After Story 希望
祖露門壊滅から2ヶ月が経った。それは「夏の終わり」をも意味していた。9月となると、夏休みも終わって学校は2学期が始まっていく。そして、季節は冬に向かって加速を始めるのだ。
そんな中でも、僕は相変わらず瑛美里先輩と共にポップコーンを売り捌いていた。
「『ブザー・ビーター』、予想外のヒットだな」
「昔のバスケアニメをリメイクした作品だったから、最初はファンからの反感もあったんですけどね。結局のところ、元が良ければキャスト変更とかも関係ないんですよね」
「それはそうだな。僕も、『ブザー・ビーター』のように崖っぷちから這い上がれるようにならないと」
「それって、矢っ張り『歌舞伎町トラブルバスターズ』を諦めていないってことですか?」
「まあ、そうなるな。疫病が落ち着いてから、歌舞伎町という街は外国人観光客や地方からの観光客も戻ってきた。故に、比例するようにトラブルも増えてくる。そのトラブルを解決するのが、僕たち『歌舞伎町トラブルバスターズ』の役割だと思っているんだ」
「なるほどねぇ。ところで、私に手伝える事は何か無いのかな」
「どういうことだ」
「私が『歌舞伎町トラブルバスターズ』の一員になるってわけよ」
「正気か」
「私は至って正気ですよ? アラフォーを舐めないでくれる?」
「そうか。じゃあ、今日のシフトが終わったらここに来てくれ」
僕は瑛美里先輩にアジトの場所を伝えた。
「ここって……映画館の上じゃないの!?」
新しいアジトは、東都電鉄歌舞伎町タワーの最上階のスイートルームである。なぜそうなったかというと、「歌舞伎町トラブルバスターズ」が正式に警視庁からのお墨付きを貰ったからである。
「それにしても、薫くん。こんなところをアジトにして大丈夫なの? 怒られない?」
「大丈夫だ。半年分の宿泊代に関しては一応都の税金で賄われている。万が一、室内でトラブルが発生しても東都電鉄と東京都と警視庁でなんとかしてくれるだろう」
「そ、そうなのね……」
ピカピカのスイートルームに、いつものメンバーが入ってくる。毛利碧、信濃綺世、厚藤彰悟、そして僕。三つ子の魂百までとは言うけれども、4人にメンバーが減っても、僕たちはれっきとした「歌舞伎町トラブルバスターズ」である。そして、今日、僕たちの元に新たなメンバーが加入してきた。
「薫、新入りって君の会社の同僚って聞いていたけど、どんな人だ」
「それは見てのお楽しみだ」
「その人、なんとなく見覚えがありそうなのよね」
「碧、その話はナシだ」
「ちぇっ、ケチなんだから」
「とにかく、勿体ぶらずに早く紹介してくれよ」
「ほら、入ってこい」
ドアが開かれる。メガネをかけた長髪の女性が、こちらにやってくる。
「わ、私は備前瑛美里です。恐らく『歌舞伎町トラブルバスターズ』のメンバーで最年長になりますが、よろしくお願いします」
「矢っ張り! 薫くんの隣でポップコーン売り捌いていたオバサン!」
「オバサンって何よッ! 失礼ねッ!」
「す、すみません……」
「まあ、いいわ。とにかく、私も歌舞伎町の裏事情には詳しい。多分、4人の力になれると思うわ」
「そうか。新入りはいくらでも大歓迎だ。こちらこそよろしく」
「君が信濃綺世くんね。可愛い顔しているじゃないの」
「そ、そう言われるとなんだか照れちゃうな……」
「僕は厚藤彰悟だ。主にホストへの潜入捜査が多い。よろしく頼むよ」
「あら。こっちも良い顔しているじゃないの」
「いや、綺世のほうがイケメンだ」
「それ、どういうことだ」
「な、なんでもねぇよ」
「というわけで、彼女が新メンバーの備前瑛美里だ。優しくしてあげるように」
「分かりました」
「分かってるわよ」
それから、僕は綺世と碧と彰悟、そして瑛美里に対して新しい任務を言い渡した。
「今回の任務は、新たな半グレ集団の胎動の調査だ。どうも、この東都電鉄歌舞伎町タワーの麓を拠点にして、半グレ集団が暴れているらしい。一刻も早く捕まえないと、犯罪に手を染める子供たちが増えてしまう。そういう子供たちの補導も、僕たちの仕事だ。特に瑛美里は、こういうのは得意じゃないのかな」
「そうね。こう見えて私、今のポップコーン売りの仕事を始める前は小学校の教師だったのよ」
「そうか。じゃあ、話は早いな。この仕事は瑛美里にやってもらおうか」
「分かりました!」
こうして、瑛美里は夜の歌舞伎町へと向かっていった。果たして、彼女に任務が務まるのだろうか。少し心配だけれど、まあ、大丈夫だろう。
「薫くん、アタシは何をすればいいのかな」
「とりあえず、碧はトー横エリアの見回りに行ってくれ」
「分かってるよっ」
「薫、僕はどうすればいいんだ。とりあえず、潜入捜査はいつでもできるぞ」
「じゃあ、彰悟にはここのカジノに潜入して欲しい。恐らく、半グレ集団が関わっている」
「あいよ。じゃ、行ってくるわ」
「薫、僕は何をすればいいんだ」
「そうだな……綺世はとりあえず半グレ集団の調査を進めてくれ。これが今回の資料だ」
「分かった。じゃあ、僕も出かける」
それぞれに役割を分担させて1人になった僕は、熱々のブラックコーヒーを淹れて、パソコンを立ち上げた。そう言えば、骨喰律というシステムエンジニアを喪ってしまったな。ならば、そういう仕事は僕がやるしか無いのか。確かに、僕もパソコンの扱いには慣れているが、流石に律のように使いこなす事が出来ない。とりあえず、律から託されたシステムノートを元に、僕はシステムを構築していく。こういうのは、意外と難しいな。律は、これを一人でやっていたのか。そうやって思うと、矢張りどんな仕事であってもシステムエンジニアという存在は大事だと実感した。
ふと、デスクトップ画面を表示させる。デスクトップ画面に映っていたのは、綺世と彰悟と拓実と僕。そして、律の5人だった。多分、この写真は初めての任務を成功させた時に撮った写真だろう。確か、迷い猫を保護して元の飼い主の元に届けるというしょうもない任務だったのは覚えている。この5人が揃うことはもう無いのだろうけど、この5人がいたからこそ、今の僕がいるのは事実だ。なんだか、涙が出てきたな。あの頃に戻りたいと人は言うけれども、どう足掻いても「過去」に戻る事はできない。しかし、「未来」へと進むことはできる。そして、「未来」の先には「希望」があるのだ。
――その希望を胸に、今日も僕は生きている。(了)
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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