第3話

 少年は電車に乗っていた。「今日はバスも使うか」と独り言ちて初めて降りる駅を出た。周囲に人知れず気を配るが、尾行されている様子もない。少年はバスに乗り、いつもの家へ向かった。

 インターホンを押す段階では、周囲を見渡したりしない。余計に怪しまれるだけだ。

「どうぞ」

 女の声に、やはり無言で玄関を開けて中に入る。女もいつも通り蠟燭に火をつけようとしている。

「今日はちょっとやばかったかも」

 少年が言うと、女は「そう?」とだけ言っていつもの作業を進めた。少年も蠟燭の炎を見つめ、自分の強固な心をイメージする。今日はどこからか隙間風が入っているのか、炎の揺らめきが少し大きい気がしていた。それでも安心する場所で安心できる時を迎えた少年の心は、真球を形作りながらも、柔らかく無防備になっていった。

「さあ、目を閉じて。ここは世界で一番安全な場所だから」

 少年は、女の言う通りに目を閉じていた。ストレスも何も感じない。身体も宙に浮いているような心地だった。

「十年前の家。ちょっと残酷な風景だけど、怖くはない。大丈夫」

 少年は頷き、無線のイヤホンとマイクを付けた女の質問に全て答えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る