悩めるポーカーフェイス
私の彼は、ポーカーフェイスだ。
□
「ねえ、最近何か悩んでる事があるんじゃない?」
私がグイッとテーブルの上に身を乗り出して、ジッと見つめながらそう言うと……
向かいの席に座った彼のフォークから、口に入れようとしていたサラダのミニトマトが、ポロリと落ちた。
けれど、彼の表情は一ミリも動かなかった。
「……ない。悩み事なんて、何もない。」
「えー、嘘だぁ!」
彼は、ランチョンマットに転がったミニトマトをひょいと摘んで口に入れ、トーストの残りをカフェオレで流し込んで、慌ただしく席を立つ。
「行ってきます。今日は、早く帰れると思う。」
「分かった。じゃあ、夕食は一緒に食べられるね。……行ってらっしゃい!」
彼がアパートを出る時、ふざけるように頰にキスをした時も、やっぱり彼の表情は何も変わらないままだった。
□
(……ぜーったい、何かあると思うんだよねぇ。……)
私の彼はポーカーフェイス……と言うよりは、あまり感情が顔に出ない人だ。
おかげで彼を良く知らない人には「いつも怒ってる人」「とっつきにくい人」と誤解される。
でも、本当は、とっても優しいし、ちゃんと喜怒哀楽だってある。
それを私は良く知っている。
だって、私は、物心ついた時から、彼のすぐそばに居たから。
新興住宅地の隣り合わせた家にお互いの家族と共に相次いで引っ越してきてから、小、中、高、大と全部同じ学校だった。
さすがに就職先は別だけれど、高校の時に付き合い始めて、大学の時に家を出て同棲を始め、今も一緒に暮らしている。
そんな私だから、彼のどんな気持ちにも気づけると思っていたのに。
(……あんな「顔」初めて見るなぁ。……)
(……ううん。違う。以前一回だけ見た事がある。……いつだったかなぁ?……)
□
「お! ハンバーグ!」
「えっへん! 今日は仕事が休みだったから、頑張っちゃった!……ハンバーグ、好きでしょ?」
夕食のテーブルに並んだ私の特製手作りハンバーグを見て、彼は目を輝かせた。
と言っても、表情はやっぱりパッと見変わらないけれど。
その時、ハッと閃くように思い出した。
そうだ、彼が今のように私の知らない顔をしていた事があった。
それは、高校生の頃、学校の帰りに一緒に寄ったハンバーガー屋さんで、「付き合ってほしい」と告白された時の事だった。
私の向かいの席に座った彼が、ひときわ真面目なポーカーフェイスで、こう言った。
「俺と、結婚してほしい。」
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