は和馬に聞くとアダルトビデオへの出演話だった。和馬は、オタ芸界では有名でイベントにも関わっていた。その裏の顔は、AVに出演する女性を用立てるスカウトマンでもあった。

 鳴海は「くすっ」と笑った。「何が可笑しいんだ」との和馬の問いに鳴海は、思い出したことを告げた。

 「実は、昔、元キャンパスを売りにAVに出ないかと誘われたの」

 「そうだったんだ」

 「AVを観るのは好きだったけどその時は、何となく断ったわ」

 「今はどうだ。AV女優になるんだったら紹介するよ」


 これが因果応報ってやつか。鳴海には迷いがなかった。強烈なセックス三昧の日々を重ねたこともあるが、それより、もう一度、表舞台に立てるチャンスかもしれないという期待感が勝っていた。AV女優になって、もう一度輝く。「私はミスキャンパスだから大丈夫」と自分自身を鼓舞しつつ、気持ちには迷いはなかった。

 とんとん拍子に話は進みAVデビューの日を迎える。すでに薬物に手を染めていた中で。いざ、撮影現場に立つといろんな思いが駆け巡った。更衣室でシャワーを浴びながら、両親への申し訳ないとの思いで涙が止まらなかったのを水圧で洗い流した。栄光から忘れられた自分を取り戻すチャンスだと思えるようになると後悔の気持ちはどこかに消え去っていた。


 「ミスキャンパス」の売り文句が功を奏したのか、デビュー前から大きな反響を得ていたことに鳴海の興奮も隠せないでいた。後悔より期待。それが鳴海の思いだった。話題を呼び、順調な滑り出しを見せた。コンプレックスだった貧乳も自分の利点と考えられるようになっていた。真っ暗な部屋に明かりが灯り、鳴海はAV女優を天職だとさへ思えるようになっていた。薬物をコントロールすることで、ポジティブ思考を保てると考え、薬への依存度は高まっていった。


 








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