Phase 02 悲しみを乗り越えて
律が眠る墓地の前に立つと、突然雨が降ってきた。これは律を弔う涙雨なのだろうか。そんな事を考えながら、僕は白い花を
「律、やっと会えたな。君を
こんな独り言でも、律は天国で聞いてくれているのだろうか。そんな事を思いながら、僕は降りしきる雨の中で手を合わせた。
律への弔いが終わると、後ろにいた碧が話しかけてきた。
「ねえ、薫くん」
「碧、どうしたんだ」
「誰かを喪うことって、こんなに悲しいんことなんだよね。それは私が一番よく知っているつもりだった」
「そう言えば、碧も幼い頃に両親を喪ったんだっけ」
「そうそう。お父さんが事業に失敗して、ヤミ金融から金を借りたんだ。そのヤミ金融は、颯天会系列のヤミ金融だった。毎日嫌がらせを受けて、脅迫の電話も多くなった。そして、取り立てを苦に、両親は首を括ったんだ。あんな法外な金額、払えるわけがないのに」
「そうだな。弁護士に相談するとか、そういう選択肢もなかったのか」
「多分、お父さんってそういうのに頼るのが嫌いだっただろうな。もし、アタシがそういうのに巻き込まれたら、真っ先に弁護士に相談するかな」
「碧の判断は正しいな。僕がヤミ金融のトラブルに巻き込まれても、多分どうすればいいのかわからないだろうな」
「そうだよね。普通の人間なら、そういうのは分からないよね」
碧は、泣いている。恐らく、
「薫くん……アタシ、これで良かったのかな」
「それは僕には分からない」
そう言いながら、僕は碧を後ろから抱きしめた。背中越しに、碧のか弱い鼓動が伝わる。人間は、心臓が脈を打つ限り生かされている。仮令、「死にたい」と思っていても、心臓が脈を打っている限りは生きている。やがて、碧は僕の胸に顔を埋める。僕の心臓の鼓動を聞いているのか。
「碧、擽ったいな。急にどうしたんだ」
「アタシ、薫くんの心臓の鼓動を聞いているとなんだか落ち着くような気がするのよね。胎内にいるような、そんな安らぎを覚えるような気がするのよ。生きていることって、こういうことなのかな」
「どうだろうか。ここ最近、僕は『人間だったモノ』を多数見てきた。彼らは既に心臓の鼓動が止まっている状態だ。もちろん、律も今となっては『人間だったモノ』であることに変わりはないのだけれど」
「そうよね。そんな事、分からないよね。アタシ、なんか変なこと聞いちゃったかな」
「そんな事はない。真っ当な質問だ」
「アタシ、なんだか眠くなっちゃったな……」
気がついたら、碧は眠っていた。仕方がないと思いつつ、僕は碧を背負ってマンションまで送ることにした。
碧をマンションに送って、僕はそのまま「元アジト」へと向かった。「元アジト」は荒れ果てた廃墟になっており、原型が分からない状態だった。ゴミの山の中で、僕は「あるモノ」を探していた。それは、碧から貰った十字架のネックレスだった。祖露門からの襲撃を受けた時に、ネックレスを外したままだったからだ。
「確か……このテーブルの上に置いてあったな。あんな小さいモノ、見つかるのだろうか」
手探りの状態で、僕はテーブルの上を探す。ふと、硬い感触を覚えたので、僕は「それ」を引っ張り出した。「それ」は、矢張りネックレスだった。少し
それから、僕は碧のマンションへと戻っていった。碧は、目を覚ましていた。
「アタシ、そのまま眠っちゃったみたいだね。それで、薫くんが家まで送ってくれたの?」
「正解だ。君は華奢だから、背負うのも苦じゃなかった。墓地からマンションまでも、そんなに距離は無かったからな」
「そう? だったらいいんだけど」
「それと、これ。腹が減っていただろうから、コンビニでラーメン買ってきたぞ。恐らく君の好みであろう家系ラーメンだ」
「ありがと。恩に着るわ。それに、これって噂の『川崎ラーメン』じゃないの」
「『川崎ラーメン』? なんだそれは」
「名前の通り、川崎発祥の家系ラーメンなのよ。横浜の家系ラーメンと違って、あっさりとした味わいで最近人気急上昇中なのよ」
「そうだったのか。僕はあまりそういうのを意識してコンビニラーメンを買ったことが無かったな」
「コンビニラーメンを舐めてもらったら困るわね。500ワットで6分30秒……さっさと温めて食べるわよ」
「お、おう……」
こうして、僕は碧と一緒にラーメンを食べることにした。あっさりとした味わいが、僕の喉に染みていく。
「旨い! この間の三郎ラーメンよりもよっぽどラーメンだな」
「まあ、三郎ラーメンは『ラーメンじゃない』っていう意見もあるからね。薫くんには刺激が強かったかなって思って」
「そ、そうか……」
それから、僕は碧と一緒のベッドに入ることにした。なんだか、そのほうが落ち着く気がしたからだ。相変わらず、碧は僕の心臓の鼓動を聞いている。そんなに僕の心臓の鼓動が落ち着くのだろうか。そして、気が付いたら僕は碧の手を握っていた。碧だけは、絶対に手放すもんか。そんな事を思いながら、僕は夢を見ていた。
夢の中で、僕は律に会った。互いにブレザー姿で、恐らく高校時代の夢を見ているのだろう。律の姿を見た僕は、それが夢の中だと分かっていても泣きそうだった。
「律……会いたかった」
「鯰尾君、一体どうしたんだ」
「いや、何でもない」
「それはともかく、授業だぞ。席に着け」
「分かっている」
夢の中であるが故にそこでどんな授業を受けていたかは忘れてしまったのだけど、多分、僕と律の思い出の中であることに変わりはないだろう。そして、僕は目を覚ました。
「アンタ、よだれ垂れているわよ」
「ふがっ!」
「惚けた声出しちゃって」
「仕方ないだろ。この数日間の疲れが出て熟睡していたんだから」
「ほら、髭剃ってアルバイトに行ってきなさいよ」
「へいへい」
とりあえず、僕は顔を整えて、アルバイト先へと向かっていった。
それにしても、「歌舞伎町トラブルバスターズ」は事実上壊滅させられたといっても過言ではない。律は刺殺され、拓実は闇堕ちした挙げ句覚醒剤取締法違反で逮捕され、そして残ったメンバーは僕と綺世と彰悟と碧だけである。4人だけじゃ、どうにもならない。これから、僕はどうすればいいのだろうか。憂鬱になりながら、僕は仕事を黙々と熟していた。
「鯰尾さん、最近元気ないですね。ガールフレンドちゃんに振られちゃったんですか?」
「その言い方は
「それ以外に何かあるとすれば……もしかして、鯰尾さんってお化けを退治する映画みたいな名前の組織でしたっけ? そのメンバーだったんですか?」
「仕方ないな。先輩だから言うけど、確かに僕は『歌舞伎町トラブルバスターズ』の一員だ。しかし、祖露門という半グレ集団を壊滅させた代償に失ったものも大きい。事実、メンバーの1人が命を落としている。そして、もう1人のメンバーは闇堕ちした挙げ句覚醒剤取締法違反で逮捕された。4人しかいない状態で、どうすればいいんだ」
「そうだったんですか……それはご愁傷様です。まあ、私もこの歳まで生きていると失うことのほうが多いんですけどね」
「まあ、人生経験を考えるとそうなるな。ところで、先輩は僕の裏の顔に興味があったりするんですか?」
「うーん、どうだろう。
「そうか。残念だ」
「えっ、今のってもしかして私にオファー出していたんですか?」
「オファーは出していない。ただ、興味があるかどうか聞いただけだ」
「そっかぁ……まあ、考えとくよ。あっ、私の名前は
「『備前』という名札はずっと付いていたけど、下の名前は知らなかったな。教えてくれてありがとう」
「あら。かわいい後輩ちゃんに言われると、照れちゃうな」
「勝手にしろ。ほら、客だ、客」
「はいはい」
――こうして、僕は今日も映画館でポップコーンを売り捌いている。
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